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アラフォー賢者の異世界生活日記 作者:寿 安清
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おっさん、またも気軽に依頼を受ける

 その日、ゼロスはリビングで【エア・ライダー】を分解していた。
 これは趣味と言っても過言ではない、ロマンという名の好奇心から発症する一種の病気だ。
 技術的な知的好奇心と、遊び心という名の情熱がその身を焦がし、暇潰しというスパイスが加わることで暴走を引き起こす。
 畑仕事も早朝の内に終わらせ、コッコ達の修行にも付き合い、遅めの朝食を軽く済ませた後で狂気の科学者の如く馬鹿みたいに笑いながら、彼はエア・ライダーを分解し構造をクリップボードに記録していく。
 その顔には満面の笑みが浮かび、子供のような純粋な好奇心で工具を操り、未知の生物を解剖する学者のように内部構造を把握していった。
【エア・ライダー】は、見た目の構造上バイクに近い。
 下部に半重力魔法による魔法照射装置を備え、後部のエアロジェットによって前進する。
 出力はハンドルグリップを捻ることで代わり、それでも止まれなければ前方に備えられたエア噴出ノズルで速度を落とす。構造自体は単純なのだ。
 問題は半重力魔法の魔法式だ。
 下部に備えられた大きめのクリスタル内部に刻まれており、その魔法式は恐ろしく精緻であった。
 いくらゼロスでも、ここまでの物は作れないというほど精密に作られ、ほとんどブラックボックス化している。技術力が違い過ぎるのだ。

「これは……複製は無理だな。半重力魔法の魔法式を各クリスタルに伝達し、下方に魔法を発動させるようだが、滞空時間はどれくらいになるんだ?」

 魔力で動く機械である以上は、活動時間が存在する。
 動力源を魔力にしている以上、魔力タンクが底を尽けば動力は停止し落ちることになる。安全面が判断できない以上は迂闊な真似はできない。
 普通ならそう考えるのだろうが、ここにいるのは趣味の人だ。
『安全? なにそれ、美味しいの?』と言ってのけるほど思い付きで行動し、ノリと勢いでその場をぶっちぎるような変人なのだ。そんな人物がまともにシステム解析をするはずがない。

「まぁ、このままブラックボックスは移植して、魔法投射クリスタルは新しく取替えよう。罅が入っているし、いっそ複数用意して……」

【エア・ライダー】はそれなりに大きい。
 だいたい全長三メートルくらいであろう。そのほとんどが魔力タンクで占められ、制御システムなどは完全に一体化しており、スラスターなどの部品は意外なほど小型で複製は可能。
 フレームを作り替えなければならなかったが、どうにか【廃棄物十三号】に搭載できそうであった。
 そして、移植手術を行う医者のように、既に搭載作業を始めていたのである。

『魔力タンクは圧縮式にして、魔法投射クリスタルを増設。エアロ・スラスターをウェポンシールドに取り付ければ飛行が可能になる。だが、そうなると内蔵武器が使えなくなるな……』

 現段階で完成している【廃棄物十三号】をベースにし、フレーム設計を一新した。
 外部装備を搭載した姿を思い浮かべ、修正箇所を逐一紙に描いていく。
【エア・ライダー】の内蔵機器の設置構造が単純であるからこそ、【廃棄物十三号】の増設パーツとして利用でき、元より大型バイクであるために装置の増設にも余裕がある。
【エア・ライダー】の部品は小型軽量でコンパクトまとめられているものが多く、この辺りが旧魔法文明の凄いところだと言えよう。
 ただし、フレームの構造を変更したせいで、バイクとして乗るには後輪にモーターを内蔵する形に戻さなくてはならない。
 元よりオフロードタイプのバイクだったのだが、フレーム変更をしたことにより、その形状はどこかのアニメに出てきそうな戦闘用のバイクに近い形になってしまった。

『僕はサイボーグじゃないんですけどねぇ~。さすがに後部に砲台を搭載するのはナシだな、バランスが悪くなる』

 結果、出来上がったデザインは鋭角なフォルムを持つ漆黒のバイクであった。
 時代背景を完全に無視した未来の摩天楼をバックにハイウェイを爆走し、悪の現場に急行したあとにバイオレンスな戦闘で敵を薙ぎ倒し、颯爽と立ち去るようなイメージが似合うデザインになった。
 或いはダークサイドのヒーローが乗るような形状だが、もはや森の中を走り抜けるのは無理である。

