このコラムは「バッジとれ~るセンター」のバイトおよび関係者に捧げるラブレターである。
今ではすっかり“基本無料”のゲームソフトは当たり前になった。はじめのころはブラウザゲームやMMOなどで見られるようになり、次第にスマートフォンでは常識のような形態に、現在は家庭用ゲーム機でもだいぶ馴染んだことであろう。何しろ、任天堂ですら今ではスマートフォン向けタイトルを配信していて、しかも「ファイアーエムブレム ヒーローズ」ではいわゆるガチャを採用しているのだから。
そして基本無料という言葉を聞くと、悪いイメージを抱くゲーマーも多いのではなかろうか。とあるゲームで数十万円を投入してようやく目当てのキャラを引き当てたというSNSの書き込み、ハマりすぎて身持ちを崩すというようなエピソード、今でこそなくなったが当時は大きな問題になったコンプリートガチャ……。基本無料システムは多くのプレイヤーが気軽に参加できるだけあって人気はあるが、その裏では“集金装置”という蔑称も存在してしまうほどだ。しかし、それは基本無料というシステムそのものが悪いわけではない。
一口に基本無料と言ってもその歴史や形態は複雑だ。無論、任天堂も基本無料というシステムといかに付き合うかを試行錯誤していた。今回紹介する「バッジとれ~るセンター」もそのひとつで、本作はニンテンドー3DSという場で大きく成功した基本無料タイトルである。基本無料ではあるのだがここまで納得のいく、かつ金を入れることを楽しめる課金体形はなかなか珍しいのではないだろうか。
“金を入れるところから楽しい”というゲーム
「バッジとれ~るセンター」が配信される前から3DSにおける基本無料タイトルの展開は行われており、ゲーム内で値切って野球ゲームを買う「だるめしスポーツ店」や、マルチプレイ潜水艦アクションゲーム「STEELDIVER SUBWARS」などが存在している。どちらも基本無料というシステムではあるが、やはり既存の体験版に近い。
ところが、2014年12月17日に配信された「バッジとれ~るセンター」はだいぶ突飛なシステムを採用してきた。本作の本体ダウンロードは無料なものの、5プレイ90円という“楽しむためにお金を使うシステム”になったのだ。これはスタミナ回復アイテムを買うというシステムとは大きく異なり、逆に基本無料だからこそ作り出せる楽しさを産み出していたのである。
「バッジとれ~るセンター」は3DSのHOMEメニューに飾ることができる「バッジ」を獲得できるというゲームだ。プレイヤーは作中の「バッジキャッチャー」なるクレーンゲームのようなゲームを遊ぶことによりバッジを手に入れることができる。
第一の魅力としては、クレーンゲームシムとしての価値が挙げられるだろう。そもそもクレーンゲームは実際に景品を手に入れることが大きな要素なわけで、「ものを掴んでゴールに運ぶ」というシステムだけをビデオゲーム上で再現してもあまり意味がない。だが、本作ではバッジという要素を入れることによってクレーンゲームとしての楽しみを大きく打ち出すことができるわけだ。無論、アームの動作やキャッチした時の演出・効果音などにも気が使われており、ただ取るだけで楽しい。
取ったバッジは飾ることができるのだが、これにもいろいろと可能性がある。「スーパーマリオ」のドット絵を並べてオリジナルステージを作ったり、「ポケットモンスター」のバッジで一緒に冒険したポケモンたちを並べたり、あるいは何かバッジにストーリー性を持たせてもいい。アイデアさえあれば単なるメニュー画面もキャンバスになるのだ。
そして、バッジを取る際にプレイヤーの技術を介入させる余地を作ったことも大きい。プレイヤーが欲しいのはあくまで景品ではあるものの、そこに「いかに上手く取るか」という要素を入れることによりゲームプレイとしての価値も生み出した。つまりこのゲームはバッジに対して金を払うというより、ゲームプレイそのものに金を払うというゲームとして健全な構造であり、それこそ“大して欲しくない景品のためについクレーンゲームを遊んでしまう”ような雰囲気すら作り出すことができているのだ。そのため金を入れることが楽しみに直結し納得でき、不要なストレスを与えないのである。
基本無料ゲームの中には、スタミナやプレイ領域の制限によってユーザーを課金へと誘導するものも多い。無課金であれば膨大な時間を注がねばならず、かつ手に入れられるものが限られてしまうというわけで、これはユーザーから見ると不満が募る仕様だろう。一方で「バッジとれ~るセンター」は価格自体もかなり控えめ、それどころか課金して景品を手に入れる過程すらユーザーを楽しませるためのシステムであり、それこそが多くの3DSユーザーに愛されることになった理由だ。
多くのファンもつき定期的に新しいバッジが入荷されていた本作だが、2017年5月26日をもって新バッジの入荷は最後となってしまった。新バッジが追加されなくなった原因は人気がなくなったから……などではない。なんとバッジが10,000種類を超え、3DSのセーブデータ容量が上限に到達してしまうという理由だったのだ。
ハードの限界まで「バッジとれ~るセンター」が成長した理由
