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アラフォー賢者の異世界生活日記 作者:寿 安清
119/127

おっさん、アドと再会す

 旅は道連れ、世は情け。
 街道を軽ワゴンで爆走してきたアド達一行は、ここに来て本気で困っていた。
 それというのも――。

「アドさん……もう、サントールに到着していてもおかしくないはずなんだけど、大きな城塞都市なんて見当たらないわよ?」
「そうだよねぇ~……。四日ほど車で走り続けたけど、小さな田舎町くらいしかなかったよ? 道、本当に正しかったの?」
「……」

 ――道に迷っていた。
 街道は他の街を繋ぐ交易の大動脈だが、血管が他の体組織に繋がっているのと同じように、異なる領地の街に繋がっている。
 決して一本道などではなく、途中から交差路であったりY字路であったりと、各街へと繋ぐ道で分かれていた。アド達はどこかで道を間違えたのだ。
 そこがどこかは分からないが、今現在において完全に道を迷走中。

「おかしいな……。地図の通りに進んできたはずなんだが、なぜサントール城塞都市に着かないんだ? 方角も合っているはずだが、なぜか北西に続いているし……」
「その地図、本当に正しいの? 諜報部が調べた地図らしいけど、見た限りじゃ少し古そうよ?」
「そうだねぇ~。アドさん、ちょっと見せて」
「いいぞ。ホレ……」

 リサはアドから地図を受け取り、そこで思わず絶句した。
 確かに地図であるが、その中身はお世辞にも正確とは程遠い子供の落書きのようなものであった。
 方角自体は問題ないのだが、図面は正確な測量によって描かれたものではなく、距離や道なりの状況を含め適当と言っても良い物だったのである。
 そもそもこの世界は一度文明が崩壊し、文化の水準が極端に低下した世紀末後の世界だ。測量技術もまた原初に回帰していたのだ。
 どこかの商人とお侍さんが日本中を歩きまくって測量したものではなく、大海原に航海に出た当初の非常に不確かで曖昧な地図が近いだろう。大陸の大きさや島の位置が不確かなアレである。
 北極星を起点に方角を調べることはできるだろうが、残念なことにこの世界は異世界。北極星に該当するような星がどれなのか、アド達にはまったく分からなかった。
 もしかしたら無いのかも知れない。

「……アドさん。この地図を、本気で信じたの? もの凄く適当よね?」
「うん……。この地図を見て、よく他国に行こうと思ったよね? 絶対に迷うと思う」
「……やっぱり、そう思うか?」
「「……」」

 今の一言で、リサとシャクティの目が冷たいものに変わる。
 アドも手渡された地図に不安を感じていたのだ。だが、彼の性格から二人にもこの不安を伝えてしまう訳には行かず、勝手に自分の胸の内に押し込めたままここまで来てしまったのだ。
 少しでも相談すれば良かったのに、二人に対しての気遣いから完全に空回りしていた。こうなると後から何を言ったところでただの言い訳になる。
 アド君は不器用な男であった。

「アドさん、どう考えてもこんな地図じゃ迷うでしょ! 何で相談してくれないんですか!!」
「いや、大丈夫かなぁ~っと思って……」
「実際問題として迷ってるじゃないですかぁ! さっき、道は大丈夫か聞いた時に、『お馬に聞いてみなぁ~♪』とか鼻歌交じりで言ってましたよね? アレ、実は思いっきり迷ったことを誤魔化してたんですね!?」
「うん、実はそうなんだ。フハハハ! よくぞ見破った、明智君。さすがは我が二十面相の好敵手、見事な推理力だ」
「「誤魔化さないでください! そして、反省!!」」
「ハイ……」

