割礼という言葉を聞いたことはあるだろうか。
包茎の包皮を切除する宗教的・慣習的儀式のことだ。
日本では、仮性包茎が多くの割合を占めており、泌尿器科医の間では「仮性包茎は日本人男性の7~8割ほど」という見解が広まっている。
では、世界の男性は包茎なのか?と疑問に思ったことはないだろうか
実は、世界を見渡すと「割礼」という儀式が存在し、今でも行われている。
割礼とは、生まれてすぐ・または思春期前後に包皮を「ズバン!」と切り取ってしまうことだ。
割礼は主に
- 宗教的な儀式
- 成人として扱われるための通過儀礼
として行われている。
この儀式が持つ影響力は、地域によっては非常に強い。
知人の泌尿器科医師の先生に聞いてみると
割礼の習慣がある国籍の男の子が産まれた際に、医学的には必要がないことを説明しても「少年になったときに、周りの人とおちんちんの形が違うことを悩むはず。」と、親からかたくなに割礼をお願いされることもあるという。
その実、成長したときに周りの日本人の男の子から「お前のおちんちん、変な形!」とバカにされることもあるというから、難しい。
そこで今回の記事では、
- 割礼のリアルな事情やメリット・デメリット
- 世界の包茎・割礼事情
を真面目に解説したい。
男性には股間がゾワゾワするような記述が続くが、注意してご覧いただきたい。
目次
世界で割礼を実施している国
まずは、以下の地図を見てほしい。
色がついているところは、現在でも割礼が行われているとされる国だ。
東欧~ヨーロッパについては、現在では割礼が行われている割合はかなり減少しているようだが、今回のリサーチでは割礼実施の具体的な有無が判断できなかったエリアとなる。
割礼とは
割礼とは、冒頭でお話ししたとおり、男子の包皮を切除することを指す。
医学的な設備がないところでは、赤ちゃんの余った包皮を紐などで縛って固定し、はさみで「ジョキン!」と切断してしまう。
あまりの痛みで暴れることが多いため、割礼師の他に、大人が抱きかかえる形で行われることが多い。
実のところ、割礼とは男子に対するものだけを指すのではなく、女子に対する割礼もある。
エチオピアの言語では、
- 割礼を行う
- 陰核切除を行う
ことは同じ語である。
英語でも同様で、circumcisionは
- 男性器の包皮切除(男子割礼)
- クリトリスの頭巾切除(女子割礼)
を指すものだ。
この記事では深く掘り下げることはしないが、女子割礼はその心身に対する影響から、道徳観・宗教観の間でさまざまな議論を呼び起こしている。
そして、割礼は以下の3種類に分けられる。
- 地域信仰による割礼
- 一神教的な割礼
- 世俗的割礼
それぞれの違いをカンタンにまとめてみた。
1.地域信仰による割礼=成人割礼
これには幅広いパターンがあるが、アフリカの部族にみられるように、成人儀礼・通過儀礼としての割礼が代表的なもの。
これによって一人前の男として認められるといった風習がある。
2.一神教的な割礼
ユダヤ的・イスラム的割礼とも言い換えられる。
創造主との同一化、運命共同体への帰属を目的として行われる。
- ユダヤ教では生後8日目
- イスラム教では13歳
のときに行うのが通例。
3.世俗的割礼
主に見合えや美的、エロチシズムの観点から行われる割礼。
宗教的な概念はなく、パートナーの要望、肉体美を求めることによって行われることが多い。
これは、日本における「成人が行う(自由診療の)包茎手術」と近いものともいえるだろう。
割礼の道具
割礼に使われる道具は、以下の4つだ。
- かみそり
- はさみ
- 小刀
- メス
メスは、割礼が行われる地域の近代化に伴い、徐々に使われるようになった。
医療施設で割礼を受けるときにはメスが使われる。
これらの中でも、かみそりは宗教的な贖罪儀礼で用いられることが多く、特に神聖視されている。
ユダヤ圏では、かみそりを祝福するために、手術前に、母親の寝床の下に一定期間置く、ということをする。
聖書に記されている割礼では、鋭利なフリント石器や、打ち欠いた石といった鉄以外の刃物を用いるように義務づけられていた。
その理由は「鉄は不吉な霊気をまとっている」と信じられていたためだ。
しかし、こういった道具はどうしても切れ味が鈍く、衛生面にも問題があり、感染症やペニスを損傷させる原因になってしまう。
世界の割礼・包茎事情
全世界の割礼人口は「割礼の歴史」によると、約10億人と推察されている。
もう一度、割礼が行われている地域の地図を見てみよう。
