星空文庫
神々の探偵事務所!6
ごぼうかえる 作
ホールあじさい事件
しとしとと雨が降っていた。ここ最近ずっとジメジメしている。
緑の髪の少女神、ツマツヒメ神、ツマは長い黒髪を持つ少女神で刀神のニッパーと共に今日も神々専用の図書館で引きこもっていた。
この図書館がある空間はあまり季節の変化に捉われない。不思議な空間である。
外から見ると古臭い洋館にしかみえないこの建物は築何年という概念すらもない。
ツマは閲覧コーナーに座りニッパーと共にアジサイの本を読んでいた。
「もう雨だらけっすね。」
ニッパーがどんよりした天気を悲しむように声を漏らした。
「ここは季節関係ないけど。……でもアジサイは雨の日に見るからいいの。長谷寺とかー、神奈川県の開成町のアジサイとかー……なんかいっぱい特集組まれているけどどれを見てもやっぱり美しい。」
ツマは写真集のようになっているアジサイ特集を頷きながら読んでいた。
「じゃあ、暇っすから見に行きます?」
「いいね。雨の中のアジサイ巡り……風流だ。」
ツマはアジサイ特集を閲覧机にペッと置くと伸びをしながら立ち上がった。
アジサイの名所を巡るツアーを開始してしばらく経った。本日七件目のアジサイスポットで事件は起きた。
ジメジメした雨が降っていたが雨に濡れた沢山のアジサイ達はとてもきれいだった。
「やっぱアジサイは雨の日っすね。こんなに咲いてて晴れていたら暑苦しくて仕方がないっす!」
ニッパーは赤いアジサイと青いアジサイを交互に見ながら頷いた。
「ガクアジサイってきれい。……ん?」
「どうしたっすか?つまっちゃん。」
ツマが一つのアジサイの株の前で止まった。ニッパーも不思議そうにツマを仰いだ。
「ニッパー君、ここを見たまえ。」
ツマは真剣な顔でアジサイ株の根元を指差した。ニッパーも根元を覗き込む。
「お!この株の裏側に小さな井戸みたいのがあるっす……。」
アジサイの裏側に小さな空間がありそこに古臭い井戸があった。アジサイの裏側なのでアジサイを眺めて観光している人間にはわからないだろう。おまけに狭くてその空間に行く事は難しい。
「行ってみよう。」
「ツマっちゃん、ここ、小型犬くらいしか入れない空間っすよ?」
ツマの言葉にニッパーは呆れた声を上げた。
「問題ない。」
ツマがそう言ってそっと手をかざすとアジサイがまるで生き物のように動き、ツマ達に道を開けた。
「お、おお……アジサイが道を作ったっす……。さすが木種の神……。」
ニッパーが感心している間にツマはもうすでに井戸の前にいた。
ニッパーも慌ててツマに追いついた。
「うーん……。」
ツマがうなりながら井戸のまわりを回っていた。
「どうしたんすか?」
「ここに獣の足跡があるのだが……この井戸のまわりにはまったく足跡がないんだ。」
ツマはニッパーに指をさしながら説明した。ツマ達が入ってきた場所とは反対側の場所から井戸までかなり深くめり込んでいる獣の足跡がついているものの井戸のまわり、その他の場所には一切ついていない。
「……まさか……獣がこの井戸に落ちてしまったのか?この足跡のめり込み方からしてかなり重めの動物なんじゃないか?」
「ええ!?でも井戸から何の音もしないっすよ?」
ツマとニッパーはお互いの顔を見合わせて慌てた。
「まさか……。もう……。」
「い、いや。まて!まだそうと決まったわけじゃない!推理だ!」
「う、うん!ここはツマっちゃんに任せるっす!」
ニッパーは弱々しくツマを見上げた。ツマは深呼吸をしてアジサイに手をかざす。
ツマは木や植物からYES、NOのクエスチョンのみ聞き出せる能力がある。
「この井戸に動物は落ちたか?」
ツマの質問にアジサイは一言、
……YES。
と文字を頭に飛ばしてきた。
「イエスだと!やはり落ちたのか!」
「おーい!なんか返事するっすー!」
ツマの発言からニッパーはすばやく井戸の中へ向かって叫んだ。
井戸からの返事はなかった。
「大変だ!中で死にかけているかもしれない!」
ツマも今回は珍しく焦っている。
「……ん?」
動揺しながらニッパーが何かを発見したように呻いた。
「な、なんだ?」
「ツマっちゃん、ここの……この足跡……なんかおかしいっすよ?」
ニッパーは井戸の壁のすれすれにある足跡を指差し首を傾げた。
「……?」
ツマにはなんだかわからなかった。少しだけ悔しそうな顔をする。
「ツマっちゃん……。この足跡、壁の真下にだけ二つあるっす。」
ニッパーの言葉を聞き流しながらツマは足跡を確認する。井戸の壁すれすれに二つの足跡があった。動物が井戸に落ちたとしてもこんなところには足跡はつかないはずだ。
「……この足跡……もしや……後で人工的に作られたのか?」
井戸を調べるとへりの所が少し外にでており、そのすぐ下の地面は雨に濡れない。
よく見ると肉球の部分がやたらとハッキリ、そして絵に描いたようだった。
「これ……後でだれかが指を使って描いたんっすね?」
