ピッチのズレ具合
以前にピッチ調整について書いたところ(ピッチ調整)、意外やこれが好評で、いろんな方からあの記事は面白かったと言われた。あれは横浜在住の齢60歳認知症cinnamonのジジイが、自分の頭が狂っているのをピッチが狂っていると勘違いしている、その話を書くための布石でもあったわけだが、いずれにせよピッチ調整が一筋縄ではいかないという点をご理解していただけたら嬉しい。
りっきーなど知ったかぶりのエセマニアどもは、他の人が書いていたことを、さも自分が発見したかのように受け売りで偉そうに流用しており、私はそういう連中が大嫌いである。ツェッペリンの世界でも、ブートポイズニングに書いてあることを受け売りして「あれはピッチが○○%早いんだよね~」と、自分で計測したわけでもないのに、自慢げに書く奴がいる。
繰り返すが、ピッチというのは何パーセントは早い、遅いといった、単純なものではない。同じテープの中でピッチが上下するのはもちろん、完璧にプラマイゼロにするのは不可能と言ってよい。だからブログやツイッターなどで、「ピッチが○○パーセント狂っている」と書いている奴がいたら、自分で計測したことのないエセマニアだと思って間違いない。
さて、事務所を整理していたらWendyの929の元テープのピッチ調整をメモした紙が出てきたので、それを特別に公開しようと思う。

この表の中の「TK」とはトラックの略である。3本のテープに分割して収録されていたのだが、例えば1本目のテープは15のトラックにわけられている。これは曲によるトラックわけではなく、あくまでピッチを基準とした分割なので、曲数と合っていないのは当然であるし、1曲が違うトラックにまたがっている場合もある。
見ればわかると思うが、同じ1本のテープの中で、これだけピッチが上下しているのである。1本目のテープで言えば、+1.2から-10.8まで、実に12%の開きがある。1本目のテープは最初早くて後ろに行くほど遅くなっている。ところが2本目のテープは最初遅くて、徐々に早くなっているのがわかる。このように、テープによって状況が全く異なるのである。
そして表にある通り、Wendyでは、0.1%単位でピッチをなるべく正確に近くなるよう調整している。0.1%の違いなど人間の耳では聴き分けられないのだが、それでも、ここまで拘って作られているのである。ちなみに「?」となっているのは、音楽要素がなく歓声のみといったピッチが取れない部分である。
どうよ。上の表のようなテープを聴いて、ピッチが何パーセント早いとか遅いとか言えるわけがないじゃないか。そういうことを言う奴は受け売りの素人であろう。この点を意識して、また改めてWendyの929と他レーベルのタイトルを聴き比べてもらえると、違った側面が見えてくるのではないか。
りっきーなど知ったかぶりのエセマニアどもは、他の人が書いていたことを、さも自分が発見したかのように受け売りで偉そうに流用しており、私はそういう連中が大嫌いである。ツェッペリンの世界でも、ブートポイズニングに書いてあることを受け売りして「あれはピッチが○○%早いんだよね~」と、自分で計測したわけでもないのに、自慢げに書く奴がいる。
繰り返すが、ピッチというのは何パーセントは早い、遅いといった、単純なものではない。同じテープの中でピッチが上下するのはもちろん、完璧にプラマイゼロにするのは不可能と言ってよい。だからブログやツイッターなどで、「ピッチが○○パーセント狂っている」と書いている奴がいたら、自分で計測したことのないエセマニアだと思って間違いない。
さて、事務所を整理していたらWendyの929の元テープのピッチ調整をメモした紙が出てきたので、それを特別に公開しようと思う。
この表の中の「TK」とはトラックの略である。3本のテープに分割して収録されていたのだが、例えば1本目のテープは15のトラックにわけられている。これは曲によるトラックわけではなく、あくまでピッチを基準とした分割なので、曲数と合っていないのは当然であるし、1曲が違うトラックにまたがっている場合もある。
見ればわかると思うが、同じ1本のテープの中で、これだけピッチが上下しているのである。1本目のテープで言えば、+1.2から-10.8まで、実に12%の開きがある。1本目のテープは最初早くて後ろに行くほど遅くなっている。ところが2本目のテープは最初遅くて、徐々に早くなっているのがわかる。このように、テープによって状況が全く異なるのである。
