近年最大級のITビッグトレンドとして日々、世間を賑わせている「AI(人工知能)」。かつての“夢物語”が、いよいよ現実となり、さまざまな現場に実際に導入され始めています。さくらインターネットがこの6月に公開したイメージキャラクター・まりなによる「チャットサポート」もその活用例の1つ。実はその背面では最先端のAI技術が活用されているのです。

そこでここでは、その開発に携わった、株式会社アイク・ラボ 代表取締役 兼 エンジニアの佐藤一成さんに、AIの基本から、まりなのチャットサポート開発秘話までをお伺いして来ました。

残念ながら日本はAI後進国なんです

――まずは佐藤さんが何者なのかを教えてください。

佐藤さん:私の仕事は一言で言うと、“AIを利活用するエンジニア”。かつては、オールマイティに何でもできるエンジニアを目指し、フルスタックエンジニアを名乗っていたのですが、それを極めようとしていく過程でAIに興味を覚え、最終的にはそれまでの経験を土台に、AIを仕事の主軸に据えていくことにしました。

――AIに興味を持たれたきっかけはなんだったんですか?

佐藤さん:AI業界で有名な株式会社ABEJAの岡田陽介社長がよく北海道に来られるのですが、彼からAIやディープラーニングのお話を聞いたのが興味をもったきっかけですね。その後、自分でいろいろ調べていく中で、IBMの「Watson」という質問応答システムが、2011年に米国のクイズ番組で優勝したという記事を見つけて、これからはAIの時代がやってくると確信しました。

――株式会社アイク・ラボは、どういう会社なのでしょうか?

佐藤さん:アイク・ラボは、IBMやマイクロソフト、Amazonなど、世界的テクノロジー企業が保有しているAI技術を利用して、一般企業向けの業務システムなどを構築する会社です。この際、自分たちで技術開発を行なわず、各社が公開しているAI技術を適切に利活用していることが最大の特徴ですね。

――自分たちでAIを作っているというわけではないのですね。

佐藤さん:実は日本はAI後進国なんです。アメリカなどと比べて実に1年以上遅れています。法整備の遅れや国民性の問題で、AIを育てるためのデータが絶対的に足りないのがその原因。正直言って、よほどの意識改革が起きない限り、今後追いついていくのも難しいと思っています。

ですので、我々はすでに存在している海外のAIを利活用することに特化しました。自社でこれからAI技術を開発していこうという気持ちは全くありません。こういうふうに割り切っている会社は国内にはまだほとんどないんじゃないでしょうか。特に北海道では我々だけだと思います。

半世紀以上の時を駆けて進化してきたAIの歴史

――近年、テクノロジーの世界でやたらとバズっている「AI」や「ディープラーニング」ですが、これは結局どういうものなのでしょうか。初心者にもわかるように教えていただけますか?

佐藤さん:では、まずは解りやすくAIの歴史から説明しましょう。そもそも「AI(Artificial Intelligence)」という言葉は、1950年代にジョン・マッカーシーという科学者によって提唱・定義されました。当時はまだ科学技術がそこまで発達していなかったので、絵空事的な、SFの世界の話でしかなかったのですが、それでもその考え方に多くの人が可能性を感じ、投資・開発が行われました。これが第一次ブームですね。

そのブームが70年代に一旦落ち着いた後、80年代から90年代半ばにかけて第二次ブームがきます。マッカーシーとは別の科学者が「機械学習(マシンラーニング)」という新しい考え方を提唱して、そこでまた火がついたんです。実際、その技術を駆使した「ディープブルー」がチェスの王者に勝つなど、一定の成果もありました。ただ、当時の技術力では、機械学習でAIを賢くすることはできても、それを別分野に転用することができませんでした。チェスがすごく強くなっても、その先がなかったんですね。

