2011-12-11

妹よ

ブエナの妹が天才を示した.ジョワドヴィーヴル.
これで安心してブエナは引退できる,ケガをせずに有馬記念を走りぬけよ.

ブエナに雰囲気が似ている.涼しい顔とあふれる素質.
展開はディープとまったく同じでよいと思われる.

レーヴディソールにも似ているが,あのケガをしそうな気配はない.
小柄だということも幸いするであろう.
来年のダービーを勝てるかどうかは未知だが,牝馬としてはトップに達するだろう.

全兄とともに,産まれる前から,産まれた時からの期待の星であった.

名前が覚えにくい.

2011-11-27

ブエナとコンディション

華麗な顔ぶれのJCでブエナが復活したが、これだけの実力馬がそろうと
実力だけでなく、コンディションの重要性と差異の勝負であるという印象が強い。
実力に加えて気力と体力が必要だ。
凱旋門の1・2着、ドバイ1着を退けたブエナはもう有馬記念はゆっくり走って
はやめに引退したほうがよいだろう。ケガが心配だ。
もっとも牝馬であるため、優秀な子を量産できない。1年に1頭だけだ。

おもしろかったのはウインヴァリアシオンと安藤である。
何かはするとは思ったが、今度は有馬記念に期待する。
後方スタートをやめて、中位から進めば勝てるのではないか。
今日の展開はヴィクトがドバイでやった運びであるが、甘くは無かった。

ペルーサが16着(ビリ)というのもすごいレースであった。
走る気力がなかった、ということか。

2011-11-05

気になる日本語

ときどき「気になる日本語」という啓蒙的な解説に出会うことがある。
啓蒙的なところが鼻につくタイトルであるが、それは言葉が歴史的に変化する
ことを容認すべきだということと、しばしば若者から先行して変化するので
「日本語の乱れ」は年寄りからの伝統的・保守的な説教に聞こえるからである。

とはいいつつ、気になる日本語があり、気になるだけで徹底的に調べてはいない。

「~を行う」

という用法である。

多くの人々は使用するが、あまり使いたくない。せめて「おこなう」と平仮名にしたい。

「~を行った」

の場合は「おこなった」ではなく「いった」に読めるのが煩わしい。
たぶん規則はないが、個人的感性によれば、使いたくない。

「~を実施した」とか「~をした」という表現にしたい。

根拠があるわけではないと思うが、根拠がないのかも調べてはいない。

ついでに、カッコの使い方。カッコと句読点の関係も気になる。
私の中では規則があるが、違う用法に出会うこともある。
いまの小学校では、どう教えているのか?


【A】明日は雨が降るらしい(最近は予報があたる)。
【B】明日は雨が降るらしい。(最近は予報があたる。)

私は根拠薄弱だが小学生か中学校のころ先生に教わった【A】である。
しかし【B】もみかける。校正で修正されることもある。

2011-10-29

国勢調査の確報

国勢調査の確報が出た。速報値と確報値の人口はほとんど違わなかった。


速報: 128,056,026
確報: 128,057,352

速報が出たとき、日本は人口減少どころか、人口増加社会を示し、驚いた(下記)。
記者会見における説明は「外国人の増加」ということであったらしい。



確報で総人口はほぼ変わらなかった。何が変わったのか(下記)。


日本人人口は、これまでの予想どおりに「減少」した。
しかし外国人が著しく、突然のように「増加した」ということか?




5年ごとの国勢調査の中間は、法務省(出入国)と厚労省(生死)の統計
も使って人口推計される。

2010年10月、日本の外国人の比率は突然39%増加した・・・のか。

と思うだろうが、そうではない。
外国人は、

1,648,037

であるから、前月(9月)とほとんど変化なし(微減)である。

結局、その残余とは、・・・ 「無国籍」と「不詳」である。


上の表の外国人率とあるのは、実際は総人口から日本人人口の単純な差であって
外国人人口として公表されている数値ではない。つまり無国籍と国籍不詳を含む。
過去の国勢調査における無国籍と国籍不詳の状況は、今回と比較してどうかを確認
するとよい。

総人口は増加した。しかし日本人人口は減少した。そういう結論となった。

新刊

時間はかかったが丸善から出た。
2項だけ執筆させていただいた。

統計応用の百科事典

ここで狩野先生の項を読んでいて、文献リストに
狩野「構造方程式モデル」朝倉
とあったので、ついに、書いたのか、と思ったが、見つからない????