「バッジとれ~るセンター」は基本的なシステムも優れているが、その運営方法も素晴らしかった。「Ice Station Z」を紹介するコラムの際にも書いたが、子供たちにとって3DSはスマートフォンと同じような価値を持っている。子供たちがスマートフォンのアイコンや見た目をカスタマイズするような行為に憧れないはずもなく、HOME画面を大きく変えることのできるバッジの潜在的な需要はかなり高かったことだろう。
そして、Wii Uおよび3DS向けのSNS「Miiverse」で“バッジのデコレーション”を共有することができたというのも大きな要素だった。ゲーム内では作り上げたHOMEメニューを紹介するコーナー「イチオシ!Miiverse広場」があり、そこに掲載されることを目指し飾り方を研究するプレイヤーも多かった。実際、開発者の想定を超えるようなデコレーションがたくさん出てきたようである。
バッジの種類もかなりのものであった。任天堂の「スーパーマリオ」「どうぶつの森」「ゼルダの伝説」シリーズはもちろん、「星のカービィ」「ポケットモンスター」「リズム天国」「スプラトゥーン」「ファイアーエムブレム」などのタイトル、そして「モンスターハンター」「ロックマン」「妖怪ウォッチ」という他社作品、さらにはサンリオやPonta、ローソンとのコラボまで行ったのだ。
オリジナルバッジも数多く揃えており、任天堂の歴代ハードをドット絵で再現したもの、飾ることによって枯山水を再現できるもの、盆栽のドット絵のバッジも存在した。
中でもかなり人気があったのは「どうぶつの森」シリーズの「しずえ」、「いつの間に交換日記」などで登場した「ニッキー」、そして「メイド イン ワリオ」シリーズに登場する「アシュリー」のバッジである。いわゆる任天堂を代表とするかわいい女性キャラクターで、しずえはパティシエやセーラー服などのオリジナル衣装で登場、ニッキーは描き下ろしの水着姿や季節の衣装を披露、アシュリーに至っては「クレイジーギャラクシー」というオリジナルゲームタイトルまで発表されたのだから(ただし「クレイジーギャラクシー」が発表された日はエイプリルフール)、任天堂のキャラクターライセンス事業の先駆けと言えるほどキャラクターたちが活躍する場だったのだ。
「バイト」なのに人気キャラクター
ところで、買い切り型ゲームが“作品を販売する”ということであるならば、基本無料ゲームは“サービスを提供する”ということに近い。つまり一度世に出したら終わりというわけでなく、細やかに更新や要素追加を行う必要がある。その際にはアナウンスなどがいるわけだが、本作でそれを担当したのがウサギの「バイト」というキャラクターだ。
バイトはいわゆるナビゲーター的な存在であり、バッジの取り方や遊び方を教えてくれるほか、新入荷があった時はそのバッジやゲームに絡んだ小話を披露してくれる。そして、前述のバッジによるデコレーションを取り上げるコーナーでもバイトはいつも面白い話をしてくれた。あの面白いウサギに会うためこのゲームセンターに通っていた人々も多いことだろう。
バイトは時にマッチョになり、時に90年代少女漫画の美少女のようになり、奔放な振る舞いで笑いを誘った。怒られそうな話をするのも得意で、ネットの書き込みについてわざわざ言及したり、作中で難しめのクイズを出しておいてネットで調べようとした人を煽ってみたり、きわどいパロディまで取り上げたり……。その親しみやすさが受け入れられ、バイトという存在にも関わらず「スーパーマリオメーカー」にも出演したくらいである。
バイトの人柄からわかるように、「バッジとれ~るセンター」はだいぶ良心的なのである。バッジキャッチャーは毎日練習プレイができるのだが、練習で獲得したマトが一定数に達するか、もしくは運がよければアタリが出て無料プレイができるし(しかも途中で当たりやすくなるアップデートが実施された)、イベントがあれば定期的に無料プレイが配布されたうえ(現在は更新が停止したので毎日無料プレイが提供中である)、金を入れてプレイした際は何も取れなくとも最低ひとつはオマケとしてバッジがもらえるのだ。もし本作にズルいところがあるとしたら、アップデートでバッジのコンプ率などを表示するようになったことくらいのものであろう。
プレイヤーに納得させつつ課金させるゲームがある
本作は「3DSユーザーの需要に応える形になった」「基本無料を活かしたゲームシステムを作り出せた」「キャラクターのデジタルグッズという意味でも価値をもたらした」「親しみのある運営を行うことができた」という、実に多くの要素を満たすことができていたのである。家庭用ゲーム好きの私からすると基本無料タイトルは枷を感じることが多いものの、本作に関してはそれが一切なかったと断言してもいいくらいだ。
ここまで素晴らしく成長した「バッジとれ~るセンター」ではあるが、前述のように3DSというハードの仕様上これ以上は展開を続けることができなくなった。一応、本作は3DSのネットワークサービスが終了するまでプレイできるようだが、かつての定期的に更新されていた「バッジとれ~るセンター」はもう体験することができない。もはや、当時3DSをよく遊んでいた人々の記憶に残るだけなのだ。
だからこそ私は語りたかった。3DSには「バッジとれ~るセンター」というとても素敵な基本無料ゲームが存在するのだ、と。そして、基本無料というシステムにはゲームとしての可能性も秘められているということを。