佐々木正悟のメンタルハック

メンタルハックをテーマにおいたビジネス書作家・佐々木正悟のブログです。ビジネス書作家のワークスタイルを中心に書いていきます

面倒なことをライフハックするという面倒くささ

ライフハックというのはもともと裏技的なものだろうと思います。

野球でいうと、内野手を7人にしちゃうとかいうのはライフハック的だと思います。たぶん、世界で最初にタッチアップを考えた人というのも、大変ライフハック的な精神の持ち主だったはずです。

裏技なので、もともと得られないはずのメリットを得るために考案されたものなので、面倒なものなのです。タッチアップは、きっちりと考えると非常に面倒なものです。ホームランなんかにくらべると、もちろんわかりにくいし、華々しさもないし、スッキリしない。

ライフハック的というのは、そういうところにある種の倒錯的な喜び(ホームランより犠打で一点取る方が嬉しいとか)を感じるというか、そういう精神構造が少しはないと、受け付けられないところがあります。

タスクシュートには、ライフハックの権化というか、かたまりのようなところがあって、「時間」という、非常に自然的で、人工的にはまったくどうにもこうにもしようのないものを、形式的に、自己調節によって、少なくとも自己の行動に関して管理しようという発想に基づくものです。

野球を例に取りましたが、こういう精神活動において「ルール」というのは非常に大事で、「なんでそんなルールが要るの?」となったら破綻してなり立たなくなるものです。

ルールがあるから、タスクシュートに意識をかたむけられるわけです。使途不明時間をゼロにするとか、1日の中で残っているタスクがあったらダメとか、終了予定時刻を意識するといった「ルール」に「本末転倒だ」というのは、それこそ本末転倒なのです。

それは、「べつにフライを打ったってふつうに進塁してもいいじゃない」と野球のルールにケチをつけるようなものです。ルールは恣意的なもので、だからこそ人工的な競技が成り立つので、そうして初めてあんなに多くの人がわりと簡単に熱狂できるようになるわけです。

自然発生的でないルールは、心のどこかで意識的に守る気にならなければ、コミットできなくなります。フライが上がっているのに一生懸命走塁していたら、野球に精通している人には、気が変になったのかといった感じを受けます。

タスクシュートもそれと同じように、「最近たすくまのリストを目にしていません」となったら、「それはよほどのことがあったのですね! お大事にして下さい。」と思うくらいにはなるものなのです。