――今、30~40代の人は、この時のブームのイメージが強いかも知れませんね。

佐藤さん:そうですね。実は私がAIについて知ったのもこのとき。『ドラゴンクエスト4』(1990年)の戦闘システムにAIが採用され、仲間の行動がフルオートになったんですよ。厳密にはAIでもなんでもないんですけど(笑)、個人的には「ガンガンいこうぜ」とか非常に夢があって、今でも大好きです。クリフトがラスボスにザラキを唱え続けるのが困りものでしたね。

――日本では『ドラクエ4』でAIに出会ったというエンジニアは多そうです(笑)。

佐藤さん:そして、2010年頃から現在にかけてが第三次ブームとなります。そのきっかけとなったのが、2005年頃に発明された「ディープラーニング」という革命的な理論。人間の脳を機械で再現できないかというのが発想の原点で、これにより、飛躍的に学習精度を高めることができるようになりました。

ディープラーニングは機械学習の一種で、たくさんの例を学習させていくことで、その中にあるパターンを学ばせるというもの。これまでの機械学習では、学習に大量のデータと時間を必要としていたのですが、ディープラーニングでは、人間の脳のようにロジックを形成していくため、ある程度学習させたところで、瞬間的にどかんと伸びるようになっています。AIが、人間が想像もできないようなプログラム構造を形成し、予測できないような結果を返してくるようになったのです。

――人間の脳を真似た、というのがポイントなんですね。

佐藤さん:はい。ただ、これが実用化できたのは、コンピュータの基礎技術がやっとそれができる水準にまで到達したから。理論と技術の双方の発展によってディープラーニングが実現できたのです。

――ディープラーニングの具体的な成果について教えてください。

佐藤さん:皆さんがすでに触れている成果としてはチャットボットが有名ですね。去年もマイクロソフト日本法人の開発した「りんな」という、自称女子高生のAIが話題になりました。りんなはLINEやTwitter上で動作しているのですが、いろいろなユーザーとの会話内容を学習していくことでどんどん賢くなっていきました。

――最近は、ちょっと変な言葉を覚えたりもしていて、そのカオスっぷりがまたリアルな人間っぽい感じですよね。

佐藤さん:ちなみにマイクロソフトは本国の方でもチャットボット的なAI「Tay(テイ)」を開発していたのですが、こちらは彼女を“教育”したネットユーザーの手によって、悪いことばかりを吹き込まれてしまい……最終的には非公開となってしまいました。

――なるほど。そういうこともあり得るわけですね……。

佐藤さん:マイクロソフトはチャットボット以外のAIにもものすごく力を入れていて、最近ではプログラムを自動で生成する「DeepCode」というAIが話題になっています。これは、ネット上に無数に公開されているプログラムを収集・学習し、仕様通りに動くプログラムを自動生成してくれるというものです。

――それはすごい! これが進化すると、いつかは自分で自分の機能を勝手に強化していくなんてことも起りそうですね。

佐藤さん:そのほか、昨年大変な話題になったGoogleの「AlphaGo」もディープラーニングを活用していました。

また、医療分野での活躍も期待されています。AIが大量の論文やデータから学習し、それを利用して病理分野で活躍するのではないかと言われています。東大では薬の副作用を100%的中させるAIを開発しているそうですよ。

――そういえば、最近、日経新聞がAIを使って決算サマリーを量産し始めたなんて記事も読みました。何だか、人間の仕事が奪われてしまいそうで怖いですね。

佐藤さん:それについては、テスラCEOのイーロン・マスクがすごく良いことを言っているんですよ。「AIに仕事を奪われるというなら、あなたがAIになってしまえば良いじゃないか」って。

――え? それってどういう意味なんですか?

