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アラフォー賢者の異世界生活日記 作者:寿 安清
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おっさん、少年達に自然の恐ろしさを伝える

 イストール魔法学院による学院生実戦訓練、二日目。
 ツヴェイトはともかく、ディーオを含む仲間全員がレベル上げの影響で動けなかった。
 ヴェノムラプターはゴブリンよりは強く、また格もかなり高かったらしく、数多くのヴェノムラプターを倒した彼等は二日目になっても激しい倦怠感が取れずにいた。
 元気なのはツヴェイトだけであり、こうなると実戦訓練に出る事が出来ない。

「まさか、全員が寝込む事になるとはな……。体が適応するまで、しばらく時間がかかるか」
「うぅ……すまない、ツヴェイト……。明日には楽になると思う」

 レベルアップとは、この世界の生物を倒すと得られる魂の力と言われ、その力を吸収する事に飛躍的に能力が向上する現象である。
 詳しい原理は今のところ分かってはいないが、昔から当たり前とされた常識なので、今更おかしいとは思わないのだ。おまけに強くなれば自身の能力が向上し、わざわざ肉体を鍛える必要も無いと言い切る者も出る始末である。
 だが、それは間違いであり、身体を鍛えれば鍛えるほどにレベルアップによる身体能力の許容幅が大きくなり、レベルアップ時の恩恵も大きくなる。また、肉体を鍛えている時もある程度のレベルは上がり、鍛え抜いた者ほど身体能力の上限幅が大きい。
 更に他の技能スキルの向上や、格が上がる事による倦怠感も徐々に緩和されて行く。適応能力が高まるのだ。
 しかしながら欠点も存在し、肉体を鍛えた者はレベルが上がり難くなる傾向が高い。鍛えずに格を上げるか、多少のリスクを承知で体を鍛えるか、そこは個人の問題であろう。

 ファーフランの大深緑地帯に生息する魔物が強い理由がここにある。
 過酷な環境ほど身体能力を鍛えやすく、更にレベルが上がれば成長による効果で更に強くなる。しかしながら過酷な環境に適応している魔物はともかく、人間は大幅な能力の変化に適応力が低かった。
 喩え肉体を鍛えたとしても、人の住む環境下は大深緑地帯に比べて平穏なために環境適応力が乏しく、レベルアップ時の急激な肉体変質に対して体に大幅な変調をきたしてしまうのである。

 また、同じレベルの魔物が相手でも、環境の違いによって上昇するレベルが異なる。
 これは過酷な環境であるほど魔物の魂は強い力を秘めており、人が住む環境周辺の魔物を倒してもたいして格が上がらず、同じ生息環境にいる魔物同士の方が強く成長するようだ。実際に実験をして明らかになっている事実である。
 セレスティーナやツヴェイトが急激に強くなれた理由がこれに当たる。ゲーム的に言うと、ファーフランの大深緑地帯に生息する魔物は人が住む環境課の魔物よりも得られる経験値が多い。その為か、個人のレベルの上がり方にバラつきが生じ、身体能力にも大きな差が生まれるのだ。
 同じ能力の双子が片やラーマフの森へ、片やファーフランの大深緑地帯へ格上げに行けば、当然大深緑地帯へ行った方が強くなってしまう。また、複数で一体の魔物を倒した場合、なぜか経験値は均等に振り分けられるらしく、そこは未だに原因が分からず謎のままであった。
 研究している学者もいるが、リスクがあまりに大きいので研究が進んでいないのが現状である。

「まぁ……今日のところは寝てろ。その代わり、明日は厳しくなると思えよ?」
「お手柔らかにね……。帰りにこの状態で移動となるのは、正直辛いし……」
「考えておく……」

