2006-12-29

2006年の達成

2006年の可視的成果はフィジカルな面のみ。
人格的な成長なく反省と後悔の日々。

フィジカルな達成:体重

2006-8-23の測定値=73Kg
2006-12-5の測定値=68Kg
BMI = 22

すこし腹はへこんだ。

筋肉量:55 Kg
体脂肪量:11 Kg
体脂肪率:16 %

身長がなぜか,176cmから175cmに減少。測定装置の誤差か,肉体的退化の始まりか。

2006-12-28

サラブレッドの極限

ディープインパクトは史上最強であった。2006年有馬記念の心配はただひとつ,故障であった。

サンデーサイレンス(SS)の初期の子供にサイレンススズカという逃馬がいた。ディープインパクトは晩期の子供であり,結局はSSの最高傑作であった。サイレンススズカもディープインパクトも「速く走る」という単一目標に向かって交配を重ねた結晶であった。

小型な体格と,柔軟な体質。利口で人懐こく,やや晩熟というのも共通している。皮膚が薄く良質の筋肉。恵まれた心肺能力。限界までスピードを上げて,前へ前へ,速く速く,と走る。

その極限で,前足をこなごなに粉砕するまでスピードを上げて破滅してしまったサイレンススズカの記憶が不安とともによぎる。ディープインパクトの心配はそれだけだった。武豊にもサイレンススズカに騎乗した時の,このSSの最高傑作たちの宿命的危険を感じなかっただろうか。

2006-12-02

顧客不満足あるいは不安族

WEBシステムが普及し,社会的インフラのようになると障害発生による影響は大きい。特に日常生活に組み込まれると,水・空気・エネルギー・通信などのような存在としてネットワークは位置づけられてくる。

最近,自宅のPCがどことなく不調である。全体的にレスポンスが遅いのである。イライラする。原因を特定できないもどかしさである。MS-DOS時代のような簡単な環境ではない。Windows95になった頃から,もうシステムファイルの全貌を理解することを放棄して,PCはブラックボックスとなった。これにインターネットの複雑さも加わって,ほとんど無知な消費者状態である。

理由は複合的に思いつき,想像されるので厄介である。レスポンスが遅いという現象に関して,
(1)PCが劣化してハード面でも問題が起きているのか
(2)Fletsの通信状況が悪いのか。混雑時間のせいか
(3)プロバイダのサーバーが停止か不安定になっているのか
(4)システム状態のせいでOSの再導入をしなければいけないのか
(5)ウイルスに感染しているのか

すぐに,これくらいは嫌疑があがる。

最大の苛立ちのWEBメールは1つ解決した。CatchMe@MAIL のサーバーが停止しているのである。GMOがこのサービスを使っているのである。POPメールも遅いので関連があるか知れない。WEBメールは12/1に遂に完全停止した。その前からPOPメールをDLできないか,きわめて遅い通信状況になっている。数百通がサーバーに数日間,残ったままで取り出せなかった。アクセス集中の影響もありそうだ。夜中の3時まで粘ったらメールをDLできたから。

しかし,ブログも反応が鈍いので,やはり通信環境か,とも思う。たぶんこればGoogleのサーバーのせいである。ほかのサイトを見るときには速いから。

通信速度が遅くなると,近所のユーザーがみなFletsにして混雑したのかと想像してしまうが,NTTにつなげると速いので,プロバイダへ疑いの目がいく。

1つのエラーメッセージは消えた。フリーソフトを入れたときに,こっそり侵入していたプログラムのせいであった。アンインストールで消えてくれた。こういう問題に関しては現在のWEBおよび検索システムは便利である。どこかに誰か,自分と似たような経験をしている人がいるのである。

それにしても,本当に,うんざりである。
すべてをリセットしてしまいたい時の気分に似ている。

2006-11-16

テレビ初出演

来年の放映になる番組をスタジオで収録してきた。といっても,私はゲストなので出番は15分くらい。

テレビ初出演である。

最初に簡単な打ち合わせをして,メイク室にということで,ばっちり化粧してくれるのかと思ったらライトで顔が光らないように塗るだけ。残念。

リハーサルを1回やったが,やはりリハーサルしないとだめだと思った。台本があるけれど,映画ではないから,台本のとおりにならない。自分で書いた台本だけれど,書くことと,話すことは少し違う。書くように正確に話すのは難しいし,書いたことを思い出そうとすると動揺する。

そこで,順番だけを確認して,あとは流れに任せることにした。時間調整の問題もあるので,あせらないためには,シンプルにしておくほうがいい。

スタジオにはスタッフが10人くらいはいて,水をくれたり,メイクを直してくれたり,たくさんのモニターがあったり,という雰囲気である。いちど息子をつれてアルタスタジオに「笑っていいとも」の収録に行ったことがあるけれど,あそこよりも緊張感がある。
NHKの「日曜討論」の生放送収録を取材したこともあるが,あの番組は司会者がいて,ただ話したいことを話すだけという気楽さがあった。

「こりゃあ,あがってしまったら,お仕舞いだな」

と思った。内容は10分あまりだから,余裕の気分に持っていき,楽しいことを考えて,撮影を楽しんでやろうと思った。
すると,視聴者へのサービス精神も出てきて,なんならお笑い系で進めたくなったのであるが,さすがにそういうわけにもいかず,笑顔もなく,まじめにやってきた。

リハーサルでは,やはり,単調にしゃべってしまったので,相手がいるようにカメラに向かい,適切なところで,区切りを入れて,メリハリを考えた。

映画のように,カットしながら,シーン単位で撮ってくれないかなと思ったが,それを自分の裁量で構成するということになる。


ところで,モニターを見て気がついた。私は直立しているつもりでも,少しクビが傾いているのである。証明写真を撮影するときに,いつも指摘されるので,クセだとは思いつつ,かなり気になった。斜めから撮影して欲しいくらいだ。

大学の講義や,講演では,まったくあがらずに話ができるが,テレビというのは勝手が違う。何が違うかと言うと,自分が映される場面があるということである。そこで,リハーサルの反省を活かして,積極的に顔を映すようにした。まあ,せっかくの出演だからな(笑)。

最後に「言い直し」があった。アルパチーノの出演した「シモーヌ」という映画を思い出す。つぎはぎにして作品を作ることは現在の技術ならできそうである。

「ハイ,本番いきます」という声が,緊張しやすくていやだな。長嶋のように「さあ,いらっしゃい。ボールちゃん」という気分でないとな。

「花伝書」でも熟読しておくと,いいかも知れないと思う。
自分の内部に第三者視線を意識して映像化されるという位相を獲得できるか否か,が超えるべき水準のようだ。

2006-11-12

訃報の意味

ニュースサイトの訃報欄は日刊の新聞と違って,WEBサイトの保存性の良さがある。たまに時系列の一覧を見ながら,毎日,毎日,亡くなられた人々の名前を追いかける。無常と言う想いになる。決して,精神的ではなく物理的な地球上の生成流転を思う。

三島由紀夫の「豊饒の海」の映画化作品を少し前に,DVDで鑑賞した。小説で読んだ記憶では途中から,輪廻転生をベースにした物語性を楽しめた気がする。映画の「春」を見て,昔読んだ小説の記憶を少し,たぐりよせてみた。

貴族の恋愛小説として映画を観ると,幼稚な男女関係だけが見えてしまう。あるいは幼稚な貴族を見せているといえばいいのか。純粋さへの感動が生まれないのか何故か。


はらたいらの訃報に接し,健康にも気をつけないといけないな,などと思う。

宇井純の訃報に接し,大学生になるべく上京した頃を思い出す。
その頃は1976年頃だと思うが,今から30年前ということになる。まだ宇井純の公開講座は開催されていて,たぶん早稲田のキャンパスで拾ったチラシを見て,東大に行ってみるか,と思ったのである。
夜の東大・本郷というのも,どことなく恐ろしげであった。その時の講演者は宇井純のほかに,羽仁五郎,荒畑寒村,そして石牟礼道子だったと思う。

宇井純の話で記憶しているのは,日本の河川のサイクルと公害との関連だけであるが,会場の少しはまだ残っている当時の熱気というものがあり,宇井純の若々しさであった。当時はまだ40歳代の半ばで,公開講座なんて勝手なことをやっていたということに,今の自分の年齢を重ねると驚く。

羽仁五郎はたぶん,いつもの話だったと思う。やはり「都市の論理」について話をするし,東大闘争の話などもする。羽仁家の話もしたかも知れない。

荒畑寒村は,夜逃げの話が印象的だったが,清貧をよしとし,物質的な豊かさが何かをだめにしているというような印象のことを話していたと思う。

石牟礼道子の印象は静かさである。水俣と東京を往復して疲れているのかと思ったくらいである。発言としては「ここにいるような,あたなたちはインテリだけれど」というようなことを言っていた。この公開講座は東大生ばかりではないだろうに,と思ったが。


あんなに元気な40男であった宇井純が30年後には亡くなってしまう。私の残り少ない人生も,悔いなきように,十分に生きなければ,と思う。しかし現実は,なかなか充実しないまま,時間ばかりは経過していく,もう今年も終わりつつある。


有名人の訃報は,歴史的な感慨になる。
身近な人の死は,ただ悲しいだけである。

2006-11-08

フレンチ・トースト

もう10年以上前,あるいは20年前かも知れない。帝国ホテルで食べたフレンチトーストに感激したことが忘れられない。

何を驚いたかと言うと,おいしい,ということは勿論なのだが,パンが「フランスパン」であった,ということである。命名の由来は知らないけれど,なるほどフランスパンを使うから,フレンチトーストというのかな?,と思った。実際はどんなパンでもいいか知れないが,あの固いフランスパンの食べ方としては,ぴったりである。

フランス料理では,皿に残ったソースをフランスパンでとって食べていいようだが,実際,そういう使い方をするのに,あの固い皮はぴったりである。

子供の頃,フランスパンを初めて食べたとき「これ,くさっている」と言ったことがある。歯が折れそうになるほど固くて,これは食い物ではない,あるいは食えない状態にまで悪化したのだ,と思ったのである。

帝国ホテルのフレンチトーストに感激して驚いたのには,まだ理由がある。

子供の頃,母親がフレンチトーストを作ってくれていたのであるが,食パンを使っていた。牛乳とタマゴをまぜて,フライパンにバターを塗って焼くだけである。これもおいしくて好きだったが,帝国ホテルで食べたとき,「あっ」と思ったのだ。「やはり敷島の食パンではなくて,フランスパンだよな」と。


たまに,これを思い出して,また帝国ホテルでフレンチトーストを食べてみたいと思うことがあった。しかし,何度も帝国ホテルに行く機会があったのに,なぜか食べなかったのである。

先日,有楽町にいたとき,ふと,帝国ホテルに行ってフレンチトーストを食べてみようと思い立った。


もう夕方に近い時刻であった。少し順番待ちをして1人で席につき,メニューを眺める。どこを探してもフレンチトーストはない。「モーニングだけかな」と,ふと思う。

ウェーターが寄ってきた。

「実は,フレンチトーストを食べたいんだ。ないのかな」
「フレンチトーストは11時まででございます」
「そうか。だいぶ前にここで食べたフレンチトーストが忘れられなくて,急に食べたくなって,近くに来たから寄ったんだ」
「そうですか。昔とは作り方が変わったのですが。できるか確認してきます。ただし,ソースから作りますから2,30分のお時間をいただくかも知れません。お時間は大丈夫ですか?」
「もしできるのなら頼みたい。時間はあるから大丈夫。無理なら別のものを頼むから,聞いてみて」

休日の私は無精ひげ・普段着でフラリと入ったのだが,ウェイターは丁寧な態度で私を大切に扱ってくれた。

ウェイターが戻ってきて,

「できるそうです」

というので,サラダと紅茶と一緒に頼んだ。
ゆっくりサラダを食べていたが,まだ食べ終わらないうちに,フレンチトーストはやってきた。フランスパンを大きく3つに切ったものだ。ウェイターはにっこり笑って置いていった。

私は十分に楽しみながら,久しぶりに楽しみながら食べた。紅茶の追加にきたウェイターは「どうですか,昔の味と変わってしまいましたか?」という。「いや,昔のままおいしいよ」といったが,具体的な味の相違など記憶しているはずもなく,やはり「おいしい」というだけであった。


この頃,フレンチトーストのある店として,デニーズを発見して,デニーズでいつもフレンチトーストを食べていたのだが,やはり帝国ホテルがいい。値段は1.5倍だが,味は数倍も違う。

客も年齢が高くて落ち着きがある。というか老人が多い。この頃は渋谷を徘徊することが多くて,若者ばかりを目にしていたので,日比谷・銀座の落ち着きも,いい気分である。


そういえば,帝国ホテルに関していえば,私はこのホテルの裏側までよく知っている。学生時代,花屋のアルバイトをしていたのである。ホテルというのは,裏側にたくさんの通路があり,ドアは目に付かない場所にある。従業員はすばやくそういうドアから出入りするので目に付かない。オモテは美しいが裏は正反対である。特に花屋は対照が激しい。今でもきっとそうなっている。
もう,裏を歩くことはなく,オモテの客としてホテルマンと接するだけだけれど,アルバイトを始めたとき,黒服のおじさんに「ここは,帝国ホテルという超一流のホテルだから,そのつもりで働くように」と注意されたのを覚えている。きたねえ格好をして表に出るな,という意味でもあったろう。

2006-11-05

会社を辞めたい時

大学教師を辞めたのに,なかなか忙しさは減らない。大学教師の時間は仕事以外の時間をあてていたのだから,当然でもある。仕事とそれ以外の境界が曖昧な生活をするのは,昔からであった。

そのかわり休日には,肉体的トレーニングに時間を消費することができるようになった。おかげで順調に肉体整備は進む。カラダは正直なものである。毎月1キロずつ体重が減っていく。この調子でいくと2か月後には5キロ減って,めでたく理想体重の68キロか。

3連休なのに,仕事している。といっても,原稿締切が2本あって,1本は終わり,あと1本が時間かかりそうだ。その前に査読が1つあるから,これもしっかり先にやらなければいけない。
風邪をひいて,なかなか完治しない(というか,治りそうになると酒を飲んでしまう)。

仕事がイヤになったら,酒を飲むか,映画を観るか,トレーニングするか。しかし,これはストレス解消に過ぎない。

仕事は,儲かれば面白い側面もある。

私の実家は,小さなロープ工場を経営していて,父親が時々,経営上の悩みを話すのを聞いたことがあるが,小学生くらいの頭脳でも,そんな程度の問題なら,こうやって解決すればいいのに,と思うようなことがあった。下請け工場なので,顧客は大企業であり,そことの交渉が中心であった。昔は景気が良くて,従業員もたくさんいて,私の母は病院に通うのに,小さな私をつれて会社の運転手のクルマに乗っていた。(といっても実はトラックである。納品途上に便乗していただけ)
私の実家の町も活気にあふれていた。子供もたくさんいてにぎやかだったのかも知れないが。今は,すっかり静かになり,温泉街では倒産が続いているようだ。同級生の経営するホテルも,あと1軒しかない。

若い頃から,マネジメントの本を読む気は起きなかったが,いま眺めてみると,アメリカのマネジメント方法論の本など,なかなか優れていると思う。

若い頃の私は,なんとなく会社員がイヤになると,宮澤賢治の「猫の事務所」を読んだり,山口瞳のサラリーマン物を読んでいた。それでなんとなく,治まってしまった。なぜだろうか?