 反省だけなら猿にでもできる。
 いまさら反省したところで、迷子になった事実は消すことはできない。そしてアド君の好感度は落ちることとなった。
 そう、リサやシャクティは知らなかったが、実のところアドは重度の方向音痴なのだ。
 幼馴染のユイがいなければ、市外から出ただけで迷うほどの重傷者だ。
 昔、小学校の遠足で磐梯山にいったとき、登山前に麓で遭難したほどの逸材である。
 以前ソリステア魔法王国へ訪れたときも、獣人達の元に向かったときも、道案内をするガイドがいたから迷うことなかった。
 アイテムの実験後は途中で商人の馬車に乗せてもらったので、楽にイストール魔法学院へ向かう事が出来たが、一人だったら間違いなく今も迷っていたことだろう。
 彼は、運だけは良いようだ。

「なんで、今まで気づかなかったんだろ……」
「まったくだわ。アドさんにもこんな弱点があっただなんて……」

 異世界では致命的な弱点である。
 本当によく今まで生き延びたものだ。彼は周りの人達に感謝するべきであろう。

「ハッハッハ、いやぁ~照れるなぁ~」
「アドさん……誤魔化さない。反省」
「ハァ~……今更戻るのもなんだし、少し観光でもしたほうが良いかもしれないわね。今まで、散々働き通しだったし」
「おっ? いいねぇ~」
「「アドさん、ハウス!」」

 とうとう人間扱いされなくなった。
 一度失墜した信頼は、取り戻すには時間が掛かるものである。

「奥さん、よく我慢できたわね。普通ならキレるわよ?」
「そうだよね。アドさん、奥さんがいなかったらダメ人間なんじゃないの?」
「ひでぇ、確かにダメ人間は間違いないが、何もそこまではっきり言わんでも……。まぁ、ユイの奴は天然の保母さんだからな。デートで市外に出た時は、よく手を引いてくれたっけなぁ~」
「「幼稚園児かぁ! それより、ダメ人間って認めちゃうのぉ!?」」

 傍目には熱愛カップルに見えたことだろう。しかし、実情はどこに行ってしまうか分からない方向音痴の彼氏の手を繋ぎ、迷子にならないように見張るデキた奥様であった。
 今まで、この方向音痴が問題にならなかったことが、実に不思議である。
 就職したらどうする気であったのだろうか? 謎が残る。

「にしても……妙だな」
「かっこつけても駄目なところは誤魔化しようがないよ? アドさん……」
「黙っていればイケメンなのに……。まさか、残念な人だったとは思わなかったわ」
「いや、それはもういいから! 本当に妙なんだよ。森の周囲にやけに小型の魔物の姿が多いし、何かヤバイことでも起きてるんじゃないのか?」

 軽ワゴンの窓の外に流れる森の中、確かに小型の魔物の姿が確認できた。
 ホーンラビットのような小型の魔物から、ゴブリンやオークまでその数は先に進むにつれて多くなってゆく。危うくオークを轢きそうになったほどだ。

「これは、魔物が暴走する前兆か? お約束な展開だな」
「なんか、嫌な予感がするんだけど……」
「うん……。厄介事に巻き込まれる展開ね。引き返したほうが良いんじゃない?」

 アドとしてはリサ達の提案に同意したい。しかし、現実はそれほど甘くはなかった。

「悪い話だ。魔力タンク内の魔力が底を尽きそうだ。魔力補充のためには、どこかで休まなくてはならない」
「それ……引き返せないって事よね? アドさん、どうにかできないの?」
「無理だな。魔力は五時間前に補充したが、スペアのタンクは充填にもまだ時間が掛かる。リサの提案は却下だ」
「じゃぁ、このまま行けるところまで進むしかないよね? 野宿になったら魔物と戦闘することになるし」

 アドが制作した軽ワゴンは、どこかのおっさんのバイクと同じく魔力モーターが動力である。
 後輪の二か所に強力なモーターを配置し、前方のボンネットの下には魔力タンクが内蔵されていた。変速ギアは【ソード・アンド・ソーサリス】時にゼロスと共同開発した機構が流用搭載され、ブレーキにもディスクブレーキが採用されている。
 ペダルの踏み込みによって魔力が流れる量が変わり、速度調整も簡単な仕様である。
 ただしエアコンなどの類は存在しない。