そして表にある通り、Wendyでは、0.1%単位でピッチをなるべく正確に近くなるよう調整している。0.1%の違いなど人間の耳では聴き分けられないのだが、それでも、ここまで拘って作られているのである。ちなみに「?」となっているのは、音楽要素がなく歓声のみといったピッチが取れない部分である。
どうよ。上の表のようなテープを聴いて、ピッチが何パーセント早いとか遅いとか言えるわけがないじゃないか。そういうことを言う奴は受け売りの素人であろう。この点を意識して、また改めてWendyの929と他レーベルのタイトルを聴き比べてもらえると、違った側面が見えてくるのではないか。
Category: ブート
よーよーよー
大学時代、伊藤くんという友人がいた。
田舎の名士の家に生まれて育ちがいいはずだが、
語尾に「よー」をつける癖があった。
「あのよー」
「だからよー」
「そうなんだよー」
初対面の人には柄が悪いと思われるところだろうが、
そこは伊藤くんの何とも言えない笑顔でイヤミに聞こえないのは、
やはり生まれの品の良さがあるからだろう。
同じ同級生で、韓国からの留学生で魏(ウィ)さんという人がいた。
日本語はまだ勉強中で、私が友人に宛ててメモを書いていたら、
「いいな~日本語がスラスラ書けて」と褒められた。
そりゃそうだ。アメリカでは小さな子供ですら英語しゃべれるくらいだから。
その魏さん、真面目な顔で私に質問してくる。
「ねえ、伊藤くんは言葉の最後に『よー』とつけるけど、あれはどういう意味なの?」
すると同級生の女の子が横から割り込んできて、
「あれは汚い言葉だから魏さんは真似しちゃダメよ」と注意した。
「相手を不快にさせる場合もあるからね」
すると魏さん、面白いことを言う。
「韓国語だと最後に『ヨ』をつけるのは丁寧な言い方だから、
てっきり、伊藤くんは丁寧にしゃべっているのかと思ってた」
なるほど、韓国語では電話に出る時に「ヨボセヨ」、挨拶は「アニョハセヨ」、
全部、これ、丁寧な言い方だったんだと思ったよ。
リンゴがかつて日本メディアのインタビュアーに、
「僕の名前は今でも日本ではAPPLEの意味なの?」と聞いていた。
同じ発音でも言語によって意味が異なる。
当たり前のことだが、面白い。
田舎の名士の家に生まれて育ちがいいはずだが、
語尾に「よー」をつける癖があった。
「あのよー」
「だからよー」
「そうなんだよー」
初対面の人には柄が悪いと思われるところだろうが、
そこは伊藤くんの何とも言えない笑顔でイヤミに聞こえないのは、
やはり生まれの品の良さがあるからだろう。
同じ同級生で、韓国からの留学生で魏(ウィ)さんという人がいた。
日本語はまだ勉強中で、私が友人に宛ててメモを書いていたら、
「いいな~日本語がスラスラ書けて」と褒められた。
そりゃそうだ。アメリカでは小さな子供ですら英語しゃべれるくらいだから。
その魏さん、真面目な顔で私に質問してくる。
「ねえ、伊藤くんは言葉の最後に『よー』とつけるけど、あれはどういう意味なの?」
すると同級生の女の子が横から割り込んできて、
「あれは汚い言葉だから魏さんは真似しちゃダメよ」と注意した。
「相手を不快にさせる場合もあるからね」
すると魏さん、面白いことを言う。
「韓国語だと最後に『ヨ』をつけるのは丁寧な言い方だから、
てっきり、伊藤くんは丁寧にしゃべっているのかと思ってた」
なるほど、韓国語では電話に出る時に「ヨボセヨ」、挨拶は「アニョハセヨ」、
全部、これ、丁寧な言い方だったんだと思ったよ。
リンゴがかつて日本メディアのインタビュアーに、
「僕の名前は今でも日本ではAPPLEの意味なの?」と聞いていた。
同じ発音でも言語によって意味が異なる。
当たり前のことだが、面白い。
Category: ブログ
レーザーターンテーブル
レコード屋さんの店主と話をすると、ちょうど昭和46年から昭和48年あたりの団塊ジュニア世代が、レコードからCDへの過渡期にあたるそうだ。私が初めてCDを見たとき、レコードに比べ、なんて早く回転するのだろうというのが第一印象だった。街にはレンタルレコードがあり、ポツポツとCDのレンタルに移行していた。CDプレイヤーがまだ普及し始めの頃だったので、ポータブルのCDプレイヤーまで一緒に貸し出していた。