「指をめり込ませるように三つの穴をつくってその下に少し大きめの円を描くか……。……この足跡は誰かが描いたものか?」
ツマはアジサイに足跡が本物かどうかを訊ねてみた。
アジサイは
……YES。
と答えた。
「イエスか……。だが足跡が偽物でも悪戯ではなく、この井戸に本物の動物が落ちているとアジサイは言うわけだ……。」
「うーん……。」
ツマとニッパーはお互い頭を悩ませた。
しばらくしてツマがある事に気がついた。
「ニッパー君……もしかすると……私は勘違いを起こしていたかもしれない。」
「ん?」
ニッパーはしかめた顔のままツマを仰いだ。
「動物がここに落ちたのと足跡をここに残したのは別の日なのかもしれない。」
「なるほど……同じ時に起こった事ではないと。」
ツマはニッパーに頷くと再びアジサイに向き直った。
「動物はすでに助けられているか?」
「!?」
ツマの発言にニッパーは驚きの顔をした。
……YES。
アジサイは迷いなく肯定をしてきた。
「イエス!……では……この足跡は……動物が助けられた後にできたものか?」
……YES。
「イエス……。つまりもう動物は助けられているってわけっすか……。」
アジサイの判断にとりあえずツマとニッパーは肩を下ろした。
「おそらくこの足跡の方が後に作られたんだ。しかもここ最近だ。梅雨入りして毎日雨が降っているが私達がいるのと反対側からおそらく子供が指を突っ込んで足跡を描いたんだ。私達が通ってきた通路は子犬が一匹通れるかの狭さだが向こう側は人が一人歩けそうだ。おそらく動物が落ちた時に大人が通れるようにアジサイを避けたに違いない。」
ツマはため息交じりに推理を披露した。
「あ、でももし、子供があっちから足跡を描いていったとするなら子供の足跡が残っててもいいんじゃないっすか?」
ニッパーは足跡のまわりに人間の足跡がない事を不思議に思った。
「ニッパー君……ここの土は非常に硬い。そして子供の軽い体重が乗ってもほんの少しだけ靴跡が残るくらいだ。それにここ連日の雨。今も降っているがこの雨で足跡が流されてもおかしくない。獣の足跡の方は子供が指先に力を込めて掘ったのだろう。作った当初はもっと掘った土が深かったかもしれないが雨で削れたり土がかぶったりして自然に足跡っぽくなったんだな。井戸の真下にある足跡が明らかに作ったものだとわかるのは雨があたって崩れなかったからだ。」
「な、なるほど……。」
ニッパーがツマの推理に圧倒されていた時、遠くの方から子供達の声が聞こえた。
「おい!井戸にいる犬の妖怪って本当なんだろうな!俺、化けて出られたらやだかんな!」
「ほんとだよ。俺、見たんだ!あれは間違いなく犬の妖怪だね。今も足跡残ってるよ。見てみればわかるぞ。怖いよ~。地面にめり込んでてかなり深いんだよ。足跡!」
男の子二人の声だった。一人は半分震えている声、もう一人はやたらと楽しそうな声だ。
ツマとニッパーは顔を見合わせて軽くほほ笑んだ。
「……この足跡は……ゲストを怖がらせるための細工か。おそらく彼は犬が井戸に落ちて助けられた事実を知っているのだな。それを使って友人を驚かそうと思ったか。」
ツマがほっこりした気分になっていると男の子二人がアジサイを避けて中に入ってきた。
ツマとニッパーは人の目には映らない神だ。その場で立っていても彼らは反応しない。
レインコートに身を包んでいる八歳くらいの男の子二人が足跡を前に立ち止まった。
「ほら、みろよ!足跡かなり深いだろ?」
「うわ~……まじかよ……。俺、もうやだ。帰る!」
怯えている男の子を楽しそうな男の子が「まあまあ」と引き留める。
「じゃ、これ見て。」
楽しそうな男の子は井戸の真下にある明らかに作った感がある足跡を見せた。
「……これは……わざとらしーな……って、なーんだよ!これ作りもんじゃねぇか!びびった……。」
怯えている男の子は少し安心したのか強張った顔を緩めた。
「お前のお父さんが助けた犬が化けて出るわけないだろ!今も元気に俺んちにいるし。」
楽しそうな男の子はさらに楽しそうに笑った。それをみたもう一人の男の子は複雑な顔をしていたがやがて一緒に笑い始めた。
「……な、なんだか意外な結末だったね。色々な事が一気にわかった気がする……。あのわざとらしい足跡もトラップの一つだったのか!あの少年やるな。」
ツマが笑いあう子供を眺めながら気難しい顔をしていた。
「まさかの……この井戸に落ちた犬を助けたのが半分怒り笑いしている彼のお父さんで……そのワンちゃんを飼っているのがその隣の楽しそうな彼っすか……。」
ニッパーは状況を整理しようと二人の男の子を交互に見つめた。
驚いたがなんとなく平和な気持ちになった。
ツマとニッパーは彼らがこの辺で遊んでいる最中にあやまって井戸に落ちないようにしばらく見守る事にした。
二神の顔からは自然と笑みがこぼれた。
このライト推理短編も六話目です。
梅雨なのでアジサイのお話にしました!!