総合展示室および企画展示室で特別展示される主な資料です。貴重な原品は長期間の展示に耐えられないため、期間限定で展示されます。この機会をお見逃しなく!
(予告なく変更されることがあります。)

このページの目次
第2展示室 第3展示室 第4展示室

第2展示室

「王朝文化」-王朝貴族の服装
2017年6月6日から夏服に衣替えしました。

王朝文化 終了予定日:2017年7月23日(日)

名称・説明 時代 数量
解深密教 巻第五 本館蔵
天平勝宝元年10月21日に観法が瑜行以下21人の結縁者を集めて書写した経典。白書の仮名・乎己止点(第四群点)は9世紀中頃のものであるが、保存もよく、訓点資料として重要である。
天平勝宝元年(749) 1巻
【重要文化財】 伊勢物語(伝為氏筆本) 本館蔵
在原業平ほかの歌をもとに作られた歌物語。10世紀前期頃に成立したもので、平安時代仮名文学の代表作の一つ。本書は顕昭校合本系のいわゆる広本に属し、文中には諸書と照合した結果の書き入れが多く見られる。
13世紀 1冊
源氏物語 桐壷 本館蔵
伏見宮邦高親王・近衛政家・一条冬良ら、公家や僧侶が54帖を各帖ごとに分担して書写したもの。冬良が統轄者で、各帖に冬良自身の奥書がある。本文は『源氏物語』の中でも河内本系に属する。
長享2年(1488) 1冊

印刷文化 終了予定日:2017年7月2日(日)

名称・説明 時代 数量
【国宝】 宋版史記 黄善夫刊本 第八五冊 本館蔵
史記集解・索隠・正義の三注合刻本で、全130巻完存した現存最古本。「建安黄善夫刊/ 于家塾之敬室」の刊記があり、建安(現在福建省)で刊行。直江兼続・上杉藩校興譲館伝来。
南宋慶元年間
(1195~1201)刊か
1冊
【重要文化財】 宋版備急千金要方(びきゅうせんきんようほう) (金沢文庫本) 巻第六上 本館蔵
唐代に成立した医書。本書の開版は南宋の孝宗〈1163~1190〉頃のことと推定される。 13世紀初期のものと考えられる。金沢文庫の黒印が押されている。
南宋・12世紀後期刊 1冊
新刊五百家嘉慶註音弁唐柳先生文集 五山版 巻第七 本館蔵
刊記に見える兪良甫は、明国福建仁徳里台諫坊の住人であったが、わが国に渡来し、京都に住んで、五山版の刊行に携わった。彼の他にも明の刻工が来朝しているが、その活躍を示すものである。
歳次丁卯仲秋福建兪良甫刊記
嘉慶元年(1387)刊
1冊
版本法華疏記(ほっけしょき) 叡山本 巻第四末 本館蔵
本書は、法印権大僧都承詮が願主となり、弘安5(1282)年~永仁4(1296)年頃にかけて、開版したもの。叡山版は、南都版や高野版に比して遺品が少なく貴重。版下筆者に宋人了一の名が見える。
鎌倉時代
弘安5(1282)年~
永仁4(1296)年頃刊記
1冊
版本群書治要 古活字版(銅活字)駿河版 第二冊
徳川家康は、伏見(京都市)で木活字を彫らせ、駿府(静岡市)に退いた後は銅活字を鋳造させて出版を行った。いわゆる伏見版、駿河版である。朝鮮印刷術に習った銅活字印刷では、文字の輪郭が鮮やか。この銅活字は現存している。
元和2(1616)年刊 1冊
版本大学衍義 朝鮮活字版 第一 本館蔵
本書は、朝鮮で宣徳9年(1434・甲寅年)に鋳造された銅活字「甲寅字」によって印刷されている。その文字・印刷は美しく、朝鮮における銅活字印刷技術の水準の高さをよく示している。
16世紀 1冊
版本貞観政要 巻第五 本館蔵
関ヶ原合戦直前の慶長5年2月、西笑承兌が徳川家康の命により刊行した旨の刊記がある。ここには家康が、秀吉の遺命により秀頼をよく輔佐していることを讃えているのが注目される。
慶長5年(1600)刊 1冊
版本源氏物語 古活字版 巻第二 絵合 本館蔵
源氏物語の最古の版本として著名。標題は光悦風の書で、いわゆる嵯峨本の一つとされている。刊記はないが、慶長年間(1596~1614年)頃に木活字をもって印刷されたものである。
17世紀初期 1冊
版本太平記 巻第二十三・二十四 本館蔵
太平記は古活字版の国文学書の中でも最も早く開版され、重版も多い。本書も刊記には「慶長十五年(1610)」とあるが、開版時の刊記を継承した元和~寛永ころの重版と推定される。
17世紀前期 1冊

大名と一揆 終了予定日:2017年8月6日(日)