少し前に、豊田先生からの献本があった。着実に出版されている。

統計学のための線形代数



そのまた少し前に、これも時間がかかったが出た。

調査法ハンドブック


さて、私の原稿は・・・

2011-10-23

三冠

力強さ,というより,はじけるような圧倒的な気性.
ディープインパクトの完璧とは違う荒々しさ.

好位から4角を過ぎて直線に向いた後,敵はいなかった.
全兄のドリームジャーニーを超えたが,この交配はまだ可能
なので,しばらく変えないだろう.

永遠の脇役を演じたウインヴァリアシオン.

「ついでに騎手まで振り落とす」というのは,走れコータローである.
デビュー戦と同じように,ゴール後に騎手を振り落としてくれた.

この気性の荒さは,父系祖父の「醜いアヒルの子」サンデーサイレンスか,
それとも母系祖父のメジロマックイーンか.

来年は凱旋門で世界制覇の夢.

2011-10-02

残念

ことしの凱旋門の日本馬は残念であった.2頭とも着外で,いいところはなかった.
ヒルノダムールの実力も,歴史的には日本最高とはいえないので,もし勝てば,
日本のレベルだと思ったのであるが・・・

固い馬場で日本馬有利と事前の報道であったが,なんということもなかった.
3歳牝馬の勝利で,しかも勝ったデインドリームは人気はなかったよいうで,
むしろ驚きの結果であったようだ.しかし勝ち方は圧勝で抜けていった.
レコードだった.

black

BLACK SWAN

こういう作品は苦手である.観ていてハラハラするから解放感がない.


THE ADJUSTMENT BUREAU

そこへいくと,こういう作品は分かりやすくで娯楽できる.
映画ならではでの,作り話であるが,虚構のリアリティーがある.


関係ないが,ビーチバレエでも女子体操でも,美人が強くでは不公平である.
美人に勝って欲しいと思う自分が許せない.

美人よ,敗北せよ.

2011-09-25

久しぶりの強さ

オルフェーヴルの神戸新聞杯は,ひさしぶりに強いウマの登場だ.
4歳世代が綺羅星であったのに比べると,3歳世代には強いウマがいないのかも知れないが.

父のステイゴールドは成績はそれほど突出していなかったが,産駒はいい.
SS系にみられる,薄い危うさは感じないので,メジロマックイーンの血が勝っているのかもしれない.

ディープ以来の三冠馬となるであろう.

2011-09-24

交遊抄

朝刊の交遊抄を眺めていたら,筆者は知らないが
そこに出てきた作家の柴田は知っていた。
作家としてデビューする直前であった。
いまも詳細な経歴を出さないまま,20年以上,職業作家を
継続している。
3人が同じ出版社に勤務していて,互いに作家に転身するまで
知り合いでさえなかった,ということも頷けるところがある。

柴田が作家として才能があったかは当時,判断できなかったが
印象としては,とにかく書くということ,分量だけは書くということは
分かった。労働として書ける人間であることは分かっていた。
書きたかったのであろう。
テーマや文学性は知る由もなかった。推理小説なので,文学性を
感じることがなかったのかも知れないが,書くと言う作業はプロであった,
ということではなかっただろうか。もちろんたくさん読んでいた。
かなり失礼な印象ではあるのだが。


出版社に約束した原稿を書かなくてはいけない。会社の仕事をした
余力の時間を見つけるが,断片化する時間は書くことに向いていない。
言い訳無用。
永田先生は「毎朝,1ページでも書くといい」というようなことを述べていた。

編集者は著者に書かせなければいけない仕事だ。
いつでも待ってますということでは書かない。
とうとう10年も書かなかったら,さすがに企画は消えた。


10月からは講義も始まってしまう。

節電の夏で,余裕があるのかと思ったが,いろいろ忙しいものである。
学会には出かけなかったが,いろいろな会議は休日に設定される。
私は平日でいいのだが・・・。

わらじは一足にすべきか・・・

2011-09-04

野田内閣発足

野田内閣発足の各社支持率だけをみると
高い読売・日経, 低い朝日・毎日, 中間に共同
というパターンが戻ったかのようである。
毎日が菅内閣では高くなった印象であったが,それが戻ったか?
今度は8pp差ではなく,10pp差。



発足時の支持率
   野田(菅)
日経 67(68)
読売 65(64)

共同 62・8(61・5)

毎日 56(66)
朝日 55(60)