「モーターもいつ焼き切れるか分からんし、進めるだけ進んでから徒歩で移動になるな」
「悪い冗談ね。嘘だと言って欲しいわ……」
「諦めようよ、リサさん。こんな時ほどアドさんは嘘を吐かないし、ねっ?」
「その気配りを、道に迷う前にしてほしかったわ……」
「……」

 やらかしたアド君は、どこまでもディスられるのであった。自業自得である。
 その後、軽ワゴンは魔力が続く限り街道を進み、無人となった町を越え、丘を登りあがったところでエンストする。
 仕方がなく軽ワゴンを降り、インベントリー内に収納すると、先を急ぐべく歩き出した一行。
 だが、その丘を降りた先には、魔物に襲われる町の人達の姿があった。

「おいおい……ヤバいんじゃないか?」
「助けなきゃ!」
「助けるにしても、あの数は問題よね? それになぜか護衛に騎士達がいるわよ?」
「いや、待て……」

 アドはリサとシャクティを制止した。
 魔物に襲われて苦戦していると思っていたのだが、よく見ると余裕があるように思える。
 騎士達は傭兵達と協力し合い、確実に魔物だけを葬っている。しかもやけにギラついた眼をしていた。
 やばぁ~い雰囲気である。

「ヒハハハハハ!! ジャンジャンきやがれぇ、てめぇらは俺達の糧になってもらうぜぇ」
「足りねぇ……まだ、格が上がるには足りねぇよぉ~」
「もう終わりかぁ~? 根性のないタマナシ共めぇ!! 何が魔物だぁ、弱すぎるぞ。糞ったれどもめがぁ!!」
「ヒヒヒ……レベルが上がったぜ。もっとこいよぉ~、楽しませてくれろヤァ!」

 まるで、あやしい薬に手を出した中毒者状態。
 アドレナリンが出まくりで、完全にイッちゃっていた。それでも避難民の護衛は忘れない。
 ある意味で騎士の鏡である。

「すげぇ……これが騎士か。なんて頼もしい」
「俺達も負けてらんねぇぞ! 気合い入れろぉ!!」
「「「「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」

 護衛についていた傭兵達も触発され、カオス展開が繰り広げられていた。力は正義だという言葉は正しかったようだ。傭兵の誰もが騎士達の強さに憧憬を覚える。
 素材の確保などを無視して、ただ魔物のみを殺戮する集団と化し、ついでに傭兵達のレベルも上がってゆく。
 この循環のおかげで避難民達は守られ、民達の自主的なバックアップでポーションなどを提供されることにより、増々狂戦士達は勢いづく。
 そう、彼等はファーフラン大深緑地帯から帰還したアーレフ達により、騎士の戦力強化訓練に参加した者達であった。
 弱肉強食の洗礼を受けた彼等は、魔物相手にはバーサーカーとなるのだ。『殺られる前に殺れ』である。
 彼等がこうなった一因の裏には、アドの良く知る人物の影が見え隠れしているのだが、その事実を知らないアド達の感想はというと――。

「「「こ、怖い……狂ってる」」」 

 ――この一言に尽きる。
 正直お近づきになりたくない。

「……どうする? アドさん」
「私としては接触したくないわね。下手をしたら妊娠させられそう……悪い意味でだけど」
「いや、ちゃんと護衛はしてるみたいだし、このままだと俺達が孤立するぞ?」
「「……誰のせい?」」
「すまん……」

 アドのディスられは終わらない。
 そもそも道に迷わなければ、こんなことに巻き込まれることもなかったのだ。
 方向音痴を黙っていたアドにも責任がある。

「それより、俺達も加わるぞ。避難民がいるということは、どこかに安全な都市があることになるからな」
「ハァ~……選択肢はないものね。やるしかないか……」
「うぅ……嫌だなぁ~、あの人達……怖いよぉ~」