CDになって収録時間が伸びた事から、ポールマッカートニーの「PRESS TO PLAY」はレコードより3曲多く収録されていた。一方でレコードでは2枚組だった「ALL THE BEST」が、CDでは1枚に収録するため曲が減っているなど、過渡期ならではの現象もあった。アーティスト側は、アルバムがレコードではなくCD単位になると、80分弱という、従来ならば2枚組の楽曲が必要となった。そんな中でボブディランが平気で40分程度のアルバムをCDでリリースしていたのは流石と言うか。
CDになって変化があったとしたら、A面B面という概念がなくなった事だろう。作り手はA面最後の曲、B面最初の曲ということを意識していたと思うが、CD時代になってそれがなくなってしまった。『ABBEY ROAD』は重苦しい「I WANT YOU」が終わって、ひっくり返して針を落としたら、爽やかなチャララランが鳴るのが良いところだったが、CDになると連続して再生されてしまい、いささか興ざめである。
余談になるが、中学生の頃、『ABBEY ROAD』をカセットテープに録音しようと思ったら、46分テープだとA面が途中で切れてしまう。仕方ないから54分テープに再度録音し直したのだが、A面最後は「I WANT YOU」である。どうせ最後がブツ切れで終わる曲だから、これなら46分テープでもいいんじゃないかと思った。
そしてCDの登場に触発され、慌てて開発されたのが、レコードを針ではなくレーザーで読み取るレーザーターンテーブルである。CDが登場する前に発売されていたら売れただろうが、時既に遅し。現在も受注生産のような形で販売されているが、値段は高価で、一部の好事家が愛用しているに過ぎない。それでも盤を劣化させない非接触のプレイヤーは魅力的で、おそらくSPレコードのコレクターは必携であろう。そして私もアナログ盤起こしはレーザーターンテーブルを使っている。
聴いたことがない人にとっては、レコードをレーザーで読み取る、さぞやキレイな音が出るだろうと想像するかもしれない。しかし話はそう簡単ではない。確かに非接触のレーザーで盤を読み取るのだが、感度が良いため、レコードについた傷、埃、その他音楽以外の要素もバッチリ読み取り、あろうことか針音(のようなもの)まで読み取ってしまうのだ。物理的にCDのようなノイズレスで再生というのは不可能、それどころか、針だと聴き逃すようなノイズも再生されてしまう。だから再生する前にレコードをピカピカに手入れして、付着した埃を取り除かねばならない。それでも、例えばレコードで針飛びが生じる箇所は、レーザーでも同じように飛んでしまうから面白い。当たり前だが、レーザーで読み取るため、カラー盤は再生できない。
CDが普及した背景には、音質よりも、このような手入れの煩わしさが不要なことを利点として挙げる人が多かった。一度進んだテクノロジーは、後戻りはできないのである。それはあたかも核を手にした人類が、核なき世界に戻れないのと類似している。そして今、CDも時代遅れのものとなりつつある。核兵器が世界から無くなる時代は必ずくる。それは核兵器よりも優れた兵器が開発された時である。
CDになって収録時間が伸びた事から、ポールマッカートニーの「PRESS TO PLAY」はレコードより3曲多く収録されていた。一方でレコードでは2枚組だった「ALL THE BEST」が、CDでは1枚に収録するため曲が減っているなど、過渡期ならではの現象もあった。アーティスト側は、アルバムがレコードではなくCD単位になると、80分弱という、従来ならば2枚組の楽曲が必要となった。そんな中でボブディランが平気で40分程度のアルバムをCDでリリースしていたのは流石と言うか。
CDになって変化があったとしたら、A面B面という概念がなくなった事だろう。作り手はA面最後の曲、B面最初の曲ということを意識していたと思うが、CD時代になってそれがなくなってしまった。『ABBEY ROAD』は重苦しい「I WANT YOU」が終わって、ひっくり返して針を落としたら、爽やかなチャララランが鳴るのが良いところだったが、CDになると連続して再生されてしまい、いささか興ざめである。
