委員会から 「フェイクニュース」どう検証
トランプ米大統領が都合の悪い報道をフェイクニュースと批判し、事実軽視を象徴するオルタナティブ・ファクトという言葉も生まれました。国内でも、安倍晋三首相は国会で野党の追及に対して丁寧に説明せず「印象操作」と断じ、政府が国民の目から情報を遠ざける姿勢も加速しています。大量の情報を権力者が恣意(しい)的に使う中、報道はどのように向き合えばいいのか、毎日新聞の「開かれた新聞委員会」の委員4人から意見をいただきました。(意見は東京本社発行の最終版に基づきました)
言葉の精査、必要 吉永みち子委員
アクセス数を稼ぐための事実無根のニュースをフェイクニュースだと思っている人も多い。フェイクとかポスト・トゥルースと英語で言われても、わかる人だけがわかるという状況で、読者が置き去りにされてはいないだろうか。その言葉が何を意味するのかの基本的な確認と共有が第一歩なのではないか。その上で、虚偽がまかり通り、客観的な事実が軽んじられる傾向の著しい今、正しく情報を判断するための個人の情報リテラシーが不可欠になる。
例えば、アメリカ大統領選ではフェイクニュースが大いに影響を与えたとされるのに、フランス大統領選では立て続けの攻撃をはね返してマクロン氏が当選したのはなぜだったのかを比較して検証するなど、実際の例から勉強できる記事はわかりやすく傾向と対策を勉強できる。
またクロスチェックなど内外のメディアがどんな取り組みをしているのかも知っておきたい。さらに情報を追跡できるトレーサビリティーの仕組みも安心のよりどころとしては重要ではないかと思う。
先ごろ、国連の特別報告者が、日本のメディアの独立性に懸念を示したが、日本政府はこれを不正確・不十分と突っぱねている。都合の悪いことは一切認めないという姿勢や、あからさまに情報が隠される日本の現実も、客観的な事実から国民を遠ざける大きな要素になっていくのではないかと案じられる。
発信を戦略的に 荻上チキ委員
フェイクニュース、ファクトチェックという言葉はなぜこれほど普及したのか。それは、「誤報」「デマ」「取材」という言葉だけではくくれないような議論が必要になったためだろう。
誰もが意見を表明でき、あっという間に集合を作り上げられるウェブ空間では、ニュースの消費が早まっている。人々がそれぞれに心地のよい情報を集めた意見は、ただ「それぞれの真実」にすぎない。扇動家がそうしたメディア環境を利用すれば、ポピュリズムが席巻する。フェイクニュース、オルタナティブ・ファクトという言葉の乱用は、その事態を象徴している。
日本でも政権が高い支持率を背景に、「丁寧な説明」を放棄する場面も続いた。そうした時にこそ、丁寧な検証が必要になるとの認識から、各メディアが新しい取り組みを始めつつある。
瞬発的なファストニュースからスローニュースへ。統計やアンケートなどに基づくデータジャーナリズムへ。専門知を丁寧に紹介するアカデミックジャーナリズムへ--。さまざまなスローガンのもと、新しい取材形式が模索されている。
発信手法も磨き直す必要がある。より読者に直接的に答えるアンサーコーナーや、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に適応した新聞社ならではの動画メディアの強化など、できることは山ほどある。紙だけにこだわらず、記事内容に応じたメディアを育ててほしい。
しっかり裏付けを 池上彰委員
去年のアメリカ大統領選挙や今年のドナルド・トランプ大統領の誕生の際、しばしば出てきたフェイクニュースという言葉。当初は対岸の火事のようにも思っていたのですが、日本にも飛び火していました。
加計学園をめぐる文部科学省内部の文書の存在を官房長官が「怪文書」扱いしたり、国会答弁で安倍晋三首相が自己への批判を「印象操作」と断定したりする。それこそ「印象操作」です。
これまでこうした政治家の発言についてメディアは“客観的”に報じるだけでした。しかし、発言内容が事実でないものをそのまま報じることは、メディアが「印象操作」に手を貸すことになる。その反省が、各社によるファクトチェックでしょう。
その点で毎日新聞による「アクセス」は意味のある試みです。ただし、読者にとって「アクセス」という企画タイトルはわかりにくいのではないでしょうか。たとえば「政治家の発言を校閲する」というようなタイトルなら意味がわかるのですが。
最近はネットを情報収集の主要手段にしている人も多いだけに、「ネットウオッチ」も大事な取り組みです。
ただ、間違いは間違いだと断定することが必要です。断定するにはしっかりとした裏付け取材が求められます。その努力に期待します。
権力の「うそ」迫れ 鈴木秀美委員