「さて、それでは制作を続けますかねぇ」

 おっさんは年甲斐もなく中二病的なバイクに、改造の手を休むことなく動かし続けた。
 黒龍の鱗や甲殻をふんだんに使うため、その価格は馬鹿にできないだろう。たった一台で小国の国家予算に匹敵するような代物になるとは、この時は思いもしていなかった。
 何度も言うようだが、おっさんは趣味の人なのである。
 ちなみに、このバイクの名は【廃棄物十三号】から【アジ・ダカーハ】に変更された。
 男とは、いつまでたっても少年の心を忘れられないものなのである。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

「「ハァ~……」」

 深い溜息を吐いたのは、ルセイとルーセリスの姉妹であった。
 原因は言わずとも知れた母親の事であり、ルーセリスも今後の立場の相談も含め、色々と二人で意見を出し合って方針を決めていた。
 ルーセリスの希望は現状維持であり、いまさら皇族に戻れと言われてもその気はない。
 ルセイとしても実の妹の意思は尊重したいところであり、このことはアトルム皇国に外交官経由で通達していたが、色々と波紋が生じそうであった。
 最大の問題は二人の母親であるメイア・イマーラが再婚していた事にある。
 元夫であるラーフォン・イマーラはショックで寝込み、一族内で大騒ぎになったという通達があったらしい。かれこれ二週間経ったが、その騒ぎは大きくなる一方だという。

「ルーセリス……。そなたはどうするのだ? 本国から一度帰還を求められているのだが」
「私は戻る気はありません。自分がやりたいことを見つけましたし、いまさら皇族と言われても実感もありません。厳しいしきたりのある立場など私には無理ですよ」
「父上がそなたに会いたがっているのだが、この分だと無理だな。父上のことだからおそらく手元に置いておこうとするだろうし、アトルム皇国に行ったら戻ってくることはできまい」
「皇族としての自覚がないのに、押し付けられても無理が生じると思います。正直、皇族としての教育を強要されそうで困りますからね」
「まぁ、そうであろうな。ハァ……皇室では責任の押し付け合いが始まってギスギスしているらしい。自業自得とはいえ、あさましい限りだ。私も帰りたくない」

 二人の仲はこれから起こる苦労話で花が咲き、意外に早く打ち解け合っていた。
 ただ、彼女達が相談している場所は――。

「なぜ、僕のところで相談しているんでしょうかねぇ? この場合、なんの力にもなりませんよ? 相手が武力で攻めて来るならともかくですが」
「いえ、なにか小さなことでも意見があればと思いまして……」
「私としても、いま国に帰ると色々と面倒なことに巻き込まれそうな気がしてな……」

 二人がいる場所はゼロスの家であり、リビングには組み立て中の魔導バイクが無造作に置かれている。
 この家のリビングだけ、ファンタジー色からかけ離れた光景であった。
 現在エア・ライダーのブラックボックスが組み込まれ、半重力魔法の展開システムとエア・スラスターをウェポンシールドの外装内に組み込んでいた。
 フレームや一次装甲のいたるところには強化魔法の魔法式が刻まれ、圧縮式魔力タンクがケーブルで連結されている。完成すれば全長五メートルを超すことになるだろう。

「……とは言いますが、本当にどうなることやら。ルーセリスさんの意見を尊重したとしても、四神教というのは問題になるなぁ。ルーフェイル族は創生神教ですからねぇ~」
「改宗したほうが良いのでしょうか?」
「そのほうが良いかもしれんぞ? あの国もそろそろお終いであろう。周りの小国が敵視しているし、権力を笠に着た外交は包囲され、封じられつつある」

「四神自体も世界の事はどうでも良いみたいですしねぇ、寧ろ世界を壊そうとするような邪神ですよ? あいつらは……」

 そう言いながら、おっさんはボールの中にある卵をかき混ぜていた。
 今日の昼飯はオムライスのようである。何となく食べたくなったらしい。
 傍には出来立てのトマトケチャップが鍋の中で煮えていた。日持ちしない欠点があるが、そこはインベントリーである程度カバーできる。