要するに,ほかに楽しいことを発見していただけかも知れない。なにか勉強して没頭してみたり,遊びに夢中になったり,バランスと自己研鑽だけしていればよかったともいえる。

なにか,とても高い価値の存在を自覚すると,会社でやっていることが,相対的に小さくなってしまうという経験の反復であったとも言える。

新聞の社説には「労働契約法」の動きが取り上げられている。コラムでも「プロシューマー」「クリエイティブクラス」の話である。伝統的な労働管理,仕事スタイルとの対立構造は,見えるものと,見えないものに分離しながら進行していく。


この頃のニュースのうち,「イジメ」と「虐待」の2つは,ほとんど生理的に受け付けることができない。見解もあるけれど,それ以前に聞くに堪えない。

人間は善でもあり,悪でもある。

イジメは組織の閉鎖性に応じて,必ず発生する社会性と人間性である。私も学校でイジメられた経験があるし,私の子供もイジメられたことがある。
そこはイジメられる側の問題の自覚と,家族の外側に広がる人間関係の本質に関して学習する場所がある。
自殺にまで追い込まれる状況を想像すると,誰も知らなかったということはあり得ない。

2006-10-28

フラガール

常磐ハワイアンセンターの話だというくらいの予備知識しかなく,喜劇かと思ってフラリと観てきた。
かよっているジムの下の階が映画館だということに最近になって気がついたのである。透明のエレベーターを上がって行く時に,フラガールの人形が見えたり,ジムのラウンジにフラガールのカードがあったり,と何かにつけて目に付いていた。トレーニングの前に指定席のチケットを買って,いい汗をかいた後に鑑賞という,なかなか充実した生活である。

昭和40年だから,私が8歳の頃である。この時の高校生18歳ということは,私の10年先輩であり,団塊の世代ということであり,そろそろ還暦の人々だということになる。

炭鉱閉鎖という背景を舞台装置に置きつつ,ショウ・ビジネスの開拓というコントラストがいい。必ずしも日本的なショウ・ビジネス物語ということでもないと思われる。欧米でも,笑顔や楽しませることの背後には悲しみや貧困や競争や,つまり人生が控えている。

このことは,暗い穴に入って石炭を掘り,顔を真っ黒にして肉体を酷使し,危険を背負う職業と等価でなければならない。「女が肌みせて,けつ振って」,落盤事故の日も笑って踊る職業と等価でなければならない。この価値の等価性を,ストーブのシーンで演出できたところが,普通の娯楽映画よりも,すこし質的に深い部分である。この時,常磐ハワイアンセンターは本質的に成功したと映画は主張しているとさえいえる,というのは深読みか。

李相日という若き監督を知らなかった。炭鉱閉鎖という背景にハワイアン,というところが彼の世代感性と才能の優れているところである。

涙のパターンは,「スウィングガールズ」や「がんばって いきまっしょい」と同じ。スポーツや音楽など,異なる対象における同一のパターンではあるが,フラガールの場合には,産業構造転換,地域興産という時代性がある。
思い出すのは「笑いの大学」。戦時下という時代にショウ・ビジネスの存在価値とか,人間性そのものを描くという舞台装置である。

蒼井優は,どこかで観たなあと思ったら「タイガー&ドラゴン」であった。お笑い役者かと思っていたが,踊れるようである。やはり女優とは,歌える,踊れる,そして芝居ができるタレントのことであったか。

私は,実は,ハワイに行ったことがあって,そこでハワイアンダンスの本物も観たことがある。なかなかの迫力であった強い印象がある。男性のダンサーもいて,上半身はだかでがんばっていた。

ストリーの中で,フラガールに誘ってくれた親友の父親が炭鉱を解雇されて夕張に去る話がある。私が愛知県の高校生の時に,夕張からの転校生がいたのであるが,夕張炭鉱も福島の8年後には同じ運命をたどり始めるわけである。

豊川悦司が,もう少し突出してくるかと思って観ていたが,いい具合に抑制されていた。

映画が終わり,暗くなった渋谷を歩くと,変装娘たちが・・・。そうか,ハロウィンなのか・・・

2006-10-26

肉体と精神

精神とか頭脳は,鍛えなくてはいけないと思いながら生きてきたように思うけれど,肉体には関心があまりなかった。

精神の鍛錬の成果は,学力・成績のようには,よく分からない。
ところが,肉体の鍛錬の成果は,単純に分かる。

若い頃,自分の肉体を手入れするなんて発想を持ったことがなかった。
18歳で運動らしきものを止めた。それ以来,30年間,まともに運動はしていない。40歳を過ぎて,腹が出る過程を「へえ,こうなるんだな」と数年間にわたって観察していた。

意識的にカラダの手入れを始めて2か月。体重は73Kgから71Kgへと,2Kg減ったが,理想体重は68Kgだという。あと3Kgほど減量することを当面の目標にする。いろいろな指標は,標準圏内のようだが,要するに腹が出ているから,その体脂肪が余分だというわけである。体脂肪率は18%なので,これを15%にする。体脂肪も3Kg減らすと,それが68Kgの実現ということになる。

自分の肉体美に関心はなかったが,さすがに鏡の前に立つと,かっこ悪いことは確かである。まあ,50歳になる前に,肉体だけは均整を整えて,逆三角形の筋肉質に改善してみるかな,という気分になっている。

しかし,なんでこんなことに注意を向けるようになったのか,自分が不思議である。もともとは「このままでは,死ぬ」と周囲から脅迫されたせいであるが。

漱石の『それから』の冒頭で,代助が自分の肉体について,満足げに眺める描写があるのだが,最初に読んだときには「なんだ,こいつは。自己陶酔家なのか,暇なのか」という感想であった。代助のような青年を象徴する書き出しでもあると思えるし,漱石自身の趣味なのか・・・。

 其所で叮嚀に歯を磨いた。彼は歯並の好いのを常に嬉しく思つてゐる。肌を脱いで綺麗に胸と脊を摩擦した。彼の皮膚には濃かな一種の光沢がある。香油を塗り込んだあとを、よく拭き取つた様に、肩を揺かしたり、腕を上げたりする度に、局所の脂肪が薄く漲つて見える。かれは夫(それ)にも満足である。次に黒い髪を分けた。油を塗けないでも面白い程自由になる。髭も髪同様に細く且つ初々/\しく、口の上を品よく蔽ふてゐる。代助は其ふつくらした頬を、両手で両三度撫でながら、鏡の前にわが顔を映してゐた。丸で女が御白粉を付ける時の手付と一般であつた。実際彼は必要があれば、御白粉さへ付けかねぬ程に、肉体に誇を置く人である。彼の尤も嫌ふのは羅漢の様な骨骼と相好で、鏡に向ふたんびに、あんな顔に生れなくつて、まあ可かつたと思ふ位である。其代り人から御洒落と云はれても、何の苦痛も感じ得ない。それ程彼は旧時代の日本を乗り超えてゐる。

2006-10-13

安倍内閣発足と支持率

2006年9月26日(火),安倍新政権が発足した。マスコミ各社は組閣後の夕方から一昼夜で世論調査を実施。28日付の朝刊で報じた。

各社の調査概要と結果は下表。
男女で支持率が5から6ポイントも異なり,女性の支持率が高い特徴を日経,読売,毎日は指摘した。



平日一昼夜のため,男女構成比が母集団(48:52)よりも偏っている。女性比率が高くなって,各社とも40:60くらいであろう。日経には示されていたが他紙は男女比が不明。ただし朝日とNHKに関しては後日発行される機関誌の中で性別・年代別の構成比が報告される。

老婆心であるが,女性の支持が高く,また標本の女性構成比も高く,このために全体の内閣支持率を押し上げた,と思う人がいるようだが,間違いである。

簡単な計算で確認できるが,数値例で示しておこう。標本サイズは, n = 1000 とする。


(1)男女で5ポイントも支持率が異なる場合。
男女構成比が30:70のように激しく偏った場合の支持率は72%で,母集団と同じ48:52の時は71%である。1ポイントしか変わらないのである。この対応関係は,母集団の構成比にあわせて重み(ウエート)付き集計をすることと同じである。





(2)それでは,男女で10ポイントも支持率が異なったらどうか。
それでも2ポイントしか変わらない。
標本の男女比が偏ってしまったら,母集団の構成比にあわせて重み(ウエート)付け集計すればいいと考えている人がいるが,そんな楽天的なことはない。




(3)ところが,標本の男女構成比が母集団と同じ(48:52)となったとして,男女の支持率の差異が5ポイントから10,15,20ポイントと拡大すると,全体の支持率は敏感に影響を受ける。男女が5ポイント差で,全体の支持率が71%であった時,男女が20ポイント差になると全体支持率は63%となり,8ポイントもの影響を受ける。





(4)同様の確認として,男女構成比が40:60くらいに偏ったら,どうなるか。この場合はやはり6ポイントもの影響を受けるが,この例では男女構成比の偏りが,全体支持率の乖離を抑制する方向になっている。




上記の例示は,回収層内の属性構成比の偏りに対しては頑健であるが,層間の異質性には敏感であるという教訓である。
ここから回収層と非回収層の異質性を類推し,層間の異質性が大きい場合には,回収率が低いほど全体の支持率に大きな影響を与えることがわかる。そちらを心配すべきであって,回収層内で重み調整して安心を得ようと縋るのは絶望的である。わずかな希望は傾向スコアくらいか。
回収率が低い調査で,回収標本と非回収標本が異質の場合,両者の合計である計画標本(母集団の近似)の支持率は,大きな影響を受ける。
しかし,回収標本の男女構成比や年代構成比を,母集団の構成比にあわせて重み付け集計したところで,計画標本(回収標本+非回収標本)の支持率を実現できるわけではないのである。
重み補正すればいい,というのは楽観的過ぎる。非回収の情報は未知のままであり,重み集計で既知になるわけではない。


現在,各社は回線数と世帯内有権者数の重み付け集計はしている。しかし属性分布の重み集計をしているのは朝日が表明してるだけである。「AIR21」によれば,地域別(層別)に性・年代の母集団構成比にあわせた重み集計をしている,という。

なお,NHKが翌週末まで待って落ち着いた調査をしたが,内閣支持率は平日調査と同じであった。こういう結果をみて,「平日でもいいじゃないか」という意見が台頭する。調査者は「週末を入れましょう」と主張するのであるが。

時事(中央調査社)も,NHKと同様に,速報競争に参加せず翌週末に訪問面接調査で実施した。時事の面接調査では,調査員が目の前にいて,対象者を見ているという測定状況の違いもあってか,対象者が「支持か不支持か」を,面前にいる調査員に表明しない割合が,電話調査と比較すると15ポイントから20ポイントも多くなっている。それに従って支持率も,15から20ポイントも低くなっている。ちなみに,「支持しない」という回答は,電話でも面接でも各社での相違は小さい。
よく,面接調査が「正しい」やり方で,電話調査が「正しくない」,と説教する有識者がいるが,電話と面接では測定刺激に大きな相違がある,ということである。
もう1つは,測定環境と回収率との関連である。マスコミが全国規模の世論調査を面接法で実施する場合,現在では朝日,読売ともに60%が限界点になりつつあり,時として50%台になる。ところが時事(中央調査社)では70%と10ポイントも高い(!)水準を現在も維持している。実施期間が朝日・読売は2日間,時事は4日間という違いもあるし,朝日・読売の調査員が学生アルバイト,時事(中央調査社)は専門調査機関の調査員という差異もあるだろうが,とにかく,10ポイントも高い。
この回収率の高さが,支持率の数字にも関係する。多くの調査は調査内容に関心のない人は協力的ではない。内閣支持を聞かれても「興味ない」「わからない」となりがちであろう。もちろん,これも世論の測定である。
「有効票」の定義をどうしているか,ということも回収率の計算には関係することがある。

ついでに番外。時事の結果に近い「支持率が 48% 」というネット調査もあった。日経産業新聞が9月27日にメルマガ読者,82,348人を対象に実施した結果(回収率 2.98%, 回答者 2,454人)である。これも「支持しない」に関しては 16% であって,他の世論調査と変わらない。「どちらともいえない」が 36% であった。(9月28日付の日経産業新聞に掲載されている)



再び,重みの問題に関していえば,世帯内有権者数の重みでさえ問題がある。この重み集計は,回収率100%の時に理論的に正しい。しかし回収率が低く,ある系統的な偏りを伴って回収された標本に対して,この重み集計をすると危険な時がある。
たとえば回収標本は一戸建ての世帯とか,家族人数の多い世帯に偏っているかも知れない。つまり標本では,母集団に比べて世帯内有権者数の多い世帯が多く,単身や2人世帯が少ない,という偏りがある場合,この回収標本に対して,世帯内有権者数の重みをかけると,より一層,一戸建てや大家族の人々の意見を重視し,単身世帯などの意見を軽視するように影響する危険がある。

教科書に書いてあることは,からなず重み集計せよということである。それは,回収率100%のときには完全に正しい説明である。一般的な標本調査で回収率100%を実現した経験はなく,実際には存在しないということである。現実が理論から逸脱している度合いに応じて(回収率が低下する度合いに応じて),この集計方法は現実的な汚染を強く受けていく。

理論は美しい。私たちは美しいものに憧れる。

2006-10-09

田村秀 (2006) に関する注意

田村秀が 『データの罠 世論はこうしてつくられる』 を書いた。

若干の注意がある。

(1)世論誘導
マスコミは立場表明をするものの,世論誘導を意図していないことが多い。特に,世論調査の結果を思いのままに誘導することは難しい。意図して世論を作ることができないことの方が多い。ただし,世論調査に限らず一般的な報道全体としてみると,結果的に世の中の動きを作ってしまうことはある。それが誘導に見えることはある。事実を伝えただけなのに,その事実の選択が影響することはある。その意味においてなら副題の意味する注意喚起には価値がある。

(2)新聞記者の知識
新聞記者が調査統計の基本知識を持っていないために,不正確な記事を書くことはある。マスコミを批判するのはよいとして,大学教育を充実させるべきことでもあり,大学教員の問題でもある。
川崎市の世論調査(2003)に関する日経記事に関しては,当時の関連記事2本と川崎市の報告書も確認したが,田村の指摘が妥当である。

(3)妥当な回収率?
回収率の目安はいつの間に「60%」になってしまったのか。1980年代までは80%目標と言われていたし,基準値として70%以上ということも最近まで「有識者」が述べていた。田村基準の60%ということになると現状追認ということになる。

(4)無作為の偽装
「リテラリー・ダイジェスト」とギャラップの2つの伝説を引用しながら,最後に「無作為の偽装だけは許してはいけない」と,偽装があったかのように述べているが,ギャラップは無作為の偽装はしておらず,クオータ標本だと明示していた。これは田村の不注意か,無知か,我田引水か。

(5)ネット調査への批判
インターネット調査に関して,労働政策研究・研修機構の報告書をベースにしたことは適切な着眼であるが,それに続いて日経の「衆院選ネット調査」(2005)を取り上げ,選挙結果と異なる数値だったことを指摘している。記事では,この調査がネットモニターを対象にし,その偏りについて,またこの調査が世論調査ではなくトレンド観察であることを明記して,支持率のナマ数字を報道している。
田村の「世論はこうして作られる」という副題のとおり,田村自身が記事の都合のよい部分だけを切り取って,自説を作るために利用した。文末で逃げ口は用意してあるが,つまみ食いをした責任はとってもらう。

(6)歴史的事実
ちなみに,個人情報保護法と住民基本台帳法改正があり「そこで登場してきたのがインターネット調査である」という田村の解説は間違いである。その前から登場し,一定の地位を確保していた。その状況を受けて,主要なネット専門調査会社も2000年には設立されている。

(7)捏造事件
新情報センターが日銀から落札した調査に端を発した諸問題は深刻であり,いくらでも批判できるであろう。この問題を扱う場合は,自分の手足で,さまざまな関係者に十分な取材をし,間違いのない準備をもって,本格的に書いて欲しい。

(8)統計理論
信頼区間の説明は学者らしくない。以下のように書いてある。
「理論的には95%の確からしさで,母集団は26.3%から33.7%までの範囲に収まっている」
「100回調査すれば5回は,実は母集団は2.63%よりも小さかったり,33.7%より大きかったりするのである」
初等統計学のテキストの最初のほうに出てくる信頼区間であるが,学生でも田村のような誤解をするので注意が必要である。
母集団(の真の値=母比率)は,定数で動かない。母比率は26.3%より小さかったり,33.7%より大きかったりしない。母比率 π は未知だが定数であって確率変数ではない。いろいろな値をとって変動するのは標本比率であって,母集団の比率ではない。
100回調査して100個の95%信頼区間を構成したら,そのうち5個程度の信頼区間は母比率を含まない,という説明が理論的に(ネイマンの頻度論的に)正しい。

(9)出口調査への批判
「以前は投票日前に当選者数を政党別に予測する記事が書かれていたが,有権者の投票行動に大きく影響を与えると批判され,今では事前予測に替わって出口調査が選挙報道の華となった感がある」
この記述はデタラメである。現在も事前予測調査は実施,報道されている。出口調査に代替されたという事実はない。
それからトリビアルな間違いだが,新聞社とテレビ局が混同されている。各紙と書いてTV局のことを指摘している。読んでいて気になる。誤植ではなさそうで原稿も同様だとみられる。
2005年総選挙の出口調査の誤差の原因の一部として,期日前投票の増加があるとする他人の説を引用している。田村自身もそれが予測誤差の原因だと信じているということであろう。
896万人の期日前投票は総投票者の12.8%で,これを出口調査の枠母集団のノンカバレジ誤差という。これが2005年の予測誤差の原因だろうか。よく吟味してから書いたほうがいいのではないだろうか。地域別に偏りはないか,特定の政党支持者に期日前投票が集中していないか,いろいろ事前分析してみるべきことがある。ほかにもノンカバレジ誤差として投票時間延長の影響も含まれているTV局もあるかも知れない。
出口調査の予測のズレに関する田村の分析は,各社の知恵比べとか,系列新聞社の発行部数まで出てくるが,結果紹介と他人言説の引用の域を出ない。

