嘉門洋子が激白「AVデビュー報道」「薬物疑惑」の真実
私は組長の女じゃない!! Eカップの豊満ボディーで、グラビアアイドルとして大活躍した嘉門洋子(33)が衝撃告白した。数年前から交遊関係にまつわるスキャンダルに見舞われて一時期、表舞台から姿を消していた嘉門。現在、女優として復帰を果たし、体当たりヌードの堂々とした演技が大注目されている。そんな嘉門がAVデビュー報道から薬物、ヤクザの愛人疑惑まで、これまで語られることのなかった“真相”を初めてぶちまけた――。
――女優へ転身、濃厚なベッドシーンで話題を集めた「不倫純愛」(11年公開)や「農家の娘 三十五歳、スカートの風」(12年公開)、そして9月に公開された「出逢いが足りない私たち」でも“体当たり艶技”だ
嘉門:内田春菊さんの「出逢いが――」は、大変考えさせられる作品です。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)にはまった女性と女優役の2役を演じています。
――どんな物語
嘉門:主人公の女性がネットで作ったアカウントを誰かに乗っ取られるんです。その女性になりすました人物が、知らない間に男たちと逢瀬を繰り返すという異様なことが次々に起こります。ネットは便利ですが、恐ろしい一面もあると。ネット社会の隙間に潜む闇をえぐり出した作品です。
――ありそうな話だ
嘉門:私自身、ネット上でいろんなことを書かれ、私が知らない私が存在していて怖くなる時があります。それは人々が現実ではなくネット上の架空の世界や人物と暮らしているということではないでしょうか? 自身の価値観が破壊されているようなものでは、と感じていました。
――その延長線かもしれませんが、一部の週刊誌にAVデビューと書かれ、ネット上でも騒ぎになっている
嘉門:あの報道は間違いです。私は芸術作品として取り組んだのでビックリしました(笑い)。裸のシーンは見る人によっては過激と感じられるかもしれませんが…。
――本物の“AV”に出ることはない
嘉門:絶対にありませんよ(笑い)。
――以前、女優の三田佳子(72)の次男・高橋祐也と三田邸地下室で「薬物乱交パーティー」に参加したという報道もあった
嘉門:それも違います。パーティーなどしていません。ただ、偶然その家に訪れたことがあったみたいなんです。
――というと
嘉門:そのころ(テレビ東京系の)「BiKiNi」という番組に出演していて、収録の帰りに女の子たちで焼き肉などを食べて帰ったりしていたんです。その後、カラオケに行ったら終電を逃してしまって…。女の子の一人に「友達の友達の家が大きいから、始発まで居させてくれるみたい」と言われ、何人かで数時間いたところが三田さんのお宅だったようです。
――当時、否定のコメントは出さなかった
嘉門:いえ、実はすぐに否定しましたが、逆に騒がれてばかりで、かき消されていました。
――暴力団組長の情婦という報道は
嘉門:それも違います。愛人ではありません。あの時は私は、その問題とは別の事務所代表者の借金問題に巻き込まれていました。一緒に否定する方法を考える事務所もそのような状態で…そうこうしているうちに「違う」と否定する前に何度も何度も同じように言われ、ついに精神的にやられてしまい事務所も辞めました。辞める条件は何年か芸能活動をするなという不当なものでした。
――その後、芸能界に復帰した
嘉門:何年かたって、また活動を再開した時、事務所には「否定したい」と言ったんです。でも、「今からあなたを知る若い人たちは、そのことを知らない人もいるから。蒸し返さない方がいいんじゃないか?」と。ただ、今はちゃんと言わなければ、ネットに誤解された情報が流れ続けてしまう。しっかり違いますと言いたいんです。
――そんな苦しい体験が演技に生きることも
嘉門:今はそう思えるようになりました。1月に杉良太郎さんが座長のお芝居に出させていただき、「杉塾(杉良太郎演劇塾)」にも通わせてもらって演技を学んでいます。杉先生から『すべての経験と稽古で流した涙と汗が、血と骨になるから苦労は俳優にとってありがたいこと』と教えていただき、今までの苦労は無駄じゃないと思えるようになれました。素晴らしい先生との出会いで救われた思いです。
――今後はどういう役を演じていきたい
嘉門:純粋無垢な役を演じてみたいです。役によってまったく別人となるカメレオンのような女優になりたいです。
☆かもん・ようこ=1980年3月6日生まれ、石川県出身。96年グラビアアイドルとしてデビュー。翌97年度のフジテレビビジュアルクイーンに選ばれるなど、グラドルとして活躍。その後、交遊関係のスキャンダルが報道され、2001年出版の「月刊 嘉門洋子」で当時の心境を初告白。その後、本格的に女優業に移行するも、ネットでは「組長の愛人」説が流れ続けている。
【関連記事】