名称・説明 時代 数量
雑々古文書(ぞうぞうこもんじょ) 第3巻第10・11通目 本館蔵

京都の収集家田中教忠が集めた土地売券類の巻物。

右の文書は、竹田秀元(たけだひでもと)が上久世庄(かみくぜのしょう)公文職(くもんしき)に任命された文書(御下文(おんくだしぶみ))など三通の文書を、秀元の子と見られる光元(みつもと)が売却したもの。文書の売券は珍しく、文書の価格がうかがえて興味深い。一方、左の文書は、声阿弥(しょうあみ)が了正(りょうしょう)の菩提を弔うために畠地を俊庵主(しゅんあんしゅ)に寄進したもの。

竹田光元文書売券 (たけだみつもともんじょばいけん)
写真 釈文(読み)
声阿弥畠地寄進状 (しょうあみはたちきしんじょう)
写真 釈文(読み)

平安~室町時代 1幅
越前島津家文書 第1巻第1通目(将軍家政所下文) 本館蔵

越前島津家は薩摩(さつま)島津氏の同族で、鎌倉初期に越前守護代(しゅごだい)となったことが家名の由来だが、実際は播磨国(はりまのくに)の武士であった。江戸時代、その中世文書群は薩摩島津氏の分家である重富(しげとみ)島津家に伝えられた。

この文書は、将軍家政所別当(しょうぐんけまんどころべっとう)北条貞時(ほうじょうさだとき)らが、将軍久明(ひさあき)親王の命令を受けて、惟宗行景(これむねのゆきかげ)の播磨国(はりまのくに)下揖保荘(しもいぼのしょう)半分地頭職(はんぶんじとうしき)について、父忠行(ただゆき)の譲状(ゆずりじょう)通りに安堵(あんど)することを通知したもの。

写真(Webギャラリー) 釈文(読み)

正応4(1291)年 1幅

大航海時代のなかの日本 終了予定日:2017年7月2日(日)

名称・説明 時代 数量
黒韋肩裾取威腹巻 本館蔵 15世紀末~16世紀 1領
紙本著色南蛮人来朝図屏風 右隻 17世紀 1隻

大航海時代のなかの日本 終了予定日:2017年10月1日(日)

名称・説明 時代 数量
横矧二枚胴具足 本館蔵 17世紀 1領

第3展示室

国際社会の中の近世日本 終了予定日:2017年7月2日(日)

名称・説明 時代 数量
アツシ

オヒョウなどの樹皮繊維でつくられた織物および服飾のこと。アイヌの人びとの自家用のほか、和人との交易品としても生産された。和人社会では、漁場労働や海上運輸の作業着として好まれた。また、歌舞伎衣裳として錦絵に描かれ、広く珍重されていた様子がうかがえる。

19~20世紀

1点

国際社会の中の近世日本 終了予定日:2017年8月6日(日)

名称・説明 時代 数量
シャルルⅦ世肖像図蒔絵プラケット 本館蔵 江戸時代 1点

国際社会の中の近世日本 終了予定日:2017年9月24日(日)

名称・説明 時代 数量
ニンカリ(耳環)

アイヌの耳環は耳たぶに穴を開けて装着するピアスタイプのものを用いている。銀製のものや、錫、鉛などの金属を主として、下辺部にガラス玉や金属、絹片などの装飾をつける。金属部分は日本製のものが多い。

 

1点
トゥキイクパスイ

アイヌの祭具のうち、酒に関わるものは漆器が多い。特に漆椀(トゥキ)を天目台に載せて用いる方式はアイヌ独特のものである。儀礼のときはトゥキに酒を注ぎ、その口縁に横たえた酒へら(イクパスイ)を手に取り、その先端を酒に浸して、神に酒を捧げる。

 

1点
行器(シントコ)/片口

日本製の漆器。アイヌ語でシントコといい、酒つくりや儀礼用の酒器として利用する。イオマンテ(熊送り)などの宗教儀礼のときはこれにイナウキケ(削りかけ)を巻きつけて、荘重に飾った祭具とする。

 

1点

国際社会の中の近世日本 終了予定日:未定

名称・説明 時代 数量
御免国々御馳走方并曲馬図 本館蔵

通信使来日のたびに製作されたガイドブックの一つ。馳走役(道中案内・世話)の大名の書き上げ、通信使を護衛する対馬藩主の行列、見物人に人気絶大の朝鮮曲馬芸などが描かれる。巻末に1607(慶長12)年以降の通信使略年譜、日朝関係史の概略などがある。

宝暦13(1763)年 1点
三線(南風原型) 本館蔵

琉球で三線が演奏されるようになったのは16世紀のことと考えられている。私的な場だけでなく、冊封使の歓待や江戸参府のときの芸能として公式の場で演奏された。演奏するのは士族の男性。琉球にはいないインドニシキヘビの皮が胴に張られる。