佐藤さん:人間の脳に直接コンピュータをつなげば、人間だって、最先端のAIと同じか、それ以上の生産性を発揮できるということですね。かなりのSFですが、すでにそういう実験も始まっているんですよ。

――いや、でもお話を聞いていると、そうでもしないと人間はいつかAIに全ての点で負けてしまうような気がしますね。

佐藤さん:現時点ではまだAIは多くの点で人間に劣っていますが、将来的には確かに、いつかは人間の絶対にできないことをできるようになるでしょう。アメリカのレイ・カーツワイルという発明家(現在はGoogleに所属しAI開発を総指揮)が言うには、そのシンギュラリティ(技術的特異点)は2045年にやってくるそうですよ。そして、私自身、その可能性はあるなと思っています。あと1回くらい、ディープラーニングの発明に相当するブレイクスルーがあれば“届く”んじゃないでしょうか。

すでに多くの“現場”で活用されつつあるAIたち

――ちょっとお話が壮大になりすぎてしまったので、一旦、“現実”に戻って、今、現在のAIの活用事例について、もう少し、実際の生活に根付いたものを教えてください。

佐藤さん:海外の事例ですが、アメリカでは犯罪の未来予測にすでにAIが活用されています。「プレドポル」というシステムなんですが、これは過去の事例などから犯罪の発生エリアを予測するというもの。犯罪が起りそうな場所が地図上に赤く表示されるので、警察官はそこを重点的にパトロールすればいい、というわけです。実際に検挙率も上がっているそうです。

――これまではお巡りさんの経験や勘に頼っていた部分を、AIが代行してくれるというわけですね。

佐藤さん:取り締まりという方面で面白いものとしては、イギリスで駐車違反の異議申し立てのアドバイスをしてくれるチャットボットが話題になりました。イギリスは駐車違反にものすごく厳しいんですが、その反面、異議申し立てでそれを撤回してもらうことができるんです。このチャットボットは対話形式で駐車時の状況などを説明することで、異議申し立てが可能かを判断してくれるというもの。約2年間で25万件の相談を受け付け、何と16万件もの異議申し立てに成功しているのだとか。

――それはすごく庶民の味方、ですね!

佐藤さん:こうしたルールに則った作業はAIが最も得意とするところ。先ほど、人の仕事がAIに奪われるかもという話をしましたが、弁護士や税理士、公認会計士などの、いわゆる「士業」はAIに置き換えられるかもしれませんね。実際、「弁護士ドットコム」さんがAI弁護士を作ろうと計画しているなんて話も聞きました。

そして、後はやはりコールセンター系の業務でもAIが活用され始めています。例えば、みずほ銀行では、IBMの「Watson」をオペレーターのアシスタントして活用。お客さんからかかってきた電話の相談内容を素早く分析し、回答に必要な情報を目の前のPC画面上に表示してくれるようにしています。当初はミスも多かったそうですが、ベテランスタッフが根気よく使っていったことで今ではかなりの精度に育っているのだとか。結果、問い合わせへの回答時間の短縮や、オペレーターの育成期間短縮に繋がっているそうですよ。

「まりな」がチャットボットになりました!

――そして、そうした世間の流れを受けて、さくらインターネットでもカスタマーサポートにAIを導入しようということになりました。アイク・ラボさんにご協力いただき、この6月20日からまりながチャットボットとして稼働開始しているのです……実はこのインタビュー、これが本題です(笑)。

佐藤さん:まりなのチャットボットは、みずほ銀行さんのようなものとはちょっと違っていて、機械的に正確な回答を追求することが最大の目的ではありません。実は途中まではそのように作っていたのですが、途中で、そのコンセプトが間違っているのではないかという議論になったんですよ。さんざん議論した結果、“「まりな」という知性を持った存在を生み出すこと”が、このプロジェクトの目的だろうという結論に到達。改めて1から作り直しています。

――それはつまり、あまり実用的ではない方向にチューニングしたということですか?