アメリカ・ヨーロッパは、数十年前まで割礼のない大陸だったが、今ではアメリカでも割礼が行われている。
割礼を受ける理由は、地域によってさまざまだ。
ここからは、世界の割礼事情について解説していこう。
エジプトの割礼
割礼という儀式が生まれたのはエジプトが最初だ。
古代エジプトでは、青年を対象に割礼を行っていたことがわかっている。
エジプトにおける割礼は
- 階級の目印
- 神にささげる貢ぎ物
- (のちに)成人儀礼
として行われていた、とする研究結果がある。
当時大きな権力を握っていた神官階級は例外なく割礼をしており、それを裏付ける考古学遺物もあるという。
カルナック神殿では、豊穣神「ミン」が、割礼した男根をもった人間という形で描かれている。
また、サッカラには重厚な割礼式の浮き彫りがある。
ここに描かれているのは
- 割礼師が、若者の前にひざまづいている
- 別の人間が、若者を後ろからつかまえている
という光景だ。
これは、上述のとおり、割礼師がフリント石器で包皮を切断する際に、若者が暴れるのを防ぐためである。
このような光景が、エジプトでは日常的に行われていたと考えられる。
割礼式は、階級の区別だけでなく、神(ファラオ)にささげる貢ぎ物としても位置づけられていた。
エジプトの神殿を訪れると、天井にペニスがぎっちりと描かれた光景を見ることができる。
神官階級の特権だった割礼式は、のちにエジプトの学者、そして一般人にまで広まっていったという。
ユダヤの割礼
ユダヤ教では、他の地域より割礼が宗教的な意味合いを強く持っていた。
割礼は、ヤハウェ(旧約聖書の神)との契約を示す印として考えられていたのだ。
「出エジプト記」の12章44,48節では、割礼を受けていなければ、共同体の祭礼に参加できないことが記されている。
つまり、割礼が儀礼への参加証明として位置づけられていたといえる。
ユダヤの割礼は、他地域と比較して以下のような違いがある。
- 生後8日目という、早い時期に行われること(アフリカでは、10~15歳の間)
- 宗教的意味が他より強い
- 女子割礼が存在しない
このことから、ユダヤにおける割礼は「ヤハウェの持つ「父性」への服従」という意味もあるようだ。
アラブの割礼
アラブの割礼は、イスラム教が起こる以前から儀式として存在していたが、その宗教的意味合いは定着していなかった。
ムハンマドの死後2世紀以上経ってから、イスラム教の割礼への意味付けが行われた。
しかし、宗派によって割礼の規定が異なるため、混乱を招く原因になっている。
たとえば、スンナ派の慣例では、イスラム教徒のすべての男性と、改宗して信者になった男は、適齢期を過ぎていても割礼しなければならない、とされている。
これは、割礼がイスラムの神に宗教的に受け入れられるために本当に必要なのかという議論を巻き起こす。
このような混乱が起こった原因は、コーランでは割礼に言及していないためだ。
預言者が割礼に対して見解・決定をしていたなら、こんなことはなかっただろうが、面白いのは預言者は包皮がうまれつき、あるかないかの短いものだったという。
つまり、預言者が包茎ではなかったため、割礼への言及をしなかったというのだ。
ある意味、無責任な話だといえる。
とはいえ、現在のイスラム圏では、割礼は「コーランに従う行いではないが、イスラム教の精神にかなう行い」として考えられている。
またイスラム交の割礼は「共同体への帰属のための儀式」という性質を持つ。
アフリカの割礼
アフリカで割礼が行われる年齢はさまざまだ。
思春期前に行われることもあれば、思春期後に割礼を行う部族も存在する。
しかし共通するのは「割礼によって大人の男へと移行する」という成人儀礼としての意味を持っていることだ。
また、他部族と自分たちを区別する印として定めている地域もある。
若い女性を誘おうとする場合、その前に割礼を受けることが作法だ、とする部族もある。
このしきたりに倣わない男性は、部族の中で笑いものになってしまう。
ガボンのある地方では、子供が割礼式の際に怖気づくと、部族から差別的に扱われるため、
割礼しなくちゃならないよ さもなきゃあたしが恥をかく
ああ、もっともだ、もっともだ
という歌を女性たちが歌い、励ますという場面がみられる。
宗教的な背景はないが「やらないと恥であるもの」として考えられていた分、永く続いているのだろう。
割礼による差別・宗教論争
世界的にみれば、割礼を受けたものとそうでない者は時に差別しあい、宗教戦争にまで発展する事例もあった。
ユダヤ人が外国人に向かって呼びかける最も痛烈な嘲笑のことばは、ハレル(harel,割礼をうけていない者)である。