(10)ランキング批判
都道府県や国や企業などさまざまな対象に関する,さまざまな機関によるランキングを批判している。この問題は分析対象となるデータ品質(収集方法や信頼性)と,データ加工方法の問題に帰着する。もとのデータが悪質では話が始まらない。
加工方法について,田村は
「単純平均かいいのか加重平均がいいのか,一概にはいえないが,指標の総合化に関して明確な哲学があるのであれば,根拠を明らかにした上で重み付けを行い,メリハリのある指標としたほうがいい」
と述べているが,具体的な提案はせずに批判しているだけである。
事例としてあげている「日経等」には標準化と単純平均によらないランキングも数多くあるが,それらを検討することなく,批判しやすいものだけを取り上げて,まるでそれがすべてであるかのような記述をしようと企図しなかったか,胸に手をあてて反省して欲しい。
田村が意図的に取り上げることを避けたランキングについて,すぐにいくつかの「明確な哲学」や「根拠」について指摘することができる。分析変数が多い場合の共変動の冗長性を直交化する哲学や,固有ベクトルを根拠とする主成分法などがある。線形モデルのファミリーは新聞では常套手段としてSEM(構造方程式モデリング)も利用されているのに,標準化と単純平均ばかりのような解説をしている。

しかし,単純な手法が悪いともいえない。
院生などの実証研究論文で,手法研究のためにデータを使っただけなのに,そのデータ収集の本来の目的の達成に寄与して,その手法の優秀性に結論を導こうとする事例を見ることがある。単に,手法を適用しただけじゃないか,という感想になる。最新の難しい方法を使っているが,それならば理論研究にしたほうがいいのではないかと思える。どうせ実践的な現実感はないのだから。単純平均や標準化だけ,という批判する精神構造は,高級な手法適用が「エライ」と思い込んでいる価値観が支えている。
難しい手法を使うより,データを作るところにカネと時間を注力し,単純な集計で総合化するようなシンプルで強固な方法を主張するラディカルな見識者はいないものであろうか。現象を適切に反映したデータを作ることのほうが難しくて,エライのだ。



「回収率が低い調査はだめだ」とか,「適切な重みで総合化すべきだ」とか,指摘するのは容易だ。そんなことは田村に言われなくても,みんな百も承知だ。
どのようにしたら回収率は向上するのか,しないなら別手段はないのか。どのような性質のデータと分析目的の場合には,どのような重みを適用するのがよいのか。批判ではなく,自分で考えたことを提案・実行して,批判したものより,もっとよい結果を示すことは困難な仕事だ。

難しい問題を取り上げたことによる,対象のもつ限界か,田村の限界か。

2006-10-08

手法比較へのコメント

 朝日新聞(2006年10月5日)が,8月の長野知事選における,ネット,郵送,RDDの3手法による調査結果の比較を書いた。ネット調査はネットマイルとインテージの2社である。

 若干のマイナー・コメントを残しておこう。いつも述べていることと同じなのだが。

(1)測定と抽出
 現在のネット調査の議論においては,測定法と抽出法が,一体として定義(合意)され用語されている。将来の可能性として,純粋にネット(WEB)による測定方法として用語されるかも知れない。選挙人名簿から無作為抽出した標本に,WEBで回答してもらう「ネット調査」も原理的には不可能ではない。WEB普及環境と,個人確認手段が原理を支える。
 選挙名簿からサイズ千人の3標本を独立に無作為抽出し,測定方法として,郵送,電話,WEBの3種類を割付する実験計画を実施可能にした時,3手法の効果の差異を検討する端緒が拓かれる。
 現状では,主にモニターの性質に関する議論をしていることになる。ただし,本多の論文は測定と抽出を区別する姿勢を貫いた。

 選挙人名簿から無作為抽出してネット調査をするのは学術的価値はあるが,現在の商業的価値を支えている理由(速い・安い)は失われる。

(2)反映と予測
 200万人のネット・モニターを保有・管理しても,有権者1億人の 2% に過ぎない。
 もしもモニターの性質が中期的・長期的に安定した構造を持つのなら,世論調査ではなく選挙予測には利用可能である。松田はトレンド分析に関する有効性を示したが,もしそうなら予測についても相当する根拠がある。
 「有権者の世論の反映」 というナマの調査結果としての利用に関しては現在のネット調査は,無作為標本調査とは異なるバイアスを持つ。
 ナマモノは新鮮でなければ下痢する危険がある。腐った部分があるのならそれを切除し,煮たり,焼いたり,蒸したり,料理して食べる。

(3)抽出と協力
 ネット調査(モニター標本)で得票率が外れ,RDDと郵送(無作為標本)で的中した。しかし投票率に関しては,ネット調査が的中し,RDDや郵送が外れる可能性がある。
 実際,いつだかの国政選挙で,どこかのネット調査会社が投票率を的中させたと自慢していた。

 有権者と投票者は異質集団である可能性が高い。長野知事選の投票率は 65.98% であった。
 計画標本と回答標本は異質集団である可能性が高い。郵送回収率は 74% なので異質性はやや薄まっている,RDD回収率は 70% であったが回収率定義を厳しくすると60%台になろう。

 回答標本と投票者は類似集団である,と推定される状況証拠が多い。回答標本の投票意向率は,実際の投票率よりもかなり高い。無作為標本は不意に協力要請され,当該調査テーマに関心のある層に偏る可能性があり,これは選挙予測に貢献するバイアスになっている可能性が高い。
 ネット調査のモニター集団が調査に協力する理由は,政治関心度にはなく別のところに存在する可能性がある。無作為標本の回答集団の若者比率は低い(投票者集団の若者比率も低い)が,モニター集団の若者比率は高い。
 ネット調査のモニター集団が,投票集団と似ておらず(投票者の代表性が低く),有権者集団(選挙に行かない人も含めた集団)に似ていると,投票率のよい推定値を示す可能性が高くなる。
 ただし,投票意向で絞ったネット調査集計を比較するなど,確認する余地がある。投票者集団で絞ってもなお結論が同じかも知れない。その時は再び,モニター集団の性質の議論になる。


<効果>
 各社の編集局が「ネット調査を世論調査とは呼ばない」という現段階の認識を補強するであろう。世論調査または世論の定義は留保するとして。

<技術的確認>
 ネット調査のモニターの範囲は年齢だけでなく,「長野県民」という条件抽出をしたと想像する。
 選挙権有無の(虚偽登録による)誤差は無視できる程度だと思われるが,どの程度なのかという実証的検討が難しい。基本属性に関する虚偽登録排除もネット調査(モニター管理)の要素である。

 ネットマイルとインテージの,ネット調査の調査主体名は「朝日新聞社」だったのか。「調査会社名」か,または連名だったのだろうか。未確認。

2006-10-07

デジタルライフ

iPodは不調のままだ。
Windowsとは,かなり根深いところで,相性が悪い。それに加えてWindows搭載のPC(ハードウエアメーカー)の相性も加わっている模様だ。

iTunes の動作不調だけでなく,OS(Windows)の起動で問題を起こしたり,既存の別のソフトウエアの動作にまで悪影響を及ぼす。これには困っている。

バージョン更新インストールの時など,ウイルス監視ソフトが警告を出す。

銀座や渋谷には,まっくの直営店がある。とても美しいし,繁盛している。iPodの展示だけでなく,故障の対応もしてくれる。
それはそれは繁盛していて行列ができている。だから予約システムもあるし,ポケベルもある。それで待っている間は店内を見学できるのだ。

iPodそのものは,正常なので,OSやPCの問題だと言われると,返す言葉が無いので家に帰るしかない。

だれか欲しい人がいたら,iPod nano をプレゼントしよう。1Gしかないけれど。

ニンテンドーが好調だ。消費者としては不調だ。品薄感を維持するために行列を作らせているのか,本当に生産が追いつかないのだとしたら,そのような生産体制を放置して消費者を疲労させるのはいかがなものか,と少し思う。古典的な消費意欲醸成作戦とは思いたくないが・・・。

2006-10-02

凱旋門賞 2006

斤量の差というのであれば,プライド(牝6)とは1kgしか違わない。

並ばれる展開がいやな雰囲気ではあった。後ろから抜き去るレースが多かったが,凱旋門賞の出走馬をそう簡単に抜き去ることも難しいから,中ほどで我慢。

2枠で好スタートとなり,早めに展開せざるを得なかったところで,どことなく気持ちに落ち着きがなかったのは観ている者の心境である。しかし, 武豊 が外側に出したところなど,位置取りに気を使っていたのは間違いない。ハリケーンランやシロッコが前にいないというのも予想外の展開であった。

ディープインパクトは世界最強ではないのだろうか。世界の舞台。海外の壁は厚い。ただ,ただ残念。

2006-09-30

タイガー & ドラゴン

ちょっと目を離していたら,タイガースが9連勝でドラゴンズを急迫してきた。

燃えよ! ドラゴン!

『仁義なき闘い』で菅原文太の台詞  
「覚えておけ,追いかけるほうが強いんじゃけん」。

落合は追いかけるよりも,逃げるほうが楽だという。

野球の場合は試合の中で,攻守が相互にある。「追う・逃げる」はペナントレースを鳥瞰した時の比喩に過ぎないから,落合の実感は何試合も重ねる時の苦しさの表明である。

ヤクザの「獲った・獲られた」の世界では,逃げたほうが負けるに決まっている。逃げるは負け。必ず追い詰める。だから仁義なき闘いの繰り返しになる。泥沼の報復抗争に発展してしまうのだ。

タイガースもしぶとい。しかし3連勝も難しい。

タイガー,タイガー,じれっタイガー

龍虎の頂上決戦の3連戦は金土日である。3戦目の日曜日はどうなるか。すでにM7であり,ドラゴンズ優位ではあるが,放送がない・・・

頂上決戦で思い出した。ある会合で,中国語の話題になり,「峰会」はサミットという意味であろうという話になった。私が余計な口をはさみ,サミットは「頂上会議」ではないかな,と言ってしまった。これは支局長からの受け売りであった。あとで辞書を立ち読みしたら峰会はサミット(首脳会議)という意味で間違いなかった。私の聞き間違いで「頂上会議」ではなく「高峰会議」だったのかも知れない。

峰会の中国語の発音からして,「カンファレンス」ではないかと連想したが,間違っていたようだ。
高峰は kao feng なので「カオフォン」→「カンファン」→「カンファレンス」と思ったのに・・・。

昔から有名な中国の外来語は,コカコーラである。発音はコカコーラであり,意味は「可口可楽」ということで,実にうまい!
最近のヒットだな,と思ったのは,ライブドアである
「活力門」ということで,活きている門という意味のまま,力ではなくて利益の利のほうが面白いと思うのであるが・・・。中国語の発音は「ホリエモン」と聞こえる。いまは経営者が代わってしまったが,一方でホリエモンと表音し,他方でライブドアと表意する,ヒット作だ。

龍虎決戦から脱線してしまった。

プロ野球の頂上決戦の放送はないが,同じ日曜日の深夜のNHKは凱旋門を中継する。

ディープ・インパクトに関する報道は,すべて完璧で申し分ないという内容である。このことが一抹の不安をもたらす。実力が最高でも,日本とフランスとの差異を超えるほど,引き離していなければならないのだ。馬場も気候も水も雰囲気も違うという不利益を超える必要がある。

活力門より凱旋門。
龍虎よりも翔馬である。ディープインパクトよ,凱旋門へ翔んでいけ!

2006-09-27

最後の客

深夜,帰宅しようとタクシーに乗った。

「神楽坂へ」と言うと,
「お客さんが最後です」と老人の運転手がいう。
これがタクシー運転手の最後ということのようである。
「71歳。昭和10年産まれです」という。私の母が5年生まれだから親子ほども先輩である。
神楽坂ということで,近所と言うほどの意味で「早稲田卒業です」という。学部は理工学部。

最後の客を乗せて,感慨深いのか,いろいろ話をしだす。

東京大空襲が小学2年生。聖路加病院のところに逃げて,言問橋のあたりは火の海で,人の命は紙一重。福島に疎開し,6年生のときに東京に帰る。

サラリーマンを定年後,遊んでいて,タクシー運転手を1年やり,本日でそれも最後だという。築地の生まれ育ちの東京人。

淡々と料金を支払って,「長い間,お疲れ様でした」とだけ言って下車した。

2006-09-25

肉商売と水商売

格闘技を後楽園ホールで観戦した。リングの下で直接観戦するのは初めてである。

前座の3回戦からファイナルまで何試合かあるが,それなりに迫力が上昇していく。確かに実力が違うのがわかる。

リングを観ていて,どことなくローマ帝国のコロシアムを想起してしまう。殴り合いを見世物にしている。ルールはあるが,命がけで殴り合いを見せて,この世界でトップを目指して短い選手生命を削る。

「男の世界」というものは,ここには存在しているようである。それは一方で「女の世界」の存在も明白だからである。ラウンド・タイムにはミニを履いた可愛い女の子が2人,リングに上がってラウンド・カードを持ち上げて歩く。もちろん事務所に所属するモデル。

観客の構成は,直接的な関係者がまずいて,意外に目に付くのが綺麗なお姉さん達である。高級クラブのお姉さんらしい。格闘技の興業主やトップ選手の交友関係を伺うことができる。それから,ヤクザ風のお兄さん達が前列にスラリ。あとは若干の芸能人。追っかけファン。

きれいなお姉さん達は,客として店に来てくれる格闘技関係者への返礼,または招待への対応として,試合観戦に来ているのであるが,もちろん格闘技も好きなのであろう。

分かりやすい,シンプルな世界。

闘う本能を形式化したスポーツとしての格闘技を戦う男。鍛えられた筋肉と勝ち抜く闘争心。
着飾った美しさ,優雅さの女たち。セクシーな男と女。男性性と女性性の動物的表現の素直さが,そこにある。

彼らは闘い,カネを稼ぎ,銀座に飲みに行く。彼女らは,もてなし,楽しく笑い,カネをもらう。
そして,彼女らも,もてなされたいから,同じ水商売の世界へ遊びに行き,楽しく飲み,カネを使う。

いったい,何のために働いているのか,という循環がめぐる。

私たちのビジネスの循環も,別の世界から見れば,何のために働いているのか,という感想は成立し得る。ショウ・ビジネスがシンプルに分かりやすいだけである。

ビジネスマンもまた闘い,鍛え,前に進もうとして,生きている。

2006-09-23

マンガ

善戦した麻生はマンガを読むという。世間を知るため,なんて言われると生意気をいやあがって,と思うが,単に好きで読めばいいではないか。いずれ「麻生総理大臣」が誕生するであろう。

私もマンガは読む。

コンビニで立ち読みしていたら,女子社員が寄ってきて「えぇ!,鈴木さん,マンガ読むんですか!?」と言われたことがある。「へんかなあ?」とキョトンとしてしまった。

もう1回は,やはり女子社員が,スルスルと横に来て,肘でクイクイとして「鈴木さぁん,エッチなの見てちゃだめですよおぉ」と言われたことがある。週刊誌のグラビアを開いていたわけではないのに・・・。


▽月曜日は「週刊現代」と「週刊ポスト」。記事は読まず,連載のマンガだけ立ち読みして終わり。

▽火曜日は「漫画サンデー」

▽水曜日は,何も無くて,少しさびしい。

▽木曜日は,一応「モーニング」であるが,これは最近あまり読まない。「島耕作」をパラパラ程度である。「ドラゴン桜」も連載開始当初はおもしろく読んだが,最近はめくるだけ。

▽金曜日は「漫画ゴラク」。むかしは「週刊漫画TIMES」の「どくだみ荘」が好きだったが,最近はまったく読まない。もっぱら「漫画ゴラク」である。

▽土日は休み。

これらのほかに,大量の漫画,週刊誌があり,マーケットをシェアしている。比較的,明確な市場ターゲットを設定して,ポジショニングされている。
そういう観点からすると,私はサラリーマン,オヤジ系のあたりである。ヤングビジネスマンのポジションは,あまり読んでいないことになる。

まあ,習慣のようなものであるし,連載モノにうまく取り込まれているに過ぎない。なくてもかまわないが,ほんの10分で読み終わるので,時間の浪費感はない。

単純に泣ける漫画が好きである。ときどき,コンビニで涙を流している(笑)。

ヤクザ漫画が中心ということになる。時代劇,サラリーマンものも少しは読むことになるか。なお,上記の立ち読みで,1冊の中のすべての作品を読むわけではない。なかには「モーニング」のように1つしか読まない場合もある。

そして,買わない(=立ち読み)。ここが他の書籍とは違うところかな。

2006-09-21

六本木

朝,家を出て歩き始める道は東に向かっている。朝陽がまぶしい。
そこでサングラスを出して,下を向いて歩きながら,かけようとしたら「がぁあん」とトラックの荷台にぶつかって,OAKLEY のフレームがグニャ・・・。朝陽の逆光でトラックさえ見えなかった。もちろん解体工事のために停止しているトラックである。

縁起ワルぅ。

夜遅くまでやっているヒルズの店で直してもらった。

ついでにヒルズで孤独な夕食をとり,久しぶりにゆっくり西麻布のほうから,六本木を歩いてみた。

私は20年前,六本木に住んでいた。20年で六本木も変わった。もちろん森ビルによるヒルズ開発が大きい。1980年ごろ,あったものがない。

廬山はパチンコ屋に。香妃園は洒落たホテルになっていた。ここのとりそばは旨かった。
第一勧銀はみずほに,これは仕方ないか。飲みすぎてこの駐車場に寝込んで財布をすられた経験がある。
東日ビルの1Fはおしゃれなファッション店。NYみたいだ。

