潜在的な偏見――みんな人種差別主義者なのか?
自分のことを人種差別主義者だと大っぴらに認める人間はごくわずかだ。しかし多くの心理学者は、ほとんどの人間が意図せず人種差別主義的だと指摘する。「潜在的な偏見」と呼ばれるものを持っているというのだ。BBCのプロデューサー、デイビッド・エドモンズが調査した。
「データによると、あなたは無意識に、わずかに黒人より白人を好んでいます」
こんな結果は望んでなかった。すると、私は人種差別主義者なのか? 偏見を持っているのか? 自分のイメージとかけ離れている。あるいは、認めなければならないのか?
受けたばかりの潜在的な偏見を特定する潜在連合テスト(IAT)の結果だ。人種に対する偏見だけでなく、同性愛者や障害者、太っている人への偏見も特定できる。
IATを受けたことがない人のために、人種についてのIATを例にとり、簡単に仕組みを説明しよう。言葉と顔が示される。言葉は良い意味(「最高」「友情」「楽しい」「祝福する」など)もあれば悪い意味(「痛み」「嫌い」「汚い」「惨事」)もある。ある問題では黒人の顔か悪い言葉を見てキーボードを叩き、白人の顔か良い言葉を見て別のキーボードを叩く。その後、組み合わせを逆にして黒人の顔と良い言葉、白人の顔と悪い言葉でキーボードを叩く。頭に入れるのが大変だ。また難しいのが、なるべく早くキーを入力しなければならないのだ。コンピューターがその速度を測定する。
テスト(英語)はこちらで受けることができる→https://implicit.harvard.edu/implicit/takeatest.html
我々の頭の中で、あるカテゴリーや考え方が他のものよりも密接につながっている場合があることを示すのがIATの狙いだ。白人と汚い言葉よりも、黒人の顔と汚い言葉の方がより簡単に、早く結び付けられると感じるのかもしれない。
ここ数十年で、明らかな偏見は急速に減った。例えば80年代の英国では、人口の約半数が異なる人種同士の結婚に反対していたが、2011年にはそれが15%まで低下した。米国でも同様の劇的な変化が見られた。1958年にさかのぼると、米国人の94%が黒人と白人の結婚を認められないとしたものの、2013年にはわずか11%にまで低下した。
しかし我々が意図せず心に抱く、潜在的な偏見はずっとねちっこく、消すのはずっと難しい。少なくともそう主張されている。潜在的な偏見を測る意図で約20年前に導入されたIATは、現在世界中の研究機関で使われている。ハーバード大学のプロジェクト・インプリシットのウェブサイトだけでも、テストは1800万回近く受けられた。そしてあるパターンがある。私のテスト結果はまったく珍しいものではない。人種に関するテストでは、多くの人が一定の白人志向、反黒人志向があった。白人よりも黒人の顔と悪い言葉につながりを見出したのだ。(この現象は当の黒人にも当てはまる)
潜在的な偏見は少なくとも部分的に、米国の大統領選挙でドナルド・トランプ氏が選出され(つまり女性の対立候補への潜在的な偏見がある)、相当数の丸腰の黒人が警官に銃で撃たれることへの説明材料となっている。我々があらゆる潜在的な偏見に苦しめられているという考えはごく当たり前になった。大統領選の際、トランプ氏との討論会でヒラリー・クリントン氏が「潜在的な偏見はみんなの問題です」と言ったほどだ。
約一週間後にトランプ氏はこう反応した。
「今週の討論会でクリントン氏は国全体を非難した。基本的に警察を含めた全員が人種差別主義者で偏見を持っているという。クリントン氏は悪いことを言った」
確かに、ここまで広範囲に及ぶ影響をもたらした社会心理学の実験を思いつくのは難しい。潜在的な偏見を専門とするシェフィールド大学のジュールズ・ホルロイド博士はこのテストが成功したのは「なぜあらゆる面において排外と差別は根強く残っているのか」説明したからだと指摘する。
「また、排除や差別を受けている人たちへの反感や敵意によるものではないので、とても魅力です」
過去十年程度で、IATをダイバーシティ研修に取り入れるのが大企業の常となった。社員、特に人事に影響力のある人物に対し、知らないうちに、そして最善を尽くしていても、偏見を持っているのだと気づかせるのが目的だ。ダイバーシティ研修の業界規模は米国だけでも80億ドルに上ると推定されている。
ビジネスにおいて偏見を取り除くのは当然理にかなっている。社員が非合理的で偏見を持った態度で仕事をするのを止められれば、最も才能がある人物を採用、成長させられる。潜在的な偏見が少なくなれば、利益が上がるという仕組みだ。
一方で、潜在的な偏見については異論もあり、中にはとても根本的な疑問もある。例えば、この考えが果たして本当に無意識なのかどうか。ある程度、我々は自分の偏見について認識していると考える心理学者もいる。
IATそのものについても異論がある。問題は主に2つ。まず科学者たちが「反復可能性」と呼ぶものだ。月曜日にある研究の結果が出たとすると、理想としては火曜日にも同じ結果が出るべきだという考え方だ。しかし、IATはこの反復可能性が極めて乏しいとバージニア大学のグレッグ・ミッチェル教授は指摘する。テストでアフリカ系米国人に対して強い潜在的な偏見があるという結果が出ても、「1時間後にはまったく違う結果が出るだろう」という。テストを受けた時の状況によって結果が左右されるのが理由の一つだ。お昼ごはんをしっかり食べる前後で結果が変わる可能性もあるのだ。