先祖代々、ユダヤ人の敵であるペリシテ人は、常にこの侮辱的な用語でもって示された。
※聖書の中の生殖器(1896年)より
というブーニー・ド・ジヴェ博士の論文がある。
また、同様の著作の中で彼は
ローマではまったく反対に、ウェレトゥルム・プスム(縮こまった陰茎)の短縮形であるウェルプスという語がユダの息子たちを特徴づけるために用いられた
とも述べている。
キリスト教徒はかつて割礼に、断固として反対していたからだ。
ある戦いで捕虜となってイスラム教徒に改宗すると決めた兵士の中にも、割礼を拒否してキリスト教に戻ったものも多数いたという。
また、戦いの際に割礼を受けていない者が包皮を切り取られることは、屈辱と敗北を示すことでもあった。
エジプトのファラオは、戦争に敗れた兵士たちの、まだ割礼されていないペニスをむき出しにして、人数を記帳しようとしたと伝えられる。
また勝利の証として、敗北した敵の包皮を切除したこともあったという。
これは、日本における「首級(しるし)」と共通する考え方ともいえるだろう。
割礼のメリット・デメリット
まずお伝えしておくと、筆者は割礼自体を否定するものではない。
割礼禁止令に対して、割礼の自由を認めるデモが各地で起こっているように
というポジティブな声もある。
仮性包茎は衛生的に問題のないペニスだが、重度の仮性包茎の場合は恥垢がたまりやすく、不衛生になることがある。
その場合、女性に対して自信をなくしてしまう男性もいる。
何をかくそう筆者自身も数年前、仮性包茎の手術を受けることで、生活が大きく変わった当事者だ。
しかし、
- 医療の発達していない地域での割礼
- 不衛生な環境での割礼
- 小児段階での割礼
は、男児のペニスに重大な問題を残すことも多く、デメリットの方が大きいと思う。
後半では、その理由も含めて、割礼のメリット、デメリットをお話ししたい。
割礼のメリットと考えられていること
割礼に対する論争で、メリットとして言われているのは
- エイズの予防
- 感染症の予防
- 見映えをよくする・コンプレックスの解消
だ。実情を踏まえ、筆者の考えを詳しくお話ししていこう。
(1)エイズの予防
割礼のメリットとして「エイズの予防」が挙げられることが多いが、これは正直、信頼に足る根拠はないと思っている。
エイズの減少の有効性が認められた実験結果が少なく、また割礼の有無以外のエイズ感染のリスクを考慮していないためだ。
(2)感染症の予防
古代の病気で「炭疽病」が蔓延していた頃、割礼はその予防手段として考えられていた。
炭疽病とは
- 陰茎の壊疽
- ヘルペス
- 包皮炎
- 亀頭包皮の疾患
の総称である。
19世紀の人物、ピエール・ラルースは以下のように述べている。
衛生上の手段としても、割礼は信用を失っている。しかしこの小さな手術の利点は疑いようがない。
割礼を受けると、亀頭の根元から分泌される皮脂が包皮の下に溜まるのを防ぐことができ、その結果、亀頭炎や亀頭包皮炎が防止される。
※「19世紀辞典」より
包茎が解消することで、恥垢がたまりにくくなり、亀頭包皮炎に感染しにくくなる効果は確かにあるだろう。
(3)見映えがよくなる・コンプレックスの解消
割礼のメリットとして、一番納得できるのがこれだ。
「見映えをよくしたい」という理由で大人になってから割礼を希望する男性もいる。
キリスト教徒のある男性は、31歳になってから、ペニスの見映えを気にして割礼を受けたという。
「自分の性的魅力が非常に上がった気がする」とは本人の弁だ。
美的な見映えも、割礼が肯定される理由のひとつになっている。
しかし、これらは正当な医療行為として行われた場合のメリットだ。
次項、割礼のデメリットでもお話しするように、ペニスを損傷したり、包皮が足りなくなるといった割礼ではこのメリットも帳消しになってしまう。
割礼によるデメリット
ここからは特に痛々しい記述なので注意してほしい。
デメリット(1)ペニスの損傷・切断
「毎年割礼を受ける50万人のうち、1万人の少年たちが、未熟な割礼手術によって後遺症・ペニスを失う」という目にあっているという。
この理由は、割礼について医学的・衛生的な事故予防策が講じられておらず、また割礼を受ける年齢について宗教的なしきたりをかたくなに守ることが挙げられる。
アナトリア(トルコ)地方では
- 子供が6歳~12歳になるまで待って割礼を行う
- 夏が割礼儀式にふさわしいと考える
といった風習がある。
