14歳棋士・知られざる偉業への道 ~歴代最多28連勝・藤井聡太~
中学3年生のプロ棋士・藤井聡太四段の快進撃が止まらない。史上最年少・14歳2か月でプロ昇進して以来、公式戦負けなしの27連勝。6月2日に行われた実力者・澤田真吾六段との対局では、恐るべき戦略を駆使して不利な形勢を一手で逆転した。そして勝てば歴代最多連勝記録「28」にならぶ今日21日は再び澤田六段と対戦。前回苦戦した相手を見事に破った。偉業に並んだ若き棋士の強さに迫る。
出演者
- 山崎隆之さん (プロ棋士)
- 大崎善生さん (作家)
- 武田真一・田中泉 (キャスター)
14歳棋士・藤井聡太 知られざる偉業への道
歴代最多の連勝記録に並んだ藤井聡太四段。その第一歩を踏み出した頃の映像です。番組では、プロデビューから長期間取材し14歳の素顔に迫ってきました。
プロ棋士 藤井聡太四段
「大吉です。」
「なんて書いてあるんですか?」
藤井聡太四段
「わが好きなことをするべし。」
「何ですか、それは?」
藤井聡太四段
「もちろん将棋です。」
「藤井聡太は天才ですか?」
藤井聡太四段
「ただ将棋が好きでやってきただけなので。」
幼い頃、大人が相手でも負ければ泣いて悔しがった藤井さん。史上5人目の中学生プロ棋士として大きな期待を背負ってきました。
「目指している棋士は?」
藤井聡太四段
「少しでも最善に近づくことを目標にしているので、具体的に憧れの先生がいるというわけではないです。」
田中
「歴代最多の28連勝が懸かった今日(21日)の対局に、大勢の報道陣が詰めかけています。」
中学生の快進撃を止めようと立ちはだかったのは、格上の強敵・澤田真吾六段。20勝目の対局で大苦戦を強いられた相手です。前回は、起死回生の一手で辛くも勝利を収めた藤井四段。互いに一歩も譲らない激しい攻防のすえに、ついに30年ぶりの偉業を成し遂げました。
藤井聡太四段
「連勝できるとは夢にも思わなかったことなので、本当に運がよかったという感じです。」
驚異の14歳プロ棋士。その強さの秘密を秘蔵映像で徹底的にひもときます。
“進化”する14歳 藤井聡太四段
田中:28連勝を懸けた今日の藤井四段の対局は、5時間ほど前に終わったばかりです。結果は藤井四段の勝利でした。
取材で、ちょうど目の前で対局室に入っていく藤井四段の姿を見たんですが、冷静、ひょうひょうと歩いている姿がすごく印象的でした。また別の場所で行われていた、大盤解説会の場所も取材したんですが、午後1時から始まるのに、午前9時から並ぶファンがいたりと、この対局の注目度の高さを感じました。これで藤井四段の連勝は、ご覧のように歴代1位に並びました。
1月のクローズアップ現代+では、プロデビュー戦だった加藤一二三九段との一戦に密着。藤井四段の強さの秘密として、「終盤の力」に迫りました。そこからの快進撃。果たしてどんな進化を遂げたのでしょうか。
14歳棋士・藤井聡太 知られざる偉業への道
藤井四段を育て上げてきた、師匠の杉本昌隆七段です。藤井四段が小学4年生のとき弟子として引き受けました。
最初に対局をしたときの様子は今でもはっきりと覚えています。
藤井四段の師匠 杉本昌隆七段
「私が勝ったけど、なんかものすごく落ち込むというか、この世の終わりみたいな感じでどんよりして、ちょっと失礼じゃないかなと。私からすると負けて当たり前。それぐらい根性がある、負けず嫌い。」
藤井四段の持ち味は終盤の勝負強さ。その秘密は幼少期に始めた詰め将棋にあります。相手を追い詰める道筋を読むトレーニング。藤井四段はこれまで1万以上の問題を解いてきました。今では師匠でさえかなわない読みの力を身につけました。
28連勝が始まったのが去年(2016年)12月。あの加藤一二三九段との対局でした。藤井四段の持ち味である終盤の勝負強さがさく裂。
鮮やかな勝利を収めました。
加藤一二三九段
「スピードはある意味、予想以上の早さ。」
歴代最多、28連勝の記録を持つ神谷広志八段です。