変わらないのは麻布警察。交差点ではアマンドと三菱銀行(旧)は昔のまま。蕎麦屋と誠志堂(本屋)は消えた。防衛庁もなくなった。

高速道路も,そのままだ。しかし,さらに20年前の1960年に,高速道路はなかった。市電が走っていた。東京オリンピックが変貌のきっかけである。風景が一変したのである。

麻布十番の商店街だけは比較的,変化が少ない。

六本木に愛着も,いい思い出もないが,裏道も知り尽くした日常生活の場にしていた特殊な経験からみると,六本木の変貌は,なんとなく,クスと笑ってしまう。

ipod 不調

ipodが不調である。もう数週間になる。

マニュアルもシンプルで,読んでも操作方法が書いてない。オンライン・ドキュメントもいまひとつ。
基本的に「すべて自動的」というセンスのようだ。それはそれでもかまわないが。。。

最初の変調は,曲の入れ替えをしようと,明示的に全部を削除したことである。
このあと,ipodに曲をコピーできない。「容量一杯です」というようなエラーになる。

まあ,いいか。という気分でもある。どうせ,俺にはipodなんて似合わない,ということか。
しかし,きょう。iTunes をオンラインで更新して,7 にしたら,大変なことに・・・。

致命的なエラーの画面が出てきて,再起動してしまう。
しかも再現するのである。USBを差し込むと必ず,そうなる!
ここまでくると,ipodが嫌いになる。

MSの製品を待つか・・・。よほどappleとは縁がないのか・・・。

些細なことも思いだす。nano を買ってきた日,S/Nを入力しようとしたのだが,「小さい」! のである。
刻印が小さくて,見えない。老眼のせいである。裸眼にして,じっとみるが,絶対小さい!
ついに,99円ショップに走って,拡大鏡を買ってきてしまった。ああ,なんという屈辱。

2006-09-18

科学と技術

行動計量学会では「データ解析は科学かアートか」というセッションがあった。タイトルに負けそうであるが,それでも,こういう企画には参加者は多い。
私はアートを芸術だと思っていたが,技術という意味で使っているとのことであった。

「科学と芸術」ということであれば,やはり夏目金之助の「文学論」である。
「科学と技術」ということであれば,「科学と宗教」とか,さまざまな問題設定に関連する。

酒井邦嘉「科学者という仕事」(中公新書)を読み始めたが,この著者は若いのに,とても優れた見通しを持っていると思った。学部の教養課程で,このような先生による科学論を聞けたら,興味をうまく持てただろうに。

騎馬戦

安倍は新政権で,憲法改正と教育基本法改正に意欲を見せているようだ。
教育改革は,いつも遅れて施策してきたように感じられる。「ゆとり教育」がそうである。

運動会のハイライトは騎馬戦と対抗リレーである。
騎馬戦は変わった。
東京の小学校では大将が女子であった。

愛知の小学校では,男子戦と女子戦を分けていた。そのほうがいい。体格は同じでも男女混合というのは,いかがなものか。男子の騎馬は昔のようにハダカである。騎手は両手を水平の広げて,拳を握って入場するスタイルも昔と同じである。

しかし,騎馬戦には迫力がなくなった。最初の女子はもちろん,しとやかなものだが,男子にも迫力がない。恐怖心から見合ってしまって激突しないのである。

これには歴史的背景がある。

1960年代の小学校では,騎馬戦は騎手を落として「勝ち」であった。取っ組み合いになり,怪我をするのは当然のことであった。女子にこの種目はなかった。

これが,「帽子をとったら勝ち」に変更されたのは1960代末である。危険回避という配慮が働いたためである。「帽子取り」は,もともと騎馬戦のあとの「鈴割り」であった。

そこで,私たちは,絶対に帽子が取られないように,スイカ帽(と呼んでいた紅白の体育帽)の端を母親に縫ってもらった。今のようなゴムひも付きの帽子ではない。当日は,さらに帽子を少し水で濡らして被るのである。こうすると簡単には取れない。すくなくとも背後から迫られ簡単にとられることはない。この帽子が取られるのは,敗戦濃厚になって数人に一挙に攻められて身動きできない状況に追い詰められたときだけである。それでも取れずに,先生に制止されたこともあった。

余談だが,私はいくら母親に縫わせても,とれてしまう。後世,明らかになったのであるが,これは頭蓋骨の形態と関係しているのであった・・・。当時は理由など分からなかったが(笑)

騎馬戦は「帽子取り」になってしまったが,それでも騎馬戦は恐怖の種目であった。特に4年生のうちは,6年生が巨大に見えて,恐ろしかった。だから,今の小学生が恐怖を感じるのは理解できるのだが,もう少し動きが良かった。見合ってしまうことはなく,恐怖心もあってか,とにかく走り回っていた。




騎馬戦の勝敗は,生き残った騎馬の数だったように思うが,今は大将騎馬の取り合いである。昔も大将騎馬があったかも知れない。大将は堂々としていた。それは今の小学生でも同じであった。大将は「俺がとられたら負けだ」という覚悟した面構えをしていた。勇気も闘志も備えていた。

それにしても,簡単に勝負が終わり,ぶつかりあくことを避ける騎馬戦はつまらない。決して怪我はせず,安全な範囲で源平合戦を再現してもねえ。


自然との遊びも,1970年代から変化した。川遊びに行くと,川魚の釣りとか,つかみ取りとか,そんな遊び(有料)があるけれど,養殖されたニジマスを放流してくれて,それを釣ったり,つかまえたりするのである。こんな箱庭のような自然は作り物の感じをぬぐえない。

運動会(騎馬戦)をここまで骨抜きにしておきながら,一方で,すぐに小学生殺人事件が発生してしまうのは何故か。

2006-09-09

雲の都

きょうの朝刊の文化欄に加賀乙彦の『雲の都』に関連してインタビューをまじえた記事があった。「新潮」に連載中というが,まったく「新潮」を読む習慣がない。

いま第三部「城砦」で佳境を迎え,それが1969年の全共闘運動の話だという。加賀乙彦は当時,大学の教師の立場で全共闘運動にかかわった。

いまカバンの中に入っているのは,小阪修平(2006)『思想としての全共闘世代』(ちくま新書)である。たまたま近所の本屋で買ってしまった。小阪は1947年生まれで,学生として1966年から1969年を迎えた世代である。

加賀は「ちょっと前まで先生,先生と慕ってくれた教え子たちに胸ぐらをつかまれながら,これでは二・二六事件と変わらないのではないかと感じていた」という。小阪は,胸ぐらをつかんだ学生側である。

全共闘世代が定年を迎えるために,マスコミにおいて各種の出版が相次いでいる現象に過ぎないのではあるが,小阪もいうように,太平洋戦争に対するような取り組みが,全共闘運動に対してされたことはなかった。異質であるということには違いないが,本人たちにとっては戦争に相当するほどの体験であったろう。

1969年の風景は子供心にも焼き付いている。大学という自由な聖地における自治で,学生から不信任をつきつけられ,教師はどのように振舞うか。1969年の東大安田講堂は,機動隊という国家権力によって籠城学生を排除するという風景であった。

私が,もし,ちょっと前まで先生,先生と慕ってくれた教え子から「お前の学問なんか,社会にとってクダラねえカスだ」と言われて,私の(研究室はないから)家の書斎に押し入って狼藉を働いたら,どうするか。

さっさと教員なんぞやめる,というのが1つである。

あるいは,私の胸ぐらを掴んだ手を払いのけ,「おお,上等じゃねえか。お前は研究者としては俺より見込みがあると思っていたが,喧嘩なら負けねえぞ。いっちょやってやるか」と,学生を粉砕するまで武力衝突するかも知れない。

しかし,どう間違っても,ちょっと前まで先生,先生と慕ってくれた教え子たちを国家権力に引き渡して済ますことだけはしない。自分の不徳は自分の手で始末するであろう。

教師の仲間が,急進的な学生たちに軟禁されて吊るし上げを喰らっていたら,そして目と鼻の先の教室にいるのが分かっているなら,人間としてただちに救出に向かうに決まっている。二・二六事件なんて大げさなことがアタマに浮かび,上品な声明文を印刷にまわし,遠くの方から拡声器で解放を訴えるようなマヌケは,およそ知識人として想定しうる最悪の行動である。はやいところ,軟禁教室に踏み込んで,頓馬な学生たちと立ち回るだけである。

行動する統計学者

東北大学での政府統計の企画セッションで指定討論者をやってきた。

いかに失礼な私でも,竹内先生と森先生の指定討論を前にして,準備しなくてはいけないと思って前泊のホテルでPCに向かっていたが,やはり意志薄弱のせいか,永田先生や高橋先生とともに夕食しつつ飲んで,楽しく語り合ってしまうのであった。
席上,高橋先生からR.A. Fisher がメンデルの遺伝法則のデータ捏造を指摘した論文が間違っていた,ということを書いた(論文)があると聞いた。Fisherのこの論文に感激して統計学者の道に進んだと書いている某氏の立場はどうなってしまうのか・・・。
早く,この本と引用論文を確認してみたい。Fisherの論文は全集に収録されているほか,有名なのでいろいろなところで引用されている。たぶんWEBサイトでサーチしても良質の解説を拾えるのではないかと思う。

指定討論はパワポを使うのをやめた。私しか使わないので面倒になったのである。あとで「パワポでやってくれたらいいのに。下向いてしゃべった格好になっていた」と指摘されたが。

論点は主に2つである。
(1)司令塔について
(2)公共財としての統計について
(3)その他,吉川委員会報告書より

司令塔は内閣府に置くことが決まったが,どのような組織になるか未定である。「××推進室」というような組織になると,理念に謳われているような統計行政の集中化・強いリーダーシップの発揮は難しいと思う。内閣府は各省庁からの出向者による構成体であり,官僚同士で省庁間の利害関係を調整しなければいけない。それはリーダーシップの発揮の対極である。呉越同舟。出身省庁の省益がぶつかりあった場合は最悪の結果になる。

ポスト小泉の内閣が,官邸主導を維持・強化できる保証はない。官邸主導が弱体化すれば,内閣府の調整機能も低下する。政治的構造に翻弄されるだけだ。

そこで「統計省」の創設を提案した。半分は冗談であり,話題提供のつもりに過ぎないが,これくらいの気持ちで取り組むべきである。

統計大臣がうまれる。統計副大臣と統計政務次官も政治家である。官僚の人事戦略効果もある。統計官僚の専門性が低下しているという。統計省があれば,人事上の目標の1つは統計事務次官になることである。官僚の生きがいとは何であろうか。国家への奉仕という強い使命感と公正な人事である。統計審議官が複数おり,統計局長は分野ごとに「環境統計局長」とか「経済統計局長」などとなる。

省庁再編の中で,各省庁の統計部門を廃止,公務員削減を推進するとともに,統計省を創設。ここに政府全体の統計行政機能を集中する。こんな構想は政治力がなければ実現できない。

そこで学会の役割は,統計学者から政治家を輩出することである。来年の参院選に立候補して政治家になることである。統計学会の集票力が弱くて心もとないかも知れない。学内政治で培った政治力では永田町を泳いでいけないかも知れない。いいではないか。統計学者として業績も地位も尊敬も構築して大学を引退,なお健康であれば何によって世界に貢献するのであろうか。
1つは,小学校か中学校の先生になることである。最高級の統計学者としての見識を,将来に向かう子供に,本質的に語る毎日。そんなすごい影響力の行使はない。
もう1つは政治家になることである。権力とカネにまみれることもなく統計行政を真剣に考えるのである。

学者の役割は,そんなことではない,というでしょう。もっともである。委員会に招聘され上座に座り,見識ある提言・助言をすることこそ,本来の役目である。

しかし,そういう提言学者は,官僚やマスコミに都合よく「つまみ食い」されるだけだ。都合いいところだけ使われて,ハクをつけたことにされる。
いやしくも戦後60年の統計行政を改革しようとするのであれば,美しい提言をするだけでは改革は実現しない。汚れた政治の前に,純粋な助言と見識は利用される。改革しようとする者が,改革すべきである。だから政治家・立法者となるのである。

というような内容をしゃべってしまった。


「末は博士か大臣か」と言う言葉がある。
「末は博士も大臣も」である。

出現せよ,行動する統計学者。

2006-08-31

玉石混淆

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の説明はひどいけれど,ここまでデタラメを掲載するか,というような事例がいくつか連絡されてくる。

fprでの堀先生が指摘した「因子分析」もその例。fprに投稿したら,いったん削除され,数日後に再開されたけれど,依然としてひどい。

ほかには,複数の人から「社会調査」がひどい,全面的に書き直すか,削除したほうがいいんじゃないかという連絡がくる。

WEB2.0時代でもあり,過渡期でもあり,好意的にと思うけれど,

(1)伝統的な意味での百科事典ではない
(2)匿名性が無責任性を生む
(3)一面的な立場表明や,数十年前の知識による記述などがある
(4)別の人が修正する労力も多く,結果的に最初の記述が残る

いくつかの項目を読んでみると,専門家ではなく,学生が中途半端にインターネットで遊んでいる中で書いていると考えられる。
利用者もそういうことを盛り込んで利用するという合意がされているであろう。世の中(ネットの中)は,そういうもんだという認識が常識化されておくべきである。
それとも,批判と反批判の弁証法が,このフリー事典を育成していくのだろうか。まるでオープンソースのLinuxのように・・・。

公刊された書物にも間違いはあるが,著者の責任を追及することができる。

ただ,自分がまったく知らない項目を,きっかけとして知るのには便利ではないかと思われる。その段階で大変な誤解を与えるようではいけないが,本格的に勉強するのは,別の手段・段階があるという前提である。

「加藤周一」という項目では,矢島翠との再婚を知った。高校生までしか加藤を読んでいないけれど,再婚は知らなかった。『読書術』という本のカバーに記述があったと記憶するが,加藤は留学中に知り合った「美しいドイツ語を話すオーストリア人」を妻とした。青春の欧州で,加藤の『羊の歌』によれば,「私は彼女の瞳の中に私自身を見出した」なんていうような表現を書いていた,と記憶する。見つめ合っただけじゃねえか,と田舎の高校生は思った。

留学先のエリスとの恋愛を断念した鴎外と,加藤は自分自身を比較していたはずである。鴎外ほどの人物ではないと謙遜しながらも・・・。加藤は「感性の解放」とか「感性の自由」とか呼んでいたと思う。
鴎外は,もしエリスを日本に連れ帰って,堂々と妻としていたら,どうであったろうか?

