〒 みなさま
*登場人物
しゃん 私のパートナーで家主。
でんきゅう 私の弟のような子供のような、存在。親戚だと言えばいいと最近気づいた
アイちゃん 私より一回りマイナス二歳上のオネエさん。
私 筆者円野まど。引きこもりで人間関係は数人くらいしかない。
*注意 普段と違う形式の文章なのでちょっと閲覧注意
*私と知人の会話がメインです。
*
数日前、代休で休みになったアイちゃんが家に来た。
私の家で成城石井のお弁当を温めて食べることに慣れすぎていて、自宅で食べるときに逆に違和感があると言いながら滑らかにレンジを使う。
私は風邪が酷いので、食事の準備が整うまでベッドに転がっている。
咳がひどい。見た目にやつれているようで、心なしか優しくされる。それが怖い。
ベッドの横にローテーブルを持ってきて昼食開始。
私はほとんど食べれないけど温かい飲み物はたっぷり用意した。
その日の話題は「歩道なのに自転車のベルリンリンリン鳴らして全員を退けさせる人は一体どのようなお考えをお持ちですか問題」から始まった。
この話ほんっとよくする。
そして絶対「どういう状況だったら許せる?」という話にシフトする。
私「今、私の赤ちゃんが生まれるところなんです。」
アイちゃん「こどもが熱を出して・・・!」
この「生まれる」とか「いのちがあぶない」の線は固い。
私達はとても小さい器を抱えているため、妄想して許す理由をたくさん探しては自転車歩道ビュンビュン問題を消化することにしている。
私「だからさ逆に、すいません失礼しますって通っていく人や、車道側を走っている人を見るとえらいねぇ~っていう祖母心がわく。」
アイちゃん「わかる。逆に。逆に、あなたはマナーを理解している、高等歩行民だね・・・って表彰したく思う。」
良識をもって自転車を乗っている人を脳内で表彰する会話は広がっていった。
「自分を責めないで相手だけを簡単に責められる人がいるのは当たり前で、一生そういう人とうまく渡り合って暮らさなくてはいけないし、自分も誰かにとってそういう時があるんだろうけど、ただ単純に、疲れる。甘えることも甘えないことも。」
われわれも歩道界における名誉市民を獲得しようとしていた話から一転、アイちゃんの口からこんな言葉が飛び出す。
その時私はこれでもか!というほど紅茶に投入していた蜂蜜が、過剰であることを思い知っていた。甘すぎる。この地味な十字架を背負って会話は続いていく。
彼女のいう事は分かる。ぼやっとしてて、誰かに説明することが難しいけど。
何いってんの?と思ったり思われたりしていきながら疲れたり立ち直ったりする。
それは当たり前のことなんだけど、けど・・・と思っていると新しい話が始まった。
アイちゃん「妹がぁ、彼氏っていうか彼氏じゃないわ、彼氏になるかもしれない男の人に海に連れて行ってもらったのよ。仕事帰りに。それで運転ヘタとかどこもご飯食べるとこ寄らないで海と往復して帰ったことで不満いって、その男の人と喧嘩しててさー。」
仕事帰りに海。海って海?
ちょっと待ってここは東京だけどお台場とか豊洲とか?もしかして千葉とか鎌倉?
私 「え、ごめん。海ってどこ?」
このごめんはそこに関心もってごめんねのごめんを込めて伝える。
アイちゃんは目をカッと見開く。あ、通じた。
アイちゃん「いや分かる。そこは重要なのよ。いい?落ち着いて聞いて、横浜。みなとみらいね。」
私「マイガ~・・・。」
マイガーは当然オーマイガーの意。そうだ、横浜があった。
アイちゃん「妹が仕事で失敗したって行ったら、帰り来てくれて、そのまま連れて行ってくれたみたいで~。」
私「ヒュウ~。」
アイちゃん「そうなの、ヒュウ~。」
二人「ヒューーーウ!」
いや、これくらいの事を言われても仕方がないことだと思う。
仕事でミスしてへこんでいる女の子を車で迎えに来て、横浜で夜景と海見せるってもうヒュウだなって思う。
アイちゃん「往復四時間もないくらいのドライブなんだけどね、あたしの実家は東横線だから。だけど、まあ・・・みなとみらい行って、缶コーヒー買って少し話して解散したことを、アタシの妹はもうちょっとご飯とか行きたかったな~って不満からまず伝えたみたいで、要は暗にもうちょい段取りできなかったのって行ったらしくて。」
私「段取り?」
アイちゃん「そう、なんていうの。もう、彼女はこう、男の方から誘ったんだからお手洗いから食事まで全部そっちが主導してくれるんだろうな、みたいな感覚でいるみたいなのね。だから、え?海見るだけ?みたいな気持ちが消えなかったみたいで。」
私「全然関係ないけどゆりかごから墓場までって言葉あったよね。」
アイちゃん「あった。でもまあ、それに近いよ?もう、彼女は多分福祉的なものを望んでいる。男性に。」
その辺どう思うよ?という目をしている。