 こうしてアド達は避難民の護衛に協力することになった。
 三人が加わることで避難が楽に進み、三時間後には城塞都市【スライスト】に着くのである。
 ちなみにだが、狂戦士と化した騎士達は意外なほど紳士であった。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「貴殿らには助けられた。改めてお礼を言わせてもらおう」
「いえ……当たり前のことをしただけですから」

 色々と思うところはあるが、アドは顔を引きつらせながらも営業スマイルで対応した。
 何というか、騎士達は普段と戦闘時が別人であり、どうにも背中にうすら寒いものを覚えるのだ。
 目の前で礼節的な対応をする騎士が正直怖い。

「我々はこの後、大隊長に報告しなけれあならないが、貴殿らのことも伝えておくことにする。魔導士の中にも道理のわかる者がいることが喜ばしい」
「……いえ、お気になさらず。俺達も助かりましたからね。魔物に囲まれて難儀していたんですよ」
「そうか、とは言え……護衛も引き受けてくれたのだから、何らかの報酬も用意するべきだと思うのだが」
「そういうのは良いですから、この街まで連れてきてくれただけでもありがたいですよ。マジで……。俺達なんて大したことはありませんって」
「ご謙遜を。いやぁ~我が国の魔導士達も貴殿らのような者達であれば、どれほどよかったか……いや、すまない。思わず愚痴が出てしまったか」
「はぁ……ご苦労なさっているようで。それよりも俺達は宿を探さねばならないので、この辺りで失礼させていただきます。何しろ女性二人が連れなものでして」
「これはすまない。そうだな、引きとめてすまなかった。女性を路地で野宿させる訳にはいかないからな。何かあれば本陣のもとへ来てください。では」

 爽やかな笑みを浮かべて去ってゆく騎士。
 何とかやり過ごして騎士達と別れたアドだが、彼の精神は思いっきり疲弊していた。
 騎士のギャップがあまりに激しくて、ついていけなかったのだ。
 疲れて背を丸めながらも、重い足取りでリサとシャクティの元へ戻る。こんな時にリーダーは損である。

「お疲れ……気持ちは分かるけど、あまり考えないようにしたほうが良いわよ?」
「私もそう思う。あの騎士さん達はどこかおかしいけど、今回限りだから……」
「そうであってほしい。正直こえぇ~よ。満腹の猛獣のいる檻の中にいる気分だった……」

 あんまりな言い方だが気持ちは分かる。
 同時に、今起きていることに関してある程度の情報が得られた。
 魔物が増えだしたのが約半月ほど前、そこから次第に数が増えだし、危険と判断したこの地を収める領主が退避命令を出した。
 最近になって始まった軍事改革の民衆集団退避訓練のさなかに起きた事態であり、あらかじめ決められた段取りを行うことで、民の被害を最小限に抑えることに成功したらしい。
 戦時を想定した訓練だったが、この訓練が功を奏したようだ。おかげで魔物による死傷者は驚くほど少ない。

「どこが魔法だけの国だよ。騎士も精鋭揃いじゃねぇか……あの薬をここでばら撒かなくて正解だったな」
「アレ、お隣の国に蔓延し始めたんでしょ? 私達は大丈夫よね?」
「あぁ……暗部の連中は裏組織に横流ししたそうだ。【邪神の欠片】は滅多に見つからないから、俺達に辿り着くことはないだろ。罪はマフィア連中が被ってくれる」
「う~ん……非人道的な事をやっているよわね。私達、本当に大丈夫なの?」
「リサの心配も分かるが、証拠は全部処分した。イサラス王国も、これ以上アレを作る気はないようだしな」

