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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

外伝

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人狼への転生

外伝39話


 俺はワの国に赴き、異世界との扉になっている「神世の大鳥居」を調査していた。
 といっても、実際の作業を担当しているのは師匠だ。
「やれやれ、調べれば調べるほど謎が出てくるのう」
 文句を言いつつも、きらきらと目を輝かせながら巨岩を見上げる師匠。


「物理的な構造からして特異じゃからの。ただの堆積岩に見えるが、内部に立体的な魔術紋が形成されておる」
「火成岩ならまだわかるんですが、堆積岩ですからね。訳がわかりませんよ」
「左様、今の技術では作るだけで数億年かかるじゃろうな。それに、人の頭脳ではこんな立体的な魔術紋は設計不可能じゃ」


 限られた平面に魔術紋をうまく展開するだけでも、結構難しい。
 ましてや立体ともなれば、どこをどうつなげるかで恐ろしい複雑さになるのだという。
「俺の前世では、こういうのはコンピュータがやってくれました。物凄い早さで総当たりをして、一番いい組み合わせを見つけてくれるんですよ」
「ふむ、そういう方法ならうまくいくかもしれんのう。ともかくこれは何もかもが規格外、人智を超えた謎の遺物じゃよ」
 一千年近い時を生きた古代の魔術師、大賢者ゴモヴィロアがそこまで言うとなれば、これは正真正銘のオーパーツだな。


 この世界の魔法では、転生は死霊術の範疇に含まれる。
 師匠も転生術については知識があるそうだが、それでもこの謎の魔法装置には手を焼いていた。
 小さな体で岩にへばりつくようにして、さんざん苦労して内部を調べ上げる。
 それから師匠は「ふう」と大きく溜息をついて、多聞院が用意してくれた床几にどっこらしょと腰掛けた。


「この巨岩には、転移者の肉体や魂を呼び寄せるための情報が詰まっておるな。簡単に言えば、異世界の位置座標が記録されておるのじゃよ」
「異世界の座標って……それはもしかして」
「左様。おぬしのいた世界への道標じゃ」
 師匠は遠い目をして、それからニコッと笑った。


「どうじゃな? 帰りたいとは思わぬか?」
「いえ全然」
「なんでじゃ」
 俺の中じゃ、その話題はもうとっくに終わってるし。
「俺がこっちに転生して、もう四十年近く経ってますし……。時間の流れが同じなら、あっちでも四十年近く経ってるでしょう」
 死亡直後に転生したとは限らないし、今はこんな姿だ。
 遺伝子レベルで別人なんだから、俺は前世との連続性を完全に絶たれている。


 しかし師匠はまじめな顔をして、さらに問いかけてくる。
「おぬしの死後、どうなったかぐらいは調べようもあろう。興味はないか?」
「いやまあ、無いこともないですが」
 知ったところで俺の前世が戻ってくる訳じゃないしな。
 先立つ不孝をやらかしてしまったし、できればこのまま何も知らずに済ませたい。


「だいたい師匠、俺が向こうに行って無事に帰ってこられるんですか?」
 すると師匠は巨岩をぺたぺた撫でながら、亀裂に指をすぽすぽ突っ込む。
「この装置を修復できたら、理論上は無事に呼び戻してやれるじゃろうが、保証はしかねるのう……」
 ほらみろ。
 ダメだダメ。


 前世もそれなりに精一杯生きたし、あれはあれで悔いはない。
 師匠はちょっと未練があるようだったが、杖で肩をトントン叩きながらつぶやく。
「ま、それが一番じゃろうな。わしとしては異世界への探求心もあるが、弟子を危険な目には遭わせられぬ」
「俺の心配じゃなくて自分の研究のためですか」
「そりゃそうじゃろ、こんな凄い装置があれば試してみたくもなろう」
 わかる。
 俺も師匠の立場だったら絶対に再起動させてる。


 師匠は両手の指をつんつんさせながら、まだ言う。
「わしもおぬしの前世世界に行って、ゾンビエイガやらオバケヤシキやらを見学してみたかった……」
 師匠みたいな異世界の死霊術師に来られても、たぶんみんな困ると思うんだけどな……。
 でも映画館でポップコーンを頬張りながら興奮している師匠を想像すると、ちょっと微笑ましい。


 俺は笑いながらも、首を横に振った。
「どのみちダメですよ。この装置はこちらの世界の未来や過去に干渉する可能性があります」
「ああ、おぬしの前に転生してきた誰かじゃろ」
「ええ。俺とフリーデンリヒター様の間が一人抜けてるんですよ」
 そのときは召喚の儀式が成功しているのに、転生者は現れなかった。