「ソーセージは茹でた方にしますか? それとも焼いた方がお好みで?」
「私は焼いた方をお願いします」
「私も同じく。今から鍋でゆでるのは二度手間であろう?」
「う~ん、ライスもケチャップで炒めるのだが、卵の上にもケチャップを掛けるんだよなぁ~。デミグラスソースでも作っておけばよかった」

 独身生活の長いおっさんは、料理の腕もそれなりにあった。
 卵はふんわりとろとろが好みだが、三人いるとなぜか最後の分が出来終わるまで全員待つことになる。
先に食べてくれてもいいと思っているのだが、ルーセリスもルセイも律儀に待つ性格であった。
 自分の分を最後に作ろうと思っているおっさんとしては、待たせている時間中に凄く申し訳なく感じてしまう。小心者なのだ。

「子供達はどうしてます? 今朝もコッコ達と鍛錬をしていましたが」
「あの子達は、傭兵ギルドに登録するための資金稼ぎをしているようです。最近思うのですが、あの子達はわざと幼い子供を演じているのではないでしょうか?」
「今更ですね。あの子達はかなりしっかりしていますよ? 孤児として路地裏生活をした経験から学んだのでしょうねぇ。『相手を油断させるという手段』を、ですが……」
「それが何か役に立つのですか? 正直、私には良く分からないのですが」
「情報収集を行うのに役に立つ技術ですね。何も知らない子供を装い、世間話の中から欲しい情報を手に入れる。かなり狡猾なやり口ですよ。盗賊が良く使う」

 傭兵は情報を重要視する。
 ギルドで張り出される依頼において、討伐以来のほとんどが手遅れの場合が多い。
 依頼を受けて辺境の村にいけば、依頼を果たす前に既に壊滅していることがよくある。そのため各地を転戦している傭兵からも情報を仕入れる必要があった。
 小さな情報でもそれが命を繋ぐことになる。車などの高速移動ができる物が存在しないこの世界で、依頼を受ける前に状況を予測し、想定外の事態に備えておく。
 得られた情報と、その情報をもたらした傭兵の移動時間が、想定される状況予測を可能にし、その推測をもとにギルドで交渉すれば得られる報酬は多くなることもある。
 なにしろ、辺境の村や町から手配される依頼のほとんどが討伐依頼だ。想定外の事態が起こりやすく、支払われる報酬も村や町だけでなく状況に応じて領主からも上乗せされる。
 仮に村や町が壊滅していた場合、その情報をギルドに持ち帰るだけでも報酬も出るので、張り出される依頼書の内容を的確に読み取り、依頼書が出た時点での状況を的確に予測する技術は必要不可欠なのだ。
 上位ランクの傭兵ほど独自の情報網を持っていた。

「ふむ……我等ルーフェイル族は空を飛べるから情報の移動時間を短縮できる。伝えられる情報の精度は伝達時間が早いほど貴重だ。だが、人族はそうはいかないだろう。だからこそ的確な情報を得る手段が必要なのか」
「その日暮らしの傭兵なら、なおさら情報を大切にしますよ。それをあの歳でできるのだから末恐ろしい子達ですねぇ。かなりしたたかで要領が良い」

 傭兵のほとんどは仲間内で固まり、それ以外の者達を信用しない。だが、そうした者達は一定のランクで立ち止まり、上のランクに上がれない。
 粗暴で考えなしの自己中心的なチンピラ傭兵が低ランクで燻ぶり、情報判断や的確に依頼を達成できる達成率や貢献度が多い傭兵が高ランクへと上がってゆく。
 最終的に人から信頼を勝ち取れるかが重要になるのだ。その中に情報を重要視しない傭兵は存在しない。
 おっさんは、会話をしながらも調理の手は休めなかった。
 ほどなくして三人前のオムライスが完成する。

「ところで、ワインもありますけど飲みますか?」

 所謂一つの食前酒である。

「昼間からお酒ですか? 良いのでしょか……これは贅沢すぎる気が」
「どこのワインなのだ? 私はワインに少しうるさいぞ?」
「自分で作ったやつですよ。【リキュール・ポーション】や【マナ・リキュール・ポーション】の材料です。以前、少しばかり作りすぎましてねぇ……」