 以前ソリステア魔法王国で暗躍したとき、アドは邪神の欠片の一部を使ってアミュレットを製作した。問題はこのアミュレット、人間を化け物に変えてしまうことだ。
 そこで発想を変え、邪神の欠片を粉末状にして触媒にすることにより、危険な薬物として裏側の組織に横流ししたのだ。それも何重もの安全策を取ってだ。
 もしバレたらイサラス王国もただではすまず、下手をすればアド達もお尋ね者の仲間入りだ。軍部を説得して資料を処分することに骨が折れた。
 何しろ軍部は戦争する気満々であり、戦えば敗戦は確実であったのだ。アドも戦犯の仲間入りにはなりたくない。
 代わりに身体力を向上させるアミュレットの作り方を教えた。何しろ鉱物資源は有り余っているのだから、これを利用しない手はない。
 軍部にいる重鎮達はもろ手を挙げて飛びつき、ヤバイ物は他人に押し付けたのである。どうせ犯罪者だからという理由でだ。
 だが、完全に安心もできない。何が起こるか分からないのが異世界だからだ。

「何でもありだからなぁ~、この世界……」
「そうね。変なところで物理法則を無視してるし……。常識人の私にはついていけない現実よね」
「物理法則を無視してるって、ひょっとしてあんなの?」

 リサが空に向けて指を差すと、そこにはあり得ないもの上空を突き進んでいた。

「バ、バイクが空を飛んでる……」
「あれは……【エア・ライダー】!? まさか、そんな素敵アイテムがこの世界にあるのか!?」
「アドさん、嬉しそうだね? 欲しいの?」
「欲しい! 悪魔に魂を売ってでも欲しい!!」

 コレクター根性丸出しで、アドは【エア・ライダー】を食い入るような眼で眺めていた。
 或いは少年のような純粋な目と言った方が良いのかもしれない。
 そして、この【エア・ライダー】に乗っているのが、アドを超える非常識な知人であるなど思いもしなかった。
【賢者】と【大賢者】の邂逅の時は、もう直ぐ近づいていた。
 もしくは再会ともいう。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 空を行くおっさんは、リバルト辺境伯領の城塞都市【スライスト】を通過した。
 魔力タンクを途中で交換し、今は満タンの状態で国境に向けて進んでいた。
 そこで見たものは、魔物が逃げ惑い混乱した酷い状況。
 更にその魔物は統率が取れておらず、状況に興奮した強い魔物が戦い始め、更なる混乱が眼下に広がっている。

『いったい、何から逃げているんだ? この数は異常だぞ……消し飛ばすべきか?』

 広範囲殲滅魔法を使えば処理できる可能性は高い。
 しかし、それではこの辺りの土地は荒れ果て、再生するのに長い年月が必要となる。
 迂闊に自然破壊をするわけにはいかない。何よりも問題は、おびただしい数の魔物の群れが【スライスト城塞都市】に押し寄せることとなる。

「洒落にならんな……」

 すでに暴走した魔物の一角が村を襲い、完全孤立状態である。
 ウーケイ達に任せてきたが、状況がどう転ぶかなど分かるはずもない。

『何が起きているかだけでも調べるか……。後は傭兵ギルドに知らせればいいしな。やれやれ……』

 すでに最悪の事態が発生しており、そう簡単には収束しそうもない。
 何よりも肌に感じる魔力波が気になる。どう考えても災害指定級の魔物が接近しているとしか思えない。【ソード・アンド・ソーサリス】で何度も感じた気配である。
 しばらく進むと草原が見えてきた。おそらくは国境を越えている。
 だが、その草原のほとんどが何かしらの物体で黒く染まっていた。いや、その黒い物体は動いているのだ。

「Oh……JESUS、なんてこった……」

 その黒い生物は、Gだった。
 おびただしい数のGの群れは、飢え死にした同類の躯を喰らい、数が減る代わりに強力に成長している。
 しかも、後方にはとんでもない化け物まで存在していた。

「グ、グレート……ギヴリオン……。二度と会いたくなかった」

 トラウマになりそうな景色。
 その【グレート・ギヴリオン】もどこか様子がおかしい。
 黒く輝く外殻が、所々白く変色しているのだ。それでいて膨大な魔力が収束しているようにも思える。
 その変化にゼロスは一つだけ心当たりがあった。