より根本的には、IATと実際の行動には非常に弱い関係しかなさそうだ。つまり、同僚のAさんがもう1人の同僚BさんよりIATの結果が悪い場合でも、Aさんが職場でより差別的に振る舞うとすぐには結論付けられないことになる。一般的にIATと行動の関連性において、その関連性は不確かだ。
IATの擁護者は、IATと行動の相関関係が弱いとしても、それが重要だと反論する。当然、人間の行動は極めて複雑で、私たちは天気、気分、血液内の糖分の量など多くの要因に影響を受ける。しかし、毎日、非常に多くの採用に関する決断や法的判断、生徒の評価が行われている。そのわずかでも潜在的な偏見に左右されれば、影響を受ける全体数は非常に大きくなる。
ここ数年、IAT賛成派と反対派の学者たちは、互いに様々な研究論文を戦わせてきた。ある研究では、心血管疾患のある黒人と白人をめぐり、なぜ医者はしばしば黒人患者と白人患者に異なる治療を施すかの疑問を調べた。研究者は、医者が人種によって治療方法を変えるかどうかは、医者のIATの結果と相関関係があると発見した。
別の研究では、研究の参加者に白人と黒人の顔を見せた後、銃、あるいは別の物どちらか一方の写真を見せた。参加者はそれが銃かどうかできるだけ早く見極めるというもの。結果、黒人の写真が先に出てきた場合、参加者は銃ではない物を銃だと指摘する可能性が高くなった。さらに、これはIATとも関連性があった。IATの結果が悪い人はより間違いを犯しやすかった。
しかし、実際の行動とIATの関係に疑問を持つ人は、他の研究を引き合いに出す。一つの実験では、IATの結果が悪かった警察官が必ずしも無防備の白人の容疑者と比べて、より無防備の黒人の容疑者を撃つわけではないと示したとされる。ダイバーシティー(多様性)の分野においても、潜在的な偏見への意識を高めることが問題解決に役立つか、あるいは人がより人種に敏感になってしまい問題を悪化させるかは、研究や意見が分かれている。ミッチェル教授によると、「今ある証拠では、こういったプログラムは潜在的な偏見や行動に直接影響がない」という。
紛らわしい状況だが、賛否両論のIATはさておき、多くの学者は、他にも潜在的な偏見を見極める方法があると主張する。バーミンガム大学で哲学を研究するソフィー・スタマーズ氏は、「IATだけが潜在的な偏見を見るための方法ではありません。IATが潜在的な偏見を測るための良い方法ではないと分かったとしても、潜在的な偏見が存在しないとはなりません」
例えば、雇用主が女性より男性の名前の職務経歴書、あるいは典型的な黒人の名前ではなく典型的な白人の名前に好意的に反応する可能性が高いと示す研究も複数ある。
一方、プリンストン大学のサラ・ジェーン・レスリー氏は、なぜ数学、物理、そしてレスリー氏自身の分野である哲学などの一部の学問領域に女性の数が少ないかについて非常に興味深い研究を実施した。レスリー氏の説明では、哲学などの一部の分野は成功するために生まれつきの頭の良さが必要だと強調する一方で、歴史など他の学問分野は献身と勤勉さの重要性を強調する傾向がある。レスリー氏は、「女性よりも男性とそのような生まれつきの頭の良さを結びつける文化的な固定観念があるため、天性の才能に重きを置く分野では女性の数がはるかに少ないと予測し、実際にそうだと分かりました」と話す。
例えば、大衆文化の中で、ひとえに天性の頭の良さにより驚くべき推理能力を発揮する探偵シャーロック・ホームズと同等の女性像を思いつくのはなかなか難しい。
人生のどれくらい早い段階でこのような文化的固定観念を身につけるのだろうか。レスリー氏は子供たちと一つの調査を行った。調査では、男の子たちと女の子たちがとても頭の良い人についての話を聞く。その人の性別については何の手がかりも与えらえない。その後、子供たちは女性2人、男性2人の4枚の写真を見せられ、このうちの誰がその頭の良い人物かと質問される。5歳では、男の子と女の子たちは、この人物が女性だと言う人数は男性という人数と同じくらい多かった。
しかし、1年間のうちに私たちの文化が子供たちに影響を与えたようだ。レスリー氏は、「6歳では、この非常に頭の良い人物が自分と同じ女性だという女の子の数は、男の子が同じ男性だという数と比べて、はるかに少なくなる」と話す。
大半の人が様々な形で潜在的な偏見を持っているとの主張は、私たちの理論づけ、決定、信念が非論理的であることへの研究が爆発的に増えていることと対をなしている。私たちは自分たちが思うほど説得力、一貫性、論理性のある生き物ではない。IATの発見、またより一般的に潜在的な偏見に関する発見は疑いようもなく重要だ。しかし、まだ分からないことが多くある。どのように潜在的な偏見が行動と関連するか、またそれを克服する最善の方法についてもっと多くのより厳密な研究がまだ必要とされている。
最初のIATテストを受けた2週間後、もう一度受けてみた。結果、また偏見が示されたが、今度はアフリカ系米国人に対してより好意を示す偏見だった。私はさらに混乱してしまった。自分が人種差別をするのかどうかまだよく分からない。