(cache) 人手不足でも賃金低迷　日銀ベストセラー、編者に聞く｜マネー研究所

人手不足でも賃金低迷　日銀ベストセラー、編者に聞く金融・旬の一冊（玄田有史編）

2017/6/26

宅配大手に代表されるように人手不足は深刻化している

　日銀内で現在最も読まれているとされる本が「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」（2017年、慶応義塾大学出版会）だ。日銀職員を含めた総勢21名が執筆陣に名を連ねる。労働需給の逼迫による賃金の上昇は2％の物価安定目標の達成に欠かせない経路だが、今のところ実現できるかは不透明だ。編者の玄田有史・東大社会科学研究所教授に編集過程で見えてきた課題や解決策について聞いた。

玄田有史・東大社会科学研究所教授

　――本を出版しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

　「アベノミクスという好況下で人手不足が続いているのに、賃金はなかなか上がらない。その構造的な要因を明らかにしたいと思い、色々な立場で労働問題に関わる30～40代の経済学者や政策担当者を中心に声をかけた」

　「今回は編者としてあえて事前に役割分担を決めず、それぞれの執筆者が重要だと思う要因を挙げてほしいと頼んだ。考え方が重なる部分があれば有力な多数意見になるし、その人しか気付いていない大切なところに光を当てられるかもしれないと感じた」

■賃下げへの懸念が賃上げを阻む

　――共通して見えてきたものとは何ですか。

　「16章のうち4章が賃金の『下方硬直性』がもたらす『上方硬直性』に言及していた。行動経済学の観点から注目されている論点だ。人間は賃下げへの抵抗が非常に強い。人手不足でも将来の不況への懸念があるうちは、企業も労働者も賃金を上昇させることなく現状維持を選ぶという考え方だ」

　「過去10年間に賃金カットに踏み切った経験を有する企業のほうが、賃金カットを全くしなかった企業に比べて月給引き上げに対する心理的なハードルは低い。本にはそのことを示すデータも載っている」

　「賃金が下がることを嫌うのは日本に限らず海外でも見られる。今後は、欧米でも賃金の上方硬直性が原因で、人手不足にもかかわらず賃金が上がらない事態に陥る可能性は十分にある」

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<INSERT code="1" id="DSXMZO1531880014042017XV3009" style="7"/>　日銀内で現在最も読まれているとされる本が「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」（2017年、慶応義塾大学出版会）だ。日銀職員を含めた総勢21名が執筆陣に名を連ねる。労働需給の逼迫による賃金の上昇は2％の物価安定目標の達成に欠かせない経路だが、今のところ実現できるかは不透明だ。編者の玄田有史・東大社会科学研究所教授に編集過程で見えてきた課題や解決策について聞いた。<INSERT code="1" id="DSXZZO1793480021062017000000" style="1"/>　――本を出版しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。　「アベノミクスという好況下で人手不足が続いているのに、賃金はなかなか上がらない。その構造的な要因を明らかにしたいと思い、色々な立場で労働問題に関わる30～40代の経済学者や政策担当者を中心に声をかけた」　「今回は編者としてあえて事前に役割分担を決めず、それぞれの執筆者が重要だと思う要因を挙げてほしいと頼んだ。考え方が重なる部分があれば有力な多数意見になるし、その人しか気付いていない大切なところに光を当てられるかもしれないと感じた」<span class="cmn-editable_bold">■賃下げへの懸念が賃上げを阻む</span>　――共通して見えてきたものとは何ですか。　「16章のうち4章が賃金の『下方硬直性』がもたらす『上方硬直性』に言及していた。行動経済学の観点から注目されている論点だ。人間は賃下げへの抵抗が非常に強い。人手不足でも将来の不況への懸念があるうちは、企業も労働者も賃金を上昇させることなく現状維持を選ぶという考え方だ」　「過去10年間に賃金カットに踏み切った経験を有する企業のほうが、賃金カットを全くしなかった企業に比べて月給引き上げに対する心理的なハードルは低い。本にはそのことを示すデータも載っている」　「賃金が下がることを嫌うのは日本に限らず海外でも見られる。今後は、欧米でも賃金の上方硬直性が原因で、人手不足にもかかわらず賃金が上がらない事態に陥る可能性は十分にある」<PAGEBREAK/>　――対処法はあるのでしょうか。　「月給が上がらない原因が将来の損失リスクを避けたいとの『心の問題』だとすれば、かなりやっかいだ。日銀は人々のリスク回避姿勢を直接変えられる政策は打てないからだ。日本国民が総じて後ろ向きで、リスク回避的になるのは1990年代の大規模なバブル崩壊の後遺症かもしれない」<INSERT code="1" id="DSXZZO1793484021062017000000" style="2"/>　「月給を下げられないとなれば、ボーナスにもっと調整機能を持たせるべきだろう。現在のボーナスは例えば『月給3カ月分』などの決定方法で、融通が利かない。企業は労働者に業績が良ければボーナスをどんどん払い、悪ければ我慢してもらうなどのやり方でメリハリをもっと付けるしかない」　「賃金は労使の個別交渉で決めるべきで、政府が賃上げに介入するのは異常だ。賃金は需給が逼迫すれば市場原理で自然に上がるものではない。ボーナスの引き上げも含め労働者はもっと声を上げるべきだ」<span class="cmn-editable_bold">■大きかった就職氷河期の影響</span>　――他に反響が大きかった項目はありますか。　「就職氷河期の影響だ。30代後半～40代前半の大卒氷河期世代がバブル期の就職世代に比べて月給が約2万円低いのは、多くの読者にとって衝撃だったようだ。氷河期世代は大企業への入社が少なく、勤続年数が短い。バブル期の大量入社でポストに空きがなく役職の割合も低い。これらの要因が賃金を押し下げていて、影響がいまだに残っている」　――日銀は労働需給の逼迫を背景に賃金が上昇し、いずれは物価上昇につながるとの見解を示しています。　「日銀が言うほど単純な話ではない。本書では女性や高齢者といったもともと就業率の低かった層が枯渇する、現代版の『ルイスの転換点』（本来は農村労働者の枯渇で都市労働者の賃金が上がり始める時点を指す）が到来すれば賃金が上がるという指摘もある」　「ただ、それが来年の話とは思えない。むしろ今後も年金削減などを背景に高齢者の労働力供給の増加が続いたとしても、人工知能（AI）や外国人労働者の活用が進んで労働需要がそれ以上に縮小すれば、転換点が来ない可能性すらある」　「政府は『一億総活躍』の理念のもとに女性や高齢者の活躍による人手不足の解消に躍起だが、一方で『同一労働同一賃金』を掲げて非正規と正規労働者の格差を埋める政策にも取り組んでいる。一見すばらしいが、実は（雇用拡大の）アクセルと（賃金コスト上昇の）ブレーキを同時に踏んでいる。このまま対応を誤ると、人手不足でも賃金が上がらない状態が長期化しかねない」〔日経QUICKニュース（NQN）　聞き手は前田尚歩〕

