第69話 多重詠唱
森を抜けて川を二度ほど渡る頃には、剣呑な雰囲気が漂い始めた。リキオーはマリアを下がらせて、ハヤテと共に前衛に出る。周囲を警戒すると首の裏がチクチクするような殺気が伝わってくる。
「油断するな。大物がいるぞ」
リキオーは正宗の鯉口を切って周囲を睥睨する。そこへ、ザアアッ! と葉擦れの音が津波のように寄せてくると、上から巨大な影が急降下してくる。
「ヘルバードだっ、下がれッ!」
死を運ぶ鳥、それがヘルバードだ。まず対空の手段がなければ一方的に狩られてしまう。絶対に諦めない執念は御しやすいところであるが。
プテラノドンのような長い頭と鋭利な嘴、そしてエイのような長く鋭い尾を持つ。相当レベルは40。リキオーにとっても格上の相手だが、パーティなら対処の方法はある。
『ウェポンスキル発動【刀技必殺之壱・疾風】!』
リキオーはヘルバードの初撃を躱したあと、すかさず対空の技を発動する。しかし、ヘルバードは下から迫ってくる不可視の攻撃を気配だけでヒラリ、と避けてみせた。
「くっ、さすがだな」
「守りますっ、プロテクトヴェール!」
カカカッ、と石の鎧のようなエフェクトがパーティ全員に掛かり、アネッテの防御呪文が完成する。
「あの機動だ、落とすのは厄介だな。アネッテに頑張ってもらう。マリア、俺と一緒にアネッテを守るぞ。ハヤテ、ヤツには【咆哮】は効きづらい。様子を見て飛びかかれ」
「ああ!」
「わうっ」
リキオーは懐から体調維持の丸薬を取り出して、アネッテとマリアに配って自分も飲み込む。
「鳥だからな、超音波が来るかもしれない。一応、飲んでおけ」
「はい」
「分かった」
気休め程度だが、鳥族モンスターの特殊攻撃【超音波】のもたらす混乱の状態異常への抵抗力を上げておく。
そこに再び、ザァァッ! と津波のような葉擦れの音と元にヘルバードが襲いかかってくる。突進速度に合わせて、リキオーも刃を走らせるがダメージを負った様子もなく、長い尾をしならせてマリアの構える盾を弾き飛ばさん勢いでぶつかってくる。
「くぅっ!」
「マリア、耐えてっ。ショートヒール!」
衝撃をもろに受けて膝を突きかけるマリアにすかさず、アネッテの回復呪文が飛んでくる。防御に徹するマリアの後ろで、アネッテは光系弱体呪文でじわじわとヘルバードのHPを削るが、効果があるとは言いがたい。
しかし、広げた羽根を大きく羽ばたこうとした時、ハヤテがダッダッ、と駆け抜けて、ジャンプ! そして、二段跳躍を決めてひらり、と体勢を入れ替えるとガァァッ、と吠えた。
ハヤテの必殺技、ムーンリットラッシュが決まり、初めてヘルバードのヒットポイントがガクガク、と大きく減じた。
だが、ヘルバードは怯みもせず嘴をカッ、と大きく開いた。その瞬間、イィィィィ、という音にならない響きがその場を支配する。
ヘルバードの特殊攻撃【超音波】だ。なんとか耐え切ったものの、追撃のチャンスは奪われ巨鳥は高空へと退避していた。
「キュゥ~ン」
「あ……」
「あ……」
三人は効果を免れたが、ハヤテはまともに【超音波】を浴びて、目を回している。ぐるぐる目玉でバテているハヤテの姿は緊張感の欠片もない。
継続している戦闘の緊張の中でお馬鹿な雰囲気が流れそうになったが、リキオーはスルースキルを発揮してハヤテを無視した。
『可愛いなあ、ハヤテは……ダメだ、吹いちゃう』
内心ププッ、と吹きながら、ヘルバードを見据える。ハヤテの三連続の爪撃を受けて、巨鳥の羽ばたきはやや衰えているようにみえる。
「ハヤテはよくやったぞ。あとは俺達で何とかしよう。奴が急降下してきたら俺が技を仕掛ける。一瞬、ヤツの動きを止めるから、アネッテは【多重詠唱】使っちゃえ。あとはタコ殴りだ」
「はいっ」
「おうっ!」
リキオーはスキル【心眼】を発動させて分身を生み出すと、【練気】で闘気を纏う。そして、鞘に手をかけて刀身を抜き放つと、刃を肩に背負った。
やや羽ばたきにもたつきを見せながら、ヘルバードが急降下して地表近くで反転、ザァァッ! と葉擦れの音を立てながら迫ってくる。
『ここだッ』
リキオーはヘルバードが追突する寸前、刀身を巨鳥の鼻先に打ち据えた。スッパーン! と衝撃音が響く。しかし、当てたのは刃ではなく棟の方だ。
『スキル発動【峰打ち】!』
「ギョギョッ!」
ヘルバードが目をパチパチさせて、奇声を上げる。ダメージは実質ゼロだ。しかし、【練気】で倍加された衝撃波が、その瞬間だけ巨鳥の意識を刈り取る。
それがリキオーの狙いだった。
アネッテが両手で杖を構えて、詠唱を開始する。【多重詠唱】の影響で彼女の声がダブって聞こえた。
「「爆ぜてッ、サンダー・ボルトぉ!」」
カッ、と閃光が走って、その場を鋭い光が支配した。そして、ガッ、ガガッ、と太い紫電が渦となって天と地を走って、ヘルバードを雷光の檻に閉じ込める。