 ツヴェイト達のパーティーは二日目にして行動不能。おかげで今日一日が暇になってしまった。

「さて……暇になったな。どうすっかなぁー……」

 強制参加云々は置いておき、ツヴェイトは元から戦闘経験を積むためにこの訓練参加したのだが、今の状態では意味が無い。ついでにレベルも上がっていない。
 仲間との連携を実戦で試し、戦略案に役立てる情報取集目的が、たった一回の戦闘で一日空きが出来てしまうのは痛い。戦いに休息は必要でも、一人だけ残されると何とも居心地が悪かった。

「……セレスティーナのところにでも行くか。アイツも似たような状況だろう」

 何もする事のないツヴェイトは、おそらく自分と同じように暇になっているだろう妹の元へ向かう。
 その後を三羽のコッコがついて行くが、周囲の目には戦々恐々の視線が向けられている。前日の暴れっぷりが伝わり、警戒されているのだ。
 コッコ達は知らない内に有名になって行く。

 ◇  ◇  ◇  ◇

 ツヴェイトはテントが並ぶ野営地を歩き続け、何とかセレスティーナのテントを見つけた。
 テントの傍らにはセレスティーナとウルナが小さな鍋で何かを煮込んでいる。おそらくは薬草などを採取し、回復薬を製作しているのだろう。
 近くにはクロイサスとマカロフの姿があり、彼等もまた似たような事をしているのだが、クロイサス達の体はもの凄く震えていた。
 嫌な予感が過り、とりあえず様子を見に向かう。

「クロイサス……お前、めっちゃ震えてるんだが……。寝てなくて良いのかよ」
「あぁ……兄上ですか……。昨日は良い素材が手に入りましてね。いてもたってもいられず、つい魔法薬の調合を始めてしまいましたよ……フフフ。手が震えて配合を間違いそうですが……」
「いや、寝てろよ! そんな状態で上手くいく訳ねぇーだろ……」
「目の前に良い素材があるのに、何もせずに寝ていろと? 無理ですね……選択肢すらありませんよ。私から研究を取ったら、何も残りません……」
「……悲しい事を言い切るな! もの凄く不憫な奴じゃねぇか……」

 研究命のクロイサス君。彼は体にかかる倦怠感を耐えながら、震える体に鞭を打つ様に魔法薬の生成を続けている。
 だが、『研究以外に何のとりえも無い』と言い切った弟に対し、ツヴェイトは彼の将来に対して一抹の不安を覚えた。自覚しているなら直すべきだと言いたい。

「ツヴェイト……クロイサスを止めてくれ。このままじゃ、どんなヤバい薬を作り出すか分からん。俺には止められねぇし……立つのもやっとで…」
「マッカランもレベルが上がったか……。ボケ老人並みに手が震えてんぞ?」
「マカロフだ……いい加減に名前を思い出してくれ。ツッコむ気力もねぇんだからさ……」
「ツッコんでるじゃねぇか」

 戦闘を経験した学院生の殆どが似た状態で寝込み、野営地はまるで野戦病院のようなありさまだ。元気なのは傭兵達と戦闘をしていない学院生だけであり、彼等は嬉々として森へと向かって行く。

「パーティー自体は登録されたままだから、他の奴らと森に入る事が出来ん。メンバーを変える事は出来ねぇし、暇でしょうがねぇんだよ。調合の機材は置いて来ちまったからなぁ~」
「俺達も格上げのために来てるんだが、クロイサスの奴は機材を持ち込んで大荷物だ。荷馬車の半分がそれで埋まっちまった」
「持ち込み過ぎだろ……って、クロイサス。……お前、何を調合してんだ? 何やらアヤシイ煙が湧き出てんぞ?」
「おや? 少し、モコナ草の量が多すぎましたか? 泡も出てきましたね……失敗したかもしれません」

 震える手でクリップボードに何かを書き記しながら、クロイサスは呑気のそんな事を言う。
 調合している薬品は次第に灰汁の様な泡が立ち始め、やがて刺激臭が周囲に広がって行った。