余談になるが、中学生の頃、『ABBEY ROAD』をカセットテープに録音しようと思ったら、46分テープだとA面が途中で切れてしまう。仕方ないから54分テープに再度録音し直したのだが、A面最後は「I WANT YOU」である。どうせ最後がブツ切れで終わる曲だから、これなら46分テープでもいいんじゃないかと思った。
そしてCDの登場に触発され、慌てて開発されたのが、レコードを針ではなくレーザーで読み取るレーザーターンテーブルである。CDが登場する前に発売されていたら売れただろうが、時既に遅し。現在も受注生産のような形で販売されているが、値段は高価で、一部の好事家が愛用しているに過ぎない。それでも盤を劣化させない非接触のプレイヤーは魅力的で、おそらくSPレコードのコレクターは必携であろう。そして私もアナログ盤起こしはレーザーターンテーブルを使っている。
聴いたことがない人にとっては、レコードをレーザーで読み取る、さぞやキレイな音が出るだろうと想像するかもしれない。しかし話はそう簡単ではない。確かに非接触のレーザーで盤を読み取るのだが、感度が良いため、レコードについた傷、埃、その他音楽以外の要素もバッチリ読み取り、あろうことか針音(のようなもの)まで読み取ってしまうのだ。物理的にCDのようなノイズレスで再生というのは不可能、それどころか、針だと聴き逃すようなノイズも再生されてしまう。だから再生する前にレコードをピカピカに手入れして、付着した埃を取り除かねばならない。それでも、例えばレコードで針飛びが生じる箇所は、レーザーでも同じように飛んでしまうから面白い。当たり前だが、レーザーで読み取るため、カラー盤は再生できない。
CDが普及した背景には、音質よりも、このような手入れの煩わしさが不要なことを利点として挙げる人が多かった。一度進んだテクノロジーは、後戻りはできないのである。それはあたかも核を手にした人類が、核なき世界に戻れないのと類似している。そして今、CDも時代遅れのものとなりつつある。核兵器が世界から無くなる時代は必ずくる。それは核兵器よりも優れた兵器が開発された時である。
Category: ブログ
華氏911
マイケル・ムーア監督の映画はほとんど全て見ている。彼は何度も来日し、日本にも精通し、しっかりとした日本観を持っている。そのムーア監督に『華氏911』という作品がある。公開されたのは2004年である。タイトルはブラッドベリの焚書を描いた小説へのオマージュとなっている。
皆さんは「911」という数字にピンとくるだろう。これは2001年のアメリカ同時多発テロの日付である。まるでハリウッド映画のような出来事が現実に起きた事に世界中が衝撃を受け、私は翌日、何も手につかなかったくらいである。テロの後しばらくしてニューヨークの貿易センタービル跡地を訪れたが、広大な敷地にぽっかり穴が開いている感じで、重機による復旧作業が行なわれていた。テロ直後だったこともあり、その時は写真も撮影する気持ちになれず、そっと黙祷してホテルに戻った。
この映画は911のテロに端を発し、イラク戦争や、大統領選などを取材し、徹底的にジョージ・ブッシュを批難する内容となっている。ちょうどアメリカ大統領選の直前に公開されたこともあり、ケリーとブッシュの大統領選への影響も考えられた。ブッシュ側が脅威に感じるほど、かなり辛辣に、そしてユーモアでおちょくりつつ、ブッシュの事を批判、批難している映画である。
「次回作にはイギリス首相のトニー・ブレアを検討している。イラク戦争に関しては、ブッシュ大統領より、ブレア首相の方が責任が重い。それはブレア首相は(ブッシュ大統領のように)馬鹿ではないし、知識もあるからだ」
ブッシュを徹底的にコケにし、バカにし、糾弾し、批判し、批難した映画を発表後、ムーア監督はこのようにインタビューに答えている。要するに、ブッシュは馬鹿だから何も考えずにイラク戦争を行なったが、知識があり、それが間違いだと知りながらイラク戦争に加担したブレアの方が責任は重いと言うのである。
しかし、数日後、再び声明を発表する。
「トニー、怖がらせてごめん、あれはジョークだよ」
*****
x_cinnamonジジイ、怖がらせてごめん、ビビった?