2011-08-08

健全さと極端さ

ルールとか規律正しさとか,社会あるいは組織の中で守られている状態は健全である。
みな真面目である。

しかし,健全さも極端にまで遵守されると喜劇になる。
ルールを破ってだらしなくしてよいということではない。当初のあるいは本質的なものが失われて形骸化すると,逆に反目的という結果となる。

社会が戦争のような非日常の状態になると,平和時のような凶悪な犯罪もなく,むしろ相互扶助的で健康そうな笑顔と声が聞こえる。
節約し,質素で,道徳的である。

しかし,銀座で婦人会が歩く女性に目を光らせて。パーマをかけたらだめだといい,果てはハサミをもって切ってしまう。「国家のためよ」といいながら。きれいなスカートの飾りも華美だと言って切ってしまう。
人類は戦争であれば,強制収容所で人類を殺戮することさえ容易にやってしまうことが可能な存在である。

小さな組織にも,そんな萌芽はいたるところにある。

遅刻は減点だ。といえば,遅刻だけに集中してしまって,全体が見えなくなる。
報告が不十分な。といえば,報告の仕方,時期,形式にばかり気を回す。
なにかもっと重要なことが忘れられていないか。

人間の本性には,まったく進歩しない後進性がある。

2011-08-07

融通って

自分ちの子どもを飢えさせておいて,
よその子に振舞うようなもんではないだろうか・・・

東電の余力を関電に融通するのは。

毎日,節電している東京から
節電していない関西に電力を送る

素朴な疑問だから,論理構成が必要だ。

2011-08-06

ゲンパツ と ゲンバク

広島の日,TVを見ていたら,原発と原爆は両方とも原子力であり核問題だから,両方だめでなくすべきだというような解説があった。

ノイマンのような科学者はいつでも必ず出現する。科学はとめることはできない。
科学の成果と危険は,科学の向上と達成で対応するしかないのである。

科学はとめられない。人間が所有してしまった観念の世界が無限に拡大するしかないように。

責任・判断

責任を官僚に押し付けるような政治家は最低である。
官僚がついてこないならまだしも,国民がついていかないぜ。

いったん手中にした権力は,機能システムのうえから,そう簡単には転覆することはない。
別の見方をすれば,とくに日本的な統治システムでは,てっぺんは偉いのではなくて,誰がなっても交代しても,たいして変わらないということである。

なぜ責任をとらないのか。責任を認めて,責任をとるということが,いまの権力を失うことになるからである。

だから権力は責任を負わない。責任を負う者をいつも周囲に生成しておく。
権力は孤独であり,不安である。その耐性こそが資質である。自信と考慮。

小心,怯懦,女々しさ,狡猾

およそ権力が備えている属性の中で最悪の顔を権力が見せるとき,もっとも不幸な風景が出現する。


おれたちが首うな垂れて
とぼとぼビルディングの間を歩いているだけだ
とあざ嗤う分子は反革命である
おれたちがしみつたれた鞄をぶらさげて
明日の食糧に戦慄しに出かけるだけだ
と宣伝する諸君は反革命である

2011-07-30

俺はごめんだぜ

吉本の思想の中で,何が重要かって,
それは「俺はごめんだぜ」といえる場所があるということである。
聖書へも親鸞へも,アプローチの中にそのようなモチーフがある。

優れた思想であるほど,人の行動を理念に従がわせる。
人類の理想を目指す思想だったのに,人類を粛清し,抑圧するように作用するのはなぜか,
ということに回答できなければならない。

太平洋戦争も,連合赤軍事件も,・・・

この問題を観念の領域を3つの次元に分離することによって整理した。

マタイ伝の絶対的な罵倒の強烈がなぜ強烈なのか,
相対性に絶対性を強いるからである。
対の位相を共同の位相に移動させるからである。

俺はごめんだぜ

大衆より知識人が立派じゃないんだぜ
公的なことより個的なことのほうが大切なんだぜ


ヤラセっていうけど,そりゃあ,あるでしょ。

八百長っていうけど,そりゃあ,あるでしょ。



こんな夢をみた。
もう死ぬしかない。
みんなで一緒に死のうぜ。
これでいっせいにひと思いに突き刺して同時に死のうぜ。
俺は気が進まないなあ,と思いつつ,覚悟を決めた。
さあ
突き刺す。
うっ。
横を見ると,本当に腹に刺したのは,俺だけだった。


吉本さん
あなたの指は太い
あなたの肩は頑健だ
あなたの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
あなたの孤独はほとんどリミットに耐えられる
あなたがたふれたら,ひとつの直接性がたふれる
もたれあふことをきらった抵抗の精神がたふれる