【リキュール・ポーション】や【マナ・リキュール・ポーション】は、その名の通り回復アイテムである。【ソード・アンド・ソーサリス】で制作した、素材アイテムだ。
 ゲーム内でのアイテムが、今ではインベントリー内で山ほど埃を被っている。回復アイテムの素材なども当然だが大量に保管していた。
 おっさんは、『オムライスだし、白ワインのほうが良いかな?』と、気軽に白磁器の瓶を取り出し、簡単な氷魔法で冷やした。
 なぜか持っているワイングラスをテーブルに置くと、出来立てのオムライスを運んでくる。

「さて、では食べますか」
「すまぬな。私は料理などしたことがないから、手伝う事が出来なくて……」
「そう言えば、私もお手伝いをしていませんでした。申し訳ありません……」
「まぁ、気にせずに食べましょうや。冷めたら美味しくありませんよ?」

 そう言いながら、白磁器の瓶のコルク栓を抜くと、ワイングラスに白ワインを注いだ。
 ブドウ特有の香りが二人の鼻腔をくすぐる。

「良い香りですね……」
「うむ、これはなかなかの上物」

 ルーセリスとルセイは、ワイングラスに注がれた白ワインの香りを楽しむと、そっと一口ふくむ。

「「!?」」

 なんとも言えない極上の味わいであった。
 言葉にできないとは正にこのことで、あまりにも上品な味わいに驚愕するしかできない。
 上物などという言葉すら生易しい最高級品だったのである。

「なっ、なんという……これは、このワイン一瓶だけで国が傾くぞ!?」
「こっ、このようなワイン……飲んでしまってよいのでしょうか? これは……」
「大袈裟ですねぇ? ただのポーション素材ですよ? これ……」

 おっさんは、自分が何をやらかしたのか分かっていなかった。
 ワインとは熟成期間があり、どれだけ熟成しても八十年ともたない。
 古いワインは樽の中で熟成されるが、時間が経つごとに中のワインは蒸発して量は減っていき、味わいも落ちてゆく。だが、問題はここが異世界ということだ。
 この世界には魔力が存在し、長い間樽の中で熟成させると水分が蒸発するが、ワインの成分が変質することにより洗練され、含まれた魔力も凝縮されてゆく。
 凝縮された魔力はやがて周囲の魔力を呼び込み始め、その魔力がさらにワインの味を高めていってしまう。イサラス王国の百年物ワインがこれに当たる。
 死者すら蘇生させると言われる【エリクサー】の素材の一つが、この百年物ワインなのだ。特に赤ワインの効果が高く、古い薬学の書物には別名【神の血】と言われるほどだ。
 白ワインも【エリクサー】の素材にできるが、どちらかと言えば魔力回復の効果が高く、【精霊の雫】と呼ばれる魔力回復薬の素材として利用されていた。
 現存するものは少なく、希少な素材アイテムで簡単には手に入らない。

 ゼロスが作ったワインは『魔力が多いほど効果が高いなら、最初から魔力を凝縮させればいいんじゃね?』とのコンセプトから、樽の材質は【サウザント・エルダートレント】、ワインの素材は【エレメントグレープ】か【龍玉葡萄】と呼ばれる最高の素材であった。
 魔力を蓄える効果も付加され、ついでに香り付には幻の花、【アンブロシア】も使われていた。
 そんなものでワインを作れば、神殿などで作られる【聖水】よりもはるかに濃度の濃い魔力を含んだ高品質のワインができてしまう。しかも味はまさに天上の如くである。
 二人は、万病に効くと言われる神の酒、【ソーマ】を飲んだのと同じことだ。レベル900のアンデッドが一発で昇天する聖酒である。
 医薬効果が恐ろしく高く、色んな意味でヤバイ酒でもあった。

「「ポ、ポーションの素材? これが……?」」
「半ば【ソーマ】化してますが、なかなか美味い酒ですねぇ。こんど、大深緑地帯にいって素材を探してこようかなぁ? いくらあっても困らないだろうし……」
「ソ、【ソーマ】……伝説の神のお酒。いかなる病も、たちどころに癒すと言われる…あの……」
「な、なんてものを……飲ませるのだぁ!? これを飲んだら、他の酒が飲めぬだろぉ!?」
「自家製の酒ですよ? 本当に大袈裟だねぇ~……」

 あまりにワインの味が強烈すぎて、二人はオムライスの味が分からなかった。
 それほど極上の酒なのだ。一般には出回ることのない神酒。生きて飲めただけでも幸運と言える代物を、おっさんは大量に保有している。
 こんなものが世間に知られれば、この酒を求めて各国が戦争を始めかねない危険な物だ。