『まさか……魔王クラスに進化しようとしているのかぁ!?』

【魔王】。一般的には強大な魔力を持つ魔物が、さらに強力に進化する現象である。
 山のような巨体を誇る魔物が、ある日を境に人間ぐらいの大きさに縮むこともある。
 その代わり、強さがけた違いに跳ね上がる。そうなるともはや手が付けられない。

『ヤバイ……アレが誕生しようとしている! 早く知らせないと、マズイ事態になるぞ!!』

 状況に焦るおっさんは、【アジ・ダカーハ】を反転させた。

「ゲッ!?」

 その瞬間、地上から群れを成すおびただしい数のGがゼロスに向かって襲い掛かった。
 奴らは空をも制するのだ。飛んでいる餌も捕食する。
 スロットルを全開にし、エア・スラスターの出力を最大限に引き上げると同時に、ゼロスはすかさず魔法を発動させた。

「【渦巻く煉獄の狂炎】」

 咄嗟に発動させた広範囲殲滅魔法。
 この魔法は強大なファイアーストームを発生させる魔法だが、通常のファイアーストームの威力を段違いに上回っていた。
 飛んで火にいる夏の虫と言うが、今は飛んで煉獄の炎に呑み込まれる初冬のGが正しい。
 まさに地獄のような光景である。
 おっさんがこの魔法を使ったのは、単にGが嫌いだからだ。酷い話だが食われてはたまらない。
 しかしながら飢えたG達は空腹から最後の力を振り絞り、ゼロスを捕食するべく次々と襲ってきた。悪夢である。

「Oh―NO――――――――――――――――――Ou!!」

 おっさん、再び日本人をやめる。
 絶叫をあげながらも、ゼロスは必死で戦線離脱したのであった。
 気持ち悪いから……。
 ある意味で、最大級の強敵が迫っていた。
 必死で逃げるゼロスは、【アジ・ダカーハ】の残り魔力が急速に減ってきているのを確認せず、そのまま【スライスト城塞都市】まで撤退した。
 状況が逼迫した中で周囲の目も返さず、傭兵ギルドの看板を確認すると急速降下をした。
 そして、勢い余って傭兵ギルドに突っ込む。エンスト間近でホバリングがやっとの状態だったのである。
 一歩間違えれば高高度から落下する寸前の状態であった。
 おっさんは、またもやらかした。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 アド達は傭兵ギルドに来ていた。
 傭兵ギルドは各地を転々とする傭兵達のため、様々なサービスを行っている。その一つが格安の宿などを紹介することが含まれている。
 傭兵達はよほどランクが高くない限り、大半が極貧生活を送っている。
 仕事ともなればときに街から街への移動となり、馬車などでの移動を含めるとそれなりに金が掛かるのだ。当然だが無駄遣いなどできるはずもない。
 要領の良い者は護衛依頼を引き受けることで馬車などの費用を節約するのだが、全ての傭兵がそれを行えるわけではない。護衛依頼はそれなりの実績を示した者達でなければ受けることができないからだ。
 中には盗賊と繋がり、護衛する筈の商人を襲うこともある。
 できる限り傭兵ギルドの印象をあげようとした結果、始められたのが宿屋などの紹介サービスである。このおかげで潰れそうな宿が持ち直したこともあり、意外に好評であった。
 勿論旅の商人にも宿を紹介したりする。ギルド職員達の地道な努力が常に行われているのだ。
 そんな理由から、アド達のような旅人には実にありがたい。程度の差はあれど雨風をしのげる場所は実に重宝する。

「今はどこも混んでいますから、西地区の【少風亭】がお勧めですね。飛び入りのお客様がいない限り部屋は開いていると思います」
「西地区か……ギルドにある町の地図を見た限り、ここから遠いな」
「今は退避してくる各村の住民達を保護していますので、この辺りの宿はどこも満杯ですよ? 魔物の対処で騎士様方もここにきますし、しばらくはこうしたサービスも難しくなります」
「ハァ~……今の内か。仕方がない、詳しい場所の地図を頼む」