2011-07-29

ひっくりかえす

今日の夕刊は竹内洋が吉本を書いていた。

丸山との対比を,山手と下町と対応させた。
知識人と大衆。
メインカルチャーとサブカルチャー。
これが全共闘が台頭した背景と重ねて解説している。


親鸞もそうであるが,基本的な方法はひっくりかえす,ということである。
優れた思想に共通する装置は,ひっくりかえす,ということである。

これを吉本は,マルクスがヘーゲルを,ひっくりかえしたところから,おそらく学んだ。

2011-07-25

試練

試練という学は成り立つか・・・

2011-07-18

Specific

翻訳書を読んでいて気になり,原著を見ることが多いコトバ。

「特殊な例」「特殊な質問」という訳語が不自然に感じられる。

原文は specific example, specific questions などである。

specific は辞書には確かに「特殊な」という意味が書かれている。
英文でも反対語は general である。

日本語のニュアンスとしては「特殊」ではなくて

「具体例」とか「具体的な質問」

と訳さないと,奇異な感じがする。
「特殊」では「特別に違った」という印象となる。
それは particular というくらいであろう。

specific はむしろ特殊ではなくて,明確で,具体的な,という意味合いで使われている文脈が多いように思える。

2011-07-08

早寝早起

東大は6月で講義終了。7・8・9月と3か月の休み。むかしの大学はこうだったよなあ。と思い出す。一年間の半分は休み,それが大学だった。

むかしは節約していたよな。もったいない,といつも言って育った。いつからか心のそこに感覚を残しながら,もったいないことを実行するようになってしまった。
レジ袋なんて昔はなかった。買い物カゴをもっていくのは当たり前。

学生時代に中国の百貨店に行ったときの印象は「暗いなあ」ということだった。日本でも昭和30年代まではそうだったよな,と思う。

この程度の節電はいつでもできる。

2011-07-02

極限

標本分布の説明に関して,fprの南風原先生の解説を聞いていると,
何かを理解するとき,どのように理解するか,つかまえるかと考えたとき,それは原則として極限と起源なのだということを,改めて感じる。

母集団比率が100%の場合とか,N=1の標本--というのは極限である。
なぜ極限を考えるといいかというと,理解の範囲のすべて,あるいは端が
分かるからである。

極限や起源を考えることで,「ああ,こういうことなんだよな」という理解ができる。

世界を理解するときは,世界の極限あるいは起源を考えるのである。

2011-06-13

文庫と新書

新聞の書評をみて買ってみた。ぱらぱら読んだ。

1.神永正博(2011)ウソを見破る統計学.講談社ブルーバックス
 あまり良い本とはいえないような気がする。統計学者がちゃんと書評したほうがよいのではないか。
とくに確率分布。観測データが正規分布していることが前提のように読める部分である。

ついでにamazonのレコメンで買いもの。

2.田栗・藤越・柳井・ラオ(2007)やさしい統計入門.講談社ブルーバックス
 2007年に出版されていたことを知らなかった。不思議だ。見落としているなんて・・・。タイトルくらいはみかけたが著者名を見ないで,無視したのかも知れない。
 この著者たちなので言及する項目は本格的。ネが難しいことを書く著者たちがやさしく書こうとする努力。
 視聴率の小数点以下を発表することがそもそもナンセンスだって批判すればいいのに。

献本されて,

3.林(2011)調査の科学.ちくま学術文庫
 初版(講談社ブルーバックス)の縦書きを横書きにしたら印象が変わった。どこか変えたのかと思って比べても縦横の相違のみ。
実際,講談社にあった誤植もそのまま筑摩でも横書きになっているだけ(参考文献で西平の『統計調査法』が『社会調査法』になっている誤植)。
改めて読んでみると。知らぬまに,いろいろ影響されていたんだな,と思う。だいぶ昔の本だと思っていたが1980年代だったことを再確認。吉野の解説を加えて,生き残ってよかった。

2011-06-05

週末の終末

毎週,土日の貴重な2日間が,あっという間に終わってしまう。
いつも,やるべきことを,やれないまま・・・・

FBは友達の友達の連鎖が見えて,面白いが,やる人とやらない人を区別するものは何か。

そんなに書くことがない。ほかにも書く場所がある。書かなければいけない場所がある。
1年以上,遅れている本の原稿。はやく書かなくてはいけない。
委員会のドキュメントも休日にやらなくては。
でも,週末って,ほんとに心地よい。のんびり過ぎてしまう・・・・


bbs, blog, twitter, fb, ずっと過渡期か。

::::::::

