ぐだぐだわーくす

意識低い系目標と面白アンテナを掲げて世界征服をもくろむBLOG。我を崇めよ(*‘ω‘ *)

ブログネタが無いならマジで寝てたほうがマシなので寝言を書いてみる

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こんにちは!DACです。

私的な事情により今のHPは5に近いです。ちなみにSAN値も低いです。こういう時に書き物をすると、ろくなことはないと思うのですが、ネタがないとお嘆きの方が多いのでちょっと寝言を書きます。

ネタなんて捻り出すだけならいくらだって出来る

何でもいいというなら別に誰でもいくらでも書くことは出来る筈です。

そもそも自分がネタ持っていることに気付いていないから書けない

大体、Twitterでネタ無いネタ無いと言いながら、その傍らで凄く面白いことをつぶやいていたりするのも結構見かけます。脇で見ている分には支離滅裂にしか見えませんし、「そのネタ要らないなら有難く貰っとくわ!」と棚ぼたさせてもらったりします。

まあ人間、他人のことはよく見えて敏感過ぎるくらいに敏感なのに自分のことはサッパリ鈍感というのは良くあることです。

プライドが高過ぎて物書き出来ない

極端な話、晩御飯あたりを一枚写真を撮って「今日も美味かった」とか「予想を遥かに超えてまずかった」とか書いておけば良いのです。別にペットの写真でも多肉植物の写真でも夕焼けでもいいのです。写真は偉大なもので、それがあるだけでコンテンツとしての訴求性は跳ね上がります。スマホの普及率の高い昨今、写真を撮れない環境の人がブログをしているとも考えにくいですし、オススメです。

でも、何故それを行わないかといえば、「そんなつまらないものは公開したくない」「みんなにつまらないと思われたくない」「きっと読まれないし、読んでくれた人も呆れる」とか思ってしまうからです。

確かにつまらないし小生もそんなエントリ読みたくないです。でも愚痴垂れ流すよりマシです。

オチが作れないから書けない

オチとは、笑い話など物語の結末のことです。起承転結の結びであるとか、序破急の急であるとか、話の最後に落差を付けて結論として落とし込むことですね。ブログのエントリは何かしらのテーマや問題提起が最初にあって、そこから紆余曲折の展開があって最後に「これ!」という決めがあると話が締まります。

これがないと、だらだらグダグダと長いばかりでどこへ連れて行かれるか分からない話になったりします。そうなると、読んだ後に「面白かった!」ではなく「結局なんだったんだ?」となってモヤモヤしちゃったりします。

わかるのですが、これも「プライド高過ぎ」の亜種ですね。エントリにあるべきという自分のハードルを設定してしまうと、それ未満の内容は自分で許せなくなります。許せばよいのにね!(*‘ω‘ *)

時間がないから書けない

これは物理的な理由ですね。先程までの認識不足や自主規制的なものとは違って、簡単ではないことも多いでしょう。自分で自分のスケジュールをコントロールしにくい状況の人も少なからずいます。或いは、自由に計画を立てる裁量が与えれらていても、その裁量を活かしきれない場合もあるでしょう。

でも、時間は誰でも一日24時間は与えられています。それ以上でもそれ以下でもありません。この固定の時間の中、何にどれだけ割くかを考えてた時にブログの作成にどこまで割くことが可能かも大事ですが、それよりも大事なのは自分がブログにどこまで割きたいかだと思います。似て異なる話ですが混同せずよく考えたほうが良いと思います。

無理は禁物、少しづつ出来ることを増やそう

でも、出ないものは出ないのです。

ネタは至る所に転がっているから見逃さず味付けを増やす

極端な話、ネタはどこにでも転がっています。しかし、自分がそのネタをネタだと認識しない限りそれはネタにならないのです。やろうと思えば、目に入る全てのものはネタに出来ますし、思いつきだって、ちょっとした洒落だってネタにすることは出来ます。

同じネタ一つとってもどう味付けするかで、全然違ってきます。一つのネタに対して切り口を100でも1000でも作ることが出来る人は作ることが出来ます。でも、そもそもそれをネタと認識しない人にはゼロです。仮に認識したとしても認識したなりの1のままで自分ではどう見ても面白くなかったりするのです。

初心者に客観視なんて出来はしないので試行錯誤してみる

一般的な閲覧者よりずっとずっと厳しいプライドの高い自分が満足したものしか出せないと言うなら、そのお眼鏡にかなうものなんて簡単に出るわけがありません。それに厳しいようでいて自分の選評眼は意外と節穴です。「ここぞ」と力を入れたはずのエントリが全然ウケず、適当に思いつきを書いたほうがアタるとかありがちなのではないでしょうか?