「売るのはやめたほうが良いか。お二人の反応から、これはヤバイ気がしてきた……」
「それが賢明だ……。このワインのためなら、人はどこまでも外道に堕ちるだろう」
「【ソーマ】……私は、なんてものを飲んでしまったのでしょう。【ソーマ】……アハ、アハハハ……」

 乾いた声で笑うルーセリス。彼女の反応が普通なのだ。
 本来【ソーマ】は国の宝物庫の奥で厳重に管理せねばならないほど貴重な物であり、メーティス聖法神国でもある場所に小瓶で三本しか保有していない。
 当然だが小国で保有している国などある筈もなく、仮に保有していても王家の秘匿事項として厳重に隠されていることだろう。
 何しろメーティス聖法神国ではこの【ソーマ】を聖遺物として扱っている。小国で保管されていると知れば、真っ先に大義名分をでっちあげて攻め入ってくるほどである。
 例え厳密には【ソーマ】でないとしても、似た効能を持っている限り戦乱の火種にしかならない。
 実に危険である。

「ナグリさん達におすそ分けも、やめたほうが良いかな? ドワーフには喜ばれそうなんだが……」
「奴等に飲ませるくらいなら、私が貰う!! あいつらに酒の味が分かるはずもない!!」
「酷い言いがかりですよ。いくらドワーフの人達でも、お酒の味くらいわかると思います」
「ルーセリス……。奴等は酒精があれば工業用の燃料アルコールまで飲み干すのだぞ? 酒の味が分かると思うのか?」
「えっと……思えません」

 ドワーフにとって、酒は一期一会。
 良い酒が手に入れば、その場ですべて飲み干してしまう。しかも豪快に――。
 たとえ高級なワインであろうが、工業用のメチルアルコールだろうが、酔えれば何でも良い酒豪の集団なのだ。彼等のモットーは『酒は飲んで飲みまくれ』なのだから。

「さすがに、勿体ない気がしてきた。毎日酒盛りをしている連中だしなぁ~」

 誰よりもドワーフと付き合いのあるおっさんの脳裏に、豚に真珠という諺が浮かんだ。
 そして、その考えは正しい。
 街道工事では毎日酒盛りをしていたため、さすがに辟易したものである。
 その光景を思い浮かべ、溜息を吐きながらゼロスはオムライスをスプーンで口に運んだ時、窓の外に子供達がへばりついているのを発見する。
 腕白児童達は今日もハングリーであった。 

 結局、おっさんは子供達のオムライスを用意することになる。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 ルーセリス達が家から出て行ったあと、三時間ほど【アジ・ダカーハ】を組み立てていたが、突然なにを思ったのか、おっさんはクレストンの屋敷に向かった。
 家の裏は小さな森が広がり、そのほぼ中央にソリステア公爵家の別邸が存在する。
 基本的に野菜は自給自足、無駄な装飾が一切ない実に風情ある小さな古城である。
 ソリステア魔法王国が建国される以前、この城は防衛の要としての役割が大きかった。断崖の落差を利用した難攻不落の要塞は、この地に多くの血が流れた歴史を物語っている。
 それは今でも変わりはないが、交易の要所となったのはひとえに時代の流れによるものだろう。
 そんな古城に訪れたゼロスを、ソリステア公爵家の家人達は暖かく迎え入れてくれた。
 客間に案内されると、クレストンが来るのを静かに待つ。

『さて、ではこのワインをテーブルに出しておこうかねぇ。おすそわけ』

 ドワーフにワインを渡すのは躊躇われるが、クレストンには問題はない。
 何しろ元とはいえ公爵であり、色々と世話にもなっている。近所付き合いはマメなのだ。
 並べられる陶器製の瓶。もちろん口はコルクと金属の蓋で固定されている。その数、計五本。
 クレストンもようやく姿を現したが、なぜか酷くやつれていた。

「おぉ、ゼロス殿。久しぶりじゃのぉ! 今日はどうしたのじゃ?」
「ちょっと良いお酒が手に入りまして、クレストンさんにおすそ分けしに来ました。あれから何かありましたか? なんか、やつれているみたいですが……」
「デルのヤツが王都に行っておってな、儂が公務を引き受けておるんじゃ……。隠居したのじゃがのぉぅ」