「クロイサス、お前は何を作っていたんだ!! クッ……目が……」
「毒草の毒を中和して、薬効成分の高い調合素材にしようとしたのですがね……。魔石の粉末を入れたら変な反応が……おかしい。こんな反応は今までに無かったのですが……」
「なぁ……クロイサス。お前の手にしてる乳鉢に入っている奴……魔石の粉末じゃないみたいだぞ?」
「おや? 火花草の根ですか……。色が似ていましたから、間違えたようです」
「「オイッ!?」」

 ツヴェイトは全力でその場から退避。
 幸い毒は中和され体に影響はなかったが、刺激臭が強過ぎて涙がしばらく止まらなかった。マカロフ君は遭えなく第一の犠牲者に……。
 更に周囲に拡散した影響か、多くの学院生や傭兵が犠牲になる。ツヴェイトは風上であるセレスティーナのテント近くに退避し、刺激臭の影響下から脱する。

「……ひでぇ目に遭った。クロイサスの奴、あんな体調で実験なんかするなよ……」
「ツヴェイト兄様、大丈夫ですか? それにクロイサス兄様……いつもあの様な事をしているのでしょうか?」
「だろうな。マクベスの奴も大変だな……」
「あの……マケロンさんじゃないんですか? ……マッケンローさんだったでしょうか?」

 マカロフの名前を未だに覚えない兄妹だった。

「ところで、師匠は見かけなかったか?」
「私も気になりましたが、どうやら昨日から戻らない様です。イリスさん達は心配していませんでしたが……」
「戻らない? 何でそんな事が分かるんだ?」
「良く解りませんが……イリスさんの仲間でレナさんという方が、『戻ってこない……私の可愛いいスィート・ボゥイが……』と仰っていたとか……。それで、なぜ先生の事が分かるのでしょう?」
「その女……ヤバくねぇか? 何か、そこはかとなく犯罪臭がするんだが……」

 ツヴェイトの勘は鋭い。
 まさか師であるゼロスの知り合いが、重度の少年愛至上主義者などとは思わないだろう。だがセレスティーナの言葉から真実を読み取ってしまう。

「しかし、師匠が戻らないか……。大丈夫か? 後輩共が……」
「まさか、【あの頃】に戻られてしまったのでしょうか?」
「それしかねぇだろ……。しかも、後輩共は講師達の甘ったれた講義内容が正しいと思っている。現実を知るにはいい機会だと判断してもおかしくはねぇ……。師匠は森に入ると野性が表に出るからな」
「大深緑地帯では食料が奪われてしまいましたから、やむを得なかったでしょうが……。今回は……」
「後輩の中には驕った世間知らずのガキがいたからなぁ~……。身の程を知るには良い機会だろうが、徹底的に性根を叩き直されるぞ」

 ファーフランの大深緑地帯で生き延びたおっさんは、自然の驚異を一番理解している。
 何より魔物の恐ろしさを色々な意味で熟知しているので、多少強い魔法が使えるだけでいい気になっている者は、真っ先にその考えが誤りだという事を身を以て体験する事になる。
 人が生活する領域がいかに脆弱で、簡単に壊される物であるという事実を体で体験するだろう。その恐怖は半端なものでは無い。
 生きるか死ぬかの極限に強制的に連れていかれるのだ。

「そう言えば、大物を倒したらしいな? 確か【クラッシャー・ラビット】とか……。今のメンバーで良く倒せたな?」
「護衛に先生の様な魔導士がいましたから……。それも同年代で……少しショックです」
「おい……まさか、師匠の知り合いか?」
「ハイ……魔法の多重展開に無詠唱。とても傭兵のレベルではありませんでしたね。宮廷魔導士並み……もしかしたら、それ以上の実力者かも知れません」
「お前と同年代だと……? 天才か? いや、まさか師匠と同類……考えたくねぇ」