リアルでも人見知り。過剰に関係を増やしたくない。

いつも週末に同じ店で同じベーグルを買う。
さすがに顔を覚えられてしまう。しかし決して会話しない。

いつものベーグルが置いてないと,むこうから「ありますよ」というほどに。

図図しいおばさんではないが,控えめな奥さんだが,それでも,そのうち
「いつも,ありがとうございます」
と「いつも」を余計につけてみたりする。「親近拒否オーラ」を破ろうとする。
さすがに1年以上も,毎週,来店すれば仕方ないか,と思う。

中学生の息子と行く,というイレギュラーな行動をしたら,すかさず
「あら,息子さんですか」と介入の隙を与えてしまった。
さらにオーラを破られる。
息子に1人で買いに行かせたら,やはり「いつも,お父さんが・・・」となる。
もはや,拒否オーラは消滅しつつある。

いつも同じ種類のプレーン・ベーグルをテイクアウトする男。

とうとう「プレーンは,サンドイッチにするんですか」と1年かけて
聞かれてしまった。
「クリームチーズを塗るだけです」

いつものように店に黙って入る。いつものように出てくる奥さん。
「きょうは,ここでモーニング」
と言ったときの,そのときの驚きの表情ときたら・・・

2011-05-22

経団連が公的統計で報告書

経団連が公的統計で報告書を出した。

多少,知っている分野の統計について読む限りの評価だが,
目配りは広く,特定のテーマを深く追求してはいないが,
現在の課題を適切に指摘している。

新聞記事になったのはGDPばかりであったが,
統計に従事する専門的職員の減少を警告し,充実させるよう提言している。
司令塔の強化,リーダーシップ発揮への期待表明もある。

景気動向指数のCIは「刈り込み」に言及するなど具体的である。
国勢調査で「人口増加」となったことを正面から指摘している。

相当の見識だといえる。

どういう仕組みで誰が執筆したのだろうか。

2011-05-04

人間ドック

ほぼ昨年と同じだが,体重が1kg増えて,まったくメタボ対策は進展していない。忙しいのである。
胃カメラは最初だけはやはり慣れない。いずれ小さなカプセルを飲みこむだけで完全に診断できる時代が来ることを期待する。

そういう医療用の小さなロボットもそうだが,アニメの鉄腕アトムや鉄人28号が実用化していたのなら,福島の原発で瓦礫処理もできたし,建屋内部の作業もできたのに。
安全神話崩壊というけれど,神話である・・・科学技術には,圧倒的な科学技術で対応するしかない。専門家の専門性だけが本当の意味で有効性を持つだけである。

人並みに健康に注意しているが,タバコもしないし,酒も適量。ただし飲むと必ずひどく鼾をかく。無呼吸もあるらしい。これだけが危険かも知れない。

2011-03-27

ドバイで勝つ

ドバイワールドカップでヴィクトワールピサが優勝した。

東日本大震災より前にドバイに渡って調整していたから震災にはむろん遭っていない。
こんな時の競馬に過ぎないけれど,

なぜだか,泣けてきた。

2011-03-25

大衆的素朴

人々が素朴に疑問に思っている。

なぜ東京電力の社長が出てきて,トップとして表明しないのか。
副社長や常務が出ているのだが。

なぜ現場で被爆するのは下請け会社の作業員なのか。
東京電力の社員は作業していないのか。
社員は安全な場所にいて,下請けに命令しているだけなのか。

2011-03-19

電源復旧

決して命がけの仕事を疑うものではないし,
自分だけ安全な場所にいてTVを見て批評するつもりもないが。

今回の原発事故との闘いで,ようやく見えた光明は電源復旧工事。
東芝,日立の技術者の派遣。徹夜の仕事。

俺たちは臨界に達したら逃げるしかないのに,
すべての同胞のために,
現場で闘う,
日本を代表する企業の技術者たち。
自分が犠牲になるかも知れないのに,
仕事に行く者たち。
誰かが行かなければならない。

2011-03-18

劇画と現実

「漫画ゴラク」(日本文芸社)という漫画週刊誌がある。
その人気漫画に「白竜」という漫画がある。DVDも出ている。

金曜日に発売なのだが,本日(3/18)発売号(4/1号:No2256)は発売されなかった。
あるいは,発売はされたのかも知れないが,東京のコンビニの棚にはなかった。
地震による物流の影響かも知れない。

