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スライムの皮をかぶったドラゴン~最弱のフリして静かに生きたい 作者:三木なずな
12/12

ラジコンのシェスタ

 夜、試しにひなたぼっこスポットで月光を浴びてると、そこにヴァンパイアのヒメがやってきた。

「ヒメさん」
「ノンノンノン、ヒメさんじゃなくてちゃんとヒメって呼んで。呼ばないと……」
「ないと……?」
「リュウちゃんが実はメチャクチャ強いってばらしちゃうよ」
「おうジュースとかって来いよヒメ公!」

 ヤケくそに言ってみた。
 するとヒメは「はいはーい」と言ってピューンと走って行った。
 しばらくして戻ってきた、手に透明のグラスを持っている。

「はいジュース」
「本当にジュース持ってきたのかよ――ってぷーーーーー! これ血じゃねえか」
「ノンノンノン、トマトジュース、よん♪ ヴァンパイア的に」
「それは本当にトマトジュースを代用で飲むって話だろ! 血がトマトジュースって聞いたことがない」

 かるく口をつけて吹きだしたジュースをヒメにかえした。彼女はそれをごくごくごくと一気に飲み干した。
 口角から一筋、たらー、と鮮血がしたたり落ちる。
 月光に照らし出され、だいぶなまめかしく、色っぽかった。

「はあ美味しかった」
「そうかよ」
「でもさ、本当にもうばらしちゃった方が良くない? リュウがすごく強いってばらしても別にいいじゃん」
「やだよ、ものすごく面倒くさい事になるに決まってる」
「そんなに面倒臭い事がいやなの?」
「いやだね。すっごくいやだね」

 面倒な事にはもう金輪際巻き込まれたくないくらいいやだ。
 面倒ごとってのは力をもってるヤツのところに集まってくるもんだ。姿を見せるだけでそこが殺人現場になるような歩く死神なんかそのいちばんいい例だ。
 おれはそういう面倒ごとが嫌い、だから強さはゼッタイにばらしたくない。

「うふふーん」
「なんだよ」
「その面倒がりなリュウちゃんもすき」

 ヒメはおれの上に乗っかかってきた。
 ぬいぐるみかクッションにするかのように、乗ってきて、頬ずりをして、おれの上でごろごろした。
 押しのけるのも面倒だから、彼女を好きにさせた。

「ねえねえリュウ、ジュースのおかわりいる?」
「おれ飲んでないだろ!」

 おかわり以前の問題だ。

「じゃあ一人前ね」

 ヒメはパチン、と指を鳴らした。
 しばらくして、森の奥から人影が現われた。
 一瞬戦闘態勢に入りかけた、一箇所をのぞけば普通の人間だったからだ。

 そいつは頭の上にコウモリをのせていた。コウモリがまるでスライムかのように頭の上で丸まっている。
 そして男の目には精気がなかった、いかにも操られてるって感じだ。

「なんだそれは」
「ジュースサーバー」
「だからジュースじゃないだろ」
「こうしてね――」

 ヒメはそう言ってグラスを差し出す。
 操られた男は手前までやってきて、手を出して自ら手首をきった。
 血がドクドクと出て、グラスに注がれる。
 満杯になったそれを、ヒメはゴクゴクと飲み干した。

「ぷはあ」
「ビールかよ」
「月を眺めながらの一杯は最高だね!」
「妙に風流だな」

 ヒメはまたパチンと指を鳴らすと、操られた男はふらふらと森の中に消えて行った。

「操ってるのか」
「うん、侵入してきた勇者をストックしてるの」
「操ってるのは……あのコウモリか?」
「そ、あたしの眷属で。便利でしょ」
「……」

 確かに便利そうだ。
 ヴァンパイアは全てじゃないが、大抵が怠惰的なイメージがある。
 今のように、眷属に全てやらせて自分は何もしないのが一般的なヴァンパイアだ。

「なあヒメ、あれをおしえてくれないか?」

 ヒメの眷属、それはものすごく使えそうだとおれは思った。

「でもあれ、ヴァンパイアの固有スキルだよ?」
「やり方だけでも教えてくれ」
「うーん。まいっか♪」

 ヒメは深く考えこむことなく、おれにやり方とコツを教えてくれたのだった。

     ☆

 次の日、ディープフォレスト東部。
 最弱の森に珍しく手ごわい勇者が侵入してきた。

 迎撃に出たモンスターたちが次々とやられたり敗走したりしてくる。

「なあリュウ、どうすんだよこれ」
「リリこわい……先頭に出てきてる鞭の女の人こわい……」
「あれって女王様なんだろ?」
「えええええ!? 勇者なのに女王様なの!?」

