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チーズやワインが安くなる?

開始から4年、難航していた日本とEU=ヨーロッパ連合のEPA=経済連携協定の交渉は、ここに来て加速し、ようやく大詰めを迎えようとしています。交渉が動き始めた背景には、当初は予想できなかった要因もありました。注目されるチーズやワイン、自動車など交渉の最新状況とともにお伝えします。(経済部 佐藤庸介記者)

静かに動き出す交渉

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6月中旬ごろから、外務省内で頻繁に見かけるようになった人物がいます。EUのペトリチオーネ首席交渉官です。日本とEUのEPA交渉で、首席交渉官が非公式の会合を断続的に開くようになったからです。

2013年に始まったこの交渉はもともと、2015年中に大筋合意する目標でした。しかし、農産物や自動車の関税などをめぐる調整が難航、目標を1年先延ばししても合意できず、交渉関係者の間にも停滞感が漂っていました。それが一転、ことしに入って交渉は静かに動き出したのです。

交渉“再起動”の背景

状況が一変した大きな要因…それは交渉開始当初には予想もできなかった人物、アメリカのトランプ大統領の登場です。

大統領選でTPP=環太平洋パートナーシップ協定への厳しい批判を繰り返していたトランプ氏は、ことし1月の就任早々、実際にTPPから離脱し、発効は見通せなくなります。さらにNAFTA=北米自由貿易協定の見直しなども進めています。

自由貿易の最大の旗振り役と自他ともに認めていたアメリカのトップが、一転して保護主義的な政策を相次いで打ち出したことは、それまで当然のように続いてきた自由貿易の流れに大きな衝撃を与えます。

一方、EU内部でも、これと前後するようにしてイギリスの離脱や、域内各国での保護主義的な政策を掲げる政党の躍進などが続き、EU自体の結束が揺らいでいます。こうしたなか、日本とEUは、世界のGDPの約3割を占める今回のEPAを合意に導けば、自由貿易への求心力につながるという狙いから、交渉を進める機運が高まったのです。

焦点はチーズ 乗用車…

自由貿易推進では一致する日本とEUですが、交渉は全く別。厳しい協議が続いています。最大の焦点は、日本がEUから輸入する農産物や食品に対する関税と、EUがかけている乗用車などの関税の扱いです。

食品では、フランス産のワインやチーズ、イタリアのパスタやベルギーのチョコレート、スペイン産のイベリコ豚などといった品目も対象に入ってきます。特に、EUが強く求めているチーズと、日本が最重視する乗用車を中心に、駆け引きが激しくなっています。

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このうち日本は、カマンベールなどの「ソフトチーズ」を含めたチーズの一部にかけている29.8%の関税について、一部の品目に限り関税撤廃を容認する方向で検討を進めています。

一方、EUが乗用車にかけている10%の関税をめぐっては、日本は少なくとも5年で撤廃するよう求めています。しかしEUは、日本車に対する警戒感も背景に、将来的な撤廃には応じる意向を示しているものの、5年という期間には難色を示しているということです。日本としてはEU側の関心が高い「チーズ」について譲歩の可能性を示すことで、乗用車で譲歩を引き出したい考えで、こうした駆け引きが、最後まで続く見通しになっています。

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このほかの主な品目では、いずれも日本が、「ボトルワイン」で一般的な750ミリリットル入りの瓶にすると最大およそ94円の関税の撤廃、デンマークなどからの輸出額が多い「豚肉」で、安い肉で1キロ当たり最大482円の関税を段階的に50円に引き下げることなどを提案しています。

このほか、「スパゲッティ」1キロ当たり30円の関税やベルギーチョコレートなど「チョコレート菓子」の10%の関税などをめぐって、EUと関税の引き下げ幅や撤廃までの期間などをめぐって調整が続いています。

一方、今回の交渉で日本は、世界的な和食ブームを背景にEU域内に国産の農産物や食品などの輸出拡大を図る好機ととらえてもいます。購買力がある成熟した市場のEUは、品質が良ければ多少価格が高くても受け入れられる余地があるとにらんでいるわけです。

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このため日本は、日本酒にEUがかけている1リットル当たり最大9円余りの関税や、「緑茶」にかかる最大3.2%の関税、「しょうゆ」の7.7%の関税のほか、EUに対する輸出が多い「ホタテ」にかかる11%の関税などについて撤廃や大幅な引き下げを求めています。

過去の貿易交渉では、農産物や食品はもっぱら“守り”中心でしたが、今回は“攻める”側になっている品目にも注目です。

TPPで“攻防ライン”に変化

今回の交渉は、従来とは変わった点がほかにもあります。過去の貿易交渉では、農業分野を中心に生産者団体などから懸念の声が上がり、なかでもTPP交渉をめぐっては、幅広い分野で賛否の声が上がり、国論を二分するような状況になったことは記憶に新しいと思います。しかし今回は、TPPにほぼ近い規模の大型の貿易協定にもかかわらず、そうした反応は従来と比べれば比較的少ない様子に見えます。

これは、TPPが大きく影響しているようです。当初、「原則、関税撤廃」などを掲げ、日本にとって“最難関”ともいえるTPPで合意にこぎ着けたことで、特に日本にとって譲歩が困難だった農業分野で、TPPの合意内容が新たな攻防ラインとなっているのです。実際、今回の交渉に際して、政府や生産者団体などは「譲歩できるのはTPP並みの水準まで」という姿勢を打ち出しています。

さらにEUは、コメの生産量が少なく、コメの自由化にほとんど関心が無いことも、見逃せない点です。交渉の機運が高まるきっかけが、トランプ大統領のTPP離脱だったこととあわせて見ると、今回の交渉にTPPが与えている影響は少なくないと思います。

交渉は余談許さず

とはいえ、交渉が進展するにつれ、北海道知事やJAグループのトップが、相次いで山本農林水産大臣に重要品目の関税などの維持を求めたように、農業を柱とする地域や生産者は、急速に進む交渉に戸惑いを隠せずにいます。

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また、日本がなんとしても勝ち取りたいとしている乗用車の関税の早期撤廃については、EUが慎重な姿勢を崩さず、期待どおりの成果を得られるかは予断を許しません。

今後、首席交渉官などの事務レベル協議で進展が見られれば、岸田外務大臣とEUの通商政策担当マルムストローム委員との閣僚レベルでの会談が行われる見通しです。さらにその後、7月上旬の首脳会談で大枠合意の実現を目指しています。

大枠合意という“ゴール”に向けたこれからの期間は、双方が交渉全体をにらみながら、それぞれが求める分野や品目ごとの成果を目指した、ギリギリの駆け引きが続くことになりそうです。

佐藤庸介
経済部
佐藤庸介 記者
H13年NHK入局
釧路局を経て経済部
外務省で通商問題などを担当