それはともかく「白竜」は原子力発電所および電力会社の闇をテーマに連載していた。
これから電力会社の実態が暴露されるという展開のところであった。
地震のあと,どうなるのかと注目していた。

しかし,現実の東京電力の大事故が発生してしまい,この連載は中止になった。
自主的な中止だと思われる(まさかどこかからの圧力でもないだろう)。

たかが漫画なのだが,それでも,あまりに現実的なテーマであった。

この前は相撲の八百長の内幕がテーマだったのだが,ちょうどその章が終わったあと
いまの相撲の八百長問題が明らかになった。
そして,現実に不起訴処分になったように,漫画も闇に消えて終わる。

2011-03-17

生活の仕方

本当かと思ってスーパーに行ったら,本当だった。

牛乳がない。紙パックでなくていい,瓶でいい。

豆腐がない。なぜだか分からない。

コメがない。備蓄は十分なのに?

パンがない。カップめんがない。備蓄か?

酒はある。なぜかうどんもある。肉もある。果物もある。

ガソリンがない。しかし免許もないので関係薄い。

江戸時代くらいの生活に戻せば,おおよそは生活できる。

それより,正確な情報。
時点別,地点別の放射線量の測定データをいつでもアクセスできるサイトにおいておくだけでいいのに。

2011-03-16

景気の悪化,気分の悪化

多くの景気指標が悪化しはじめた。
きょうから投信の基準価格もいっせいに低下した。
リーマンショック直後のようだ。
このままm続くのか・・・

余震が続く。
気持ち悪い。
落ち着いて仕事できない。

2011-03-14

つないでいた手

もしも,つないいでいた筈の子どもの手が,

気がついたとき,

子どもの手がなかったら,

どうして手を離してしまったのか,

そう思うことを想像するだけで,

・・・

2011-03-12

被害

死者は阪神・淡路の6434より少ないが,これは未確認というに過ぎない。

仙台で溺死者の遺体が200~300という一報を見たときの驚き。

丸ごと壊滅した街。

原子炉の溶解。


「津波」被害というところが阪神とは違う。
直下型の家屋倒壊とは違う被害形態。
しかし範囲・影響力の甚大さでは比較にならないほど危険だ。

菅内閣はここで国民を守れないようであれば,もう他には何もできる能力はない。
あらゆる政治的指導を進めよ。

過去最大の地震

ようやく家に着いたのは2時すぎ。
本棚が心配であったが,大丈夫であった。ストッパーは機能した。
モニターが少しずれていただけであった。

会社にいて,出かけようとする寸前。
5強のゆれがこんなに恐ろしいとは・・・

背中のついたてが傾いて倒れてきた。

3時に外に出たときはタクシーを拾えたが,
霞ヶ関に行って,少しして戻るときにはもう拾えなくなっていた。

あるいて大手町まで帰った。
途中,皇居には多くの人々が避難していた。
ここは確かに安全だ。
建設中の工事現場からは多くの作業員が出てきた。

霞ヶ関の庁舎からは続々と人々が外に出てきた。

皇居前の道路ではトラックが積荷の砂を落としていた。

ヘルメットをかぶっている会社員もいる。
大企業なんだろう。
こういうところに企業規模の格差が出るのか。

2011-03-06

無敗のオンナ

レーヴディソール。4連勝。まけたことがない。
チューリップ賞をみるかぎり,あらためて強い。
ダイワスカーレットを超える。アグネスタキオンの最高傑作。
ディープインパクト以来,圧倒的な,天才的な,馬がいなかったが,
勝ち方をみる限り,ディープなみの強さである。
サンデーサイレンスの系統としては,
逃げのサイレンススズカの山脈にダイワスカーレットがいるとすれば,
後方から直線一気のディープインパクトの山脈にレーヴディソールがいるかのように思える。

牡ならば皐月賞が楽しみなところだが,ダービーを待つ。
桜花賞からダービーへ。ウォッカを超える。ひさしぶりに夢をたくせるオンナ。

2011-02-28

e-Tax

苦労してやっと確定申告をしたのに
最後に「送信」押したら,あわれ
「メンテナンス中」・・・
e-TAxは24時間受付でしょ!