エリスとの思い出に比べれば,どんな良家のお嬢様を嫁にしても色あせる。妻の方も,そんな鴎外に不満であろう。嫁と姑とのいさかいにもうんざりするだろう。(本当に嫁と姑との関係はうまくいかない!)
「半日」という小説。「舞姫」と比べると,なんという悲惨。

2006-08-27

健康市場

ジム(というかフィットネス・クラブ)に行くと思うのだが,少し恥ずかしい(選択を誤ったか?)。

1.女性が多い。7割以上であろう。ロッカーなどは女性用が倍になっている。
2.器具を使ったトレーニングがアメリカ文化的である。(なんで,自動ベルトの上を歩くんだ。ハツカネズミじゃねえぞ。)
3.ヨガや太極拳もあるのだが,こういう東洋趣味もアメリカ的である。
4.チャック・ウイルソンみたいな感じの男が嫌い。エアロをやる男なんてさ。
5.男も女も自己陶酔的である。
6.もちろん,そりゃあシェイプアップせいよ,というおばさんもいるが,若くてスタイルのいい女性ばかりである。何しに来ているのだろう,と思う。
7.若い男たちも,私のようにおなかが出ているおじさんは少ない。
8.晩年の三島由紀夫の肉体へのこだわりの気持ちが分からない。

3Kgくらいは減量して,余裕があれば少し筋肉をつけることにしている。

いいこともある。

1.会員なので,いつでも,ここに来ることができるのである。フラリと寄って,たとえ何も持っていなくてもウエアもタオルもレンタルできる。岩盤浴だけして,ラウンジで本を読んで帰ってもいい。こういう場所が都内にあるというのは便利である。
2.やはり気持ちいい。身体を動かすことは気持ちいい。
3.トレーナーが,one to one で教えてくれる。メニューも作ってくれるのであるが,なかなか,ねえ。

まあ,会費も1万円程度で,こういう空間をいつでも自由に利用できるのは,いい感じである。店舗も拡大していて健康市場は順調のようである。

健康というコンセプトが商品化するなんて,時代性である。教育が市場化するのは,まだ理解しやすいが,水や酸素が商品化されるように,健康なんてことが市場化するなんて・・・。

無限と虚構

子供の頃,家にあった粉ミルクの缶をじっと見つめることが,しばしばあって,その体験が忘れられない。

少しWEB上でサーチすると,同様の体験者もいるようだ。これは明治乳業の「ソフトカード明治コナミルク」であった。
(弟のミルクであろう。今でもTVのCMのコピーがアタマに残っている「め・い・じ,ソフトカァード,エ・フ・エ・ム!」というフレーズが最後に流れるのである)

なぜ見つめてしまい,身動きできなくなるかと言うと,缶のラベルに描かれた女の子が,この粉ミルクの缶を抱えていて,その缶には,また粉ミルクを抱えている女の子が描かれていて・・・と無限に,缶の中の女の子の缶の中の女の子の・・・,と考え続けていると,これはどこまで行くのだろうか,どこまで小さくなっていくのだろうか,と考えていたのである。

この思いは,その後も時々,頭を持ち上げた。コンピュータ言語にもそういう思いを持った。機械語からアセンブラ言語へと世代を下る過程で,言語が抽象化していく。言語は関数に自分の名前をつけ,その自分の名前を自分で呼ぶことができる。また関数はアイコンという究極的な抽象(絵そのもの=GUI)にさえなっていく。

次に同じ体験をしたのは,マルクスの資本論の冒頭,すなわち商品の分析における,貨幣の誕生していく記述を読んだ時であった。貨幣は,なぜ貨幣であるのか。それは貝殻や金などの実在性とは関係が無くて,商品と商品とを媒介する機能を持ち,交換機能だけが純化した時に誕生するものである。つまり商品の中の商品,純粋商品とでもいうべき抽象であるということであった。n個の商品と1対nで対応することのできる媒介が貨幣だという説明の無限と虚構の極限的抽象は,缶を持つ女の子を思い出させるのである。

この無限性を欧米ではbootstrapingという比喩で象徴させることがある。エフロンの統計学は,この名前をそのまま利用した。

もちろん,統計学を勉強しはじめたとき,エフロンのブートストラップ法に対して,粉ミルクの女の子を連想したのである。

経済学者の岩井克人がエッセイストに変身する際にも,比喩がうまく使われている。一方で,不均衡動学をベースに学術論文を英語で出版しつつ,日本語のエッセーを書くときには古典(シェイクスピアや西鶴やギリシャ神話や,などなど)などをうまく使って,やさしく説明してみせる。その姿勢はいつも客観的であり,一定以上の距離感があり,大衆に向けて説明的で啓蒙的である。どうだ,俺の説明は上手だろ,という気分がよく伝わってくる。

科学少年であった岩井の忘れがたい本はジョージ・ガモフの「1,2,3・・・無限大」であったという(「無限性の経済学」)。この中の「無限に部屋数のあるホテル」という話が忘れられないという。この体験は私の粉ミルクと似ているのだが,ここが,科学の本を読んでいた秀才と,粉ミルクの空き缶を眺めていた凡才との違いである(笑)。
私が子供の頃に家には「本」などなかった。小さな本棚をあけると親の使った尋常小学校の歴史テキストがあったが,日本神話の国造りの話から始まっていた。実は御真影も仏間に飾ってあった。父親も今では親鸞を読み,念仏を唱える毎日だが,当時の我が家に本はなく,粉ミルクの缶があった。この中には家で飼っていた小鳥(しかも捕獲制限されている)のエサが入っていたのであるが・・・。従って私は今でも,東京の街を歩きながら,メジロのなき声を聞くと,それがオスかメスかを判別することができるのである。実に,どうでもいい知識である!

岩井の資本主義論は,無限や虚構が,うまく使われていて面白い。理論は虚構のモデルを使うことが多い(モデルは現実を抽象した虚構だから)。統計学にもそういう側面がある。政治学でも丸山の「近代」は,ヨーロッパ近代にさえ実在しない虚構のモデルを批評装置としていたように。
経済学もこういう比喩を使った説明があれば興味をもったと思うのだが。ただし,実際の岩井教授の講義を受けた人の話では,まったくそんな講義ではないそうである。

この方法を言語または文学論に適用すると,言葉と商品が対応する。言葉は交換(伝達)が目的なのに,人間は自己慰安(作詩)にも使う。他者への伝達というより自分自身に向かって言葉を使うことがある。ここに言葉の芸術性がうまれる。言語のなかの言語,つまり純粋言語である文学の誕生する余地がある。市場における商品から貨幣の誕生が,文学論における文学の誕生と対応する瞬間である。
これは吉本の文学論であるが,岩井は軽い文体としなやかな手つきで,同じような下敷きでエッセーを書く。「ボッグズ氏の犯罪」というエセーは,貨幣と芸術の構造に関する話であるが,岩井の背景には,とうぜん考えられていることであろう。

重要なことは,体系的な思想,あるいは本質的な思想というものは,同じ言葉で経済についても,文学についても,日常についても,語ることができるという一貫性である。逆にいえば,世界に関するすべてを同じ言葉で分析できる思想こそが,体系的思想だともいえる。批評家とか良質のエセイストは,どこかでこの批評装置を体得している。

経済や企業の構造を岩井が的確に指摘してみせる時,違和感があるとすれば企業経営者との違和感である。そんなに物事が分かっているなら,会社の経営をして成功させてみせてくれ,という気分になるのである。

2006-08-21

帰納的な,あまりに帰納的な

予想に反して,早実が優勝した。

実はうれしい。期待結果との逆の言霊を口に出しながら,内心それが否定される希望を口にはせず,否定された時の Disconfirmation を拡大して満足度を高めると同時に,否定されなかった時の寂しさを最小化するという,子供じみた戦略である。これを帰無言霊と呼ぶことにしよう。

結果からみると,エースへの信頼の差が勝敗を分けた,といえる。

4連投の斉藤と,3連投の田中。
先発した斉藤と,温存した田中。

エースを先発させなかった理由はいろいろあるであろうが,外野的観察によれば,少しでも体力を温存させて斉藤に対して体力的優位を持とうとしたのである。そのために控え投手を先発させて,行けるところまで行って,田中に交代するという戦略を描いたに違いない。

多くの人々が,三沢高校の再試合を思い出していたに違いない。

しかし,早実が簡単に先発投手から初回の先制点を奪った。ただちに田中に交代した時に勝敗が決まった。「シマッタ」と思った時に,精神的な優劣も定まってしまった。
この1点の差,この戦略の差だけが,両チームの差であった。2回以降,両チームはお互いに,お互いの投手から,同じ3点しか得点できなかった。実力は拮抗していたともいえる。

結果的に,初回の1点だけが勝負を分けた。この1点は,もちろん田中投手の自責点ではない。敗戦は先発投手の責任でもない。采配(戦略)の失敗である。結果論なので,この戦略が成功する可能性も常に,あるのだが。

斉藤の肩がまだ十分に健全であり,チームが十分に信頼しあっていた。炎天下で4連投できる18歳の若さをみるにつけ,人間の体力の頂点であるという感じになる。

決勝戦の第一日目の日曜日,実は日の出町まででかけて子供と遊んでいた。少し歩いて,汗びっしょりになり,こりゃ大変だなあと,化石採集を断念させ,ビール飲みたさに「なあ,歩くのはやめてバスに乗ろう」と堕落者の発言で誘惑し,まんまと,つるつる温泉まで連行して,汗を流し,川遊びでニジマスのつかみどりをさせて,2人で5尾も食べながら,TVを見たら,まだ決勝戦をやっていたのである。



こういう歩き方をしている点からして,すでに豊田先生に及ばない(笑)。テーマを持って歩くこともなく,すきあらばタクシーを捕まえようと企み,ハラが出るばかり。今度こそ,渋谷あたりのジムかよって他力本願でスリム化計画を実行に移そう。

そのかわり,怪しい場所を徘徊しても職務質問された経験はない。私の存在自体が怪しい場所に違和ではないということか。
高校生の時に万引きに間違えられた経験が1回ある。
新興宗教の勧誘は2回されたことがある。1度は学生時代,アルバイトでどこかの工事現場にいて,休み時間に一人で芝生に座ってぼんやりしていたら,どこからかオバサンが出現して,にっこりと寄ってくるのである。
もう1回は数年前,休み期間の本部キャンパスで腰掛けてぼんやりしていたら,またオバサンがニッコリ寄ってくるのである。よほど,心に隙間をかかえているという雰囲気が出ているのであろうか?。おもしろいので時々,話しこんでみることもアル。キリスト教と西洋思想について議論してみようか,なんて気になるのである。
もう少し余裕があれば,「毎日,とてもさびしいんです」とでも言ってみたら違う展開もあったろうに・・・。

2006-08-20

肉体的な,あまりに肉体的な

延長15回同点再試合であったか。

1969年は熱い年であった。

この年の酷寒1月,12歳の小学生はTVに釘付けであった。東大安田講堂の陥落していく報道映像を食い入るように見ていた。
この年の猛暑8月,高校野球の決勝は延長18回で同点再試合。ヒーロー太田幸司投手を暑い太陽が照らしていた。

18回の三沢・太田投手の肩は絶好調であった。しかし翌日の再試合の太田の肩はバリバリに張った状態で敗退。
15回に早実・斉藤投手は147Kのストレートを投げた。明日までに肩は戻るのか。

あすは,斉藤投手と田中投手の肩の状態で決まる。2人はどのような性質の筋肉であろうか。しかし太田投手のような状態になると,無残である。あすの決戦は,あまりに肉体的な勝負になってしまう。チームの実力には差がない。投手が崩れた方が打たれるだけだ。

2006-08-19

精神的な,あまりに精神的な

早実が決勝に進出した。8/6の一回戦のあと,「今年の早実は決勝戦まで進むかもしれない」と予言したとおりになった。

(このように予測が的中すると,ギャンブルもやろうかという気になる。地震予知とか選挙予測とかに顔を向けないところがポイントである)

高校野球もプロ野球も,今年はほとんど観ていない。プロ野球は中日ドラゴンズのファンであるが,優勝するというのに盛り上がりに欠けるファンで申し訳ない。

早実が決勝戦に行く予感は,冷静な分析結果ではなくて,気分的な直感に過ぎない。王貞治が癌の手術をしたことと,早実の甲子園出場が重なったことによる求心力を感じるからである。長嶋茂雄の闘病に続いて,王貞治までもが病に倒れ,二人が老衰に向かうことに,耐えられない戦後大衆社会の寂寥を感じる。王貞治を思う国民的な背景を早実ナインは感じながら,十分に力を出すであろう。むろん決勝進出という結果に与えられた原因は,これだけではないし,ほかに真の原因が存在する可能性も高い。

安っぽい占い師のようであるが,スポーツの勝負では精神性が無視できない。それは経験者なら分かるのではないだろうか。私は中学時代にテニス部のキャプテンであったが,地区大会では負ける気がしなかった。その中学校の持つ厚い伝統と厳しい練習が背景にあったからである(実力は県大会初戦レベルであったが)。しかし高校時代はリーダーシップのかけらもないキャプテンとして,テニス部を惨敗の連続に導いた経験がある。

やや冷静な予想では,決勝は激戦になるが,駒苫が優勝し,早実が惜敗する。斉藤投手は連投の疲労が終盤に出る可能性が高い。打線がそれをカバーする。しかし,不祥事を乗り越えてきた駒苫が王者の貫禄を見せる。駒苫にも胸を張りたい物語はあるのだ。紺碧の空のもと,覇者は王者の前に敗れる。

むろん,これは試合も観察していない素人の戯言である。ナインも関係者もこれを読んでいないだろうが,もし気に障ったら,予想などというものを意思によって変更してやる気力で進んでください。

斉藤投手のような姿をみるたびに,三沢高校の太田幸司投手を思い出す。太田投手の力投をみて「プロではどんなに活躍するのだろうか」と思ったが,結局,甲子園がピークになってしまった。肩もぼろぼろではなかったか。斉藤投手に才能があり,プロに行きたいのであれば,甲子園の優勝を逃して欲しいという思いがする。結局,あの高校生たちは全人生をかけてしまうだろうが。

小泉の靖国参拝を,小泉は「心の問題」だと強調する。他国の言い分に日本の首相の行為が左右される筋合いはない。しかし,心の問題を強調するのであれば,靖国参拝の行為を強調せず,どこにいても,官邸からでも,日本と世界に向かって,靖国ではない場所に眠った,すべての犠牲者にも向かって,心に誓うことが論理的に可能である。
心や精神性を強調するほど,行為の必然性は相対化する。首相の靖国参拝の論理と心理は明晰に分析されるべきである。

2006-08-07

亀田の不幸

興味もなく,試合も見なかった。
そろそろ騒ぎも収まるのか,大晦日まで続くのか,分からないが,亀田の不幸は,作られた物語の芸人の不幸である。

チャンピオンになる前から,チャンピオンの物語がマスメディアで放映されるのは奇妙な光景であった。
反抗期であってこそ,もっともな年齢の息子がオヤジの言うことを,よく聞く姿も,妙なものであった。

ハイセイコーという競走馬は当時の圧倒的な人気馬であったが,能力としてはトップクラスというだけで,圧倒的ではなかった。人々の思い入れを実現させられたスターであった。

タケシの番組で企画された飯田のボクシングは,一定のレベルであったが,メディアの影響を抜きにしては考えにくいのではなかったか。

むろん,精神性は勝敗に影響する。

伏見工業ラグビー部の優勝と,NHKのプロジェクトXの放映とは無関係ではないように思える。
ひょっとしたら今年の早実は,決勝戦まで進むかもしれない。私でさえ,王監督の恢復を早実優勝で象徴的に祝福したい気持ちになる。求心力の増幅は結果を出すことがある。
そういうことは,実力以上の精神的実現として,現実にあるかと思う。

スターは実在しない。人々の仮象の中に形成されるだけだ。

亀田の物言いは強気だが,辰吉も似たような物言いであった。辰吉には恵まれた才能と実力と実績があった。エンカレッジとしての強気発言は必要であり理解できる。単なる思い込みと希望の表明だとすると,ただのマヌケである。

亀田は辰吉ほどの実力と才能があるだろうか。視聴率をとれることは芸能人にとっては必要なことであるが,プロ・ボクサーの実力ではない。プロ・ボクサーに人々が求めるものが,プロ・レスリングのような興業や芸人ではないとすると,観客はしらける。

亀田の救いは,空元気がまだ空手形になっていないことと,自分の不幸を自覚していない,ことである。しかし単純である。真に強ければ,勝つのみである。回答はリングにあり,リングを降りたあとにはない。

2006-08-06

日本の8月

日本の8月は現在もなお,普通に迎えることができない。
ノイマンらがマンハッタンで開発した原爆がこの日に投下された国だからである。

新聞の文化欄で丸山真男の没後10年を知った(文芸誌や思想誌を読まなくなってから,かれこれ20年にもなるだろうか)。

もう10年もたってしまったのか。絶大なる影響を知的青年に与えた,日本最高のこの知性は10年前,8月15日という特別の日に逝去した。象徴的であった。

新聞記事にもあったが,私も最近の書店で丸山論を何冊か見かけており,手には取って奥付で私より10年若い世代の研究者たちによる丸山論であることだけは記憶していた。
私より10年先輩の世代は何人も丸山論を書いているように思う。たとえば松本健一や長谷川宏などである。彼らは学生時代に丸山が彼らの教師だという同時代人であった。
私のような真ん中の世代は,丸山論を書かない。たとえば富岡幸一郎のような評論家も書いていないと思う。大塚英志なども書いていないのではないか。

若い世代にとって丸山が歴史的存在として考察対象になっているというのが新聞記事の解説であった。

私の世代にとっても,丸山は歴史的存在に近い。しかし丸山論は吉本で決着してしまった(1962年の一橋大学新聞,1969年の「収集の論理」),ということで,それ以上の何も追いかけることがなかった。最大限の評価を丸山に与えたうえで,余地のないほど本質的な違和を指摘した分析に絶句する。

竹内好や武田泰淳,加藤周一などから読み通す丸山像は,多少は違う姿であるが,結局,丸山は死ぬまで,丸山論に反論しなかった。「ある考えがあって言及しない」というようなことを言っていたように記憶する。

知性には2つの型があるように思う。

森有正と竹内好という対比は東西という空間的対称になってしまうのだが,近世では徂徠と仁斎の違い。中世では道元と親鸞が違うような,ある違い,である。それは今日でもまだ有効に存在している違いであろうか。
フルトヴェングラーを語る知性と,コム・デ・ギャルソンを着る知性,というような対比と実は言ってみたい。


私の知人に,実力はあるが地位を得ていない研究者がいる。こういう場合にやることはシンプルである。どうして,あんな頓馬が・・・,というような生意気を言う前に,最低水準のプロセスを済ませることである。アカデミアの研究者を目指すなら。

私自身は,もしも自分が多少とも高級な人物かも知れないと迷妄に陥りそうになるとき,絶えずこれまでの自分自身を思い起こすように努力する。いま,この席にいる人々の中で,自分がいちばん低い人間なのである,と思うべし。

2006-07-22

<心の叫び>と<熱き衝撃>

世界一ディープインパクトに唯一,黒星を与えた兄,ハーツクライは,キングジョージ6世&クイーンエリザベスDS(英G1、芝2400メートル、29日=アスコット競馬場)で走る。インパクトも8/9に渡仏する。

