[東京 22日 ロイター] - 政府主導で編成され、産業革新機構などが参加した東芝(6502.T)のフラッシュメモリー事業の買収スキームには、日本の製造業が参加せず、日本国内において半導体事業の経営力と投資能力が著しく低下している実態を浮き彫りにした。
優先交渉先に選ばれた企業連合が、毎年3000億円規模を要するメモリー事業の投資負担に耐えられるかどうかも不透明だ。同事業の先行きには不安材料が山積している。
<懸案残る苦肉の日米韓連合>
米原子力事業の巨額損失により債務超過に陥る見通しの東芝は、メモリー事業を分社化し、過半の株式を売却することで、財務立て直しに必要な2兆円規模の資金調達を狙った。
しかし、「東芝メモリ」の新スポンサー探しは数カ月の迷走を続けた。事態が進展をみせたのは今月21日。東芝はようやく、政府系の産業革新機構と日本政策投資銀行、米投資ファンドのべインキャピタルで構成する買収連合を優先交渉先に選んだと発表した。
関係者によると、同連合の提案は、2兆円に上る出資額のうち、8500億円は米投資ファンドのべインキャピタルが拠出するが、その約半分の4000億円は韓国半導体大手SKハイニックス(000660.KS)がベインに融資をするという複雑な仕組みになっている。
寄り合い所帯とも言える苦肉の「日米韓連合」。そのスキームでは、どこが主導権を握って、競争し烈なメモリービジネスをけん引するのか、まだ明らかになっていない。
今回の入札に参加した陣営の関係者は、半導体業界で生き残る条件として、1)技術、2)資金、3)リーダーシップを挙げた。連合に加わる革新機構、政投銀、べインキャピタルの3者には半導体の技術や経営に関するノウハウがないうえに、ファンドや政府系金融機関という組織の性格上、リスクが伴う投資資金を負担する能力には限界がある。
確かに、東芝メモリと競合しているSKハイニックスにはフラッシュメモリ事業の技術やノウハウがあり、財務体質も良好で3条件を兼ね備えている。ただ、ハイニックス社は現時点では融資提供者という立場だ。将来、東芝メモリの経営に関与することが買収プランに含まれているとすれば、各国における独占禁止法上の審査が長期化するおそれもある。
その場合、来年3月末までに東芝に資金が入らず、今回の売却目的である債務超過の解消が実現しないという、最悪のシナリオに至る可能性も否定できない。
<幻想に終わった日本企業の出資>
この買収連合を背後から主導したのは経済産業省だった。革新機構などの日本勢が関与できる連合体を優先交渉先に選ぶよう、経産省は東芝に強く働きかけたと複数の関係者は指摘する。不安要素を抱えるスキームであっても、日本勢で唯一、半導体世界トップ10のランキングに顔出す東芝が守る孤塁を外国勢に奪われる事態は避けられる。経産省が東芝の背中を押した背景には、そうした強い意向がある。
しかし、同省の意向とは裏腹に、巨額の投資が伴い、市況変動も激しいメモリー事業に乗り出すような日本企業はついに現れなかった。
「日本のどこかの有力企業が参加するなら最も望ましいが、そうした企業が現れる話はちっとも聞かない」─。5月の大型連休明け、東芝メモリー事業の売却に関わった有力財界人の表情は渋かった。新たなスポンサーを確保すべく始まった入札には、米半導体大手ブロードコム(AVGO.O)や、台湾の鴻海精密工業(2317.TW)を中核とする企業連合が名乗り上げる一方、日本の製造業からの参加意向がほとんど聞かれなかったからだ。
1980年代後半には半導体の世界シェア50%超(米調査会社ガートナー調べ)を誇った「日の丸半導体」は2016年には11.3%(同)まで低下するなど、地盤低下が著しい。
経産省は、財界トップの協力を得ながら国内企業に東芝メモリー事業の買収に出資を呼びかけた。スマートフォンやサーバーなどの記録媒体に用いられるフラッシュメモリーを生産する三重県四日市市の東芝工場を、世界首位の韓国サムスン電子(005930.KS)追撃の拠点と位置づけ、橋頭堡をあくまで国内資本に留める狙いからだった。だが、手を挙げる国内企業はなく、経産省の意図も空振りに終わった。
不正会計問題の発覚を契機に経営危機に陥った東芝は昨年、優良子会社の東芝メディカルシステムズをキヤノン(7751.T)に売却した。同省幹部はその時点で、早晩、メモリー事業も売却に追い込まれると予想していたという。
「1年前には出資候補を必死になって考えたが、入札が始まってみたら、日本企業は1社もいない。いまさらどう掘り起こすのか。お手上げだ」。経産省幹部の嘆きには、世界の半導体競争に挑む日本企業の投資能力が知らぬ間に「蒸発」していた、という厳しい現実もみてとれる。
<半導体の重要性、欠如した日本の危機感>
元日立製作所(6501.T)専務で、同社技術部門のトップを務めた牧本次生氏(80)が、ロイターの取材に応じた。1996年の日米半導体協定終結交渉で日本側団長を務めるなどの要職を経験してきた牧本氏は、日本の半導体産業の最盛期と凋落を目の当たりにした。
牧本氏は、1)アナログからデジタル、2)国内からグローバル、3)総合電機の一部門から専業メーカー化、4)垂直統合モデルからファブレス・ファウンドリーによる水平分業化━といった、90年代から2000年代にかけて起きた業界のパラダイム・シフトに対応できなかったことを日本勢の弱体化の要因に挙げた。
「一国の盛衰は半導体にあり」という著書を持つ牧本氏は、「AIやIoT、ロボットなど、半導体の進歩なしにはあり得なかったことがどんどん実現している。半導体それ自体はそれほど大きなボリュームではないが、(社会や国に与える)インパクトは巨大な産業だ」と強調する。
そのうえで同氏は、「日本の半導体弱体化の根本原因は、その重要性が国全体で共有されていなかったことだ。政治家、官僚、メディア、一般庶民を含めてだ」と、危機感を欠く日本の現状に苦言を呈した。
*見出しを修正して再送します。
(浜田健太郎 編集:北松克朗)
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