『す、スゲーッ、こりゃ、終わったな』
まるで、高圧で吹き付けられる水で、何でも切ってしまうウォーターカッターのように、太い紫電が巨鳥の体を走るたびにバリバリ、と破壊してヘルバードの皮膚で小刻みに爆発している。
リキオーもここまで【多重詠唱】の効果が高いとは想定していなかった。
ヘルバードは断末魔の声を上げる暇もなかった。全身を生きながら、なます切りされているのだ。
光が収まった時、巨鳥の残骸がシュウシュウ、と生焼けの煙を立てて焼け焦げた破片をその場に残しているだけだった。
「……」
一同、言葉もなかった。
アネッテは自分でしておきながら、えっ? えっ? とパーティメンバーの顔を見回して挙動不審に陥っている。
マリアは、被っていた目つきの悪くなるブロンズキャップを外して、惨状に眉をしかめていた。
「とりあえず、休憩しよう。気が抜けたわ、アハハ」
「で、ですね」
アネッテは苦笑して冷や汗を掻いている。だらん、と足を放恣に投げ出して弛緩しているハヤテの傍らに跪いて介抱している。
「アネッテは凄いな。こんな魔法、王都でもめったにお目にかかれないぞ」
「まあ、そりゃそうだ。これはアネッテがエルフで精霊術の特性がずば抜けているから起こせるんだからな」
リキオーとマリアは、巨鳥の残骸を爪先で蹴飛ばしながら話した。
「このパーティは変則的な構成だが、もしお前が騎士隊で定型的な構成の時にヘルバードに遭ったら、どう対処する?」
銀狼団の構成は遊撃が2、回復兼攻撃の魔法使いが1、盾が1の変則構成だ。
冒険者パーティでは回復、または攻撃でもいいが魔法使いがいないことが多い。
パーティメンバーに恵まれている、騎士団や国境警備隊などのパーティなら、回復を賢者が、攻撃を法術士が担当し、あとは遠距離攻撃枠がいるのが普通だ。
リキオーはパーティを組む際に、野良魔導師とパーティを組むのが難しいとギルド職員から聞いて、エルフの魔法使いを求めた。エルフの精霊術士なら回復と同時に攻撃も兼ねるからだ。
彼女を中心にした構成を考え、盾としてマリアを迎えて、ハヤテもいるし、それ以上の追加メンバーを要求してない。
精霊術士以外の魔法使い、賢者や法術士にはそれぞれ独自の魔法による攻撃の組み立てが違ってくる。
賢者は回復と状態異常のエキスパート、法術士は攻撃と弱体魔法が強いなどの特徴がある。 パーティメンバーの性能によって戦闘の組み立て方が違ってくるのは当然だ。
「うん、どうだろうか。盾1枚で対処できないだろうし、やはり序盤は法術士で攻め、賢者を守って時間を掛けて粘るしか無いな。それでも倒しきれるかどうか」
「まあ騎士隊であれば複数パーティがいる前提だろうし、他のパーティの支援を受けながら戦えば、死人が出ることもそれほど無いだろうしな」
リキオーはステータスウインドウを広げて、ハヤテが状態異常から回復したのを一応確認して、マリアの状態を確認するが今の戦闘でレベルは1しか上がっていない。
取得経験値の法則で言えば、ヘルバードのレベルは40で上限はプレイヤーレベル+30迄で3300で固定だ。
マリアはレベル8だったのでいっぱいいっぱいだ。
前回までの累積と足しても、次のレベルまでの経験値2200をわずかに超えるだけに留まっている。ヘルバードはめったに遭遇しないし、乱獲できるほど弱い相手ではないので、レベル上げには向かない。
「アネッテ、これ飲んでおいて。多重詠唱を使った感想は? MPごっそり持って行かれた?」
「ありがとうございます。えーと。私の感覚ではあまりいつものと変わりませんでしたよ」
「そうか。スキルの恩恵でMP消費は普通に撃つのと変わらないんだな。まあ撃ちどき、使いどきを選ぶのは変わらないけど、便利だなあ」
アネッテが受け取ったMPポーションの小瓶を傾けて、んーっ、と目を閉じて飲むのを眺めて呟いた。
空になったポーションの瓶を受け取ると、アイテムボックスに放り込む。それを見ていたマリアが話しかけてくる。
「ご主人、今、アネッテに渡していたのはポーションなのか」
「ああ。そうか……。マリアが俺のこれを見るのは初めてか。まあ、そうだな。俺は待つのがイヤなんだよ」
「私も作戦に参加していた時に見たことがあるが、酷く高価だと聞いている。そんなものを気楽にパーティメンバーに振る舞えるのだから、ご主人は懐が深いな」
「そ、そうか? アハハ……」
以前、アネッテに叱られたのはと違うが、妙な感心の仕方にどう受け取ったらいいのか分からずに誤魔化した。
「峰打ち」についての補足:
「峰打ち」の表現について感想で指摘されました、刀の背の部分について私の小説では「棟」としています。その件については活動報告のほうをご参照ください。
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