がっかり

日曜の夜に作業する人が多い
時間かかるから深夜になる
月曜0時からメンテナンスという設定は悪い判断である。

2011-02-26

国勢調査2010

2010年の国勢調査の速報値が発表され,前回(2005年)よりも,人口増加したという。
厚生労働省などの各種統計では,人口減少は2007年から始まっている。

「外国人を含む」総人口だから「増加」しているのだとの解説もある。確報値で日本人のみの集計結果は減少となるか,増加になるか・・・

2010年は郵送回収となった。調査員による訪問留置調査を原則としながらも,回収は郵送を選択できる。しかし川崎市では,調査員のほうからすべて郵送回収で依頼したという。

10月の確定値までに,まだ時間はあるが。

2011-02-20

卒業

まだ卒業シーズンではないが,むしろ受験シーズンであるが,
「卒業」のエンディングを改めて観てみた。

再確認したのは
(1)キャサリン・ロスはどうしても美人だと感じることができない。どうして人気があったのか分からないし,映画の中でどうしてダスティン・ホフマンが好きになるのか共感できないということと,同時にやはり若いときというのは,綺麗で可愛いものだということである。日本人でいうと藤原紀香だが,彼女のことをどうしても美人だと感じることができない。大きなお世話だが。
(2)花嫁奪還シーンに当時は感動した女子も多かったわけだが,見境のない行動は一生に一度くらいでたくさんだということもまた多くが経験したかも知れない。本当のクライマックスは奪還シーンではなく,そのあとのバスの中の表情であり,ここがダスティン・ホフマンが名優であるところか,監督の才能か。このあと訪れる日常性と現実性を示唆して終わる,この終わり方こそ映画である。

2011-02-06

永田洋子

永田洋子が5日,獄中で死んだ。65歳。
すでに何度か危篤情報もあったので,いずれ獄中死することは予想されていた。
ついこの前のような1972年の山岳ベースでの「総括」という粛清。
しかしすでに40年も昔の話になってしまった。

森恒夫が逮捕後にすぐ1973年に獄中で自殺してしまったのに比較して,永田は生きながらえることができて本まで書いた。
仲間を殺した事実に対する,男と女の違いである。女から偏見だと抗議されようとも,女も自殺した反証があろうとも,男が生きながらえた反証があろうとも,こういうところが男と女の違いである,と思う。あるいは男の森と女の永田の違い。

あらゆる組織に所属する者は,すべて,連合赤軍の性向の萌芽を内包している。そう思うべきである。

2011-01-29

最終講義

本日は,政治経済学部での「社会調査」の最終講義(かつ試験)であった。
4年間の非常勤講師であった。文学部で7年やった時の半分である。
もちろんこれからはビジネスに専念するためである。

昨夜の残業がきつかったせいか?
今朝はすこし頭痛が…,学生諸君,申し訳なし。

言うべきことは言えた講義ではあったが,もっと落ち着いて講義を構想できる余地はあった。


諸君,今後は教師と学生ではないから,教室ではなく飲み屋で会いましょう。


ところで,
うまれて初めてYouTtube で自分見た

2011-01-10

通俗性と文学性

感動的な話というものはある。魂を揺さぶるものである。それは言葉による表現が高度化されたときに文学ということになる。

しかし,高度化されない場合には,ただちに通俗的になってしまう。同じ現象であるにもかかわらず,倫理やそれが偽善的であったり,こちらの心情としては,しらけてしまったり,ということになる。
最悪の場合は利用されてしまったりするところまでいつでも堕落できる要素を持っている。

なにが第一級の表現(技術的な意味ではなく)と通俗性とを区別するのであるか,しかし,確かに何かがある。

タイガーマスクのプレゼントは静かに行なわれていれば,それでいい。
これ以上,なにか付加されないほうがよい。
ランドセルの個数と児童の人数が違っていたとか,男児だったのに赤いランドセルになってしまったとか,タイガーマスクの来ない施設はどうするんだとか,福祉予算によって政府・自治体のやるべきことであるとか,そのような発展をしていかないほうがよい。

タイガーマスクは伊達直人としては,ときどき施設を訪れる。顔も見せている。エンディング曲のバラードは私たちの世代の耳には今でも残っている。
「強ければそれでいいんだ。力さえあればいいんだ。ひねくれて星をにらんだ僕なのさ」

人間にとっての最悪の育ち方というのは,親に捨てられることである。この体験によって人間は殺人のような犯罪を犯すこともできるようになる。同時に,圧倒的な努力によって,たとえば文学にまで高度化することもある。それによって作品の恩恵を私たちは受けとる。それは作家の人生・生命と引き換えの表現だからである。多くの作家は,それでも自殺してしまうことがある。江藤淳の自殺にはそんな痛切な孤独があった。