アイちゃんの妹さんはちょっと彼女と年が離れていて、どちらかというと私のほうが年齢が近い。しかし、生きてきたリアル充実度が違いすぎてまったく比較対象にならない。私は筋金入りの引きこもりで、小中高と自分の部屋の天井をこよなく愛した女だ。
かたや、一番思い出に残ってること?卒業旅行で親友たちと海外でダイビングしたことだよ~!と笑顔で語り、それから海に行くことが同窓会になりつつあるかな?とコンボでフィニッシュできる女性だ。
それのどこが驚くことなの?とキョトンとしている人と私には多分銀河が幾つか挟まっている。まずい、想像がつかない。
同じくらいの年代物ではあるが、ワインとたわしくらいの違いがある。
家にある、中華なべを洗うたわしへの愛情が募った。
私「えーでも横浜かあ。かっこいいねえ。彼も仕事で疲れているだろうに。」
しかし私にも引き出し、というものがある。
しゃんも私もこういう「恋のはじまり」みたいな話をよくアニメで見てキャッキャッウフフ話している。アニメでという部分に絶望的な闇を感じるけれど、正直楽しい。
そして(確かアニメではこんな感じだったな)という顕微鏡でないと確認できない位の微量な経験値で辛うじて想像する。
この辺りで先ほどの甘すぎる紅茶を半分くらい飲むことができた為、嬉々として紅茶を継ぎ足した。ちょ、ちょうどいい~。
最初から大きいコップに移し変えれば、味を調整できたと気づいたのはそれから一時間後のこと。
アイちゃん「でしょ?彼のほうがぁ、それですごいムッときちゃったらしくてさ~。」
高校生の頃、カレと他所の男性を呼ぶ人を見て少し、年齢を感じる表現だなと思ったことがある。今では普通に使っている。
私は気がついた。
こういう芝居がかった口調のほうが楽しいということに。
私「まあ~怒るだろうね・・・。」
自分も朝から仕事した分の疲労を携えてのドライブ。おそらく車通勤ではないので、仕事終わって一度帰宅して車取りに帰って、迎えに行って、横浜まで走ってる。
それが彼女に意味がある行動だったかどうかはともかく、簡単なことではないと思う。
アイちゃん「でっしょ?だから妹に言おうか迷ったの~、あんたそういう性格だと彼氏できないっていうか、ろくなことにならないよーって。でも言わなかった。」
私「まあ~相談されてないからね。」
アイちゃん「そう!!相談されてないの!!アッハッハッハッハ!アーッハッハッハッハ!!!!あーこれ妹にどう言ってやろう?って通勤の合間にめぇーーっちゃ考えてて、それで何個か、こうすべきだよね。っていうのが思いついたわけ。自分の答えに満足したのよ。なんていいアドバイスなんだろうって、思った。自分に誇りを抱いた。そこでね、気がついたの!あ、そもそも相談されてないわ!って。この話自体をそもそもお母さんから聞いたからね。」
私「え、お母様から?」
アイちゃん「そう、おかーさん。アッハッハッハ!アーーハッハッハ!!」
さっきからずっと誘い笑いを決めてくるのでこっちもこの辺りで相当つられそうになっている。屈しそう。だがまだ屈しない。
私は平静を保つ為に紅茶を一口飲んでから聞いた。
私「お母さんはさ、何て言ったの?妹さんに。」
アイちゃん「うーん、女の子だからねぇ。もうちょっとねぇ、期待しちゃったんだよねぇ、みたいな。」
私「うんうん。」
アイちゃん「バーーーカかっての!!この時代にそんな感謝のない女が結婚できると思うなよ!って言いたい。でもそんな、剝き出しの本音では家庭が壊れる。」
私「そうだね、それはお母さん悲しむわ。手塩にかけたお嬢さんだから。」
アイちゃん「でも、うちの妹もそうなんだけどなんでこう、当たり前に人に甘えてていいやって思ってるやつってあちこちにいるの?ただお前を健やかに存在させるために消耗されたものやことに感謝しろやってすごい怒りがこみ上げてくる。なんていうか、この怒りが(両手の平を胸の前あたりの位置で天井に向けてアップダウンを繰り返す動き)ね?この(両手アップダウン)怒りが!こみあげるときある、でもこの苛立ち絶対意味ないから、生じた瞬間消化するようにしてる。」
私「しょうじたしゅんかんしょうかするようにしている?」
アイちゃん「そう、早口で囁くようにいうとRADWIMPSみたいになるから言って欲しい。」
私「本当だ~。アッハッハッハ!!」
ついに誘い笑いが初期感染する。
歌がうまくなったような気がして(完全に気のせい)何度か繰り返す。
アイちゃん「あー・・・ホント疲れる。まわりが見えなくて不満ばっかりいうとか、誰かに当たり前に意地悪ぶつけていいと思ってるやつって疲れる。いつ成長すんだよ~。ていうか成城石井のお弁当は美味しいわ・・・。」
あんなに話していたはずなのにすっかり綺麗に平らげていた。
容器を洗おうとキッチンへ向かう背中は呟く。
アイちゃん「そういう子ほど、親がかばうよね。あの子を悪く思わないであげてって。なんだろうなー。」