 イリスの存在はゼロス並みに驚愕すべき事である。
 ある意味ではおっさんと同類ではあるが、【大賢者】ではない。イリスは【高位女性魔導士ハイ・ソーサリス】である。

「危ない面もありましたが、傭兵の方々がいてくれて助かりまし……あれ? 兄様……今、不思議に思ったのですが、なぜ私達に傭兵が二人も護衛についているのですか? 確か、パーティーに対して護衛は一人だった筈ですが?」
「サムトロールを含めた馬鹿共が消えた事もあるが、学院から出発する前に低学年の一部のガキ共が挙ってリタイアしたらしい。おまけに、過保護な貴族の馬鹿親が別ルートで護衛依頼を出したせいで、傭兵共の数が増え過ぎたんだよ」
「私達は助かりますが、学院は護衛依頼の報酬を払えるのでしょうか? 確か、赤字経営とお聞きしましたが……」
「間違いなく大赤字だろうな……。貴族の要請をホイホイ受けるから首が締まるんだ。アホとしか思えん」

 イストール魔法学院経営部は、そのほとんどが各派閥に属する魔導師である。
 経営側としても派閥の上層部にいる魔法貴族達には頭が上がらず、彼等から無理難題を要請されると従わねばならない。これは派閥上層部にいる魔導士が経営陣にとって師であり、『跡取りの護衛に傭兵達を送るから、よろしくね♪』などと言われれば、彼等はこの要請を受け入れるべく傭兵ギルドに働きかけなばならなかった。
 その傭兵達は貴族からの護衛依頼と同時に、ギルドで学院生の護衛を懸け持つ事になるため、この仕事は結構おいしいのである。結果として傭兵の数は増え、出費も増える事になるため赤字が確定する事になる。毎年恒例の事だが、初めて学院の公式行事に参加するセレスティーナは知る事が無かったのだ。

 更にサムトロール率いる血統主義者が消え、傭兵に空きが出来てしまったので取り敢えず学院生パーティーの護衛の数が増える事になる。一つパーティーに付き護衛が2~3名、多くても5名ほど護衛が就く事になってしまった。

「どうでも良いが……あの獣人の娘は、何であんなに元気なんだ? お前と狩りに出たんだよな? 全員が副作用で動けない筈なのに……」
「獣人だからではないでしょうか? 獣人族は環境適応が早いと先生から聞きました。既に体の最適化が終わったのでしょう」
「早過ぎるだろ……。俺等でも、大深緑地帯では三日はダルかったのによぉ……」

 ウルナは何故かウーケイと組み手を始めていた。その背後でクロイサスの実験で巻き添えとなった者達が、死屍累々と倒れ伏している。
 その原因でもあるクロイサスは何故か平然としており、新たに別の魔法薬の実験を始めていた。かなり毒耐性が高いのか、あるいは【毒無効化】のスキルを持っているのかもしれない。

 弟の底のしれないしぶとさを見たツヴェイトであった。

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 少年達は森を歩き続けた。
 魔物が種族問わず蔓延る激戦地で生き延び、精も根も尽き果てた表情で疲れた体に鞭打ち、何とか野営陣地へと帰るところであった。

「もう直ぐだ……もう少しで野営地につくぞ……」
「もう……何も怖くない。所詮この世は弱肉強食……平和など幻想、簡単に破れる紙みたいなもの……」
「敵は倒せ……味方は守れ、この世界には神などいない……。信じられるのは己の力と、苦楽を共にした仲間だけ……」
「私は間違っていた……。貴族の肩書など、何の役にも立たない……。この世は地獄、真の強者にならねば食われるだけ……」

 疲れているが眼つきがおかしい。
 まるで獰猛な獣の如くギラつき、ボロボロとなりながらも戦意を失ってはいない。
 寧ろ手負いの獣の如く顔つきは険しく、仮に魔物と出くわしたとしても、彼等は最後まで戦い続けるだろう。まるで歴戦の戦士の様に隙を見せず、僅かな物音に反応しては戦闘陣形を取るまでになっていた。
 そこに少年らしさの欠片は一片たりとも無い。