 いやそういう女王様って意味じゃないと思う。
 それはともかく、まいったな。

 おれ達ドラゴンナイトも同じように敗走してきた。
 二人とパーティーを組んでる時は意識して強さを抑えてるから、今日の勇者たちにはかなわなかった。
 強さのランクが高すぎてぱっと倒す訳には行かなかったから、テリーとリリを守って敗走してきた。守るだけなら余裕だ、まわりにもはいそうしてるモンスターがいるから、運良くケガをほとんどしなかったように見せかけて逃げてきた。

 それがあまりよくなかった。

「なあ、もう一回行こうぜ」
「は?」
「おれたちけがしてねえしよ、こう言う時こそドラゴンナイトの見せつけて、有名になるチャンスじゃねえか」
「でも女王様こわいよ」
「うっ、あ、あれは確かにこわいけど」

 テリーも一瞬たじろいだが、すぐにまた強気に戻った。

「やっぱりここは頑張る時だって」
「うーん、それもそうね」

 いやいや、頑張らなくていいから、ここは普通に逃げてイイから。
 どうにか理由をつけて二人を止めようとしていたら。

「こら!!! ガキどもすっこでろい!」

 背後――森の奥から聞き慣れた声がした。
 ふりむくとそこに巨大なネズミ、シェスタがいた。

「「シェスタさん!」」

「あ、あんたがあのビッグマウスのシェスタか」

 敗走してきたモンスターの一体、大芋虫がシェスタを尊敬の眼差しで見た。

「おう! このおれ様がきたからもう大丈夫だ。お前らはとっとと逃げろ」
「はい!」

「なあなあシェスタさん、おれ達も連れてってくれよ」
「うん! リリ、シェスタさんの戦ってるところみたい」
「だめだだめだ! ここから先は危険な戦闘になる、ガキはすっこでろい!」
「うぅ……」
「でもぉ……」
「二人ともシェスタさんの言うとおりだ。ほら、森の奥に一旦避難しようぜ」

 不承不承なふたりを説得して、森の奥に引っ込ませようとしたが。

「いたぞ」
「うふふふふ……こーんなにモンスターたちが。よりどりみどりだねえ」

 勇者が先に襲ってきた。
 鞭を持ったボンデージ女を先頭に次々とやってくる。

「よくもやってくれたな、だがこのビッグマウスのシェスタがきたからには――」

 前に進み出るシェスタ。
 鞭一閃。
 生きてる蛇の様にしなる鞭がシェスタの頭にクリーンヒットして、大ネズミは吹っ飛ばされてしまった。

「「「シェスタさん!!!」」」

 モンスターたちは一斉にシェスタの名前を叫んだ。
 吹っ飛ばされて木に背中をぶつけたシェスタは目を回している。一発でノックアウトだ。

 これは都合がいい!

 おれは(スライム)の一部をちぎって、シェスタに投げつけた。
 途中で透明の魔法をかけたスライムの一部はシェスタの横っ面に当たって、一度真上に跳ね返ってからズポッ、って感じで頭のてっぺんに収まった。

 魔力を送る、昨日の夜教わったコツでシェスタの体を操作する。
 まるでゴーレムの体の中に乗り込んで、それを操縦するかのような感覚で。

「へえ、あの一撃で倒したと思ったんだけど。意外と骨があるじゃないか」
「……」
「でも、これまでだよ!」

 女は更に鞭を放った。

「なにっ!」

 シェスタを操作して、しなる鞭を紙一重でかわした。

「た、たまたまさ。これならどうだい!」

 更に鞭を振るう。
 もともと早かったむちが更に速度をあげ、先端がビュンビュンとうなりを上げて三つに分身して見えた。

 シェスタを操作、武闘家のごとく全部見きってよける。
 そして反撃。猛然とふみこんで女の懐に潜りこんだ。
 そこからの回し蹴り、短い足を遠心力たっぷり乗せてケリいれた。
 女がふっとぶ、ぶっとい木を二本へし折ってようやく勢いが止まる。

 これなら……いける。
 おれはシェスタを操作し、勇者どもを蹴散らした。
 迎撃したモンスターをことごとく敗走させたほど強い勇者を、シェスタの体を操作して撃退した。

 倒れるものがたおれ、にげるものがにげていった――全滅した後。
 おれはカツ(、、)をいれつつ、シェスタの体の操縦をやめた。

 それとほぼ同時に、テリーとリリ、そして騒ぎをきいて戻ってきた他のモンスターがよっていった。

「すごい、さすがシェスタさんだ」
「一人で勇者どもを蹴散らすなんて」
「ビッグマウスのシェスタは伊達じゃないっすね!」
「え? ええ?」

 シェスタからすれば、気を失ったあと、気づいたらいきなり囲まれて褒め称えられてるので意味不明な状況なんだろうが。

「……ふ、ま、ざっとこんなもんだ」

 かれはまったく気にすることなく、すぐに大いばりしだした。

「あーはっはっはっは」

 モンスターたちに囲まれ、持ち上げられるシェスタは得意げに高笑いを続けて。
 おれは、ヒメの技をマスターして、強さを隠して面倒回避できたことに満足したのだった。

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