久しぶりにブロックチェーンに関する記事を読んだんですが・・・
世間の風潮にクギを刺すような論調の記事ですが、金融機関や役所でブロックチェーンの活用に取り組んでいる人たちの話とは少し違うなという気がしたので、気になった点をメモしておきます。
上のブログの方の言っている内容が間違っているというより、世間でいま騒いでいる人たちと視点がずれているような気がしました。
私が言っている世間とは、丸の内とか霞が関とかで背広を来て歩いているような人たちのことです。
なお私はブロックチェーンの専門家でも技術者でもなく、素人の印象ベースで書いてます。
ブロックチェーン技術が提供する最大の付加価値が公明正大なビジネストランザクション処理の実現にあると考えます。
とあるのですが、いま産業界でブロックチェーンを話題にしている人たちって、べつに「付加価値」を強調しているわけではないような気がします。
言い換えると、「ブロックチェーンであるからこそ実現できる業務がある」というような話ではなく、「もともと、やろうと思ったら何らかの仕組みでできるんだけど、ひょっとしたらブロックチェーンでやったほうが効率的かもしれない」みたいな話をよく聞く感じです。
ビットコインは、あの謎の日本人?研究者の論文からしてそうであるように、「特定の組織に管理されたくない」みたいなイデオロギーから出発しているので、「管理されずにすむ」という独自の付加価値が実現されていると言えますが、最近行われている実証実験とかのテーマは、どっちかというと「コスト削減」みたいな話が多いんじゃないでしょうか。
まぁコスト削減を付加価値に含める場合もあるかと思いますが、私が言いたいのは、対価の支払いが増えるような利用価値の追加が期待されてるわけではないのではという意味です。ブロックチェーンだからこそ公明正大になるということが話題になっているわけではないんじゃないかなと。
私は素人なので間違ってるかもしれませんが、個人的に耳に入ってくるレベルの印象としては、ブロックチェーンブロックチェーンと騒いでいる人たちが言っている話は、ある種の業務を実現する上で、従来の中央管理型の処理よりもブロックチェーンを用いた分散型の処理のほうが「低コストな場合があるかも」というようなのばかりです。で、「かも」に留まるから実証実験程度のものがいくつか行われているだけになっていますし、「場合がある」程度の話がメインであって、ブロックチェーンが中央管理型の処理を完全に代替するなんていう話をしている人は個人的にはみたことがないです。
ブロックチェーン技術の適用に適したビジネスケースは「信用に乏しい主体がビジネストランザクション処理に参加する」ようなケースに他なりません。
これも、「ブロックチェーンを使ったからこそ可能になる取引がある」(ブロックチェーンのようなアーキテクチャを導入しなければ、信用力のない主体は取引に参加できない)みたいな意味に理解できるのですが、世間的には、「もともと取引は何らかの形で可能なのだが、そのためのコストがブロックチェーンによって下がるかもしれない」という見方の方が強調されてるんじゃないでしょうか。
そもそも経済的な取引というのは原理的に、相手を信用できない場面が多々あり、何らかの形で「信頼される第三者(Trusted Third Party、TTP)」が取引の仲介プラットフォームを提供することによって成り立っていることが多いです。根本的なところから言えば、中央銀行がおカネを発行しているのもそうだし、人を騙したら警察に捕まって裁きを受けるという司法システムが国によって整備されているというのもそうですね。もう少し具体的なところで言えば、ECサイトや決済サービスなどが、TTPとして取引を仲介してくれることによって、迅速な売買取引が可能になっています。
たとえば民法でいう契約は、契約の申込みと申込みの承諾によって成立しますが、後で揉めないためにはそれらを記録するものとして契約書を作っておいたほうがいい。何らかの債務の不履行と思われる事態があった時に、「お前、契約したじゃないか」「いや、そんな契約はしてない」みたいな争いが起きることを防ぐこと、つまり後々「ウソを付けない」ようにすることが大事なわけです。
で、民事訴訟法には「真正な文書の成立」について定めた条項があって、簡単にいえばサインしてあるかハンコが押してあれば、裁判所はそれを本物の文書であると認めるというルールになっています。もちろん細かく言えばもっと色々な要素によって契約システムが成り立っているわけですが、ここで確認したいのは、法律(や慣行)や司法システムという形で、人が「嘘をつきにくくなる」ようなプラットフォームが提供されてるということです。もちろん、契約書だけではなく、納品や委託作業の完了を確認したことの記録とか、おカネを払ったことの記録になる領収書とかについても、似たようなことがいえます。
ECでいうと、Amazonでモノを買う時、売り手と買い手の双方は色々な嘘をつくことが考えられます。それらがすべて防止されてるわけではないですが、何かあったらTTPであるAmazonに記録が残っていて、どちらの言ってることが正しいかが証明される。そのことによって、ある程度のウソ防止が可能だからこそ、取引のプラットフォームとして成り立っています。Amazonマーケットプレイスに出品しているお店なんて全然しらないわけで、相手を信用なんてしてないのですが、Amazonが仲介してくれてるし違法行為があったら裁かれるんだからということで、そこまで躊躇せずに取引ができる状態になっています。
つまりですね、「信用されていない主体が取引に参加できる」ことがブロックチェーンの付加価値だと言われても、それはもともと、様々な形態のTTPによってこれまでも可能になってきたし、そもそも信用できる相手なんて世の中にそうはいないものであって、TTPに頼って取引をするというのが人類の経済活動においては常態であるわけです。