プロデビュー後の藤井四段は、終盤だけではなく、序盤の戦い方も安定してきたといいます。
歴代最多28連勝 神谷広志八段
「僕の場合は、サッカーで言うと残り5分で3点ぐらい負けているようなものがいくつもあった。藤井さんの場合は、不利と言っても残り10分で1点負けているくらいの感じ。そういう意味では圧倒的に実力で勝っていると思う。」
「(記録が)抜かれることに関して、正直なところどう?」
神谷広志八段
「抜かれたくないなという気持ちはある、正直。」
藤井聡太四段
「僕は昔から逆転勝ちがかなり多かったんですけど、それだけじゃずっと勝ってはいけない。もっともっと自分の実力を高めて、いい将棋が指せるようにしたい。」
そうした中、藤井四段に最大の試練が立ちはだかります。
20連勝をかけた対局。相手は将棋界の次世代を担うと目される若手の実力者、澤田真吾六段。連勝を止める筆頭候補と見られていました。対局は藤井四段がプロデビュー後、経験したことのない戦いとなりました。
まず直面したのが「千日手」。
千日手の例です。まず先手が金を前へ。そして後手が飛車を後ろに。すると先手が金を元の位置に戻し、後手も飛車を元に戻します。このように両者がこう着状態になり、4回同じ局面になると千日手が成立。対局は最初からやり直しとなります。
将棋にはそれぞれ持ち時間があります。しかし、千日手でやり直しになった場合、費やした持ち時間は戻ってきません。対局が進んで持ち時間を使い切ると、すべて1分以内に指さなければならなくなります。
いつもは冷静な藤井四段。しかし、時間を気にするあまりミスを連発します。正確な読みが持ち味の澤田六段。藤井四段の王を着実に追い詰めていきます。
藤井聡太四段
“うっかりしていて、修正のきかない局面になってしまいました。はっきり負け(の局面)なので厳しいところはありました。”
報道陣が「藤井、ついに連勝ストップ」の一報を準備し始めた、そのとき…。藤井四段が指したのは思わぬ一手でした。手持ちの「桂馬」でかけた王手。
藤井聡太四段
“局面が負けなので、言葉は悪いですけど、やけっぱちというところもありました。自分としては精いっぱいの手でした。”
この局面。次の一手で、相手は王を逃がすか金で桂馬を取るかの二者択一。その先の膨大な指し手を読んだ藤井四段。澤田六段が王を逃がせば10手以上先に自分の負け。一方、金を動かして桂馬を取った場合は、逆転して10手以上先に自分の勝ち。勝負を相手に預ける代わりに僅かな可能性に賭けた、いわば勝負師の一手でした。
すでに持ち時間を使い切っていた澤田六段。これほど短く感じた1分はなかったといいます。
澤田真吾六段
「こちらはもう最善を探すほうなので、全然短かった、1分は。あの若さですごい勝負術。」
澤田六段は先を読み切ることはできるのか。藤井四段は、これほど長く感じた1分はなかったといいます。
澤田六段は…。
「金で桂馬を取る」選択でした。このあと一気に形勢は逆転。藤井四段の20連勝が決まりました。
藤井聡太四段
「本当に自分の実力からすると、僥倖(ぎょうこう=思いがけない幸せ)としか言いようがない。全体的に苦しい将棋だった。」
自分の思いどおりの展開に持ち込めなくても、諦めず一か八かで勝利をもぎ取る精神力。強敵相手に見せた藤井四段の進化でした。
藤井四段の師匠 杉本昌隆七段
「相手の読んでいない、ハッとするような手を出して、苦しい将棋をひっくり返すと。天性の勝負師、彼は。」
そして今日…。次世代のライバル誕生を予感させる2人。歴代最多の28連勝をかけた対局は、その澤田六段との因縁の対決になりました。激しい攻防を制したのは藤井四段。勝利を引き寄せたさらなる進化とは、果たして…。
“進化”する14歳 藤井聡太四段
田中:因縁の対決は、藤井四段の勝利で終わりました。では、何が勝敗を分けたのか、解説していただきます。NHKの番組でも将棋解説をされている、プロ棋士の山崎隆之八段、ご自身も歴代4位の22連勝の記録をお持ちです。
きょうの対局、何がポイントだったんでしょうか?