前回、的にすると書いたけど、あれはジョークだから安心しな。
皆さんは「911」という数字にピンとくるだろう。これは2001年のアメリカ同時多発テロの日付である。まるでハリウッド映画のような出来事が現実に起きた事に世界中が衝撃を受け、私は翌日、何も手につかなかったくらいである。テロの後しばらくしてニューヨークの貿易センタービル跡地を訪れたが、広大な敷地にぽっかり穴が開いている感じで、重機による復旧作業が行なわれていた。テロ直後だったこともあり、その時は写真も撮影する気持ちになれず、そっと黙祷してホテルに戻った。
この映画は911のテロに端を発し、イラク戦争や、大統領選などを取材し、徹底的にジョージ・ブッシュを批難する内容となっている。ちょうどアメリカ大統領選の直前に公開されたこともあり、ケリーとブッシュの大統領選への影響も考えられた。ブッシュ側が脅威に感じるほど、かなり辛辣に、そしてユーモアでおちょくりつつ、ブッシュの事を批判、批難している映画である。
「次回作にはイギリス首相のトニー・ブレアを検討している。イラク戦争に関しては、ブッシュ大統領より、ブレア首相の方が責任が重い。それはブレア首相は(ブッシュ大統領のように)馬鹿ではないし、知識もあるからだ」
ブッシュを徹底的にコケにし、バカにし、糾弾し、批判し、批難した映画を発表後、ムーア監督はこのようにインタビューに答えている。要するに、ブッシュは馬鹿だから何も考えずにイラク戦争を行なったが、知識があり、それが間違いだと知りながらイラク戦争に加担したブレアの方が責任は重いと言うのである。
しかし、数日後、再び声明を発表する。
「トニー、怖がらせてごめん、あれはジョークだよ」
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x_cinnamonジジイ、怖がらせてごめん、ビビった?