心の叫びと熱き衝撃は,凱旋門賞で,決戦して欲しい。

テンポイントトウショウボーイの決戦のような,
ハイセイコータケホープの決戦のような,競馬を見てみたい。

世界の舞台で。

作戦勝ちではなく,実力を見せて欲しい。

かつて,史上最強といわれた,シンボリルドルフジャパンCで,カツラギエースに逃げ切られたことがある。奇襲であった。
しかし翌年の有馬記念は,やはりシンボリルドルフだった。

シンザンは奇襲でも勝ったが。

なぜ,競馬が面白いのだろう? 馬券も買わないのに・・・

理論と実践 ・・・ 確率比例抽出

理論と実践,というほど大げさな話ではないのだが,調査の標本抽出の分野で,そういう例を経験したことがある。

昔むかし,あるリサーチャー(A君)が初心者に向かって標本抽出法の説明をした時,「本にはこう書いてありますが,現場ではこうしてます」と述べた,と聞いたことがある。本(理論)と現場(実践)で違っていて困ったのであろう。

これは全国規模の個人・世帯を対象とする調査員訪問調査で一般的に利用される標本抽出法である,層別多段無作為抽出(あるいは多段無作為抽出)のことである。

統計学の本に書いているのは,第一次抽出単位(PSU)を確率比例抽出して,第二次抽出単位(SSU)を単純無作為抽出する(異なる抽出率,同数の抽出数),そうすることで総合的には最終調査単位が等しい確率になる方法である,ということである。

PSUは等確率抽出してもよい。SSUの抽出率を同じ(異なる抽出数)にすればいいからである。事情によって,どちらも利用されるが,社会調査ではPSUを確率比例抽出する。調査(調査員)の管理が容易だという事情からである。

本(理論)には,PSUとして町,国勢調査区,投票区,などの例示がある。実際,マスコミ世論調査では投票区を使っているし,政府の世論調査では調査区を使っている。

しかし,市場調査では,少し,違うのだ。違うことが多い。PSUが完全にリアルなままではないのである。言い換えると,仮想的な発想が導入されている。

PSUを確率比例抽出するには,実際には系統抽出する。最終単位(面倒なので,ここでは世帯,としよう)の大きさに比例させて抽出するので,PSU(社会調査では地点である)の世帯数を累積しながら,世帯を系統抽出して,抽出された世帯の属すPSUが「抽出された」地点(ここでは町丁としよう)とするのである。

問題の分かれ目は,ここからである。

世帯(SSU)は単純無作為抽出法で各地点で同数抽出する,と本には書いてある。世帯の単純無作為抽出は系統抽出でもいいし,別の方法でもいい。1地点で20世帯を系統抽出で抽出する場合,ランダム・スタートポイントを乱数で決めたあと,抽出間隔(インターバル)は,百世帯の町丁と,千世帯の町丁とでは異なる。

しかし,市場調査では抽出間隔を一定にすることが多い。たとえば10とか15とか,どの地点も同じ抽出間隔である。そしてスタートポイントは,PSUを抽出した時に同時に決まっている。PSUの抽出の時にあたった世帯が,その町丁で何件目かを記録しておき,住民基本台帳で,そこから抽出を始めるのである。

すぐに分かるが,町丁の後部に当たると,20世帯を抽出し終えないのに,町丁の終端に達する,ということがある。この場合は,「次の」町丁にそのまま出て行くのである。「次の」定義は,PSUを抽出する際の,PSUのソート順である。

「次の」地点に出て行く,と言う作業は実は面倒な現場作業を発生させる。そこでA君は少し悩む。「台帳で町丁の先頭に戻ってはいけないのでしょうか?」と言うのである。私は,あまりよくないと思う。

PSUに関して,本に書いてあるような,リアルな行政単位の地点の概念が,崩壊している。ここで「本と違うのですが・・・」というA君の言い訳に戻るわけである。「作業」として昔から,そうやっているけれど,根拠が分からない,というわけである。不安だから本を読んでみるけれど,書いてない,というわけである。

ところで,確かに統計の本には,こんな確率比例抽出は書いてない。ではなぜ,多くの市場調査では上記のような抽出法が実施されているのであろうか?
実は,この手順の書いてある本が1冊ある。それは,

林知己夫・村山孝喜(1964)市場調査の計画と実際.日刊工業新聞社

である。東京オリンピックの年に出版されたこの本は,市場調査業界に強い影響を与えた,ということではないだろうか。
この本の影響力を別のところでも見た。調査の精度を示すために,95%信頼区間の表を作成することがある。ふつうは単純無作為抽出で見積もることが多い,実際に内閣府の表はそうである。しかし日本銀行の表は,そうではない。どうやって計算したのか調べると林の本に準拠していて,標準誤差をsqrt(2)倍しているのである。これは二段抽出の誤差の見積である。

林が,どう考えたかは本に書いてある。調査員が訪問するのにちょうど良い地点の大きさ,というものがある。市区町村では大きい。国勢調査区では小さい。およそ200世帯くらいの集合がちょうど良い,という実践的感覚が林にはあった。たとえば,20世帯くらいが1人の調査員の受け持ちとして適当である(または上限である)ということと,抽出間隔は10件くらいが適当である,ということから,20×10=200世帯くらいの集合で地点が構成されていると都合がいい,と考える。しかし現実には,そうなっていない。国勢調査区でさえ,平均的には50世帯になっているが,実際の調査区を調べるとすぐにわかるが,いろいろの事情から例外が多い。

林は,標本抽出にとって本質的に重要なこと,理論的に維持しているべきことを十分に分かっていたので,抽出方法の実践的デフォルメは,実に大胆で柔軟であったといえる。オリジナルに考えたことと,できたものを利用することの差異はこういうところに生じる。

本質的には,母集団の最終単位の抽出される確率が,どの単位も等しい確率であることだけが守るべき理論だともいえる。それを達成するために,また現実的制約または所与の前提を背負って,具体的にどういう手順を編み出すか,ということだけであった。

行政上の地点は,世帯数統計などの集計単位だから,利用するしかない。しかし地点概念からは自由であった。頭の中で想像すればいいだけである。5000万軒の世帯が,北海道から沖縄まで並んでいるのだと想像して,そこから標本抽出する。その系列はサイズ200世帯の「地点」で構成されていると仮想したのである。
だから,抽出された世帯が,町丁内で何件目かを記録する理由があったし,抽出間隔を同じにしてもよい理由があった。(もっとも,PSUが同サイズなら確率比例抽出は等確率抽出でもある・・・)。

標本抽出の具体的問題は多くあり,非常にていねい書いてある鈴木達三の本でさえ,地点の仮想化という話は出てこない。住民基本台帳の配列が50音順の役所が増えた問題などには詳細に手順が書かれているが。また,1地点の抽出数の設定にもよるが,国勢調査区がPSUとしては小さい問題は言及がない。うまく設計してあるともいえるのだが・・・。

「仮想的地点」という発想では,いくつもの実践的問題は解決されてしまう。「次の」地点に移るということも自然な処理だといえる。「仮想的地点」を想定した本は林のほかには見たことが無い。

しかし,手順が似ている場合はある。

東京大学教養学部統計学教室編(1994)人文・社会科学の統計学.東京大学出版会
である。

標本抽出の章の筆者は,盛山和夫である。地点の系統抽出のところで「当たり値」が出てくる。こういう呼称があることを私は知らなかった。これは地点内でのランダム・スタート・ポイントに使う。

しかし盛山の「地点」は仮想ではない。だから末端に達したら「先頭に戻れ」と書いてある。地点をリアルに考えて確率比例抽出している文脈では,系統抽出のランダム・スタート・ポイントはインターバルより小さい一様乱数にするのが普通である。鈴木達三で「先頭に戻る」という手順がでてくるのは,台帳の50音順配列問題への対処ケースである。

仮想地点を考えていれば,「先頭に戻る」発想は出てこない。これが重要である。では,リアルな地点を考えている場合はどうか?。あまりよくない,と言う意味は,系統抽出のスタート・ポイントの決め方として標準的ではないからである。しかし大きな問題ではない。地点内の配列なんて,そんなもんだ,と思えば,それだけのことだが,原則に固執するなら,少し,いい加減じゃないか,ということになる程度である。別の考え方はどうか,系統抽出のランダム・スタート・ポイントを「インターバルより小さい一様乱数」としないで,総数より小さい一様乱数にして,末端にいったら戻るだけだ,と考えるのである。これは地点内のソート順を,乱数によって,たえずスラしていることになる。実際的な影響は小さいだろう。系統抽出らしくないな,という程度である。

もう少し,大きな問題としては,抽出間隔を一律にしていることだ。7,11,13など(251頁)。これは仮想地点という概念を導入すべきではないだろうか。あるサイズの地点のスタート・ポイントを「総数より小さい一様乱数」で決めて,そこから7人間隔で抽出してしまうと,それは系統抽出法であろうか。その地点内の単位は,等しい抽出確率を与えられるであろうか。全国の対象者の中で「当たり値」を得たのだから,いいのだと考えるなら,仮想地点という概念が必要ではないか。すると,それは,先頭に戻る,というリアル地点に準拠した手順と矛盾するのではないだろうか。

瑣末なことを言っている。こんな誤差は小さいものである。しかし,林のデフォルメには,このような曖昧さがなくてラディカルである。また,小さな問題ではあるが,調査設計者が制御可能な部分は,あくまでも制御するという方針を貫くかどうか,ということには関連しそうだ。

盛山の本には実践的なことが書いてある。地点の併合や,全人口と対象者人口の差異について書いてある。これは鈴木達三が国勢調査と住民票の差異を気にするくらい,具体的で実践的なことである。すなわち,実際にサンプリングをやったことのある証拠である。「先頭に戻る」という話も,サンプリングをしたことのある人が必ず経験することである。サンプリングをやったことのない人が,標本抽出の解説をしているな,と思える本とは違う。
「先頭に戻る」ことをしないで「次の地点」に行くと,地点数が増えたくらいに地面が離れていることが多い。

いろいろ,実践的な対処が必要になることがある。この時,理論はどのように実践と関係してくるであろうか。理論なんて現場には役に立たない,と考えるのは間違いである。理論は理論的にだけ貫かれて書かれていたほうがいい,色気を出して現実的なことを書くと,現実が変化した時に対応できない。現実が現象的に変化しても貫くべき理論だけが実践的に重要である。現象的でなく本質的に重要である。

標本抽出について,かつては,こんな小さな議論をしても良かったであろう。先輩たちも標本抽出にはうるさかった。こんなに詳細な議論をして実施した調査の回収率が,今や・・・絶望的である。議論すべき場所は別のところに移った。

林ばかりではなく,浅井晃も実践的であった。「まえがき」には,生前よく聞かされた話がでている。「大阪の釜が崎のドヤ街の調査と,奈良県十津川村のV字峡から見上げた両岸に点在する調査世帯」。標本抽出は机上で実行することもできるが,実査の現場は,こういうことになっている。この人々が戦後のスタートをきった。同じ「まえがき」にある。卒業して統計局に就職した当時が,日本の統計調査の戦後黎明期で,GHQによる官庁統計の大改革の時代であった。そういう思い出からスタートしたのが,浅井先生の人生であった。

いま60年ぶりの統計改革である。「統計制度改革検討委員会」。こんどの改革は,GHQの命令でやらされた,あの時のような情熱につき動かされているであろうか。統計局や内閣府の若き職員が,統計調査の勉強に人生をかけ,荒れ果てた調査の60年後の現場を歩いて,調査協力を拒否され,犯罪者扱いされ,それに驚いて,改革を考えている人もいるのであろうか。

2006-07-17

愛と死

人類は,とくに胎児期から乳児・幼児期において,愛されて育まれた記憶を潜在意識に保存していないと,生きていくことが難しいように思う。困難な人生を背負う,と言い換えてもいい。
これは学問ではなく,実感の表明である。

1.自殺する可能性が高まる(「生まれてスミマセン」というようになる)。
2.殺人を犯す可能性も高まる(すでに自分自身が殺されているに等しい仕打ちを受けている。ヒトは自分がされたと同程度にひどいことを,他者に対して実行し得る存在である)
3.自殺も殺人も切り抜けるために,つまり自分の運命を自覚し,運命を乗り越えとうとして,圧倒的な自覚的努力をする可能性がある。稀有の人材を輩出することがある。しばしばこの疎外が表現に転化して,多くの人々を共感させる。彼の不幸を代償にすることで,人々の幸福の糧が達成されることがある。

愛されるべき時に,十分に愛された子供は,成長し,逆境に直面しても,その逆境を乗り越える能力を装備している。親に愛されないような逆境よりもひどい逆境など,社会にはめったに発生しないのである。

体育会系の肉体的訓練の極限に耐えることができる。
文学会系の精神的孤独の極限に耐えることができる。

愛されたことのある人間は,必ず,愛すことのできる能力を発揮できるということにおいて,精神と肉体は破綻せずに親和する。

1980年代以降,子供が親を殺す事件が多く報道されるようになった(金属バット事件)。同時に,親が幼い子供を殺す事件も報道が増えた。「報道」という意味は,報道されない事実も存在するし,親子の間での殺害は,歴史的には新鮮な現象ではないからである。鎌倉時代の武家であったし,いつの世でも貧困や病気のために無理心中は昔からあったし,あり得ると想像ができる。

しかし,疎ましいからといって,親を疑うこともなく背中を見せて川の水を覗き込んでいる我が子を橋上から落下させて殺す心理を想像することは難しい。想像は可能であるが,その心象の風景は絶望的である。
誰にでも可能性のある風景ではあるが,どこかに救済がある限り引き返すことができる。あの母親自身が,愛された記憶を保存していない子供時代を負っていたためだと言える。

これは都会だとか,地方だとかという社会性を無化するほどに普及してしまった現在だといえる。

2006-07-16

カリスマへの道

私の行きつけの店の担当者が優勝した。ことし2回目のようである。ブライダル・コンテストで,以前「モデルを紹介して」という話を書いたことがある。この後日談ということになる。そんなコンテストが存在することさえ知らなかったが,なかなかすごいことのようである。メデタシ。メデタシ。

レオナルド・ダ・ヴィンチが再流行している。黄金比をはじめ計算しつくされた美の条件がある。ブライダルにもアップの角度は顎のラインからの計算があるという。これらは基礎技術らしい。

「ダ・ヴィンチの方法序説」を書いたのは,ポール・ヴァレリーであった。厳密に,あくまでも厳密に考えることをヴァレリーは自分に課して方法序説を書いたという。

美容室を対象に使ってCRM研究をしているのが酒井先生だが,確かにCRMの対象としては,いいかもしれない。床屋とは違って自分の担当者が決まっているし,一応,顧客の嗜好などを把握している。担当者が変わると,こちらの心理にも影響する。現在この店で2人目の担当者ということになるが,はじめて担当者が代わる時(つまり前の担当者が店を辞めることになって),少し気持ちが動揺した。新しい担当者と仲良くなれるか,なんだか会話するのが面倒ではないか,などなど慣れ親しんだ関係性の喪失感によって,いい機会だからほかの店に移ろうか,などと考える可能性が生まれる。

サービス品質というマーケティング概念もある。WEB時代ではあるが,物流とサービス業には,なお人間的接触が商品価値となる余地が残っている。

2006-07-15

クール・ビズ

「クール・ビス」って,すこし恥ずかしい。

英国人に似合うスーツを日本人が着るのも恥ずかしい。これは仕方ないから慣れたものの,日本人には似合わない。「英国屋に行って寸法を測って,英国人仕様で仕立てたら,見るに耐えない」・・・というような意味のことを昔,伊丹十三がエセーで書いていた。

クールビズだからネクタイは不要ということで,はずすと,ワイシャツがだらしなくなる。すると半袖のボタンダウンにしようかということになる。そこで店に行くと,あるある。クールビスのオンパレードである。しかしジャケットがなにやら画一的である。ビジネス・カジュアルというのは難しいのだが,同じようなジャケットばかり,のような気もする。

無難,ということが頭に浮かんで,まあ無難な買い物をしてみる。一着目はピエール・カルダンのジャケットにしてみたが,なんだか馬鹿らしくなり,2着目はコナカにしてみた。

着物だ,着物!。夏は浴衣だ。甚平だ。

帰りの地下鉄ホームで,浴衣姿の若い娘たちを見かけるようになった。おお,美しいではないか,と思って接近していく。会話が聞こえる。がっかり・・・。そして前を過ぎて,遠ざかっていく。

しかし西洋人が浴衣を着てもだめだ。日本人なら,浴衣は似合う。

トム・クルーズの「サムライ」は本当にひどかった。「M:I:III」はかっこいいのにねえ。「キル・ビル」もみょーな映画であったが。

肩の痛み

2週間前から左肩が痛い。

たぶん寝違えたのだと思っていた。飲んで寝ると,不自然な形のまま寝てしまうので。
しかし,その後,椅子のせいかと考えた。PCの前に座ってそのまま寝てしまうことが多い。東急ハンズに行って,一番いい椅子を買ったつもりではあるが万能ではない(ちなみに会社の椅子は、自分好みで調達できない。自分のカネを出すから自分の椅子を買ってきたいと思うが,伝統的な会社では椅子というのは,地位の表現にもなっていて会社が決めるのである。いわく総理の椅子)。