「……良い具合に現実を知った様ですねぇ。レベルも上がりましたし、先ず先ずの成果ですなぁ~♪」
「………アレは、危険なのではないか? とても子供とは思えん」
「人は、いずれ大人になります。逸早く世界の過酷さを知り、彼等は戦士になりましたねぇ……ククク…」
「……洗脳ではないのか? 過激思想を吹き込んでいる様にしか見えんぞ?」
「教育ですよ。一歩でも人の世界を出れば、そこにあるのは食うか喰われるか……。まぁ、教育もある種の洗脳でしょうねぇ~。現にカーブルノ君は腐ってましたから」
「……それは同感だが…」

 一晩中森の中で戦い続け、倦怠感に曝されながらも生きるために戦い続けた少年達は、無事に戦士としての覚醒を果たしていた。

「環境や生まれついての資質なんて関係ない……弱いなら戦え。戦って生き延びてこそ強者になれる……」
「近道なんて無い。危険に飛び込む覚悟こそが強くなれる秘訣……。臆病は恥じゃない、狡猾に冷静に……敵を知り、己の力の過信するな……」
「知識を学べ、技を鍛えよ……心を磨け……。臆病は恥ではない……敵に冷静な対処ができる長所にもなる……」
「人の常識など、世界の過酷さに比べればちっぽけなもの……。死は必ず傍らにあり、常に寄り添っている。そんな簡単な事に気がつかなかった私は愚かだ……坊やと言われても仕方が無い」

 少年達は何かの悟りを得ていた。だが、その姿はかなりヤバイ感じで、傍目からは壊れたとしか思えない。そして彼等は野営陣地にへと辿り着く。無事に帰ってこれたのだ。
 少年達は今直ぐにでもテントで休みたいほどに疲弊していたが、そんな彼等のところに走り寄る者がいた。執事のような格好をした初老の男性である。

「カーブルノ様ぁ~っ!! 良くぞ……良くぞ御無事で……爺は、爺は心配いたしましたぞぉ!!」
「心配を懸けたな、ズロース……私は大丈夫だ」
『『ズロース!? 本当にネタでは無いのか? それ以前に、何で部外者がここにいる?』』

 この実戦訓練は学院のカリキュラムの一つだ。部外者である使用人がこの場にいる筈はないのだが、ズロースと呼ばれたカイゼル髭の老人は何故かこの場におり、涙目でカーブルノの元に駆け寄ってきた。右手に食べかけのパンを持って……。

「お怪我は! 食事はとりましたか? 爺は、カーブルノ様が心配で……食事も喉を通りませんでした……」
「……その手にあるパンは何だ? まぁ良い……爺よ、私は愚かだった……」
「ハ、ハイィ?」
「伯爵家の地位を……いずれはその家名を継ぐのと慢心し、己を顧みる事なくただ愚かに過ごして来た……」
「それは当たり前の事では無いですか……。どうなされました、カーブルノ様……?」
「だが、それは間違いだった……。伯爵家などという脆弱な地位など、自然の猛威の前では塵芥……。私が愚かなままではいずれ消え失せ、歴史にすら名も残らないゴミと変わるであろう……」
「カーブルノ様? 何か、悪いものでも食べましたかな? もの凄く、爺好みになっておられますが……」

 普段のカーブルノを知っているズロースは、突然覚醒を果たした雄々しい彼に戸惑いつつも、何故かときめいていた……。この老人もどこかおかしい。

「見ていろ、爺! 私は……パンティスキー家を、歴史に名が残る様な名家にしてみせる! あぁ……生まれ変わった気分だ。この倦怠感も、栄光への障害を一つを乗り越えたと思えば清々しい」
『『いや、それは止めろよ……恥ずかしいから! それより爺さん、腰つきがアヤシイぞ!』』