 受付で宿の地図を受け取ると、アドは仲間の元へと向かう。
 傭兵ギルドは多くの傭兵や騎士達で混雑していた。
 こうした魔物の暴走時は、騎士団と傭兵ギルドは協力体制に入る。魔導士団だけが参加の有無があいまいであり、その態度が魔導士の地位を貶める結果となっていた。
 それも最近までの話で、今は各城塞都市の魔導士達が配置されている。国王のちょっとした愚痴に魔導士団の中枢である宮廷魔導士が蒼ざめたからだ。
 間接的だがツヴェイト達による次世代の功績である。
 こうした防衛対策の拠点は傭兵ギルドで行うようになったのも、『緊急時にいちいち領事館を行き来するのが面倒』との意見から、臨時対策本部の拠点として使われるようになった。
 その調整も今は混乱の真っただ中であるが、少しずつ機能を始めていた。

「……もしかして、俺達はとんでもない事態に巻き込まれてね?」
「もしかしなくても厄介事だよ! アドさんは暢気すぎるから!!」
「さすがは上位プレイヤーね。こんな状況でも動じてないなんて……」

 リサもシャクティも呆れていた。
 アドから見れば『敵は圧倒的な火力で潰せばいいじゃん』が当たり前で、ここまで慌てることが不思議でならない。それだけのレイドを繰り返していたということだから頼もしい限りだ。
 だが、これはゲームではなく現実である。何かの間違いで仲間が死ぬこともあるのだ。
 状況的には決して油断はできない。

「おっ、あの人……見た感じだとそれなりの地位にある人みたいだな。指揮官クラスだと思う」
「うわぁ~、イケメンだぁ~。絶対恋人か奥さんがいるよ」
「シャクティ……邪推はしない。失礼よ」

 アド達の視線の先にはフルプレートメイルを纏った騎士が部下を引き連れ、傭兵ギルドのお偉いさんらしき人物と会話していた。
 アドとしては少しでも現状の情報が欲しい。そこで気配を消して彼等の傍に近づいて行く。
 幸いにも依頼書が張り出された掲示板があるため、聞き耳立てていたとしても傍目には依頼書を眺めている傭兵に見えるだろう。仮にばれても誤魔化しようはある。

「……で、どうでしたかな、アーレフ殿。街の外の様子は」
「間違いなく【暴走】のようですね。しかし、原因が掴めていません。何か嫌な予感がするのですが……」
「それは現場の勘というやつですかな? 経験則からなる勘とは馬鹿にできませんしなぁ」
「肌にピリピリと張り詰めた感じがするんですよ。何か強力な魔物が近づいてきている。そんな予感がしますね」
「さすが、マーカス騎士団長の愛弟子の事はありますなぁ。王国最強の騎士と聞き及んでいますぞ?」
「まさか、私などまだまだの若造ですよ。真の強者とは決して強さを見せない者を言うのです。何よりも自分や他者に厳しい」

 話からしても厄介事であることは確実だった。
 今更ながらにアドは完全に巻き込まれたことを悟る。

「やはり、籠城してやり過ごすしかないのですかな?」
「おそらくはそうなるでしょう。そのためには、防衛のためにも傭兵の方々に協力を仰ぎたいのですが。我ら大隊でも苦戦は免れませんね」
「緊急時ですからな、それは仕方がないでしょう。バリスタなどの矢の調達はできますが、いかんせんとも魔導士の数が足りません」
「我らの魔法も初級ですからな。対人戦闘で牽制には使えても、押し寄せる魔物にどこまで有効か分かりません」

 どうやら籠城戦は免れないようだった。
 アドとしては目立ちたくはないが、巻き込まれた以上は戦わなくてはならない。
 街の外壁はともかくとして、門は木製で作られているのだ。防御力としては防壁よりもはるかに弱い。押し寄せる魔物には無力だ。