山崎八段:まず、ここは7六歩(ふ)と、澤田さんが46手目に攻め込んだところです。
田中:中盤ですか?
山崎八段:中盤戦の難所ですね。プロでも先の見通しにくいといわれている、一番難しいところです。そこで藤井四段がどう指すかなと注目していたんですけれども、藤井さんが選んだのは、一番将棋でいう弱い駒、「歩」でした。
まず6三歩と打ちまして、これはまあ、取るとちょっと隙が出来てしまうので、7二金と寄ったんですが、そしてさらにもう1つ歩があるんですけれども、この最後の歩を7三歩とさらに使いまして、この金を7一金と、取りになっているので、バックさせたんですね。
実は、これがこの一番歩の2枚の弱い駒でこの攻撃の要、後方の要である一番強い飛車と、この守りの要である金を、実は封じ込めていたというところなんですね。
田中:これが勝負の決め手となったということですか?
山崎八段:実際に終盤戦で役立ったんですけれども、ただし、このときは指しすぎになってたかもしれないという感じで、(なぜこれをやるのか)分からなかったんですよ。実際これがいい手だというふうに感じたのは、実際ここからさらに20手後ですね。終盤の入り口になってからやっと分かる、いい手だったんだなと、このときのために指してたんだなと思いましたね。
田中:今日の対局を通じて、藤井四段の進化というのはお感じになりましたか?
山崎八段:澤田さんという、とてもすごい強敵相手に、中盤戦で先を見通して、これだけ完璧に返して、自分のペースで最後まで戦い切ったというのは、非常により一層強くなったなと感じましたね。特に中盤戦が、さらに進化したんじゃないかなと思いました。
偉業達成・藤井四段 強さの秘密は
今日の対局、どう見た?
大崎さん:今日の将棋は正直言って難しくて、私たちアマチュアには、ちょっとどこで逆転したのかよく分からなかったんですけれども、いつのまにか藤井さんが勝ちになってるという、そういう強さの一面を見せてもらいましたね。
藤井四段の実家まで取材したことがあるということだが、身近に見てきてどんな印象?
大崎さん:お母さんとおばあちゃんがいたんですけど、すごい明るくて、楽しいうちで、藤井さんも本当にどこにでもいる頭の賢い中学生という感じで、それがなんか逆にすごみみたいなのを感じました。この子の中に天才性が潜んでるのかっていう、そういうすごみを逆に感じさせてもらいましたね。
定評のあった終盤の力に加えて、序盤・中盤の力を伸ばしてきた。コンピューターを使ってトレーニングしているそうだが?
大崎さん:本人に聞いたんですけど、3台使って、ソフトを使い分けて研究してると言ってました。やっぱりそれが序中盤の経験値を埋めるのに、すごく役に立ってるようですね。大阪の若手の棋士から、コンピューター使って研究するといいよと1年半前に言われて、全然抵抗感なく導入したみたいですね。そこから序中盤がどんどん強くなってるという棋士からの評判をずいぶん聞きます。
(これまで棋士の皆さんが、何十局、何百局と経験を積んで得てきたその序盤、中盤の感覚というのをコンピューターで?)