 おっさんとラーサスは、心からツッコむ。
 世話係であるズロースは、よほどカーブルノの成長が嬉しいのか、一段と腰の動きが激しい。
 怪しい。そしてアヤシイ……。

「父上には……近い内に隠居して貰おう。アレは我が伯爵家の恥部だ! 貴族は地位では無い、民に対しての責務であろう。先ずは信頼が置ける家臣が必要、改革を起こさねば我が領内は腐敗する。いや、既に腐敗している!」
「カーブルノ様!! 何と……何と凛々しく……爺は、爺は嬉しゅうございます!!」
『……あの爺さん、何で腰つきがアヤシイんだ? まさか……』
『……武田信玄か? このまま周囲の貴族共を調略や殲滅して、戦乱の世に突き進む気ですかねぇ?』

 貴族としての誇りに目覚めたカーブルノ君は、為すべき事を見つめ、そのビジョンに向かい歩き始めた。
 若き領主の卵は傲慢さがなりを潜め、代わりに気高くあろうとする姿勢に満ち溢れている。
 名前はともかく、今のカーブルノは無駄にイケメンである。

「ほっといても良いですね……関わり合いになると、ロクな目に遭わないかもしれませんよ」
「……同感だ。」

 少年達の帰還と変貌、驚愕しているのは何もズロースばかりでは無い。
 講師達や同学年の少年達も、地獄から帰還した少年達の変貌ぶりに言葉を無くし、迂闊に声を掛けられない。だが、そんな変わり果てた少年達を見て、ひとりの女性が身を震わせながらゼロスを睨んでいた。

「ゼロスさん!」
「な、何ですかね……レナさん。僕は今直ぐ、まともな食事にありつきたいのですがねぇ……」
「私のスィートなボゥイ達に何をしたんですかぁ! あんな……あんなに可愛らしかった子達が、まるで死線から生き延びた戦士達のようにギラついて……」
「いつから彼等がレナさんの物になったかは知りませんが、死線を生き延びたのは間違いありませんよ? フッ……彼等は死と隣り合わせの世界から生還したのさぁ~。最も単純で恐ろしい世界からねぇ……」
「何が……あの子達の身に、いったい何があったんですかぁ!!」
「何って……」

 おっさんの口から語られる彼等の地獄の様子。
 それは……。

 ◇  ◇  ◇  ◇

 少年達の目の前には、魔物の屍に群がる飢えた肉食獣が群れを成していた。
 トーチカ内から魔法で攻撃し、休んでは魔力を回復をしてまた攻撃と、単純作業をこなしている。
 だが、それも長く続けられる訳では無い。いくらカモフラージュしてるとはいえ、トーチカから何ども攻撃が打ち出されれば、知能が低い魔物でも気づく事になる。
 魔物は当然トーチカに殺到した。

『ククク……良い具合に殺到して来ましたねぇ。さぁ、生き延びるために倒すんです。……これが現実、君達の生きている日常の外側の世界ですよ。殺さねば殺される。死体すら残らず食い尽される、実に単純で解り易い世界の摂理』
『た、助けて……もう、魔力が……』
『魔力が枯渇したなら、回復するまで武器で攻撃しなさい。杖も武器にはなりますが? 単純に殴るだけでも効果はありますからねぇ。何なら、そこの壁に穴を開けて、嫌でも戦う状況にしましょうか?』
『『『『ヒィイイイイイイイイイイイイイイッ!?』』』』

 魔王が降臨していた。
 少年達は単純に『格を上げて、馬鹿にしている連中を見返してやるんだ!』程度の心構えしか無かった。
 少しでもレベルが上がれば充分だったのだが、何を間違ったのか魔物の群れに囲まれ孤立状態。傭兵とおっさんの二人は、本当に危険にならない限り手を出す事はない。
 生き延びるためには戦わねばならず、無理やりにでも体を動かし、泣きながら杖で魔物を殴りつけていた。そして……12時間が経過する。