前回、的にすると書いたけど、あれはジョークだから安心しな。
Category: ブログ
でっちあげの心理と仕組み 番外編
以前x_cinnamonという男について触れたことがある。詳細はこちらを参照して欲しい。「火のないところにガソリンぶちまけて放火 」。コイツは還暦を迎える横浜在住の初老の男である。60歳である。還暦というからには落ち着いた大人の男性を想起するかもしれないが、文章を読む限りにおいては、今のコイツと同い年であったろう私の大学時代の教授や、高校時代の校長先生などとは、とても同じ人種には思えないほど幼児性に溢れている。なにせ還暦の男が「2chワロタw」だから彼の精神の成熟度が伺える。
「なあウチらの大学時代の先生が『2chワロタw』とか書いていると思うか?」
「まあ、ありえんわな」
このような会話を、やはりブートが好きな友人と話していた。そうなのだ、我々の感覚では「ありえんわな」というのがx_cinnamonなのである。幼少の頃は体力にせよ学力にせよ、それほど格差はないが、年齢を経るごとにその差は広がっていく。例えば学力で言えば、中学受験、高校受験、大学受験などで個々のレベルに合わせて集団が選別される。しかし、こと人間性と言った点では客観数値で測れないため野放しになっているが、学力と同様に年齢を経るごとに個々の差は広がっていく様は同じであろう。ましてや還暦となると、それぞれが歩んできた人生の差が大きく人間性に反映される。少なくとも私の周囲にはx_cinnamonのような幼稚な60歳はいない。
コイツ、ツイッターとは別にブログを書いている。
還暦を迎えた認知症ジイさんの被害妄想ブログ
cinnamon の音楽ブログ♪ 徒然なるままに
おそらくx_cinnamonは高齢による認知症の症状が出ているのではないか。認知症は早い人は50代で発症する人も少なくない。そして認知症を患った高齢者特有の症状として被害妄想がある。ほら、年寄りは被害妄想になりがちじゃない。自分が保管したのを忘れておきながら、お金がなくなったとか、財布を盗まれたとか騒ぐ爺さん、皆さんも、そういう老人の被害妄想の話を聞いたことがあるだろう。その被害妄想は過去において私にも向けられている。
音質や音処理といったものは主観に左右されるので言及するものではないという立場を私はとっている。それはホームページにも明確に書いている。しかしx_cinnamonは、私が音処理の評価に文句をつけていると書いている。私の主義姿勢とは真逆のことを私が言ったと書いているのである。もちろんこれは事実ではないし、完全にコイツの被害妄想である。そしてその指摘に対して何の釈明もないまま、再びコイツの被害妄想が始まった。
「ピッチ調整もできないくせに」だと。
ピッチに関しては以前も触れたので(ピッチ調整)、ここでは同じ話は繰り返さない。「音処理の評価に文句を言っている」と同じで、単なるコイツの被害妄想である。私の祖母はテレビを見ながら「最近の漫才は早口で何を言ってるのかわからない」と言っていたが、x_cinnamonも加齢からくる耳の衰えで、何でも早く聞こえるんじゃないの? そりゃピッチが狂ってるんじゃなくて、あんたの耳の老化ですわ(医学的には耳の老化ではなく、耳で聴いた音を処理する脳の老化現象)。
年をとると被害妄想がひどくなって嫌あねえ。
もうひとつが、私がこのブログで書いている「店長が偽名の怪しい店」が、本質とは関係ないとの批判を書いている。これはx_cinnamonジジイの読解力の欠如からくる、これまた被害妄想である。私が「店長が偽名の怪しい店」を書いているのは、あくまで彼の人間性に疑問を抱いたからである。変な客だと有名だった男が、偽名の名刺を業界に配り、私の友人の店を乗っ取り、2chや普通の掲示板を荒らしまくる。その姿勢、その人間性に疑問を抱いたので、それを追及するのが私の書いている内容の本質である。普通に読めばわかることだが、それを彼の商品の評価には結び付けていない。おじいちゃん、あんたの被害妄想ですよ。
年をとると被害妄想がひどくなって嫌あねえ。
例えば、本質とは離れた部分で批判というのは、以下のような記述を指す。
「ブートレガーよっしーの性格があんななので、よっしーのブートは買わない事を推奨してます」