 ワの魔術師たちの追跡調査では、未来か過去に転生者を送り込んでしまった可能性が高いという。
 このときの儀式の術者が一人、記録からも消えてしまっている。八人いないといけない術者が、どうしても七人しかわからないのだ。
 歴史が変わったせいで、その人物は家系ごと消えてしまった可能性があった。
 ということは、過去に転生者が送り込まれて歴史が変わったのかもしれない。


「未来ならともかく、過去に干渉されるとこちらは手出しができぬ。危険すぎるのう」
「干渉されたことにすら気づけませんからね。この装置は未来永劫、ここでただの御神体になっててもらいましょう」
 どのみち直せる者はいないが、万が一ということもある。
 だから師匠に頼んで、神世の大鳥居を修理や改変できないよう、厳重にプロテクトをかけてもらった。
 これでもう安心だ。


 俺は最大の懸念が片づいたので、ほっと溜息をつく。
「それにしても過去に送り込まれた転生者、結局誰だったんでしょうね。俺は共和制ロルムンドの奴隷剣士、ドラウライトが怪しいと思ってますが」
 俺の憶測でミラルディアの山岳都市ドラウライトを調査した結果、金属製のカラビナやアイゼンなどが発見されている。
 三百年前の、しかも誰も冬山に登らなかった時代にこんなものがあるはずがない。


 師匠も同意見らしく、うむうむとうなずいてみせる。
「そうじゃな。だとすれば転生の儀式は歴史を激変させてしまっておる。ドラウライトがおらねばミラルディアは建国されず、共和制ロルムンドの崩壊ももっと後じゃったろう」
 その場合、ロルムンド帝国シュヴェーリン朝を築いた初代皇帝も、共和制ロルムンドの元老院に所属する貴族として生涯を終えていたはずだ。
 ロルムンドの歴史も大きく変わってしまう。


 もちろん、ワの歴史もだ。
 現代日本の転生者がワに来ていれば、ワは近代化を遂げていた可能性がある。国土を海と砂漠に囲まれた小さなワの国は、必然的に帝国主義に目覚めて……。
 うーん、もう世界情勢が全く想像つかないぞ。
 これ以上、世の中をややこしくされても困る。
 俺は溜息をついた。


「転生者にまつわる混乱は、もう終わりにしましょう。この世界に新たな転生者は必要ありません」
「そうじゃのう。ようやく平和になり、どの国も順調に発展しておるのじゃからな。英雄が前途を切り拓く時代は終わったのじゃよ」
「その通りです、師匠」
 これからは大勢の普通の人が、未来を築いていく時代だ。


「そのためにも、フリーデには早いとこ一人前になって欲しいんですが」
「それはおぬしの都合じゃろう?」
「まあそうなんですが、親としても我が子の成長は期待してますよ。それにリューニエやシュマル王子たちのような、次の世代にも」
 すると師匠はふと思い出したように、ポンと手を叩いた。


「おお、そうじゃった。次の魔王の人選を始めねばの。アイリアに長いこと魔王の座を任せておったが、さすがにそろそろ疲れたじゃろう」
「そうですね、魔王やってると行動の自由がほとんどありませんし……。次は誰にしましょうか?」
「いや、おぬしの推挙で決めるつもりじゃが」
 安直過ぎるだろ。


「いや、魔王を選ぶのは、やはり形式上の最高統治者である大魔王陛下だと思いますよ」
「そんなこと言われても、わしには政治はわからん」
「俺だってわかりませんよ」
 こうなったら評議会で相談してみるか……。
 ああでも、絶対もめるだろうなあ。


「まあそう言わんと、参考のためにわしに助言せぬか。魔王三代に仕えた副官じゃろう?」
 そういう表現すると、なんか重鎮みたいな気がしてくるから不思議だ。
「ええと……。リューニエ殿なんか、かなりいいとは思ってるんですけどね」
「ほう」
 師匠の顔がほころんだ。


「魔族でもなく、ミラルディア人でもない、あの異国の王子か。戦士としての力量も乏しいゆえ、魔王軍の一部の将兵が納得せんじゃろ」
「だからこそ、ですよ。魔王なんか誰がやってもいいって、師匠も言ってたでしょう? 文句言うヤツは俺が腕ずくで説得しますし」
 魔王を世襲制にはしたくないし、腕力も必要ない。
 どこの生まれであろうが、ミラルディアのために尽くしてくれる有能な人材なら魔王になれる。
 俺が健在なうちに、そういう前例を作っておきたかった。