しかし、思春期に入りペニスが成長していく過程での割礼儀式は、包皮を切除しすぎてしまう危険も高まる。
(この危険は、小児に対する包茎でも同様だ)
また夏は感染症にかかりやすく、汗をかきやすいため、傷の治りも遅い。
トルコの医者は、夏を避けて割礼を行うべきだ、と警告している。
また集団で行う大きな割礼式の際には、割礼師が疲労してしまうことによって手元が狂い
- 亀頭に大きな傷を負わせる
- ペニスを切断して完全に去勢してしまう
こともあるという。
昨年、ペニスの移植手術が初めて成功したというニュースが話題になった。
これらは、割礼によって誤ってペニスを失ってしまった小児・男性の救済措置になると考えられている。
デメリット(2)包皮が足りなくなり、痛みや血流不全を起こす
日本の泌尿器科に「おちんちんを痛がって泣く」という理由で、海外で割礼を受けた男の子が来院した事例がある。
この子の場合、包皮が「勃起係数=勃起したときの膨張率」を考慮されておらず、包皮がぎりぎりまで切られてしまっていた。
これでは勃起したときに皮がパンパンに突っ張って、刺すような痛みが襲う。
このように、医学的な考慮がされていない割礼式では
- ペニスの損傷・切断
- 成長するにつれて、包皮が足りず、血流障害を引き起こす
といったリスクがある。
日本人で海外に移住して男の子を出産したような場合も、母親は割礼をさせたくないが、やらないと現地でおかしな目で見られ、差別されそうだったので嫌々割礼をさせた、という事例もあるという。
技術が発達していない環境で割礼をすることは、正直なところリスクが大きい。
そして、医学的には「小児に対する」割礼はまったく不要なものということだと思っている。
小児に対する割礼にデメリットが大きい理由
医師による割礼=包茎手術だと考えれば、割礼を受けること自体は問題はない。
問題なのは、
- 衛生的に劣悪な環境
- 医学的な専門家でない者によって割礼が行われる
- 生まれたばかりの男児の包皮を切除する
に当てはまる場合だと考えている。特に、最後がポイントだ。
生まれたばかりの頃は誰でも包茎
確かに、思春期以降でもペニスが皮をかぶっている(包皮口が狭く、手でも亀頭を露出させられない)真性包茎は、改善には手術が必要だ。
しかし、産まれたときには誰もが包茎であるということを忘れてはいけない。
小児~思春期の間でペニスも成長し、亀頭が露出するようになってくることも多い。
手術が必要な包茎かどうかは、ペニスが成長しきった思春期を迎えてから判断すればよい。
産まれたばかりの赤ちゃんの包皮を切除しても、メリットはほとんどない。
また、小児の亀頭はやわらかく、傷がつきやすい。
生まれたときに誰もが包茎なのは、外部の刺激からペニスを保護する役割もあると考えている。
そのため早々に包皮を切除するべきではない。
さらに、包皮を切除するには医療行為としても麻酔を使う必要がある。
3歳児検診などで真性包茎と診断された子供でも、薬によって治療できる時代になっている。
割礼は、生まれたばかりの赤ちゃんに麻酔を使ってまで行う行為ではないと思うのだ。
日本の小児に対する包茎治療
日本でも、10~15年ほど前は、小児の包茎に対して
- 包皮口を器具で広げるのが普通だった
- または、包茎は子供のうちに治療するべき
という風潮があった。
小児に対して、環状切除術を受けさせるクリニックも多くあったし、親に対して、包皮を一生懸命引っ張って癒着をはがすように、という指導もされていた。
しかし、今では180度方針が変わっている。
針の穴ほどしか包皮口(おちんちんの口)が開いていない小児でも、副腎皮質ホルモンを塗布することで包皮がやわらかくなり、亀頭が露出できるようになる。
筆者の父親に聞いてみると、小児の頃に真性包茎だといって、泌尿器科で環状切除術を受けさせられたようで、今でもその痛みを覚えていると言っていた。
包茎は男性についてまわる悩みのひとつだし、筆者も包茎に悩む男性の気持ちは痛いほどわかる。
しかし、小児の頃は包茎でもまったくかまわない。
おしっこが針の穴から出てくるようなレベルの包茎の場合は、膀胱に負担がかかるので治療すべきだが、それでも数ヶ月あれば薬でなんとかなる。
父親、母親のすべきは、男の子が思春期になってからできるだけ困らないように、包茎に対して適切なケアをしてあげることだろう。
ここまで書いてみて、改めて、自分は小児に対する割礼習慣のない国に生まれて良かったと思う。
長文になってしまったが、今回の記事であなたの割礼・世界の包茎事情に対する知識が深まれば幸いだ。