ブロックチェーンの場合は、ネットワークの全体が分散的にTTPと同じような役割を果たしている(だからまぁ、Trusted Third Partyという言い方だとイメージと違う)感じなわけですが、問題は、そのほうが効率的なのかどうかという点にあるんじゃないでしょうか。
たとえば取引に参加している人たち同士の契約(双方の意思表示)の記録を、中央集権的なサーバで行うことにした場合、記録はそこにしかないわけなので、24時間365日確実にアクセスできることが求められるかもしれない。すると、システムの稼働を止めないために多大なコストがかけられることになります。また、そのサーバの提供元が不正をしたり、処理に間違いがあったりしては話にならないので、厳格な運用と監視の体制が求められます。
一方ブロックチェーンの場合、方式は色々あるんでしょうけど、たとえば本人が電子署名を打って記録を作成し、ネットワークに参加している全ノードにばらまくことになります。そして何らかのコンセンサスプロトコルによって、その記録が正しいことの確認がされ、全ノードがそれを記録していきます。このことによって嘘がつけなくなりますが、中央にめちゃめちゃ厳重に管理されているシステムがあるわけでもなく、またネットワーク全体で情報を共有しているので、一部のノードが停止したとしてもシステム全体が落ちるわけではない。
どっちの方式でも、「ウソをつきにくくする」(否認防止)という価値を提供している点では同じです。どっちが効率的なのかは場合によると考えられ、ひょっとしたらブロックチェーンのほうが効率的なケースもあるかもしれないからということで、いろいろ実証が行われているのだと思います。
たとえば、順序を守って処理しなければならないとか、即時に処理をしなければならないといったことが多い場合、中央の巨大システムにデータを集めてから処理したほうが合理的かも知れませんが、そのへんがある程度ゆるくていいのであれば、中央に厳格な運用体制を敷くよりも、しょぼいコンピュータをネットワーク化して分散的に処理する方式で十分かもしれない。即時性や順序性を犠牲にしていいのであれば、取引参加者のコンピュータが太い回線でつながっている必要もなくなるので、通信コストも削減できるかもしれない。実際ビットコインは、取引の記録が正しいものとして承認されるのにある程度時間がかかりますが、これは要するに、「特定の組織に管理されたくない」というP2Pイデオロギーの信念を実現するために、即時性を犠牲にしてるわけですね。
IoTが進展すると、何兆台というデバイスがネットワーク化されてくる(と言われている)わけですが、大量の低スペックなコンピュータが低スペックな回線でつながっている状態だと、中央にデータを集めて処理してまた返すみたいなやり方は成り立たなくなるから、当事者デバイス間(P2Pで)でいったんやりとりを完了させて先に進み、少し時間差を持って記録の正しさが確定していくようなブロックチェーン的なアーキテクチャのほうが向いてるだろう、みたいな話も聞いたことがあります。
先日会社で、スマートコントラクトにブロックチェーンの仕組みが登場する意味が分からないと言っている人がいたのですが、何で分からなくなったかといえば「ブロックチェーンだからこそ可能になる取引がある」という話だと思ってしまったからです。実際はそうじゃなくて、取引を可能にするシステム構成として、ブロックチェーンが他の方式よりも効率的となる(かもしれない)ようなケースもある(かもしれない)という話なわけですよね。
とりわけ、言った言わないで揉めることがないように「正しい記録」を保持し続けなければならないという点に着目し、そのためのコストが論点なのだと理解すると、その点だけが重要なわけではないにしても、最近騒いでいる人たちが何を騒いでいるのかがよくイメージできる気がします。
冒頭で引用した記事の視点がずれている気がすると先ほど書きましたが、もう少し正確にいうと、たしかに「ブロックチェーンの仕組みだからこそ可能になる取引や業務」があるという前提でイノベーションだ何だと煽っている人は多く、そういう人に対しては冒頭の記事のようなツッコミを入れることは適切なのだと思います。ビットコインの印象が強烈だったので、なんか新たな経済原理が登場したみたいに思っちゃってる人はそれなりにいると思うんですよね。
しかし、「もともと可能だった取引・業務のうち、ある種のケースでは、ブロックチェーン方式のほうが効率的に取り扱える」みたいな話をしている人もたくさんいます。冒頭の記事はそういう方向性の議論が視野に入っておらず、ひたすら「新しい価値が生まれるのか否か」を論じている(ちょっと生まれると主張している)ので、私が聞いたブロックチェーン界隈の話とはズレていると感じた次第です。
「パブリック」なブロックチェーンと「プライベート」なブロックチェーンというふうに区別する人もいて、ビットコインみたいなオープンなやつがパブリック、企業が自社内や自社サービス内で利用するようなのがプライベートです。冒頭の記事が論じているのはもっぱらパブリックの方だと思いますが、いま金融機関とかが取り組んでるのはどっちかというとプライベートなチェーンの方が多いんじゃないですかね。どっちが多いかはともかく、プライベートなブロックチェーンの取り組みがいくつも存在するのは確かです。
プライベートなブロックチェーンにおいては、当たり前ですが、「特定の組織に管理されたくない」みたいなビットコイン的理念はもはや全く関係なくなります。単に、業務上の処理を記録していくための方式として、効率が良いかどうかの話になります。
なお私が述べてるのは、最近ブロックチェーン活用を検討している産業界や政府の人たちが何を話題にしているかという話ですが、技術者の世界ではもっと色々幅のある議論がなされているのだろうと想像してます。