恐怖と死の象徴「ジョリー・ロジャー」
黒字に骸骨、そして骨と言えば子どもでも「海賊の旗」だと知っています。
見るからに「危険」「近づくな」と言わんばかりのおどろおどろしいデザイン。
転じて、このデザインは「危険物輸送中」とか「付近に地雷あり」のような意味を知らせるサインになったりしています。
日本では「海賊旗」という身も蓋もない呼び方をされますが、英語だとこのデザインは「ジョリー・ロジャー」という名前で呼ばれます。
このデザインはいつから使われ、なぜ使われ、かつなんでジョリー・ロジャーなのか、というのが今回のテーマです。
1. 海賊が海賊旗を掲げる意味
視覚的な威圧を与えるための海賊旗
海賊が海賊旗を掲げて航海するのって、おれは海賊だぞ!と宣言しているもので、却ってとっ捕まる可能性が高いんじゃないかと思っていました。
四六時中この旗を掲げながら航海するとさすがにアホ丸出しなんですが、要は使い方というか、海賊がターゲットの船を襲撃する時に有効な「サイン」でした。
海賊が船を襲撃する時に活用した戦術は「考える隙も与えないほど電撃戦」。
油断している船に突如、大量に襲いかかり、反撃をすることすら忘れるほどの恐慌状態にさせる。そしてスピーディーに船を乗っ取り船員を縛り上げ、後は宝を奪うなり、船を焼くなり、船員を殺すなり自由自在。パッと襲ってサッと引き上げるのです。
逆に、まともにかち合う正攻法でやると、海賊は武器も兵数も限られる中でやれることに限界がある。時間もかかるし、人的損失もあるし、逮捕される可能性もある。海賊もビジネスなので、なるべくリスクは取りたくないわけです。
例えば難破した船のフリをしたり、助けを求めているフリをしたりして、ターゲットの船に近づく。油断している船がなんだなんだ、と近づいたところに、突如おどろおどろしい海賊旗が翻るのです。
海賊旗は海賊がターゲットの船に最初に与える視覚的な威圧であり、「ジャジャーン!海賊でした〜!」のような感じで、相手をびっくりさせてパニック状態にさせる効果を狙ったものでありました。
黒旗と赤旗
海賊旗と言えば冒頭にあるように「ジョリー・ロジャー」の旗が有名ですが、「ただの無地の黒」の旗で何のアートワークもない場合が多かったようです。
当時の慣習として、海賊はターゲットの船を襲撃する際にまず「黒い旗」を掲げます。
これは「オレは海賊だ。今すぐ降伏しろ。降伏したら1/4は残してやる」という意味を表していました。
もし、黒旗が上がっている時にターゲットの船が逃げようとしたり、抵抗の意志を見せると黒旗の代わりに赤旗が上がります。これは「これより容赦なく攻撃を行う」という意味でした。
海賊としては、黒旗を上げた時点でターゲットの船に早々に降伏してほしいので、降伏しないといかに酷いことが起きるかを証明して見せる必要がありました。なので降伏しなかった船にはむごたらしい仕打ちが待っています。
なので、よっぽど迎撃体制に自信がある場合とか、船の速度が早い場合とか、よほどのことがない限りは降伏して3/4を海賊に渡すほうが懸命な判断でした。
そのおかげで、「黒旗=恐怖の旗」という認識はよほど浸透していたようで、1720年に札付きの海賊バーソロミュー・ロバーツが北アメリカのニューファンドランド島のトレパシー港を襲撃した際、ロバーツの船が黒旗を掲げた瞬間、湾内にいた22隻の船は一斉に浮足立ってパニックになり、みんな船を棄てて逃げてしまったそうです。
2. スカル・アンド・ボーンズの旗の起源
「スカル・アンド・ボーンズ」の意匠で初期のものは、13世紀頃にテンプル騎士団が使った旗でした。テンプル騎士団は異教徒と見るや狂犬のように襲いかかり容赦ない攻撃を加える戦狂いの連中。キリスト教原理主義者で、異教徒はおろか、異教徒と接触するキリスト教徒すら攻撃の対象としました。