しかし,この猛暑で分かった。冷房のせいである。

私の書斎(?)は3階=屋根裏である。とても暑くなるので,冷房しなければ耐えられない。屋根裏だから天井は低い。冷房装置が左上にあるのである。それで私の左肩を直撃するのだ。スイングしてもだめである。どうも,これが原因のようだ。

家を建ててから,いくつも「ああすればよかった」という反省がある。たとえば冷房は天井から噴き出すようにすべきである。暖房は同じ装置でもいいが,床暖房にしておくべきである。内線はすべての部屋におくべきであった。天窓は不要。

そのほかにも一杯あって,コンサルできるかと思うほどだが,悔しいので,慣れるように,忘れるように,行動する。これを何とかの法則というのであろう。


この時期になると,盆踊り,夏祭り。東京音頭が聞こえる。神楽坂の夜はにぎやかであろう。しかし,まいとし不思議なことに7月中旬は祭りどころではないことが多い。

ことしは,本日締切の,たった2枚の原稿を書かずに,3連休に入ってしまったことが問題である。

2006-07-09

学界と業界

ネットワーク社会が,どのような影響を将来と現在に与えるのか,冷静に見ているつもりではあるが,テクノロジーの詳細に関しては知らないこともある。マーケティング関係者で追求もしているし,ビジネスとしての追求もされているのであるが。

はじめてネットワークの概念に接触したのは,もう20年前になってしまう金子郁容の本であった。これ以降,概念的にまったく新しい出現はしていないように思える。インターネットが普及しても,なおである。

当時(1986年ごろ)の印象では,金子がいわゆる団塊の世代であり,海外の大学院で研究生活をおくって日本に帰国した,という見方を私は,していた。個人的な偏見である。岩井克人にもそんな偏見がある。これらの秀才は,全共闘運動の直後の大学研究室で研究をすることに耐え難い感覚があったと思われる。海外にでも行くしかなかったのではないか,という偏見である。私の周囲には,もう少し冴えない団塊世代に満ち溢れていた。

1980年代といえども,すでにペンタゴンでは,ネットワーク技術を実用化していたであろうし,その先端研究を米国の先端研究者が知らないわけはないし,米国の知性には十分に見通せる世界であった。金子が新しい概念を手土産に帰国して本を書いた,というのは私の偏見であった。あんたも近代日本人と同じか。こっそり留学し,あちらの本と論文を一生懸命に勉強して仕入れをし,まだ翻訳のない時期に日本に密輸して,出店をひろげて,独占販売を始めるという知の密通法である。

今では,非常に手軽に世界中のジャーナルをネット上で読めるし,入手もできる。知的世界も便利になった。図書館という概念も部分的な修正をされていくであろう。

金子への偏見にもかかわらず,ネットワーク論は面白かった。岩井についてもそうである。専門の経済学の論文は難しいが,エッセーは面白い。

当時,IBMのデータベースシステムがIMSからDB2へと変更された時期であって,階層構造から関係構造への転換とだぶらせて読んだのである。1990年代に,NIFTYをはじめとする「パソコン通信」から,どんどん「インターネット」へと移行していく様子も面白かった。

ひさしぶりに学会で発表する。9月の行動計量学会と統計学会である。統計学会の方は論文発表ではない。気軽に引き受けて,企画内容を知ってから後悔している。竹内啓先生の基調講演に対する討論の係りである。基調講演者がラディカルなので,指定討論もラディカルだと議論にならないかも知れない。かといって常識的討論では弁証法的発展もない。準備しなければいけない。原稿はまだだが,政府統計改革については竹内先生は一回くらい日経の「経済教室」に寄稿していたと記憶する。

行動計量学会はエリアサンプリングである。地味である。SNSとかBLOGとかいう研究ではない(笑)。最近,改正住民基本台帳法について,意見を述べた。

Invisible Hand of God

という大層なタイトルである。

ゼニ儲けは,あきまへんか?

学会はゼニ儲けしなくていいのか。上品そうに研究しているが,税金の研究費をちょろまかして私腹をこやしていないか,一斉にチェックする。早稲田大学の松本和子教授の件がクローズアップされているが,ほかの教授がどのように研究費を使用しているか明らかにしていくと,どうなるであろうか。研究は公益か?。

私は3億円も研究費をもらったら,少しくらい,ポケットに入れたくなる心性を理解できないわけではない。研究仲間や学生君と飲み屋に行って,慰労会をする時の資金にするくらいは許したいし,許されたい,というくらい汚れた見識を持っている。しかし投資資金にして運用するのはやりすぎであり,リークされても「不徳」というしかない。リークした方も同じようにチェックされるべきであり,大学関係者の内部社会の常識で,マスコミ報道が消えるまで静かに待つ,という大学人の女々しさだけは見せないで欲しい。

論理と直感

言葉よりも音楽,思考より鑑賞が続く。歩きながら音楽を聴き,本を読むつもりなのに先に映画をみて,なけなしの時間が減っていく。享楽がいけないわけではないが,はやく蕩尽しつくして,明晰さへと向かわなければいけない。直立する精神へ。


いかんぞ いかんぞ思惟をかへさん
われの叛きて行かざる道に
新しき樹木みな伐られたり。

2006-06-04

I Will Survive

なんとなく,ジェニファー・ロペスの映画を,けっこう観ていることに気がついたので,ついでにセレナをレンタルしたのである。

作品はいいし,ジェニロペも魅力的だけれど,Selenaのことは,もっと魅力的に思えてくる。そういう意味では作品はよく成功している。ジェニロペとセリーナは二重になって,区別がつかないような感覚になっていく。

テハナを好きな人にとっては別の曲がすばらしいのだろうけれど,私は映画の冒頭シーンである,ヒューストンのアストロドームのコンサートの最初の曲がいい。

I Will Survive

である。1979年にヒットしたディスコナンバーであるし,英語の歌だし,テハナのファンはどう思うか分からないけれど,Selenaの歌う I Will Survive は独特にすごい,感情もあるし,夢もあるし,人生がそこにあるようにさえ思う。

もちろん映画ではジェニロペの声ではなく,Selenaの歌声をそのまま使っている。

Gloria Gaynor の I Will Survive は,もちろん良いと思うし,

Diana Ross の I Will Survive も透明でいい。

しかしSelena の I Will Survive には,もっと強靭な生命がある。

テキサスのアストロドームの最後のコンサート(1995)の大観衆の興奮が映画の冒頭で再現されている。ステージにあがるとSelenaは,静かに Hah... と少し息を吐く。マイクが この吐息 を拾っているのである。

ほとんど,女神の吐息のようである。

この曲のヒットした1979年頃というのは,ちょうど私が社会に出るころであり,そのころ日本ではディスコブームでもあり,そんな懐かしさもある。

Slenaが歌うと格別である。

自分の娘に,あふれる才能を発見した父親が,自分のなしえなかった夢を,娘とともに実現していく,ということだけれど,父親の夢だけでなく,人々の夢や希望を受け取り,ステージでかなえていく。それがステージに立つ者が,ファンから受け取る何かである。やめられない,人生のすばらしい何かである。

頂点に向かって,ほとんど top of the world にいるときに,24歳にしてSelenaは殺害されてしまう(1995年)。事件の真相は知らないが,マネージャーに殺される筋合いはないだろ,と思う。経営に無能なスターの金をちょろまかすことは,よくあることだろうし。そこの事情はよく分からないが,Selenaの歌手としての才能だけは,すばらしい。どうして,あんなに歌えるのか,すごい。

といっても,私に音楽などは,分からない。ディスコに行ったこともない。だからディスコナンバーも踊りながら聞いたことさえない。ラテン系とは対極かもしれない感性なのに。
一説によれば,この曲はゲイが好むという。「わけの分からぬ駄目なノンケね」と批判されたことのある私も,ひょっとしたらセクシャリティーとジェンダーを超えて,普遍的な感性であるということの証左か。

2006-06-03

三足の草鞋

40歳代最後の1年がスタートした。この1年は「あっ」という間に終わるであろう。今年も早くも夏が来て,後半に入る。

振り返ると,40歳代の10年は,会社員と大学教師の二足の草鞋をはいた10年間であった。1996年から大学教師をはじめた。2005年に早稲田の非常勤講師をやめた。これで10年である。

これからの10年をどうするのか。一足だけにするのかというと,そんなつもりはない。引き続き,二足なのか?。そうでもない。

三足目をはくのである。そういう前向きの積極的な姿勢でなければ,一足目すら,まともに成し遂げることはできない。そういう意味である。心ここにあらず,では何も成就することはない。

二足の草鞋といえば,多才な肯定的な響きがあるが,中途半端であるということでもある。そういうことは自分が一番よく知っている。どうせ私はふたご座の男。一筋に打ち込む,一所懸命,ということに心がけなければいけない。だから10年はひとつのことを懸命にやる。

三足目は何であろうか?

会社員 → 大学教師 → ときたから,次は芸能人か政治家か(笑)

2006-05-15

abduction

少し気になっているけれど,面倒なので追求していないことがある。英語の語源的な背景である。教養のある人であれば自明。或いは少し,しっかりと調べれば分かることだろうが・・・。

abduction は映画の題名で最近有名になった。横田めぐみの拉致事件の映画である。

これは科学哲学では,通常は仮説形成などと訳されることが多い。演繹や帰納なら英語の意味は分かりやすい。

deduction 演繹
induction 帰納
abduction 仮説形成

duct は管というくらいの概念だと思っていいと思うが(違うのかな),演繹と帰納は「中へ」と「外へ」というほどの概念である。何の中へ,あるは外へ,なのか。たとえば「真」である。

ab は何だろうか?。 in- や de- という接頭辞にはよく出会うけれど,ab- はよく分からない。

また,英語において,「拉致・誘拐」という日常用語が,どうして科学哲学とか論理学の用語と同じになっているのか。ひょっとして出自が違うということがあるのだろうか。パースはなぜ abduction という用語を彼の主張したい内容に適用したのだろうか。

こういう無知を告白するのは恥ずかしいけれど,気になりながら面倒で調べていないので,ひっかかりの気分を忘れるために告白してしまうわけである。

ab-duction にはもうひとつ「外転」という意味もあるようだが,そういうことも含めて勝手に想像すると,一方通行として,中へ,或いは,外へと導管を進むだけでなく,推論過程で一度,転化するという作用を含むということであろうか。では,ab- という接頭辞はどういう意味でそこに貢献しているのか。

もっと飛躍すると,具体的な事例で,たとえば家から外出する(de-duction),そして,今度は帰宅する(in-duction),という単調な双方向プロセスに対して,拉致・誘拐はその過程の途中に介入する(ab-duction)という類推でいいのだろうか?。

ab- で思いつく言葉をあげてみよう。

ab-normal 異常な
ab-stract 抽象的
ab-solute 絶対的

ab- には分離・離脱の意味があるようだな。

そういう理解でいいのかな。
啓蒙してくださる方,コメントをどうぞ・・・

2006-05-11

彼は昔の彼ならず

「中村真一郎の会」のようなものを発足させたそうだ。加藤周一が会長。新聞の文化欄でとりあげられている。

どうして,今になって,だろうか?
マチネの3人のうち,亡くなった友人への鎮魂であれば,福永武彦は?
加藤周一も90歳になろうとしている。朝日やNHKで活躍をまだ見るが,気でも弱くなったか。

作家としては中村や福永の小説の方が面白かった。詩はよく分からなかった。
加藤も小説を書いたけれど,つまらない。
批評家なんであろう。一番おもしろいのは「羊の歌」か。

東大仏文の抜群の秀才たちではあるが,作品の良さと秀才とは一致しない。
苦悩がないからか? 鴎外になれなかった加藤か?

近代的な意味での秀才はいつも存在する。10年に1人とか,5年に1人とか形容するような者も存在し,分布しているだろう。それはそれで優れたことである。凡才としては羨望でもある。
ただし,そのことと人間としての良さとは一致しない。そういうことを子供にも言いたいし,自分にも言いたいけれど,なかなか,そう簡単ではなく,つい迎合することが多い。

西欧派のインテリ。高校生時代に読んだ。代表格は丸山真男。そして加藤周一ら。反対側には,竹内好ら。

結局,肌には合わなかったし,生涯にわたって読み続けるという人々とはならなかった。

たぶん,いまでも「加藤周一が好き」という人に会うと,いやなというか妙な気分になるであろう。

2006-05-08

大女優

ひさしぶりに浦山桐郎の「キューポラのある街」を観た。

吉永小百合が国民的な大女優たりえたのは,時代が吉永小百合と重なったからではないだろうか。ひたむきさとか,希望とか,夢とか,そういう何かが,時代にはある。時代を背負ったともいえる。若き日の吉永小百合の,あの輝く瞳と笑顔,はちきれんばかりの躍動感が,まだ貧困も残存していた高度成長期の初期を背景に,せつなさを訴える。演技力というものとは別に,表現できているものがあったのだ。作品そのものには現在は欠点も感じるが,若き吉永小百合には希望しか感じない。

セカチュウの綾瀬はるかを観たとき,彼女も大女優になるだろうか,と思った。ホリプロのマネジメントは明らかに,それまでのグラビアアイドル路線をやめて,純愛へ。
その後のドラマはあまり見ていないが,セカチュウで表出したイメージに準じた作品を用意しているという感じだ。もう一段上に行かないと,女優生命もあぶないような気がする。この1,2年が勝負か。
根性のある子なんだろうと思っていたが,TBSがレコ大の司会に指名し,その司会ぶりを見たときに,綾瀬はるかはダメかも知れないなあ,と感じたのである。時代の要請もないし,吉永小百合のような迫力もない。
誰も時代など背負うことはできないほど,時代は軽くなったか。綾瀬の限界か,時代の限界か。

青木さやかは危ういけれど,仕事をしながら成長しているところが見える。将来があるという感じである。こっちのポジションで最近すごいな,と思うのは森三中である。デビューの頃は彼女たちはどうなるのかと思っていたが,実力がある。「ブス」の方が芸が磨けるということか,「ブス」の商品化に成功したということか・・・。

何が,女を輝かせるのだろうか。観られるという達成,もっと端的にスポーツという達成によっても我々は感動する。

このごろ,カッコイイ女は,ミシェル・ウィーである。
努力もしただろうが不自由なくスクスク育った選手という印象がある。けれんみがなくていい。ゴルフの方はよく分からないが,たいした実力なんだろう。ピークはこれからだ。なぜ父親情報が出てくるのに,母親情報はないのだろうか?。母親に興味がわく。

もう1人は柴田亜衣だな,個人的な感情だが。
800の自由形で金というだけでもすごいけれど,あのひたむきさがいい。コーチに「命預けます」と言ったそうだが,そういうところがいい。千葉すずも好きだったが,とうとう頂点には到達しなかったのが残念だ。柴田はもうピークを終えてしまうのだろうか。荒川静香も,もう挑戦するものがないほど達成した満足感があったのであろう。スランプを克服し,若手にはない(若いが)もので到達した場所にいる。

シャラポワもウィンブルトン優勝のときは,すごいと感じ入ったが,やはり4位くらいの実力だなあ,ということと,ビジネスに関心を強めているせいか,ひたむきな美しさや輝きを感じない。不幸だった少女時代を差し引いても,だ。

女優は私たちに豊かな夢をみせてくれればいい。そこにはカネで買えないものがあるからこそ,カネを出す。アマ・スポーツにはカネが集まりにくいのかもしれず気の毒だが,人類の最高水準を達成してみせてくれるのは,女優に匹敵するように思う。無形の価値である。

2006-05-07

調査統計の時代終焉

土曜の朝から統計学会の研究会に出かけた。
面白かった。政府統計改革について何が問題視されているのかを直接聞けた。
政府統計改革に関しては,2005年8月に日経で30回にわたって下記テーマで統計改革の連載があった。
筆者は,現在は明らかになっており,美添先生舟岡先生であった。

統計とは・揺らぐ有効性・重要な役割・政府の役割・統計の客観性・信頼性
政府統計・統計法制・組織の変遷・日本の組織・分散型機構・国際基準
公共財・英国・職員数・調査体制・地方組織・調査協力
母集団整備・行政記録・二次利用・調査手法・経済センサス・ストック統計
サービス業・観光統計・環境統計・新たな役割・民間開放・統計法

シンポジウムで久しぶりに竹内啓 先生の口吻を聞いた。やはり国勢調査の問題に触れる。ラディカルであり現実的である。「調査統計の時代の終わり」であるという。ただちに永山先生がブレーキをかける。

国勢調査のほかに住民基本台帳,国税庁,厚生省などにある情報とリンケージして重複をなくすという議論があるようだ。同じことを別個に質問するなという素朴な被調査者の意見と同じである。この実現の前提として省庁縦割を超える組織が必要になることと,用語は悪いが結果的に国民総背番号制度が登場することになる。技術的には容易であろう。政治的には困難であろう。経済的には歓迎であろう。社会的に背反であろう。統計学者のうち,だれか1人,政治家になる必要があるのではないか。

