弁護士三浦義隆のブログ

流山おおたかの森に事務所を構える弁護士三浦義隆のブログ。

性犯罪規定改正の要点 ~ 非親告罪化は被害者を救うか

今国会では重要な刑法改正案が成立した。*1

この改正は、性犯罪に関する複数の規定を大幅に改めるものだ。6月23日に公布され、7月13日に施行される予定。

共謀罪の影に隠れて、一般の方にはあまり注目されていないようだから、簡単に解説しておきたい。

今回の刑法改正で、特に重要なポイントは以下のとおり。

 

1. 強姦罪の罪名が「強制性交等罪」に変更された

以下に述べる規定内容の変更に対応して、従来の「強姦罪」の罪名が、「強制性交等罪」に変更された。

2. 強制性交等罪は肛門性交・口腔性交も対象

2-1. 改正前

強姦罪は暴行・脅迫を用いて陰茎を膣口に挿入することにより成立する罪であった。

→肛門性交や口腔性交を強要しても強制わいせつ罪にしかならなかった。

2-2.改正後

強制性交等罪は、暴行・脅迫を用いて肛門性交や口腔性交をすることによっても成立することとなった。

2-3.コメント

妥当な改正と思う。

肛門性交や口腔性交の強要も、性的自由の侵害の程度において、膣性交とそんなに大きな差があるとは思われない。

妊娠可能性の有無などの差異はあるが、そもそも日本の刑法は法定刑の幅が広く裁判官による量刑の自由度が高いから、そのへんは量刑事情として考慮すればよいのではないか。

3. 強制性交等罪は男性も被害者に含まれる

3-1. 改正前

強姦罪の客体は「女子」とされていた。

→女性が男性に対して陰茎と膣口による性交を強要しても、強制わいせつ罪にしかならなかった。

3-2. 改正後

強制性交等罪は客体を女性に限っていない。

→男性も被害者になりうることになった。

3-3. コメント

男女平等の観点から妥当な改正であろう。

4. 強姦罪改め強制性交等罪の厳罰化

4-1. 改正前

強姦罪の法定刑の下限は懲役3年

4-2. 改正後

  • 強制性交等罪の法定刑の下限は懲役5年
  • 上限は変更なし

→刑法上、執行猶予は3年以下の懲役・禁錮を言い渡す場合に限り付けることができる。

つまりこの改正により、強制性交等罪で執行猶予を付けることは原則的にできなくなった。(ただし酌量減軽した上で執行猶予とする余地はある。)

4-3. コメント

強盗罪の法定刑の下限は元々5年。

強盗との均衡を考えると、強制性交等罪(旧強姦罪)の法定刑の引き上げは妥当に思える。

しかし、この不均衡は強盗罪の法定刑が重すぎるせいと考えることもできる。

そうであれば、強姦罪を引き上げる方向でなく、強盗罪の法定刑を引き下げる方向で揃えるべきだったという考え方も成り立つだろう。

微妙なところだ。

5. 監護者わいせつ罪および監護者性交等罪の新設

18歳未満の児童を現に監護する者が、その影響力に乗じて児童にわいせつ行為や性交等をした場合に、強制わいせつ・強制性交等と同様に処罰する「監護者わいせつ罪」と「監護者性交等罪」が新設された。

6. 非親告罪化

6-1. 改正前

強制わいせつ罪、強姦罪等は親告罪だった。告訴がなければ起訴できなかった。

6-2.改正後

強制わいせつ罪、強制性交等罪は親告罪ではなくなり、告訴がなくても起訴できるようになった。

6-3.コメント

この非親告罪化は、今回の改正の中でも最も評価が難しい点だ。

まず、被疑者・被告人の利益という観点からは、告訴がなくても起訴される可能性が生じるのだから、不利益な改正なのは間違いない。

一方、被害者救済の観点から非親告罪化が有益なのかというと、一概にそうも言い切れないように思うのだ。

性犯罪に限らない一般的な話として、犯罪被害の民事的側面(主に損害賠償)は、かなりの確率で被害者の泣き寝入りに終わる。

加害者にお金がない場合が多いし、お金を払ってまで守りたい地位もない場合が多いからだ。

それでも、加害者が被疑者・被告人として刑事手続に乗っており、刑事弁護人がついている間は、まだ加害者側にも損害賠償をする動機がある。

被害弁償をすると不起訴にしてもらえたり、刑が軽くなったりする可能性があるからだ。

刑事弁護人は被疑者・被告人の刑事処分を少しでも軽くするのが仕事だから、刑事処分が済んでおらず刑事事件が手元にある間は、被害者との示談交渉も行う。その限りでは、民事の代理人としての仕事もするわけだ。

刑事処分が済むと、加害者にとってお金を払うメリットがなくなる上、間に入っていた弁護人までいなくなってしまう。その時点で損害賠償は、事実上絶望的になることが多い。

しかし、他人に損害を与えた以上、加害者は自分の損得など考えずに弁償すべきだ。弁償しないのは不当だ。許されない。

もちろんそうに決まっている。

ただ、現実にはそうなっておらず、加害者は自分の得にならない場合には損害賠償をしない傾向があるというのも確かなことだ。

ところで親告罪は、告訴が起訴の要件とされることから、いわば被疑者の生殺与奪を被害者が握ることになる犯罪類型だ。

しかも強制わいせつや強姦などの罪は、他の犯罪に比べると比較的、まともな社会的地位や収入がある被疑者・被告人が多い類型である。

従来、強制わいせつ罪や強姦罪等では、この「示談して告訴を取り下げてもらえば起訴されない」ということと、「被疑者に資力がある場合が比較的多い」ということが、被疑者が示談のため損害賠償をする強力なインセンティブになっていた。

 このインセンティブを敢えて弱めるのが、今回決まった非親告罪化である。

これが被害者救済につながるだろうか。

今のところ、私は疑問を持っている。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

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