テンプル騎士団はフランス王フィリップ4世によって、14世紀の前半に壊滅してしまうのですが、伝統の意匠は聖ヨハネ騎士団(後のマルタ騎士団)にも受け継がれました。
「スカル・アンド・ボーンズ」の意匠の起源には伝説があります。
レヴァントにあった小城マラキーヤに住んだある女は、シドンに住むテンプル騎士団の団員と恋仲になった。しかし女は若くして亡くなってしまった。男は彼女を失うことを恐れ悲しむあまり、葬式の夜に彼女の墓を暴いて死姦してしまった。後に彼は9ヶ月以内に戦闘に戻るように命令された時、再度墓を暴いて頭蓋骨と骨を見つけ、それを生涯をかけて守りぬくことを決心した。そうして戦闘に戻った男は、「頭蓋骨と骨」の加護もあってか負け無しになり、頭蓋骨を掲げるだけで敵を打ち倒すことができるようになったのだった。やがて頭蓋骨の男の伝説にあやかって、「スカル・アンド・ボーンズ」の意匠を旗にあしらうのが、テンプル騎士団の通例になった。
実際のところ、テンプル騎士団の海軍はほとんど海賊とやってることは代わりはなかったし、もともとシドンの地が伝統的に海賊の本拠地のような土地だったので、元々レヴァントの海賊で使われていた「スカル・アンド・ボーンズ」の旗が、後にやってきたテンプル騎士団のお話の文脈と混ざってこんな伝説が出来たのではないかと思います。
想像以上にこの意匠の歴史は古そうです。
3. 「ジョリー・ロジャー」の名前の由来
では、なぜ「スカル・アンド・ボーンズ」の海賊旗のことを「ジョリー・ロジャー」と言うのか。
いくつかの説があるのですが主要なものが2つあります。
まずは、「悪魔」を意味する英語「オールド・ロジャー(old roger)」から転じているという説。
「ロジャー(Roger)」の元々の意味は「徘徊するごろつき(wandering vagabond)」という意味で、それが転じて悪魔という意味になり、髑髏を描いた旗を単純にロジャーと呼ぶようになった、というもの。
次に、「真紅」を意味するフランス語「jolie rouge」から来ているという説。
最初は「これより攻撃を行う」を意味した赤い旗が「jolie rouge」と呼ばれたが、後に意味が拡大して黒い旗もジョリー・ロジャーと呼ばれるようになった、というものです。
有力なのがこの2つで、他にはアジア人の海賊「アリ・ラージャ(Ali Raja)」が英語でロジャーと呼ばれて海賊のシンボルそのものを表すようになったという説もあります。
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4. ジョリー・ロジャーのバリエーション
ジョリー・ロジャーの基本形は「髑髏」「砂時計」「武器」で、それが意味するのは「早く降伏しろ、時間がないぞ、さもなくば死が待っている」。
17世紀〜18世紀の海賊黄金時代には様々な海賊団が登場しましたが、一様に「スカル・アンド・ボーンズ」というわけではなく、工夫を凝らした独自のデザインも見られます。
単に降伏勧告を行うだけではなく、独自のあしらいを加えるところに、自分の海賊団の「ブランド化」を図った狙いがあったのかもしれません。
黒ひげ(エドワード・ティーチ)の海賊旗
Work by red the Oyster
「悪魔の化身」と恐れられた エドワード・ティーチは「黒ひげ」という名前のほうが有名です。有名なおもちゃ「黒ひげ危機一発」のモデルです。
ティーチは頬と顎から黒い髭が伸び放題に伸びており、その髭を結んでリボンで留めていました。戦闘中は火縄を髭の中に仕込み、髭からモワモワと煙が出るようにしていたそうです。恐怖の演出ってやつなんでしょうが、まあ死ぬほど恐ろしかったんでしょう。
彼の海賊団の意匠は、砂時計を持つ全身頭蓋骨が槍で心臓を突き刺し、血が垂れているというもの。単に黒い旗を出されるより、「降伏しろ」というメッセージは明白です。