反省もある。
連休中に没頭すべきことを果たせないことである。午前だけと思ったが,やはり懇親会に出てしまう。夕食のつもりではあるが,やはり飲んでしまう。そうすると「もう今夜はいいか」となってしまう。東大からは大江戸線で3駅で帰ることができる。そうすると二次会の誘いには簡単に同調してしまう。研究会に行けば,久しぶりの人たちに会う。話は弾んで限界近辺まで飲んで,帰って,眠って,起きる。まあ,いいか。人生このままだな・・・

2006-05-05

連休中にやる(べき)こと

1. Confirmation of sampling method
2. Modeling a B2B branding
3. Analysis of car accident
4. Business planning
5. Title and summary of workshop

a. Playing with children
b. Crying or laughing in movies
c. Deep sleeping
d. Reading a lot of books

2006-05-04

国勢調査の改革

懇談会は,お茶をすすりながら懇談するのも宜いけれど,以下のことをすべきである。

(1)非回収率10%以上の自治体に非回収世帯調査を実施。
(2)調査内容は「非協力理由」。不能理由分布を示す。
(3)自治体別回収率を公表し精度を示す。
(4)全数調査という建前にこだわらない。


私は,国家に調査されることが本当は好きではない。徴税という政治的目的で国民を調べているような気分がないわけではない。法をふりかざし,法の抜け道をくぐり,法を隠れ蓑にする者を好まない。

参院の総務委員会で自説を述べていたNPOの女性の心情も理解できないわけではない。物売りのDMや電話がかかってくると気分が悪い。ハワイに炬燵を売り,アラスカに冷蔵庫も売らんかなという商人の卑しさというわけか。

しかし上品ぶった下衆も好まない。ざーますおばはんが正義を頼みに説教するおちょぼ口に耐えられない。

ガルブレイス

ガルブレイスが亡くなった。

佐和隆光の追悼を読んでも,佐和隆光もガルブレイスも感じることができない,というところが佐和隆光ということか?。

このごろ「やさしい経済学」の連載が面白い。心理学という側面のせいである。

高校生の頃からか,経済学には面白さを感じないという偏見を持ってしまった。いまでも経済学の本は読まない。せいぜい経済統計学というような分野,つまり統計学とか統計的な経済分析方法としてしか読まないと思う。例外は岩井克人のエセーか。

さすがにガルブレイスと,もうひとり,フリードマンは読んだことがある。翻訳であるが。

ガルブレイスには現実感覚というものがあった。フリードマンには,アダム・スミスにいつでもたちかえる徹底性が一貫していた。フリードマンはガルブレイスの4歳年下であるが高齢である。今どうしているのだろうか。ガルブレイスの死をどう思っただろうか。

きょう「ヴェニスの商人」をDVDで観た。アル・パチーノのうまい汚れ役のヴェニスの商人であった。ユダヤの商人と,プロテスタントの商人と,日本的な商人と・・・。

日本で規制緩和なんて成功するのだろうか。

春天

ふたたび,ディープインパクトの強さを見せてもらった。
阪神大賞典で軽くコンディションを整えたあと,春の天皇賞は圧勝であった。
仕掛けが早いかと思ったが,長距離で他馬のペースが落ちたとさえ見える。リンカーンはついてこれなかった。しかしここにはハーツクライがいない。
昨年の有馬記念では,なぜディープインパクトはハーツクライを抜けなかったのか?。古馬の中で3歳は気後れしたように思った。メンタルの問題ではなかったか?。
リンカーンは有馬記念で3着であった。ディープインパクトには勝てない。ことし中にハーツクライよりも強いディープインパクトを見たい。

昨年の有馬記念の上位3着馬(ハーツクライ,ディープインパクト,リンカーン),ことしの春天の上位3着馬(ディープインパクト,リンカーン,ストラタジェム),ずべてサンデーサイレンスの子供である。彼らはみな兄弟である。

Sunday Silence というUSAの馬は魅力的である。脚の欠陥と,母の血統がよろしくないせいか,日本に輸出されたが,優秀な競走馬を産出した。ディープインパクトの産まれた2002年に死亡した。

競走馬に詳しくない素人であるが,ブリーダーらしき経験はある。ウマの場合,メスはたぶん1年に1頭しか産めないのではないだろうか。いずれにせよ,興味深いのは交配が組み合わせであるということである。優秀なペアを「当たり配合」という。ウマの場合は高価なので同じ配合は少ないと思われる。

しかし同じペアの兄弟でも,競走という側面に限定してさえ,同じ能力を発揮しない。それはペアが組み合わせであると同時に,同じペアであっても交配のたびに遺伝子同士の無数の異なる組み合わせの実現でもあるからである。

哺乳類の場合,胎児期で魚類や爬虫類の時代を通過する。とくに人類の場合,形質や身体能力の遺伝のほかに,心が発生するように思われる。心も遺伝もするだろうが,発生するようにも思える。発生の起源は人類の起源である。つまり魚類→爬虫類などとへて,人類となる胎児期末期から乳児のころ,母親との関係性の中で心が強い影響を受ける。心も身体のように傷つく。とくに発生時の傷は潜在化され固定化される。傷を覆うのは顕在化している自覚的な意思である。

私の場合,姉や弟と性格が異なっている,と自覚している。これはいくつかの経験から自覚していることである。
なぜだろうか。私が胎児の頃,事情があって母親の精神的状態がほかの兄弟とは違って,良くなかったということが本質的である。そう信じ込んでいる。運命的であり,自己自身による修正が不可能であるような何かである。

私が現在もなお不可避的とでもいうように,そうなってしまう何か,意思的に乗り越えようと自覚しない限り,そうなってしまう何かである。ここに私の性格的な深い欠陥がある。

2006-04-30

宮澤元首相

宮澤「私の履歴書」の連載が終わった。

エリートである。
戦争への対し方も庶民と異なる。情報量がまったく違う。

三鷹の自宅が焼夷弾で空襲を受けたときの描写。「この空襲は予測ができたものなので自宅にいた」などと,淡々としていて悲惨さがない。「命中していたら死んでいた」のに他人事のようでさえある。

60年安保,安竹宮の総裁競争,PKO法案,政治改革法案(小選挙区比例代表並立制の導入),解散。政策の場面と,政局の場面とでは距離感が違う。

梶山静六にまかせっきりだった国会対策。55年体制最後の首相という感慨はないし,総裁候補として小沢自民党幹事長に「面接」されたことも,なんとも思っていなかったようだ。当時,小沢もそれほど失礼なことをしたと思っていなかったと思う。あれはTVに映し出されて,金竹小の権勢を人々が嫌った結果だった。
あの時のことを,どう書くのかな,と思っていたのであった。

「最後の小沢」が千葉7区補選を勝った。
軽い小泉と重い小沢。神奈川と岩手。風とドブ板。

ことし9月のポスト小泉選出と,小沢民主党代表の再選。
あくる2007年の暑い夏の参院選。小沢による国政選挙。
そして任期満了ちかくまで引き延ばされるであろう総選挙。

2006-04-29

台帳法,参院で可決

「住民基本台帳法の一部を改正する法律案」が閣議決定後1か月以上も審議されないので,総務省に確認したのだが,偶然にもその週末の4月14日に参院本会議で趣旨説明となった。

続いて総務委員会での審議に移り,
4月20日に趣旨説明と参考人出席を決めた。(約4分)
4月25日には市場調査関係者の代表として田下JMRA会長が出席。(約5時間23分)
4月27日には可決。(約2時間1分)

審議内容は衆参ともに動画で誰でも確認することができる。
衆院審議
参院審議
議事録の検索もできる。
衆院ではメールサービスもある。

あっという間に参院を通過した。嗚呼。
民主党の内藤正光君など「もっと早く成立させるべきだった」という姿勢。岡崎市出身の秀才だが・・・。

田下JMRA会長の意見表明はよく目配りされ,堂々としたものであった。主張の内容も,我々がこれまで訴えてきたことを集約している。しかし野党は台帳の犯罪利用抑止の側面ばかりを見ている。自民党の方がまだ市場経済への配慮がある。

これは与党の絶対多数によって早期成立するのではなく,野党の後押しで早期成立する。竹中総務相など,マーケティング・リサーチへの影響を十分に知っていながら,ダイレクトメールにだけ触れ,米国などには住民基本台帳が存在しない文化的背景にまで言及し,余裕の答弁である。

2006-04-17

立法の府

教育基本法の改正案を今国会に提出すると,武部自民党幹事長がTVで述べていた。重要法案ではある。しかしながら,国会には多くの法案が提出されている。誰にとって重要であるかは立場によって異なる。なにが重要法案なのか。多くの立場に強い影響を与える法案,日本の経済・社会・文化に影響を与える法案である。
法案の審議過程は,すべて報道されるわけではない。重要法案がニュースなのである。それは仕方ない。小沢が民主党代表となれば,それもニュースである。

あまり注目されることのない法案が今国会に提出されている。報道されることは少ないかも知れないが,調査分野では重要法案である。最近の政府の情報公開は充実しているように思う。不足を指摘すればきりはないが,以前に比べると便利である。政府提案は各省庁のWEBサイトで確認できる。委員会での審議過程も内容の詳しさはともかく,衆院と参院のサイトで確認できる。

「住民基本台帳法の一部を改正する法律案」

この法案が総務省から提出され,3/7に閣議決定されている。この法案は参院先議なのだが,参院の総務委員会(世耕弘成委員長)では,まだ審議されていない。4/14の本会議で趣旨説明にかかったことが,参院のWEBサイトで確認できる。会期末は6/18である。衆院に送られ,そこでの審議のチャンスもあるが,あと2月弱しかない。ほかにも総務委員会の法案は多い。どれくらい審議されるのか,というと,ほとんど審議されずに採決される見通しである。

ロビー活動もむなしい。「よろん」で法案に関する特集をしているが,パブコメも含めて国会審議に影響を与えることは少ないかもしれない。役人が法案を書く前に影響力を行使しなければいけない。そのあとで改正するには大きな政治力が必要になる。



参院では,

■議案審議の最新情報。議案審議情報
■総務委員会の質疑の経過。総務委員会の審議経過情報
■本会議,総務委員会の経過を検索。会議の経過検索情報
■質問趣意書の一覧がある。質問趣意書情報
■委員名簿と委員写真。委員会調査会等情報


衆院では,

■閣法の「64」で,経過と本文がある。議案一覧
■公報から経過情報の抜粋を確認できる。衆議院公報
■本会議と総務委員会の会議録へのリンク。委員会議事情報
■委員顔ぶれ。総務委員会名簿
■質問答弁の一覧。質問の一覧

2006-04-14

水曜日の映画館

水曜日に映画館に行ってはいけない。
特に仕事帰り,時間ができたから,たまにはスクリーンで映画でも観ようと男1人でふらりと有楽町で降りて,マリオンに行って最終を観てはいけない。
腹も減ったなどと,ホットドッグ+ビールを買って鑑賞なんて特にいけない。
カップルが少なくて良かったな,と男1人の自分を省みて安心してはいけない。

水曜日はレディースデイである。

とても場違いである。
帰りにトイレに行くと,長蛇の列を横目にすいすいと男子トイレに入れるのはいい。
しかし帰りの下りエレベータはすごい。一番最後まで待とうかと思うほどである。勇気を出して乗ってもいいが,男1人である。間違って朝通勤時間の先頭車両(女性車両)に乗った時よりもすごいかも知れない。

日劇で「プロデューサーズ」を観た。

寝不足で,はじめ居眠りしそうになったが,ここで鼾をかいたら,全女性を敵に回すことになる。必死でがまんしたが,大音響で目が覚めた。さすがミュージカルである。途中から少し面白くなった。

「オペラ座の怪人」を超えた,という宣伝文句があったが,そうかな?。

それはともかく,歌とか踊りとか,人類の達成した最高の表現だという感じになる。いや,ミュージカルはアングロサクソンの到達した最高表現というべきか。とうてい素人など及びもしない水準で,どううして,あんなに歌えるのか,踊れるのか??。

(オペラとミュージカルの違いは何か。先日,赤坂の料亭で,オペラをやっているという男性に教えてもらった)


なぜ人類は過剰に極限にまで到達しようとするのか。
伝達機能としての言語が,なぜ詩的(私的)表現や,歌謡に移行していくのか。闘争や防御の身体行動がどうしてスポーツや芸能に発達してしまうのか。だから人間性という問題が存在するのだといえば,それまでだけれど。

やはりスクリーンで見ると迫力がある。38インチのTVでDVDを観ているのとは違う。やはりスクリーンは「出かける」という要素がある。映画も演劇のように劇場に「出かける」という要素は大切だ。出かけるのだから,1人ではなく2人がいい。できればカップルがいい。鑑賞後の時間の共有とか,一緒に過ごした時間とか,そういうことが大切なのだ。

次は「ダ・ヴィンチ・コード」か。1人で行きたくない・・・。

2006-04-10

机上の風景

読もうと思って買ったままの本や,郵送されたジャーナルなどが机の上に数冊・・・。

たとえば,

『統計学を拓いた異才たち』

原著が出たときも,すぐに買ったのに,拾い読みしかせず,そうこうしているうちに訳書が出てしまった。
訳者の竹内先生は東大時代にSUGIでお目にかかったきり。タイトルは「変えたんだな」とは思ったが,堀先生のいうほど魅力なくなったとは感じなかった。しかし,よくあるように原著の英語が喩的表現の場合に,訳書のタイトルを内容の叙事的な表現にする例だな,と思っていた。
日経のコーナーに平積みになっていて,ビジネスマンからも「パラパラしか見なかったけど,面白いんじゃないか。君の評価だと,どうなんだ?」と聞かれた。
お話の単なる翻訳ではなく,歴史的事実で違っているところを修正するなど,たいへん丁寧な仕事をされて,さすがだなと敬服する。

『研究者という職業』

これは,松原先生のWEBサイトに紹介があって知ったのだが,面白そうだなと思ったのに,まだ読んでいないでパラパラめくっている。カバンの中にいつも入っている本が読み終わらないからでもあるが,楽しみをあとに残しているような気分でもある。

そういえば,DGさんから「東大の社会調査の講義ではこれを最初に読んだわよ」と言われて買った,『創造の方法学』も,「なるほど学部の最初にやるのに適切な読み物だ」と感心して,通読はしていない。どこかで若者に出会ったときにでも紹介しよう。

『家族のゆくえ』

どの家庭にも,その家庭に応じた不幸はあるのかも知れないけれど,いよいよ悲惨な自分を思うと,読むべきかやめておくべきか。冒頭で「家庭の幸福は諸悪のもと」に触れるところが,やはり,という感じでもあるが,こちらの身に引き寄せてみると,こういうテーマは「読む前に,実践せよ」という気分になる。

幸福そうな家庭も確かにあって,本当に幸福なんだろうと思う。周辺の会社員の口からは,ほんまかいな,と思うような家庭の状況を聞くときもある。照れているのか,真実なのか,実際はそんなこともないのか,訳が分からないような豪快な話も・・・。毎晩飲んでいる会社員も多いが,子供が未成人の頃は違ったんじゃあないかな,なんて思う。それにしても断絶しきっている事例には事欠かないな。掃除洗濯はむろん,ワイシャツはいつも自分でアイロンをかけ,手料理を食べたことももう何年もなく,家族バラバラで,春休みに母娘でずっと海外旅行に行ったきりで,入学式の前日に帰ってきて,「明日,入学式だけど来る?」なんて子供から,一応声だけかけられて「いや会議があって・・・」というと,「あ,そ」で終わり。妻の方は「長旅で疲れたから」と言って,そのまま寝たっきり。なんて気の毒な人の話も聞いた。

人生って一回だなあ,と思いつつ,私も徐々に50歳に向かっていく。

2006-04-04

老化は進む・・・

この頃,膝が痛い。立食パーティー以来,痛みがとれない。若干は軽くなってきたが,右膝だけでなく。左膝も痛くなってきた。むかし,走り幅跳びのときは左足で踏み切っていたので,たぶん左足の方が強いのであろう。右からきた。
ついに,サプリメントを摂取しなければならないのか。軟骨が劣化しているのであろう。最初に違和感を感じたとき,聖路加病院でいろいろと検査してはみたが,かんばしい助言はなかったので,そのままにしていた。
運動して,鍛錬しておくべきであった。今からでも始めるか,どこかの高級フィットネス・クラブの会員にでもなろうか,と思う。もったいないから継続して出かけるのではないか,という狙いである。
後楽園にあるクラブの会員だという人もいたな。赤坂のここはどうか?。
でも,ひとりで行くのは,つまらない。誰か一緒に行きましょう。

今年は,サングラスを買おうと思っている。どういう風の吹き回しか?。なぜか,そう決めている。まぶしいのである。どこで買えば,品揃えが多いのであろう?。渋谷のイワキで見たけれど,少なかったような気がする。

花見に行かなかった。なんだか,損した気分。