どうでもいい、最後のしめの挨拶のように、作業的でそっけない声だった。
それから水の流れる音がする。お弁当の空きはきれいにしてから燃えないごみへ。
私「別に悪くいいたいわけじゃないよね。頑張ってるだけなのに。」
ちょっと言葉を省略しすぎたような気がしたけど、咄嗟に口から出たのはそれだけだった。
アイちゃん「うん。私は正しいことしようとして頑張ってる。」
振り返らないまま。ごみをまとめる様子をみて、少しだけ胸が痛んだ。
多分この話の真ん中はこれだったんだ。
いつも、なんだかんだのかわいいわがままやちょっとした不義理を許されて受け止められる妹さんと律儀に誠実でいるけれどそれを褒められる事がないアイちゃん。
褒めてよ なんて言えないよね。
言われたいことほど求めることはできなくなる ときもある
お母さまが悪いわけじゃない。
妹さんが悪いわけでもない。
正しいことをしようと頑張ることは褒められなくて、間違えたり出来ないままのことは愛をもって受け止められる。
こんなひねくれた解釈で語れないこともあるんだけど、出来ない事を許すように出来たことを褒めることは難しいことなんだろうか。
その答えは実際分からない。
アイちゃんはとても気遣いの出来る人だ。
いつも、当たり前にまわりの悩みを受け止めて自然に笑われ役をしている。
私なんかがすごいね、優しいねって褒めるのは偉そうだろうか。
出来ない事を責めたいわけじゃない。
別にこう思ってもどうしようもないし、何の解決にもならないけれど
出来ない子ほどかわいいだけじゃなくて出来る子を誇りに思うもセットであってほしい
わからないこともたくさんあるけれど、分かろうと頑張る。
頑張ればまわりから悲しいことは減るのかな。
恵まれているから、賢いから、お金持ちだから、天才だから
何でもいいけど出来るために備わっているものがあるのなら
努力は帳消しみたいな そんな流れがあるとしたら それは嫌いだ
その上にある努力を軽視するなんていやだ
余裕がありそうに見えたから、美人だから、美男だから、たくさんもっているから
だから我慢させたり傷つけていいとか すこしくらい、とか
全部、嫌いだ。
好きな人が傷つけられるとき、ときどきすべてに対して針を向けて許せないことが積み重なって、そして人に求めたり人のせいにできることなんて殆どないことに気がつく
私には私を変える権限だけがある。
少し黙っていたせいか、アイちゃんが観る映画を品定めしながら横目でこちらを見て、声をかけてくる。
アイちゃん「ろくなこと考えてないんだから、はやく寝なさいよ。私は映画みるから。」
最近私の体調がよくないので、午前中だけ私とお喋りをしてお昼を一緒に食べた後は
隣の部屋で映画を見て帰る、というパターンがアイちゃんやでんきゅうの中で定着しつつある。
私は何見るの~と言いながら歯を磨くため洗面所に向かう。
すっかり元のトーンにもどったアイちゃんはあれこれ続ける。
多分保護者に100%満たしてもらえる人なんていない、と思っている。
皆少しだけ或いは大きく何かを欠けさせて、これから出会う他者に少しずつそれを分けてもらって完璧になっていくのだ。だから人ってこんなにたくさんいる。
私「あれ、髪切った?おしゃれ、前髪の曲がり方がおしゃれ、ねぐせヒュウ~。」
アイちゃん「ね~励ましたいんだとしたら雑じゃない?雑すぎる。あとお金で慰めてほしい。」
私「今日の登場人物の中で一番のゲスじゃん。」
二人「アーハッハッハッハ!」
誘い笑いがもう末期へ。
見た目に美しくないので家でだけにしよう、と話し合ってはいるけれど誘い笑いは楽しすぎて戒めが必要。
実際のところ私は仕事帰りに横浜に連れて行かれた妙齢の女性がどう感じるのか想像はつかない。自由に生きたもん勝ちなのかも分からない。
私に分かることは人は幾つになっても好きな人に褒められると嬉しいという事だ。
それはたとえ年老いた両親であっても、もう甘い言葉を交わさなくなったパートナーであっても、保護されるような年齢をとっくに過ぎていても、多分、しわしわになる日がきても。
転んで起き上がれただけで偉いねって言われた。
転ばないように頑張って偉いねは言われたことがない。
けど本当は偉いよね。
当たり前に他人に気を使えたり、当たり前に弱音をはかないいい子は
そこから転げ落ちないようにいつも、頑張っているんだよね。
そこにいてくれてありがとう。
忘れずに伝えるようにするよ。
あの子は心配ないから
しっかりしてるから
恵まれているから
調子にのりやすいから
鼻につくから
そんな言葉でわたしのすきなひとたちの努力を握りつぶさせてたまるかと思う
がんばってるよ、えらいんだよ
いい子だから大丈夫な人なんてこの世にいない
黙って努力したひとが最後に一等賞をもらえる世界がわたしは欲しい。
それではまたお便りします
円野まど