 立っているなら隠居した親でも使う。デルサシス公爵はなにかと忙しい男なのである。
 彼に匹敵するような部下がいればよいのだが、そんな人材は王都で相応の地位にいることだろう。そして隠居したクレストン老がとばっちりを受けていた。

「これが、ゼロス殿の言う酒かのぅ? 後で楽しませてもらおう」
「まぁ、少しばかり特殊なワインですが、美味い酒ですよ」
「ふふふ、それは楽しみじゃわい。ときに、ゼロス殿……一つ聞きたいのじゃが」
「何でしょう?」
「魔物が暴走するときの条件、何かわからぬか?」

 クレストンの表情が硬かった。何か深刻な事態が起きている可能性が高い。

「暴走(スタンピ-ド)? 暴走が起きる予兆でもありましたか?」
「最近、リバルト辺境伯の領地で魔物が頻繁に出没するようでのぅ。相談ついでに調べておるのじゃが、このところ魔物の討伐依頼が急増しておる」
「ふむ……僕の知る限りでは――――」

【暴走(スタンピ-ド)】。ある種の魔物が食糧難で移動を開始することや、繁殖で別の場所に群れで移動する。或いは強力な魔物に追われることで引き起こされる。
 例外としてダンジョンから排出されるという場合もあるが、どれも簡単に引き起こされるものではない。ドラゴンでも現れるなら別だが、ソリステア魔法王国を含む各国の領域には強力な魔物や食糧難に陥るような状況など滅多にない。
 何しろ肥沃な土地が広がり、魔物が飢えるなど環境的にあり得ないからだ。
 そうなると強力な魔物が出現し追われたたことになるが、そんな情報などクレストンも聞いていないようであった。ソリステア公爵家の情報網は侮れないが、今回は情報を得ていないようである。

「分かりませんね。後は【ヘルズ・レギオン】ですが、これは一つの魔物の群れが、飢えた状態で周囲の魔物を喰らいながら移動する現象ですけど、そんな最悪の暴走をする魔物がこの辺りに生息しているとは思えませんよ。仮にいたとしても拡散して、いずれ事は治まりますし」
「そうか……。のぅ、ゼロス殿……」
「あっ、いやぁ~~な予感が……」
「Sランク傭兵であるゼロス殿に依頼をしたいのだが、魔物が出没する原因を突き止めてもらえんかんのぉ? 嫌な予感がするのじゃよ……飛びっきりの、な」

 種類にもよるが、魔物が頻繁に現れるというのもおかしい。
 元々魔物は弱肉強食ではあるが、生態系がはっきりしている。討伐依頼が頻繁に出されるような事態は起き難いはずであった。
 仮に暴走が起きたとしても何らかの予兆がある。本来見かけない魔物を目撃したり、少しばかり厄介な魔物が複数確認されたりと様々だ。
 おっさんなら楽勝でも、国家が乱立するような人族が多く住む領域では、たとえ【ゴブリン・キング】でも脅威となり得る。
 多くの傭兵がファーフラン大深緑地帯で生き抜くことができるほど、実力を持っている訳ではない。
【ソード・アンド・ソーサリス】的に言えば、かろうじて中級者レベルに到達したていどのレベルなのだ。召喚された勇者にいたっては中級プレイヤーから脱してすらいない。

「最悪……お隣の国にお邪魔することになりますが?」
「かまわん。傭兵は自由に動けるからのぅ、必要ならメーティス聖法神国に侵入しても文句は言われぬ。傭兵ギルドの依頼なら、あの国も文句は言えぬからのぉ」

 傭兵の立場は比較的に自由である。
 活動している国が他国でも、傭兵達の働きで多くの者が助かっていることは確かだ。
 中には不埒な真似をする者もいるが、そうした者達は拠点となる街から出ようとすることなど先ずない。

「国の垣根を越えた組織ですか。考えてみれば危険な組織でもあるなぁ」
「その辺りは各国の法律で決まり事が異なる。騒ぎを起こすような輩は犯罪者か、何かしら問題を起こして追い出された者達であろう」
「ハァ~……。この件が片付いたら、僕はしばらく働きませんよ?」
「うむ。デルサシスのヤツにも伝えておいてやろう。じゃが、動かなければ動くように仕向ければ良いと思っておるから、約束はできぬが……」
「タチが悪いですね。全ては掌の上ですか……洒落にならん」