『まいったね……ここでレイドかよ。魔物自体はたいしたことはないけど、数が多いからなぁ』

 アドとしては雑魚なら簡単に蹴散らすことはできる。
 しかし、何度も魔法を撃ちこむと魔力が消費されてしまうのだ。魔力枯渇で動けなくなるのはどうしても避けたい。
 何よりこの世界の魔導士は弱い。生き延びるためには全力で敵を排除しなくてはならず、魔力枯渇状態に陥れば近接戦闘もできなくなる。
 犠牲者は出したくはないが、だからと言って自分だけが苦労する気もない。

『生き延びたら英雄……めんどくせぇ~! だが、逃げることはできな……ん?』

 アドが今の状況を考察していたとき、どこからともなく甲高い音が急速に接近していることに気づいた。
 それは、元の世界でよく聞いた飛行機のジェット音に近い。

 ――ィィィィィイィィイイィィイイイイイ――――――――――ンッ!!

 嫌な予感がした。
 ここで立っていたら酷いことになりそうな気がして、慌ててそこから飛びのく。
 数人の傭兵や騎士を巻き込み、転がりながらもその場を退避すると同時に――。

 ――ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 ――傭兵ギルドの建物を破壊し、何かが飛び込んできた。

「な、なんだぁ!? 何事だぁ!!」
「ケガ人は……って、何だありゃぁ!?」
「魔道具なのか!? しかも、人が乗れるほどの……」

 アドも頭を振って身を起こすと、そこには漆黒の素敵アイテムが空中でホバリングしていた。
 喉から手が出るほど欲しい、男のロマンである。

「エ、【エア・ライダー】……嘘だろ? マジかよ、スゲェ―――――――ッ!!」

 混乱から一気にテンションアゲアゲ。
 危うく弾き飛ばされそうになったことなど、頭からどこかに吹き飛び、目の前のロマンに食いついた。
【ソード・アンド・ソーサリス】でどうしても手に入れたかったが、ゲーム内では購入することすら不可能だった魅惑の魔道具だ。これでテンションが上がらない訳がない。
 そして、その魔道具を駆る一人の中年魔導士に気づいた。
 灰色ローブがいかにも胡散臭い。しかし、なぜか妙に引っかかる。

『あのローブ……素材はべヒモスか? まさか、そんな高位の魔導士がこの世界に……いや、転生者!?』

 中年魔導士の装備が明らかにこの世界の常識を超えていた。
 その事から一つの可能性に辿り着く。その答えを肯定するかのように、傭兵ギルドのお偉いさんと話をしていた騎士が前に出た。

「ゼ、ゼロス殿……これはいったい……」
「おや、誰かと思えばアーレフさんじゃないですか、ここで会えるとは行幸。緊急事態です! 今現在、この街に【グレート・ギヴリオン】が接近中。住民の退避……は、無理かぁ~」
「グ、グレート・ギヴリオン!? それで、大きさは……」
「三十メートルクラス……最大級ですね。しかも、現在【魔王】に進化する途中ですよ」
「「「「「なにぃ―――――――――――――――――――――っ!?」」」」」

 この報告はギルド内を震撼させた。
 魔王クラスなど倒せる者は存在しない。唯一【勇者】が希望を持てるが、仮にいたとしても一人か二人程度では到底勝ち目がない。

「最悪なことに、あのギヴリオンは……大深緑地帯から来たやつですね。間違いない」
「「「「最悪だぁ――――――――――――――――――っ!!」」」」

 絶望的な状況だった。
 スライスト城塞都市は、今まさに未曽有の大災害に見舞われようとしていた。
 魔物が暴走している以上、住民達に逃げ場はない。
 傭兵ギルドは混乱の坩堝と化した。

「……ゼロス殿? ゼロス……ゼロス・マーリン!? まさか、【殲滅者】のぉ!?」
「……君、誰? その二つ名を知っているとなると同類だと思うけど……はて?」
「俺は、アドですよ! 【豚骨チャ―シュー】のっ!!」
「えっ、アド君!?」

 間抜けな二人がここで再会を果たした。
 周囲の混乱を無視して――。
+注意+
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