フェイクニュースといっても、政権による世論操作から、ネットで拡散されるうわさや虚偽情報など、その背景はさまざまだ。そうした中で、報道機関の最も重要な役割は、政権が公式・非公式に流す情報を精査し、真実を明らかにしていくことだ。
「加計」問題で、「総理のご意向」文書について、官房長官は「怪文書みたいな」と評した。しかし、もしこれが、上司への説明のため部下によって作成され、上司に示された資料だったとすれば、情報公開法上の「行政文書」である。怪文書だと一蹴した官房長官の対応を、公文書管理法の観点から批判した毎日6月1日付メディア欄の記事は的を射ていた。
そもそも、安倍政権では首相や閣僚の失言、放言、暴言、漢字の誤読が多すぎるし、質問に対する逃げの国会答弁も目立つ。政治家の発言の意味を掘り下げ、野党や国民への説明責任をいっこうに果たそうとしない「安倍政権のうそ」を追及する「アクセス」の企画には大いに期待している。
なお、ネットでは、ページビューを増やしてお金を稼ぐため、大げさな虚偽情報が流される。また、自分とは異なる立場の人を非難するため、根拠のない、悪意のこもったうわさが拡散される。こうしたタイプの虚偽情報の出どころや背景を分析する「ネットウオッチ」企画に、これまで以上に力を入れていってほしい。
真相の追及、紙でもネットでも 鯨岡秀紀・統合デジタル取材センター長
フェイクニュースやオルタナティブ・ファクトという言葉が注目される中、日本でも第2次安倍政権発足以降、政権に都合のいいデータだけを強調したり、質問に正面から答えずはぐらかしたりするような対応が目立っています。
このため、編集編成局の各部はファクトチェックを意識して報道にあたっています。日々のニュース報道はもちろん、メディア面や夕刊「特集ワイド」などのコーナーも含め、安保法制や特定秘密保護法、アベノミクスなどさまざまな問題で、事実やデータを積み上げて検証する記事を掲載してきました。
今春から始めた「アクセス」は、政治から芸能まであらゆる分野の旬の話題を掘り下げて報じるコーナーです。「森友学園」や「加計学園」問題は読者の関心が高いため、安倍首相ら要人の発言や政策をチェックする記事を出してきました。
同じく今春スタートの「ネットウオッチ」は、フェイクニュースが主要テーマの一つです。沖縄知事が長年苦しんでいる事実無根のうわさの出どころを追うなど、ネットに流れるさまざまな情報の真偽を検証する記事を掲載しています。
こうした取り組みを継続するとともに、紙とネット双方の特性を生かした新たな報道にも積極的に取り組んでいきます。
開かれた新聞委員会
2000年に発足した毎日新聞の第三者機関です。(1)報道された当事者からの人権侵害などの苦情に基づき、取材や報道内容、その後の対応をチェックし、見解を示し、読者に開示する(2)委員が報道に問題があると考えた場合、読者や当事者からの苦情の有無にかかわらず、意見を表明する(3)これからのメディアのあり方を展望しながらより良い報道を目指して提言する--の三つの役割を担っています。毎日新聞の記事だけでなく、毎日新聞ニュースサイトなどデジタル報道も対象です。
報道による人権侵害の苦情や意見などは、各部門のほか開かれた新聞委員会事務局(ファクス03・3212・0825、メールhirakare@mainichi.co.jp)でも受け付けます。
■ことば
情報リテラシー
体験やメディアを通して得られる情報が、必要かそうでないのかを取捨選択した上で、意思決定や表現をする能力。情報をなんでも正しいと思うのではなく、判断する力。
ファクトチェック
政治家らの言説の真偽や信ぴょう性を評価するジャーナリズムの手法。例えば選挙の候補者の演説に虚偽や誇張がないか評価し、有権者に客観的な判断材料を提供する。その際、検証対象の発言の出典にあたったり、専門家に取材したりして事実を確認する。グーグル社は検索の結果とニュースでコンテンツのファクトチェック表示を始めている。
クロスチェック
一つの事柄について、複数の資料を使って確認したり、やり方や観点を変えたりして、チェックすること。複数の人が確認するのはダブルチェックという。
ポスト・トゥルース
「脱」事実。客観的事実よりも感情や個人的な信念が優先され、世論が形成される風潮を言う。
オルタナティブ・ファクト
「もうひとつの」事実。トランプ政権の報道官が就任式の聴衆数を誇張し、「ウソだ」と追及されて、正当化するために使った言葉。
スローニュース
データ、調査、分析、専門家の知見により深掘りしたニュース。英BBCが、重視する姿勢を打ち出している。
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