vol.02 加藤千恵「『くちびるから散弾銃』みたいに楽しく暮らしたいと思っていたけど、誕生日に読み返したら『もう夢はかなってる』と気づいて」

2017/06/23 2:29

写真/川瀬一絵

もしも。今の自分の人格は、自分が見聞きしてきたものの積み重ねによって形成されているのだとするならば。「どんなマンガを読んできたか」を語ることは、「どんな人間であるか」を語ることにとても近いのでないか。人生に影響を与えたと自覚しているマンガはもちろん、かつて読んでいたけれど今ではまったく手に取ることのないマンガでさえ、自分の血肉と化しているかもしれない。だから、マンガについてインタビューしようと思ったのだ。そのマンガを知るためではなく、その人自身を知るために。

加藤千恵。歌人であり、小説家である彼女は、かなりの少女マンガ好き……というだけでなく、価値観の部分でも、少女マンガにかなりの影響を受けているという。その恋愛観や幸福観、死生観などに少女マンガはどう関わってきたのか、インタビューを通して紐解いてみようと考えていたのだが、まずマンガへのファーストコンタクトがかなり早い時期であることに驚かされたのだった。

「コボちゃん」で天才児に

──最初に読んだマンガって何ですか?

「コボちゃん」です。植田まさしさんの。

──新聞に載ってたやつ?

コミックスです。実家にあって、母親がそれに全部ふりがなを付けてくれてたんですよ。

──いつ頃の話ですか?

保育園の頃ですね。私、それでめっちゃ漢字読めるようになって、保育園で「この子は天才じゃないか?」みたいなことに(笑)。自分ではほとんど記憶がないのですが。

植田まさし「コボちゃん」

──「コボちゃん」のコミックスって相当な巻数がありますけど、ふりがなが振ってあったのは……。

一冊や二冊じゃないです。何十冊も。たぶん全部じゃないかな? 今も実家にあると思います。

──すごいなー、手間暇かかってる。

そんなにたくさん漢字が出て来るわけじゃないですけど、でも親切ですよね。

──ところで保育園の頃に「コボちゃん」読んで、面白いと思ってたんですか?

面白いと思いながら読んでいたと思うんですけど、前に実家帰ったときに読んだら、ぜんぜん面白くなかったですね(笑)。

──ははははは!

「コボちゃん」って、そんなに「わあ、面白い! 大爆笑!」みたいにならないですよね。植田まさしさんだったら、「フリテンくん」のほうが面白い。

──小学校ではどうでしたか? もう「コボちゃん」は卒業していた?

たまに読んだりしてたかもしれないけど、小学生では別のマンガを読んでいたと思います。

──マンガは好きだったんですか?

そんなに好きなわけではなかったですね。たぶん最初に好きだと自覚したマンガって、家にあった「クッキングパパ」や「美味しんぼ」だったと思います。父か母が好きで買ってたんですよね。あと、「あさりちゃん」。

──親が?

「あさりちゃん」は自分ですね。「小学一年生」とか「小学二年生」みたいな雑誌で知って、コミックスを集めて。途中で買うのをやめましたけど、それでも数十巻は実家にあると思います。

「りぼん」全盛の時代

──子供の頃、欲しいマンガは買ってもらえた?

買ってもらえてましたね。小学校の低学年くらいから、「りぼん」は絶対買ってもらって。本は買ってもらえたんですけど、そこまで欲がなくて、「りぼん」を読んで、たまにコミックスを買ってもらうくらいでしたね。あとは、友達の家で「なかよし」系を読んで。その頃、「りぼん」と「なかよし」が全盛期だったんですよ。あと、御茶漬海苔先生とか、犬木加奈子先生とか、ホラー系のマンガを揃えてる友達もいたので、けっこう読んでた記憶があります。

──小学生でホラー系も読んでたんですね。

低学年か中学年の頃だったと思いますけど、でも小学生って怖い話が好きじゃないですか。

──たしかに。そういや僕も日野日出志さんのマンガ読んでました。「りぼん派」「なかよし派」みたいな話はよく聞きますけど、それは対立構造みたいな感じだったんですか? それとも一応どっちも読んでたとか?

たいていは、どっちかですね。で、私の小学生の頃は、ほぼ「りぼん」だったんですよ。クラスに20人女子がいるとしたら、十数人が「りぼん」で、「なかよし」は2〜3人みたいな感じでしたね。

──その頃の「りぼん」でエース的な存在だったのは?

矢沢あいさんの「天使なんかじゃない」とか、吉住渉さんの「ハンサムな彼女」とか「ママレード・ボーイ」とか。さくらももこさんの「ちびまる子ちゃん」もありました。あのあたり、本当に全盛期な感じですよね。

──主に何を読んでいたんですか?

矢沢あいさんですね。ラブストーリーが大好きで。一条ゆかりさんの「有閑倶楽部」とかも読んでたし……もう「りぼん大好き!」って感じでした(笑)。

──男子の世界だと、ジャンプは中学生になっても読み続けるんですよ。でも「コロコロコミックは小学生で卒業」みたいな不文律があって。小6だとヤンマガとか読むやつも出てくるから、「まだコロコロ読んでんの?」みたいな雰囲気になるんですよ。「りぼん」や「なかよし」はどうなんですか?