エドワード・ロウの海賊旗
Work by Orem
18世紀初頭にカリブ海と大西洋で暴れまわったエドワード・ロウは、特に常軌を逸した残虐行為で名を馳せました。人質を殺す時も単に首を切り落とすだけでは済まず、耳を切り落としたり裸にしてムチを打たせたり、散々苦痛を与えた上で殺すのが通例。
残虐行為を楽しんでいたような男で、その行為が行き過ぎて最後は部下に見放されてしまいました。
エドワード・ロウの海賊旗は、当初は黒ひげと同じ意匠でしたが、後に「真紅の全身骸骨」を使うようになりました。黒ひげの旗はまだ「降伏しろ」という猶予が感じられますけど、この意匠は「お前はすぐにこうなる」と言わんばかりの情け容赦がない感じが伝わります。
ジャック・ラカムの海賊旗
キャリコ(更紗)の下着を愛用していたというオシャレな海賊ジャック・ラカムは、配下に女海賊アン・ボニーとメアリ・リードを従えていたことで有名。
ニュー・プロヴィデンス総督ウッズ・ロジャーズの仕向けた海賊討伐部隊の襲撃を受けた際、酒盛りをしていたラカム海賊団の男たちは早々に戦意を失ってしまいますが、メアリ・リードとラカムの女であったアン・ボニーは最後まで抵抗したと言われています。
ラカム海賊団の海賊旗は、骨の代わりにカットラスという短剣をあしらえたもので、デザイン的にはオシャレです。
バーソロミュー・ロバーツの海賊旗
「最後の大物海賊」と呼ばれたバーソロミュー・ロバーツはカリスマ的な男で、大海賊団を組織的に運用し3年間で400隻もの船を捕獲しました。統率力・決断力・勇気に優れ、また頭もよかったため部下にも大変慕われました。1722年2月にイギリス軍艦船スワロー号と戦闘中に、ぶどう弾に当って死亡するのですが、部下は親分の死に泣き崩れて戦意を失ってしまったのだそう。
Work by Orem
初期に使った旗は上記で、ロバーツ本人が全身骸骨と一緒に砂時計を持つという意匠。
「はい、バーソロミュー・ロバーツがカウントを始めるよ〜。1,2,3…」というシンプルなメッセージです。
Work by Orem
後期に使い始めた意匠がこれ。ロバーツが2つの髑髏の上に立っている様子です。
下にアルファベットが書いてありますがABHとは「A Barbadian's Head(バルバドス人の首)」という意味で、AMH とは「A Martinican's Head(マルティニーク人の首)」という意味。ロバーツがこの2つを拠点にする船を重点的に狙っていることをメッセージとして発しています。
まとめ
「ジョリー・ロジャー」のおどろおどろしい意匠は現在は色々な文脈で使われています。例えば、アニメや映画などで「ジョリー・ロジャー」を掲げる団体が登場すると「あ、これは悪い奴らだな」と思います。
アメリカ軍の一部の部隊では部隊のアイコンに「ジョリー・ロジャー」を採用しており、「俺たちの敵には死が待ってる」というメッセージになっています。
一方で、環境保護団体シーシェパードの旗も「ジョリー・ロジャー」で、船で捕鯨船を妨害する攻撃的なスタイルに加えて「既成概念やルールに囚われない」というメッセージが強いように思います。
色々な意味を含みますが共通して言えるのはパッと見で「あ、こいつらヤベえ奴らだ」と分からせたいという意図があるという点。そしてそのように思わせることが、彼らにとって利があるということになります。
「危険」「触れるな」を意味するこんな強力なアイコンはこれまでも、これからも、ジョリー・ロジャー以外は決して現れないに違いありません。
参考サイト
" ORIGINS OF THE JOLLY ROGER" TODAY I FOUND OUT
Skull and crossbones (military) - Wikipedia