 おっさんは、初めて良いようにこき使われていることに気づいた。
 だが、魔物の暴走は他人事ではなく、いずれ自分の生活を脅かすことなのでこの依頼を引き受けることにした。暴走の被害は予想以上に飛び火するからだ。
 自宅に戻ったゼロスは、必死に【アジ・ダカーハ】を完成させるべく奮闘するのであった。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 アトルム皇国の街道を、この世界ではあり得ない物が走り抜けていた。
 それは、一言で言ってしまえば【軽ワゴン】と呼ばれる自動車であり、それを運転するのは一人の魔導師である。
 後部座席には二人の女性魔導師が座り、窓から流れる景色を退屈げに眺めていた。

「ようやくアトルム皇国の国境だな。以前はメーティス聖法神国側から廻ったから時間が掛かったが、この街道のおかげで楽に行ける」
「でも、退屈だよぉ~アドさん……。どこにもサービスエリアやドライブインがないんだもん」
「この世界に、それを求めちゃ駄目よ。文化は中世レベルなんだから……」

 アドもまた生産職スキルを持っており、その力で作り出したのが某メーカーの【軽ワゴン】である。
 タイヤにもスリップ防止のためにチェーンが巻かれているが、走り続けるたびに騒がしい音を立てていた。山間部は路面が凍結するので対策をとったのである。

「聞いた話では、この先にある街は温泉街らしいぞ? ソリステアから来た土木関係者が掘り当てたらしい」
「マジっ!? ゲルマニウム? ラジウムかな? それとも硫黄かも……」
「リサ……温泉と言っても、この世界で成分分析ができるわけないじゃない。お風呂に入れるだけでも幸せよ?」

 温泉にも色々種類があるが、この世界で完璧な成分分析ができる技術など存在しない。
 ゆっくり体を休めるだけでもありがたいのだ。

「酒でも飲みながら、露天風呂に浸かりたいよなぁ~」

 アドの温泉認識はおっさんだった。
 だが、リサやシャクティはツッコミを入れない。なぜなら二人も温泉が楽しみなのである。

「お酒と言えば、何でも同盟国にワインを送ったらしいわね?」
「あぁ、百年物の美味いヤツをな」
「「………えっ!?」」
「んっ?」

 車内は一瞬、沈黙が流れた。

「アドさん……百年物のワインって、飲めるの?」
「普通、三十年くらいの物が美味しいんじゃなかったかしら?」
「えっ? だが、俺は百五十年物を飲んだことがあるぞ?」
「「どこで?」」
「【ソード・アンド・ソーサリス】の中で、ダンジョンから発見した年代物……」
「「えっ!?」」
「えっ!? なんか俺、間違ったか?」

 そう、間違っていた。
 ガラス製の瓶などで確りと栓がされ、きちんと保管されていたワインならともかく、樽で保管されている百年物のワインなど飲めたものではない。
 そして、アドの知識はほとんどうろ覚えの知識であった。
 グルメ漫画を細部まで読んでいれば、そんなこともなかったかも知れないが、残念なことに彼は少年漫画オンリーだった。グルメなどB級で充分と思っていたほどである。
 この時、アドはとんでもない間違いをしたことに気づく。

「や、ヤベェ……俺、百年物のワインを各国に送れば良いと進言しちまった……」
「それ、マズいわよぉ!? 樽で百年も熟成されたワインって、絶対に酷いことになってるから!」
「下手をすれば戦争ね。アドさん……どうするの? 同盟関係が破綻しないかしら?」
「……」

 アド、ピンチ。良かれと思って言った知識が間違っていた。
 友好関係が破綻すれば、イサラス王国は潰される。最悪自分も罪人になりかねない。
 いや、酷いことになれば多くの人命が失われる。さすがに冷や汗が止まらない。

「どうする……どうしよぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!? どうしたら良い!?」
「前、前を見て運転してぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「馬車が、前に馬車があるからぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 アド、凡ミスをやらかす。
 だが、幸いにしてこの世界は異世界ならではの理があった。
 樽のワイン熟成は、魔力の効果によって時間を掛けるほど美味くなる。地球とは摂理そのものが根底から違うのである。
 おかげで首の皮一枚で命が繋がったのだが、今はそのことを知るよしもない。
 パニクったアドが運転する【軽ワゴン】は、街道を蛇行しながら走り抜けるのであった。
+注意+
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