このあいだ、東京スカイツリーで、りぼん展(「250万乙女のときめき回廊 at TOKYO SKYTREE」)というのをやっていて、歴代の「りぼん」の表紙や付録が展示されていたんですけど、「この表紙の号、家にあった!」みたいに強く覚えてるものって、やっぱり小4から小6くらいまでの号なんですよね。たぶん、中1の途中からだんだん買わなくなるみたいな感じだったと思います。(展示を見て)「このへんの作品、知らないな」と思ったのがその時期でした。

──そこから何に移行するんですか? それともマンガ自体から離れる?

マンガは読んでました。「りぼん」を買うのはやめたけど、好きな作品だけはコミックスで読み続けてたので。一条ゆかりさんの「有閑倶楽部」は、ずっと買ってました。でも、中学時代はマンガより詩集にハマってたし、小説もけっこう読んでたから、マンガから一番離れてた時期は中学時代かもしれないですね。

ジャンプの価値観がことごとく合わない

──「りぼん」や「なかよし」のメジャータイトルを読んでいるけど、どこかの時点で岡崎京子さんのようなテイストの作品に触れていくわけですよね。そういう世界に最初に触れたのはいつですか?

岡崎京子さんは全然リアルタイムではないんです。記憶が不確かなんですけど、高校生のときにインターネットを始めて、歌人の枡野浩一さんの掲示板に出入りするようになったんですね。掲示板文化がまだけっこうあったときだから、そこでミニコミを作っていた方たちと知り合って、いろいろおすすめを教えてもらったりしてました。そういうネットでの交流が知るきっかけだったと思うんですけど、そのあと地元で作品を見かけて、「これが岡崎京子か!」と。そこからすごくハマって読むようになって。大島弓子さんも同じような流れで読むようになったと思います。1999年とか、2000年くらいの時期ですね。

──少年マンガには全然触れてこなかった?

大学時代に付き合っていた彼が、少年ジャンプを買い続けてる人だったんです。私、男兄弟がいないので、それまでジャンプを読んだことがなかったんですけど、それがきっかけで一応読むようになって。でも読んでみると、ジャンプ読者……というか編集者の趣味と、自分の趣味がことごとく合わないんですよ。「家庭教師ヒットマンREBORN!」ってあったじゃないですか。あれも最初は「ほのぼの系で面白い」と思ってたら、途中からバトルが始まっちゃって。でもそっちのほうが人気が出るみたいで、掲載順がどんどん上がっていく。そうすると、もうずっとバトルするようになっちゃって。私は前のほうが好きだったのに……。

──ジャンプ的には売れないほうの価値観にシンクロしてしまった。

そう。あと一時期、スケートのマンガがあって(「ユート」)。面白いと思って読んでたんだけど、みるみるうちに掲載順が下がっていって……。回想のようにいろんなシーンが切り貼りされた走馬灯的な終わり方だったので、「あ、これは絶対打ち切りになったんだ」って。そういうのがけっこうありましたね。

──ジャンプで好きなマンガもあったけど、そういうのは王道になれずに終わっていくと。

だから、「ジャンプの人たちとわかりあえない!」って、すごく思いました(笑)。ジャンプの人気マンガは好きになれないものが多くて。

──「ワンピース」も?

「ワンピース」も全然読んでなかったんですけど、つい数年前、「ワンピース」のリアル脱出ゲームに行ったんですよ。そのときに流れた映像に、オカマのキャラクター(ボン・クレー)が出てきて。ルフィをかばうために身代わりになって、「ダチのために命かけるのなんて当然じゃない!」みたいなことを言うんですけど、その映像見ながら号泣して(笑)。

──はい(笑)。

「なんていい話なんだ、最高じゃないか!」と思って(笑)。その頃……一昨年かな、「オールナイトニッポン0」というラジオ番組をやらせてもらってたんですけど、そこでも「すごく泣いた」という話をして。友達にも「『ワンピース』面白いよ!」ってすすめてたんですよ。

──だいたいみんな知ってるでしょう(笑)。

そう(笑)。みんなもう知ってるから「何? どこで泣いたの?」って聞かれて。「そこで泣くんだったら、たぶんチョッパーが医者になる決意をするところ、かとちえ(加藤千恵のニックネーム)腰くだけるほど泣くと思うよ?」って言われたんですよ。それでラジオで「読みたいけど読みたくないと思ってる」みたいな話をしたら、出待ちのファンの方が、そのチョッパーのところのコミックス3巻分をくれて。

尾田栄一郎『ワンピース』16巻より

──で、実際に読んでみたら……。

腰がくだけるほど泣きました(笑)。でも家にある少年マンガは、そのいただいた分の「ワンピース」と、手塚治虫さんの「ブラックジャック」と、冨樫義博さんの「レベルE」くらいですね。「ドラゴンボール」は登場人物くらいはなんとなく知ってるのと、TVゲームをやったりはしていましたが、ちゃんと読んだことはないです。

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