『この程度で生き延びられなければ、大深緑地帯でゴブリンに10分で殺されますよ。あそこは強さが段違いですからねぇ……。強くなりなさい、今よりも更に強く……フフフ…』
『効率良く倒すには連携が必要……周囲に気を配れ……』
『戦力が限られている以上、仲間一人の損失は致命的……。互いに守りつつ的確に処理……』
『魔法は切り札……今は物理攻撃が効果的……』
『敵は殲滅……倒さねば僕達が死ぬ……。所詮この世は弱肉強食……』
『『『『死ね!! 僕(俺・私)達の平穏な生活の為に!!』』』』

 少年達は、戦士に覚醒した。いや、せざるを得なかった。
 そこから後が酷い。ゴブリンを倒して武器を奪い、その武器で他の魔物を倒しては更なる獲物に襲い掛かる。少年達は生き延びるのに必死だった。
 獣を倒すには獣になるしかない。人としての倫理観など大自然の摂理の前には無力であり、戦士となった少年達は要らないものを頭の片隅に置き、戦いながら経験を最適化し戦い続ける。
 何より、生きて帰る事を優先した少年達は精神がレベルアップによる魔力増加で異常に活性化し、レベルが上がる事でかかる倦怠感を精神力でねじ伏せ、魔物をいかに効率良く倒すかに注視する。正に極限状態である。
 そして……気が付けば周りに動く魔物の姿は無くなった。まぁ、おっさん達も死なせないように配慮はしたのだが、その結果は最悪である。

『これで、彼等は強くなった事でしょう。他の学院生よりもぶっちぎりで……』
『……これほど酷い実戦訓練は初めて見た』

 ラーサスも流石に言葉を失う。
 彼は何度もこの訓練の護衛をした事があるが、ここまで疲弊し極限に追い込まれる訓練など初めてである。しかも、少年達が死なない様に魔物を排除しながらも精神的に追い込む事を忘れず、無理やり闘争本能を覚醒させた。
 まともな人間がやる事では無い。

 周りに敵がいない事を確認すると、少年達はフラつきながらも野営地へと足を向け歩いて行く。
 だが、疲れていながらも警戒心は失っていなかった。生きて帰る事が今の彼等の目的なのだ。

 ◇  ◇  ◇  ◇

「なんて事がありましてねぇ、彼等は無事に強くなりましたよ。ハハハハハ」
「悪魔よぉおおおおおおおおおおおおおおっ!! ゼロスさんは少年達の純朴な心を殺して、凶悪な戦士に洗脳したのよぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「人聞きの悪い。強くなる事が、この訓練の当初の目的でしょうに……。僕はそのお手伝いをしただけですがねぇ?」
「だからって、少年の純粋な心を壊す必要があるんですかぁああああああああああっ!!」
「純粋だけでは生きて行けませんよ。彼等は知りました……世界に出れば、生きるか死ぬかである事を……」
「それ、今知らなければいけない事なんですかぁ!?」
「知るなら早い方が良いと思いますが? 何せ、この国は直ぐ傍に危険地帯がありますから……」

 ソリステア魔法王国の傍には、ファーフランの大深緑地帯が広がっている。
 国土の殆どがその領域に面しており、凶悪な魔物が現れれば太刀打ち出来る者がいないのである。喩えるならドラゴンとか。
 何しろワイヴァ―ンを一人で倒せる者がないのだ。レベルが低いだけでなく中途半端な強さに満足し、その強さに甘えている者が多い。
 いざ大深緑地帯から魔物が流れて来たら、まともに戦う事など出来ず一方的に殺される事だろう。それ程までに強さの幅が極端なのである。
 有事の際に何の対処もできずに殺されるなら、今の内に強くなる方が生存率は高まるのだ。