製作者の性格と商品の質に相関関係は無いので、これなら確かに本質から外れていると言われても仕方がない。しかし、モーツァルトがいくら下品な男であれ、彼の作る楽曲の美しさには何ら関係がない。偽名だろうが、店を乗っ取りだろうが、最強の荒らしであろうが、商品には罪はない。だから、私は「田中」の人間性は批判しても、それを商品には関連付けていない。よ~く読みましょうね、おじいちゃん。
なあ、x_cinnamon の爺さんよ、
おまえの人生はただ無駄に年齢を経てきただけなのか。
二回りも年下の私に諭されてどうする。恥ずかしくないのか。
いかんせん還暦の爺さんが「2chワロタw」では悲し過ぎる。
その年齢になって考えを変えるというのは無理だろうが、
もう少し精神的に大人になりなさい。
被害妄想で周囲に迷惑をかけるx_cinnamonのジジイは人間として終わっている。私は30歳のブートレガーよっしーに対し「よっしーくんはおチンチンをおしっこにしか使ったことない」と下品にからかったことがあるが、60歳のx_cinamonは「おチンチンをおしっこにしか使えなくなった」のだろう、男としても終わっている。
皆さんに言っておきたい。
x_cinnamonの書いていることは老人の被害妄想が肥大化したものであって、トンチンカンなことを書いていても、年寄りがボケて「お金がなくなった!」「財布が盗まれた!」と騒いでいるのと同じだと思って欲しい。こんな奴は他にそうはいないので、単にボケ老人の戯言(たわごと)と看過しても良いのだろうが、今回あえて「でっちあげの心理と仕組み」の番外編とさせていただいた。
だいたいだな、人の道として、最初の私が音処理の評価を批判したというのはどうなったんだ。嘘をつくなクソジジイ。私が本当にそんなことを言ったという証拠を出せよボケジジイ。言ってもないことを被害妄想で書くな。それでその嘘を指摘されたら黙して、また別の嘘を重ねる。これら自分の行為に疑問を抱かないのだとしたら、コイツの歩んできた60年の人生のクオリティが知れるというものだ。こんなジジイの為に私は高額な社会保険料を払っているのかと思うとバカらしくなる。
x_cinnamonジジイよ、私が大嫌いなイッチの次の的はオマエに決まりだな。
こういう被害妄想の暴走老人x_cinnamonに対しては、これまで以上に徹底的にやるつもりである。
これからx_cinamonジジイのツイッターとブログを精査していこうと思っている。
今、x_cinnamonジジイのネタを集めているので、皆さんもお楽しみに。
「なあウチらの大学時代の先生が『2chワロタw』とか書いていると思うか?」
「まあ、ありえんわな」
このような会話を、やはりブートが好きな友人と話していた。そうなのだ、我々の感覚では「ありえんわな」というのがx_cinnamonなのである。幼少の頃は体力にせよ学力にせよ、それほど格差はないが、年齢を経るごとにその差は広がっていく。例えば学力で言えば、中学受験、高校受験、大学受験などで個々のレベルに合わせて集団が選別される。しかし、こと人間性と言った点では客観数値で測れないため野放しになっているが、学力と同様に年齢を経るごとに個々の差は広がっていく様は同じであろう。ましてや還暦となると、それぞれが歩んできた人生の差が大きく人間性に反映される。少なくとも私の周囲にはx_cinnamonのような幼稚な60歳はいない。
コイツ、ツイッターとは別にブログを書いている。
還暦を迎えた認知症ジイさんの被害妄想ブログ
cinnamon の音楽ブログ♪ 徒然なるままに
おそらくx_cinnamonは高齢による認知症の症状が出ているのではないか。認知症は早い人は50代で発症する人も少なくない。そして認知症を患った高齢者特有の症状として被害妄想がある。ほら、年寄りは被害妄想になりがちじゃない。自分が保管したのを忘れておきながら、お金がなくなったとか、財布を盗まれたとか騒ぐ爺さん、皆さんも、そういう老人の被害妄想の話を聞いたことがあるだろう。その被害妄想は過去において私にも向けられている。
音質や音処理といったものは主観に左右されるので言及するものではないという立場を私はとっている。それはホームページにも明確に書いている。しかしx_cinnamonは、私が音処理の評価に文句をつけていると書いている。私の主義姿勢とは真逆のことを私が言ったと書いているのである。もちろんこれは事実ではないし、完全にコイツの被害妄想である。そしてその指摘に対して何の釈明もないまま、再びコイツの被害妄想が始まった。