佐藤さん:もちろん、きちんとユーザーからの問い合わせに対応できるようにしていますが、それと同時に、もっと人工知能的な反応を楽しんでいただきたいな、と。当初はヘンなことも言ったりするけれども、そこから学習を積み重ねて学習していく過程も見てほしいんです。

――AIを利用したチャットボットはこれまでも多数存在していると思うのですが、まりなのチャットボットがそれらと比べてユニークな点があれば教えてください。

佐藤さん:技術的な最大の特徴は、システム構造が二層になっていることですね。今回のチャットボットでは、AIにIBM Watsonを利用しているのですが、全てのやり取りにこれを使うと、さくらインターネットがIBMに支払う使用料が青天井になってしまうという問題がありました。そこで、AIでなくても答えられるような簡単な質問については、従来から使われている「形態素解析」という技術を使うことで対応するようにしています。それでは対応不可能なもののみ、IBM Watsonに引き渡すというかたちです。

――第一層が形態素解析、第二層がAIということですか。それは画期的なアイデアですね!

佐藤さん:はい。こんなことをやっているのはまりなのチャットボットだけだと思います(笑)。なお、形態素解析については、今回は「MeCab」というオープンソースの国産ライブラリを利用させていただいております。

――AI上で、まりなという人格を再現するのは大変でしたか?

佐藤さん:これまでも関西弁でしゃべるおじさんAIなど、キャラ付けをしたチャットボットがあることは知っていましたが、「まりな」という既存のキャラクターを再現するのはそれよりももう少しハードルの高い取り組みでした。

そこで、まずは「まりな」という人格を把握するため、さくらインターネット内にある資料を全ていただき、今、彼女がハマっていることなど、足りないものについては新たに考えていただくといったことをしています。もちろん、Twitterやブログなどの会話ログなども学習データとして採用しています。また、長年、まりなとしてサポート業務を行なってきた、“中の人”にもアドバイスをしていただきました。

――なるほど。そうすると、今、世界で一番、まりなのことを知っているのは佐藤さんなのかも知れませんね(笑)

佐藤さん:そうかもしれません(笑)。また、その上で一番こだわったのは、まりなの感情のぶれ。同じ質問をしてもいろいろな反応があるようにしています。

――確かに、その方が、より人間っぽいですよね。

佐藤さん:ただ、お客様が正しい情報を求めているケースで、その都度回答が変わるようでは困ってしまいますから、そこはきちんと切り分けるようにしています。先ほどお話しした二層構造に加え、質問内容に応じた二軸の対応が用意されているのです。

――AIとしての面白さと、カスタマーサポートとしての実用性を両立させているんですね。ほかに、システムとして工夫されていることはありますか?

佐藤さん:第一層と第二層とで、まりなのキャラがぶれないよう、回答のデータベースを一元化しています。第二層に対する質問時、IBM Watsonからの応答をそのまま表示させるのではなく、応答内容に基づき、データベースから回答するようにしているのです。

また、こうすることで、本来は文字だけでしか応答できないIBM Watsonの弱点を拡張することも可能です。例えば、他のチャットボットでも実現しているようなスタンプを返したり、さくらインターネットサーバー内のユーザー情報にアクセスしたりといったこともできるようになるんですよ。現在はまだ未実装ですが、将来的には今月の利用料金など、よりディープな質問にも答えられるようにしたいですね(編集部注:現状は、利用料金への問い合わせには、利用料金の確認の仕方を回答するようになっています)。

――今後の課題、これからやっていきたいことについても教えてください。

佐藤さん:現在はまだ、コストなどとの兼ね合いもあって、学習成果をリアルタイムに会話に反映できるようになっていません。いつかはこれをリアルタイム化してあげたいですね。また、機能としてできることを増やしたいとも思っています。今お話しした、料金問い合わせへの直接対応などもその1つ。より、カスタマーに寄り添ったサポートをできるようにしたいです。

そして、最終的には、世界中のAI、チャットボットの中で、まりなにしかできないことを実現できれば……。まだ、稼働開始したばかりで、今後も開発は続いていくのですが、個人的にはかなりのデキに仕上ってきているという手応えを感じています。まずはぜひ、彼女に話しかけてあげてください!