「だからって……あんな……」

 レナの視線は少年達に移る。

「あぁ……平穏とはこんなにも安らぐ事だったんだね。なんて幸せな事だろう……」
「この平穏を壊す存在は、どんな手段を使っても殺す」
「神は何もしない。なら、僕達は強くなり続けなければならないんだ……。この穏やかな時間を守るために」
「そうだ。だが、人の中にも脅威はある。ある意味、魔物の方が純粋だろう……。悪と言う名の魔物を排除せねば、私達はただ利用されるだけで終わりかねない」
「「「「敵は殲滅、そこに魔物と人の区別はない!! 民の平穏のために立ち上がれ、国民達よ!!」」」」
「カーブルノ様ぁ~~~っ、素敵すぎるぅ―――――――――――っ!!」

 少年達の獲物は、魔物だけでなく裏で悪事を働く外道にまで向けられるようになって行く。
 人の道徳を説く教科書が過大講釈され、やがては一つの宗教の経典になる様なものだ。ゼロスの【危険地帯で生き延びる方法】は、少年達にとって正義のバイブルに繋がりかけていた。
 教えてすらいない事を組み込み、別の段階へとシフトして行く。他国の情勢を乱す為に生み出した特殊部隊が、知らない内にテロリストへ変貌を遂げ帰って来る状況に酷似している。
 しかも急速に過激思想になりかけているのが恐ろしい所だ。

「やべ……やり過ぎたましたかねぇ? 僕は魔物相手の手ほどきをしたはずなのに、何故か武闘派の右翼組織の様になってる……。なぜ?」
「それを私に聞く!? あんな風にしたのはゼロスさんじゃないですかぁ!!」
「いや、これは流石に予想外の展開ですよ。よほど、今の学院の内情に不満が溜まっていたのでしょうねぇ。それより……あの執事の爺さんが気になる。彼は大丈夫だろうか?」
「……あの人、私と同じ匂いがするわ。けど、認めたくないのはナゼかしら……」
「そんな事実は知りたくありませんでしたよ。薄々分かってはいましたからねぇ、敢えて無視していたのに……。カーブルノ君の貞操は大丈夫でしょうかねぇ?」

 レナの性癖はおっさんも知っている。レナがズロースを受け入れられないのは、レナはあくまで摂理に従った異性同士であるに対し、ズロースは同性。決して認める訳にはいかない存在の様である。
 やってる事は同じなのに、分かり合えない壁がそこに存在していた。

「同族嫌悪ですか……世界は不条理に満ちている。同じ存在なのに決して交わる事が無い」
「一緒にされると不本意なんですけど……」

 おっさんから見れば、どちらも同じだった。
 異性か同性の違いだけで、幼気な少年達に毒牙を伸ばすという点で受け入れたくない。

「さて、と……徹夜で眠いので、テントで一眠りしますかねぇ」
「ちょ、ゼロスさん!? まだ話は終わってないわよ、あの子達を元に戻して!」
「無理。動き出した者は、もう止められない」

 過酷な生存競争の場で、生き延びる手段を教えた事に対して責任はあるが、変な思想を混在させて新たな境地に至った者に対してはどうする事も出来ない。
 無責任と言われようが、決断したのは少年達だ。おっさんの予想とは斜め方向に突き進んでいく。

「「「「一人は皆の為に、皆は一人の為に!!」」」」

 どこぞの銃士隊の如く誓いを立てる少年達。
 優秀な人材となるか、過激思想のテロリストのようになるかは彼等次第であった。

「カーブルノ様ぁ~~~っ、儂を抱いてぇ―――――――――――っ!!」

 一人変なのもいたが、おっさんは見なかった事にする。
 恍惚な表情を浮かべ、鼻水を流しながら感極まったかのように絶叫する初老の老人など、記憶の片隅にすら留めておく気はない。
 寧ろ即行で忘れたかったので、さっさとその場から退散した。

 その後、野営陣地で食事を済ませたおっさんは、自分のテントで爆睡したのである。
 嫌なものを記憶から忘れるかのように……。


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