現代 1点

都市の時代 終了予定日:2017年7月2日(日)

名称・説明 時代 数量
紫絽地流水楓藤模様染縫小袖 本館蔵 明治時代
(19~20世紀)
1領
白縮緬地源氏車藤葵模様染縫小袖 本館蔵 江戸時代後期
(19世紀)
1領
縹麻地菊梅小紋帷子 本館蔵 幕末から明治 1領

ひとともののながれ 終了予定日:2017年7月23日(日)

名称・説明 時代 数量
虎勢道中記 弐 本館蔵 (毎月捲替) 19世紀 1冊

ひとともののながれ 終了予定日:未定

名称・説明 時代 数量
東海道五十三画巻 下巻 本館蔵(毎月捲替) 江戸時代 1巻

村から見える近代 終了予定日:2017年7月23日(日)

名称・説明 時代 数量
聆涛閣集古帖(大仏開眼と唐紙) 本館蔵 18~19世紀 1冊
彦蔵自伝挿絵原画 母の葬式(彩色) 本館蔵 19世紀 1点

村から見える近代 終了予定日:未定

名称・説明 時代 数量
画本虫撰 本館蔵 天明8(1788)年 1冊
那須国造碑・蛇田碑に付屋代弘賢書状 本館蔵

当時の古代研究者は屋代弘賢にしろ篤胤にしろ、古代の碑文に対し深い関心を寄せていた。弘賢は篤胤に、享和元年に石巻の蛇田郷禅昌寺古墳から発掘された「霊蛇田道公碑」は偽作であると、この書状で伝えている。

19世紀 1冊
「古今要覧」の原稿執筆依頼の付屋代弘賢書状 本館蔵

「古今要覧」は、様々な事項を神祗・天文など18に分類し、起源・沿革を考証したもの。幕府右筆で考証学者の弘賢が中心となり、文政4(1821)年から22年かけて編纂したが、未完。弘賢は篤胤の古代研究を評価して原稿を依頼し、篤胤は「器財部」に「度(ものさし)」の原稿を寄せた。

19世紀 1冊
穂井田忠友を励ます篤胤書状 本館蔵

1824(文政7)年1月のもの。差出の控えである。前年在京中に忠友に会った篤胤は、彼に地理学博士になるようにはげましている。また、六人部是香立入大和守の噂も面白い。篤胤は往復路とも、三河国藤川駅で忠友の父と会っているが、その褒め様も絶妙のものがある。

1824(文政7)年 1冊

絵図・地図にみる近世 終了予定日:2017年7月18日(月祝)

名称・説明 時代 数量
南瞻部洲万国掌菓之図 本館蔵

南アメリカやヨーロッパの記載など、新しい地理的知識が加えられたために、仏教で伝統的に考えられてきた左右対称の構図は崩れている。「拂菻(東ローマ帝国)」は、アフリカと混同されたためか、ヨーロッパ南方の島として描かれる。刊行図であるため広く普及し、後世への影響も大きい。

宝永7(1710)年 1点
万国掌菓之図 本館蔵

「南瞻部洲万国掌菓之図」の刊行後、それをもとにした庶民向けの簡略な図が多数出版される。本図もそのひとつで、題名を簡略にしてふりがなをつけ、文章や地名も和文・かな表記になっている。大きさもおよそ四分の一になり、扱いやすくなった。このような図は幕末まで作られ、庶民の間で普及した。

近世後期 1点
地球一覧図 本館蔵

基本的には万国総図・マテオ=リッチ系世界図であるが、天竺(インド)が過大に描かれ、仏教的要素もみられる。また、その系統の世界図としては南方の「墨瓦蠟泥加」大陸の形態が特異であり、万国総図・マテオ=リッチ系世界図と仏教系世界図の融合した事例といえる。作者は三橋釣客。

天明3(1783)年 1点

絵図・地図にみる近世 終了予定日:未定

名称・説明 時代 数量
輯製二十万分之一図(しゅうせいにじゅうまんぶんのいちず)(松江) 本館蔵

近代地図の整備を急いだ明治政府は、伊能図中図(いのうずちゅうず)を骨格として輯製二十万分之一図を緊急に作製した。のちに正式測量の図から編集される二十万分之一帝国図(にじゅうまんぶんのいちていこくず)が全国すべてこれに置き換わる昭和初期まで、伊能図はこの図を通じて使用されていたことになる。

明治21(1888)年 1点
シーボルト日本図 本館蔵

出島オランダ商館医師のシーボルトが、高橋景保(かげやす)から入手した伊能図(いのうず)を持って帰国しようとしたが幕府に発覚。伊能図は押収され、景保は死罪となる。シーボルトも海外追放となるが、密かに写した図を持ち出し、本図を作製した。ヨーロッパの日本認識に大きな影響を与えた。

1840年 1点