コンピューターが、55対45とか、60対40とかっていう数値で示してくれて、その中からいろいろ吸収していくという方法を、すごいスマートに、スムーズにやってらっしゃるんじゃないかなという感じがしましたね。
今回、連勝記録は1位に並びましたが、藤井四段は、実はプロになる前から大きな、ある夢を抱いていました。
14歳棋士・藤井聡太 描く大きな夢
「藤井聡太新四段の入場です。」
中学生プロ棋士としての大きな期待がかかる藤井四段。デビュー直後、祝賀会でみずからの夢を明かしました。
藤井聡太四段
「東海地方にタイトルを持って帰るのが板谷先生の頃からの悲願なので。」
藤井四段が口にした板谷進九段。師匠のそのまた師匠に当たる人物です。故郷にタイトルをもたらす棋士を育てたいと力を尽くしましたが、志半ばで亡くなりました。板谷九段がいなければ今の自分はないと、藤井四段は感謝の気持ちを抱き続けてきました。
藤井四段は、亡き板谷九段の思いを受け継ぐことが、プロ棋士としての夢の1つだといいます。
藤井聡太四段
「東海地方にタイトルを持ってくるのが、師匠の師匠である板谷先生の代からの悲願だったと思うので、ぜひ実現できるように頑張りたい。」
連勝記録に大きな注目が集まる一方で、師匠の杉本七段は、将来タイトルをとるために何よりも大切なことがあるといいます。
杉本昌隆七段
「藤井四段はまだ14歳ですから、ここで連勝を続けることも非常に価値あることだが、それよりも少しでも強くなってほしい。歩、一枚でもいいから、昨日よりも今日、今日よりも明日の方が少しずつでも強くなる。彼にとって今、求められることだと思います。」
偉業達成・藤井四段 未来の可能性
田中:大きな期待がかかる藤井四段は、中学3年生。好きな科目は社会と数学、それに体育。特に短距離走が得意だそうです。好きな食べ物は麺類とスイーツだということです。
中学生でプロ棋士になったのは史上5人目。その顔ぶれは、いずれも後に名人や竜王など、大きなタイトルをとった歴史に名を残す名棋士です。将来有望な藤井四段ですが、そうした名棋士と肩を並べるためには、まだまだ長い道のりがあります。全国にはプロ棋士が160人。5つのクラスに分かれていて、デビューしたばかりの藤井四段は、最も下のC級2組に所属しています。これまで戦っている相手のほとんどは、同じクラスの棋士でした。今後、勝ち進んでいけば、格上の棋士と次々と対決していくことになります。
将来、藤井四段がタイトルを獲得する可能性は?
大崎さん:たぶん100%だとは思いますね。必ずとると思いますけど、問題は、いくつとるか、どのぐらいとるかとかっていうことのほうにかかってるんじゃないかなという気がします。
(その根拠は?)
やっぱり強さですね。強さだし、現実的に今28連勝してるってこともありますけれども、トップ棋士を集めたほかのおこのみ対局で、羽生さんを含めて6勝1敗という成績を上げてるんですよね。
それがもうすごいメンバーで、この人たちに勝てるのは何人いるかっていうぐらいのすごいメンバーを、6勝1敗と圧倒的な成績で勝ってますので、もう時間の問題じゃないかなという気がして、ちょっと気が早いかもしれないですけど、わくわくしてますね。
同じプロ棋士として、この14歳の登場をどう受け止めている?
山崎八段:14歳といえば、普通はまだプロを目指している段階ですから、入りたての段階ですよね。その中でもトップクラスの人に勝ち、トップ棋士と互角に戦える力がありますので、10代前半から後半が一番強くなる時期で、これだけの力をもうすでに持っているということで、若手もすごく最近活躍しているのは藤井さんに対しての危機感ですかね、危機意識を持ってるので、将棋をレベルアップしないといけないっていう意識があるんじゃないでしょうか。
(将棋界全体のレベルアップにもつながる?)
かなりつながるかなと思います。
藤井四段が対局した王将戦で、次に当たる可能性があるということだが?
山崎八段:そうですね、反対の枠にいまして、次も大変なんですけれども、勝つと実は藤井さんと当たるんですよね。先ほども言いましたけど今からが一番強くなる時期なので、やっぱり今当たるのが一番勝つチャンスがあると思うので、ぜひそのチャンスをものにしたいなと思っているところです。
(勝算は?)
今日の将棋を見ると、もうトップ棋士相手に胸を借りるぐらいの気持ちでやらないと厳しいなという感じですね。