親に捨てられた児童の物語は,たとえばサスペンスドラマにもなるし,トラの穴の特訓にもなるし,忍者養成物語にもなるし,スパイ養成学校にもなる。親子の絆が欠落した場合に人間に訪れる人間性は,スパイや忍者やヤクザの非情性と親密性になってドラマにしやすい。

いつでも通俗化してしまうけれど,しかし第一級の表現をされることがあれば,それが文学性である。

「トラだ。トラだ。お前はトラになるのだ!」

最強の力があるわけではなく,いつもルール無用の反則,罠,だまし討ちなどに翻弄され,傷つき,にもかかわらず,フェアに反撃するという原則は,いつでも通俗化してしまう倫理なのだが,子どもたちには,原則的な権力闘争の方法として身についたのかもしれない。
ひとつ上の世代は月光仮面の正義感なのだが。

訃報

横沢さんが亡くなったそうだ。いろいろ説明はあるだろうが,時代を作った人だ。

2011-01-09

贅沢路

よく晴れた冬の午後の日曜日,横浜港の赤レンガ倉庫から大桟橋埠頭の鯨の背中まで。

2011-01-08

土曜の大手町

午後,東西線の大手町から地上に出たら,大手町が煙に包まれていた。
野村ビルから地上に出たのだけれど,隣のビルから煙が野村ビルに流れ込んでいた。
火事でもなさそうな臭いであったが,真っ白になっており,向こう側がかすむほどだった。
NTTビルが向こうに改修の養生をしているのが見えたので,建物を壊した噴煙かと思えた。
しかし,あるいていくと,そうではなくて,煙の出所は野村ビルの横のビルからで,勢いよく空に吹き上げていた。
警備員が真剣に走り回っていた。消防車は来ていない。いま発覚したばかりなのだろうか。

そんな様子は無視して,(これが土曜午後でなければ大騒ぎだろう),鎌倉橋方面に
あるいていく,煙は晴れて,冬の冷たい空気に変わったので,やれやれと,あとは善処してください
という気分であった。

私は涙が出ていた。これは煙のせいではなく,ちょうど聞いていたウォークマンのせいである。
虞美人草のクライマックスのところであった。

2011-01-04

批判の弁証法

Journalism」1月号は世論調査の特集。


菅原琢氏の今回の議論は「まとも」だといえる。
だいたい言いたいことを言っていただいている。
が,指摘しておかなければいけない点もある。

RDDの回収率の定義に関して,日経の回収率定義「だけが」が過小定義であるかのように誤解されるように読める。
米国でも複数の定義を用意しているが,そのうちから,この定義を最初に利用したのは朝日であり,共同が追随した。その後,日経,読売,NHKも朝日に合わせた。産経は割当。毎日はよく知らない。しかし朝日がこの定義を最初に使用したことが,現在のRDD回収率定義のデファクトを決定したといっていい。朝日の責任は大きいのだ。
RDDには定義が一意でないところがあるから,各社はすべての番号がどのように終了したかを正確に記録して公表しなければいけない。それが専門家としての良心である。


不対話(E)に事業所番号が多く含まれているという想像は間違い。平日の昼間に事業所はほぼ確認できる。

以上の2点を指摘しなければならないが,これを読んで思い出したことがある。RDDへの誤解ということに関係する。

私自身は以前から強調してきたつもりだが,すこしも定着しないことがまだある。

「コンピュータでランダムに番号を発生させた」という説明が多いのである。これが誤解の底流を形成するのではないかと思う。
私自身もRDDの勉強をするまでは,そうだと思っていた。米国の文献を勉強して初めてRDDがどのような発想に準拠していたかが理解できる。ちょっと想像力が必要なのである。
だから説明のしかたをかえたほうがいい。「可能なすべての番号から無作為に抽出した」といえばいいだけである。

面接調査で名簿から世帯や個人を抽出するときにも乱数を使うけれど,この時は「コンピュータでランダムに発生させた番号を使って」とは誰も書かない。やっていることは本質的に同じなのに,実在的名簿がある場合と,RDDのような仮想的名簿の場合の想像力の対応ができないのである。



あとは萩原雅之氏の報告だが。
なお連日,世論調査をやるという世論観測の試みは,すでに1970年代に産経がやったことである。

それから七尾功氏の報告・・・。

これらを publish させことが編集功績である。