　――本を出版しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

■賃下げへの懸念が賃上げを阻む

　――共通して見えてきたものとは何ですか。

　――対処法はあるのでしょうか。

　「月給が上がらない原因が将来の損失リスクを避けたいとの『心の問題』だとすれば、かなりやっかいだ。日銀は人々のリスク回避姿勢を直接変えられる政策は打てないからだ。日本国民が総じて後ろ向きで、リスク回避的になるのは1990年代の大規模なバブル崩壊の後遺症かもしれない」

　「月給を下げられないとなれば、ボーナスにもっと調整機能を持たせるべきだろう。現在のボーナスは例えば『月給3カ月分』などの決定方法で、融通が利かない。企業は労働者に業績が良ければボーナスをどんどん払い、悪ければ我慢してもらうなどのやり方でメリハリをもっと付けるしかない」

　「賃金は労使の個別交渉で決めるべきで、政府が賃上げに介入するのは異常だ。賃金は需給が逼迫すれば市場原理で自然に上がるものではない。ボーナスの引き上げも含め労働者はもっと声を上げるべきだ」

■大きかった就職氷河期の影響

　――他に反響が大きかった項目はありますか。

　「就職氷河期の影響だ。30代後半～40代前半の大卒氷河期世代がバブル期の就職世代に比べて月給が約2万円低いのは、多くの読者にとって衝撃だったようだ。氷河期世代は大企業への入社が少なく、勤続年数が短い。バブル期の大量入社でポストに空きがなく役職の割合も低い。これらの要因が賃金を押し下げていて、影響がいまだに残っている」

　――日銀は労働需給の逼迫を背景に賃金が上昇し、いずれは物価上昇につながるとの見解を示しています。

　「日銀が言うほど単純な話ではない。本書では女性や高齢者といったもともと就業率の低かった層が枯渇する、現代版の『ルイスの転換点』（本来は農村労働者の枯渇で都市労働者の賃金が上がり始める時点を指す）が到来すれば賃金が上がるという指摘もある」

　「ただ、それが来年の話とは思えない。むしろ今後も年金削減などを背景に高齢者の労働力供給の増加が続いたとしても、人工知能（AI）や外国人労働者の活用が進んで労働需要がそれ以上に縮小すれば、転換点が来ない可能性すらある」

　「政府は『一億総活躍』の理念のもとに女性や高齢者の活躍による人手不足の解消に躍起だが、一方で『同一労働同一賃金』を掲げて非正規と正規労働者の格差を埋める政策にも取り組んでいる。一見すばらしいが、実は（雇用拡大の）アクセルと（賃金コスト上昇の）ブレーキを同時に踏んでいる。このまま対応を誤ると、人手不足でも賃金が上がらない状態が長期化しかねない」

〔日経QUICKニュース（NQN）　聞き手は前田尚歩〕

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