「リューニエ殿は政争で父を討たれ、故郷を追放されて辛酸を味わった経験があります。にも関わらず、過去と決別してまっすぐに生きています。能力も高いですし、ミラルディア人からの人望もある」
 俺が彼の立場だったら、エレオラへの復讐に生涯を捧げていたかもしれない。
 だが叔父のウォーロイとミラルディア連邦という受け皿があったとはいえ、リューニエは父の仇であるエレオラへの恨みを捨て去ることができた。
 彼なら安心して王座を渡せる。


「謀反人であるドニエスク家当主の遺児を魔王に就かせることで、ロルムンド帝国はかなり警戒するでしょうが……。そのへんは俺が直接出向いて説明して、理解を求めてきてもいいですし」
「ふむ。何かまた、悪巧みしておる顔じゃな」
 バレてる。


 国内の引き締めに懸命なエレオラ帝に必要なのは、「隣国の脅威」という大義名分だからな。
『ロルムンドへの侵攻を企む新魔王リューニエ』という架空の脅威を作り、エレオラの治世に利用してもらおうと思っている。
 リューニエの即位後、徐々に両国の雪解けムードを演出して、エレオラの功績にしてもらえばいい。
 うーん、我ながら白々しいプランだが、これから数十年はニヤニヤ楽しめそうだ。


「おぬし、本当に悪い顔しておるのう……。わしに弟子入りしたときには、目を輝かせた初々しい少年じゃったのに」
 今の俺は、陰謀大好きな魔王の副官ですから。
 俺は小さく咳払いし、それから話題を変える。
「悪企みをしないと、魔族が生き延びられない状況でしたからね。それより師匠、この巨岩にアソンの『復路』の記録があるって本当ですか?」


 俺の前世の世界とつながっている「神世の大鳥居」には、前世世界のリンクだけでなく転移者や転生者たちのログも残っているという。
 これは師匠率いるミラルディアの研究チームが発見したものだ。
「うむ。ほとんどの記録は往路、すなわちこちらに来たときのものじゃ。しかし唯一、あちらの世界に戻った記録がある。往路と復路の年代からして、アソン以外ありえぬ」


 アソンはワの国父、初代転移者だ。
 推定年代は平安時代なので、朝廷の臣下を意味する「朝臣」をそのまま名乗ったのだろうと俺は考えている。
 恐ろしく頭が良く、人柄も穏和で皆から慕われていたという。
 もっとも、それ以上のことはほとんどわからない。
 陰陽道や風水っぽいものを嗜んでいた形跡がある、ということぐらいだ。


「アソンは風紋砂漠の奥地で戦神を生み出す秘宝を見つけ、それを持ち帰ったそうじゃな。しかし秘宝の危険性に気づき、制御方法を探した」
「そしてそのまま行方不明になってしまった、と……。しかしそうなると、こっそり元の世界に帰っちゃったんですかね」
 たぶん秘宝の止め方を調べに帰ったんだろう。


 だがアソンが再び、こちらの世界に戻ってくることはできなかった。
 何があったのかはわからない。
 もしかすると、こちらの世界にまた戻ってくるのが嫌になったのかもしれない。真相はもう、誰にもわからないだろう。
 師匠も肩をすくめる。


「ほぼ間違いないのは、アソンの肉体も霊魂も、こちらの世界には存在しておらんということじゃな。元の世界で幸せになっておればよいが」
「俺の前世には、異世界に行って戻ってきた人物の伝承がたくさんありました。もしかすると、そのうちの誰かかもしれませんね」
 浦島太郎とか、小野篁とか、おむすびころりんのおじいさんとか。


 しかしそうなると、秘宝関連の後始末は俺たちの仕事だな。
「今回調査している遺跡は、アソンの秘宝が安置されていた古代都市ではないか、という話じゃ。もし秘宝がまた発見されれば、アソンの代わりにわしらが何とかせねばの」
「そうですね。あっちはカイトやファーンたちが出向いていますから、よほどのことがない限り大丈夫でしょうけど……ん?」


 俺の通信装置が明滅している。緊急通信、それも救助の要請だ。
 師匠のも同じように明滅していた。
 座標は風紋砂漠奥地、ロルムンドとワのちょうど中間地点。
「遺跡だ」
「む、これは音声は入らんのか? わしはこういうピコピコしたものは苦手じゃ……」
 新しい機械の扱いに慣れていない師匠が、カード状の通信装置をあちこち押しながら苦戦している。


「通信状態がよくないようですが、位置がわかってるんですから飛びましょう。俺が先行します、送ってください」
「わしは?」
「多聞院と評議会に連絡を。その後、後詰めとお迎えを頼みますよ」
「ええい、師匠を便利屋扱いしおって」
 師匠はぶつくさつぶやきながらも、転移魔法を唱えるために杖を掲げた。
※次回更新は来週のどこかです。

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