「ピッチ調整もできないくせに」だと。
ピッチに関しては以前も触れたので(ピッチ調整)、ここでは同じ話は繰り返さない。「音処理の評価に文句を言っている」と同じで、単なるコイツの被害妄想である。私の祖母はテレビを見ながら「最近の漫才は早口で何を言ってるのかわからない」と言っていたが、x_cinnamonも加齢からくる耳の衰えで、何でも早く聞こえるんじゃないの? そりゃピッチが狂ってるんじゃなくて、あんたの耳の老化ですわ(医学的には耳の老化ではなく、耳で聴いた音を処理する脳の老化現象)。
年をとると被害妄想がひどくなって嫌あねえ。
もうひとつが、私がこのブログで書いている「店長が偽名の怪しい店」が、本質とは関係ないとの批判を書いている。これはx_cinnamonジジイの読解力の欠如からくる、これまた被害妄想である。私が「店長が偽名の怪しい店」を書いているのは、あくまで彼の人間性に疑問を抱いたからである。変な客だと有名だった男が、偽名の名刺を業界に配り、私の友人の店を乗っ取り、2chや普通の掲示板を荒らしまくる。その姿勢、その人間性に疑問を抱いたので、それを追及するのが私の書いている内容の本質である。普通に読めばわかることだが、それを彼の商品の評価には結び付けていない。おじいちゃん、あんたの被害妄想ですよ。
年をとると被害妄想がひどくなって嫌あねえ。
例えば、本質とは離れた部分で批判というのは、以下のような記述を指す。
「ブートレガーよっしーの性格があんななので、よっしーのブートは買わない事を推奨してます」
製作者の性格と商品の質に相関関係は無いので、これなら確かに本質から外れていると言われても仕方がない。しかし、モーツァルトがいくら下品な男であれ、彼の作る楽曲の美しさには何ら関係がない。偽名だろうが、店を乗っ取りだろうが、最強の荒らしであろうが、商品には罪はない。だから、私は「田中」の人間性は批判しても、それを商品には関連付けていない。よ~く読みましょうね、おじいちゃん。
なあ、x_cinnamon の爺さんよ、
おまえの人生はただ無駄に年齢を経てきただけなのか。
二回りも年下の私に諭されてどうする。恥ずかしくないのか。
いかんせん還暦の爺さんが「2chワロタw」では悲し過ぎる。
その年齢になって考えを変えるというのは無理だろうが、
もう少し精神的に大人になりなさい。
被害妄想で周囲に迷惑をかけるx_cinnamonのジジイは人間として終わっている。私は30歳のブートレガーよっしーに対し「よっしーくんはおチンチンをおしっこにしか使ったことない」と下品にからかったことがあるが、60歳のx_cinamonは「おチンチンをおしっこにしか使えなくなった」のだろう、男としても終わっている。
皆さんに言っておきたい。
x_cinnamonの書いていることは老人の被害妄想が肥大化したものであって、トンチンカンなことを書いていても、年寄りがボケて「お金がなくなった!」「財布が盗まれた!」と騒いでいるのと同じだと思って欲しい。こんな奴は他にそうはいないので、単にボケ老人の戯言(たわごと)と看過しても良いのだろうが、今回あえて「でっちあげの心理と仕組み」の番外編とさせていただいた。
だいたいだな、人の道として、最初の私が音処理の評価を批判したというのはどうなったんだ。嘘をつくなクソジジイ。私が本当にそんなことを言ったという証拠を出せよボケジジイ。言ってもないことを被害妄想で書くな。それでその嘘を指摘されたら黙して、また別の嘘を重ねる。これら自分の行為に疑問を抱かないのだとしたら、コイツの歩んできた60年の人生のクオリティが知れるというものだ。こんなジジイの為に私は高額な社会保険料を払っているのかと思うとバカらしくなる。
x_cinnamonジジイよ、私が大嫌いなイッチの次の的はオマエに決まりだな。
こういう被害妄想の暴走老人x_cinnamonに対しては、これまで以上に徹底的にやるつもりである。
これからx_cinamonジジイのツイッターとブログを精査していこうと思っている。
今、x_cinnamonジジイのネタを集めているので、皆さんもお楽しみに。
Category: でっちあげの心理と仕組み