相当熟練したブロガーでも完全な読者観点を持つなど出来ません。ある程度は想定でき、その想定が現実の読者の琴線に触れる要素とはなるにしても必ず想定の外はあります。

初心者に至っては、どんなに想像しても当たるも八卦当たらぬも八卦です。経験をもって精度を上げるものを一朝一夕に出来ると考えるほうが勘違いです。数を書いて試行錯誤していき、自然と読者を意識して寄り添おうと思い始めるときはいずれは来るのです。最初から背伸びしたりエスパーのふりはしないほうが身のためです。疲れちゃいますから。

オチ云々を言う前にテーマをよく深掘りしてみる

最初から文書構成が用意されているわけではありません。テーマがあって何かしら書いていく中で話をどうやって動かしていこうかなと言う段階でようやくオチを考えます。

つまり、オチ云々は文書をほぼ作り終わって最後の最後にどうしようかと頭を捻らすものです。エントリのタイトルと同じようなものです。もちろん最初からオチありきで文書構成が後から出来上がっていくパターンもあるのですが、それにしても魅力的なテーマがまず出来上がっていないと無理です。単にテーマがあるだけではなく、「このテーマならこれだろ!」と多くの人に納得させるような紐付けというか親和性がないと駄目です。

熟練したブロガーであれば引き出しも多いですからそういった深掘りに必要な切り口を沢山持っていますが、初心者はそうはいきません。「エントリ作成のコツと査読の薦め! - 教えて!ホルスタインおじさん!」にあるようにTwitterや他のブログといった他力に頼ってみるのも一つの手です。一箇所でうんうん唸っていては労多くして功少なしで割がよくありません。別にWebである必要もなく、何か刺激を受けてみるとそのうち何かポンと出て来るかもしれません。

時間よりも結局自分は何をしたいのか考える

時間を与えられるからやってみるのではなく、自分が意志をもってこうしたいから時間を作る方が書くという行為に結びつくんじゃないかしら?それが無理なら、捻出できる時間で出来ることを考えたほうが現実的ではないのかな?ブログも短めにしちゃうとか、いっそTwitterだけにしちゃうとか

それでもネタが出せないなら出さなきゃいいじゃん

そもそもの話、毎日書かなきゃいけない理由はなんでしょう?

  • えらいブロガーが自分の経験から顧みてそう言いました
  • 毎日書かないと見に来る人が減ってしまう
  • 毎日書かないと被リンクが増えず検索エンジンの評価が上がらない
  • 書く習慣がつかなくなってしまう
  • 立ち止まると死んでしまう!カンペーちゃんみたいに!!

まあ、色々とそれっぽい理由が出てくるでしょう。きっと他にも沢山あるでしょう。

でも、それ本当にそんな必死にならなきゃ駄目ですかねえ?どこをどうやったってネタが出ないなら、やっぱり無理なんですよ。無理に作り出した内容が面白くてウケれば報われますけど、外れてしまったらガッカリでは済みません。無理した訳ですから、疲れが倍増、いやそれ以上に膨れ上がるでしょう。精神的にも肉体的にもダメージは大きいでしょう。

そこまで無理してしまうと、それこそ次を書く気が萎えてしまうと思います。

個人的には、そこまで必死になる理由はどこにも無いと思うし、「ブログネタが無いなら無理にネタを捻り出すよりマジで寝てたほうがマシ」と本気で思いますよ。

終わりに

実を言えば今日は本当にネタではなく疲れています。頭もろくに動かないので、別ネタを大量に持っているにも関わらず即興でベロベロと寝言を書き連ねました。

別にこれヒャッハーの総括とかではありません。それはそれでキッチリやります。

ただまあ、なんとなく思いつきまんまをガス抜きみたいに書いてみるのもたまにはいいかと思って出してみました。まあ、お見苦しい限りですね。ということで、もう寝ます(つ∀-)オヤスミー