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ビッグマウスのシェスタ
「なあ、今日はどこ行こうか」
「やっぱり森東部だよね、ここは最弱の森だから、うまくすればお手頃な勇者を倒せるかもしれないよ。リュウもそれでいいでしょ?」
「ん? ああそれでいいぜ」
テリーとリリ、三人で何となく集まって、なんとなく今日の行動を決めていた。
二人と「ドラゴンナイト」を結成したのは大正解だった。
それを他のモンスターたちにいうと。
「くすっ、ドラゴンナイトかいいね」
「あんまり無茶しないのよ」
みたいな事を色々いわれて、生暖かい目で見られた。
下級モンスターが背伸びをしている感がちゃんと伝わった。
これで厄介事から遠ざかる、むしろ厄介事にこっちが首突っ込もうとすると「はいはい危ないからあっちいこうね」って言われるくらい温かい目だった。
厄介事から遠ざかりたいおれにとって、二人とこの「ドラゴンナイト」を続けるのがベストな方法だ。
そうして、駆け出し勇者が経験値稼ぎでやってくる最弱の森、ディープフォレストに行く事になった。ちょっとしたピクニック気分だ。
「あーはっはっはっは」
途中、聞き覚えのある高笑いが聞こえてきた。
「なんだありゃ?」
「ちょっといってみようよ」
「いや面倒なのは――」
「いこーよ、ねっ」
インプのリリはおれの上に乗っかって、頭を掴んでハンドルのようにねじって方向転換しようとした。
「わーった、わーったから頭ひねるな」
仕方ないから、テリーとリリの二人と声のする方に行った。
そこに数体のモンスターがいた。
一体は昨日あったばかりのやつだ。
人間よりちょっと大きいくらいのネズミのモンスター、ビッグマウスだ。
そいつが中心にいて、他のモンスターが取り囲んでいる。
「すげえよシェスタさんは、一人で10人の勇者を撃退してしまうなんて」
「まあ、それほどでもあるかな」
「ねえ知ってた? あの中に有名な火焔刀のサイバンがいたんだよ。結構つよい勇者だったんだよ?」
「んん? 言われてみれば確かに手応えの有るやつが一人いたかもしれねえな。だがおれ様にかかりゃちょちょいのちょいだ」
「シェスタさん素敵!」
モンスターたちはビッグマウスのシェスタ取り囲んでしきりに持ち上げていた。
「なんだありゃ」
「昨日の事だよ、シェスタさん一人で勇者を撃退したのが噂になってるんだ」
「ああ、なるほど」
得心するおれ、ビッグマウスのシェスタをみる。
たくさんのモンスターたちに囲まれて上機嫌になってるそのすがた。
面倒くせえ、ものすごく面倒くせえ。
転生する前はおれもあの輪の中にいたから分かる、ああやって持ち上げてくると、その後なんやかんやで面倒臭い頼みごとが来るんだ。
シェスタがそうなったのは昨日おれがかれの体を操作して勇者を撃退したから。
ふう、自分でやらなくてよかったぜ。
「いいなあ、おれもあんな風になりてえよ。そうしたら女にももててウハウハだぜ」
「テリーってそんなにモテたいの?」
「あったりまえだろ? おれの夢はな、将来人間の街を占拠して領主様になって、年頃の美少女の初夜権がおれの物って法律をつくるんだ」
「しょやけん?」
首をかしげるリリ。
「処女は全部おれのもの、ってことだ」
腰に手をあてて威張っていうテリー。
はは、ぶれねえなこいつは。
「そっか。だったらドラゴンナイト頑張らないとね」
「おうよ」
「……そうだな」
そこそこにな、おれは面倒なのいやだから、本当そこそこに頼む。
「ねえシェスタさん、火焔刀のサイバンをどうやって倒したのか教えて?」
「え? そ、それは……」
口籠もるシェスタ。こたえられねえよな。
「わ、わすれちまったぜそんなの。歯ごたえなさ過ぎていつの間にか倒してしまったからな」
「そっか!」
「さすがシェスタさんだ!」
あっ、うまくごまかした。
まわりはますますシェスタを持ち上げて、かれはますます得意げになって高笑いした。
「お兄ちゃん」
森の奥からユイがやってきた。
ドラゴンのユイ、マザードラゴンの実の娘で、上級モンスターがたまにできる、モンスター形態と人間形態に変身できる能力を持つ。
元の姿は不便だから、彼女は普段角だけ出してる人間の姿をしている。
そんなユイがおれのそばにやってきた。
シェスタをみてるテリーとリリに聞こえない様に耳打ちしてくる。
「お母さんから伝言。森の東に妙な気配を感じる、みてこいって」
「またかよ」
「お母さんでも偶然察知できた程度の気配、お兄ちゃんじゃないと危険かも知れないって」
「おいおい……」
気配を消すって言うのは、当然ながら強い相手であればあるこそ消すことが出来る。
マザードラゴンの母さんが偶然察知できたほどの相手なら強くて面倒なのが確定じゃん。
もう……。
「あたし、伝えたからね、じゃ」
ユイはスタスタと立ち去った。
「どうしたのリュウ?」
リリが聞いてきた。
「実は……」
「話は聞かせてもらった!」
「どわっ!」
いきなりのことで危うくひっくり返った。
そう言ってきたのはシェスタ、さっきまで囲まれていたかれが目の前にやってきていた。
「き、聞かせてもらったって?」
「マザードラゴン様のご命令なんだろ?」
「う、うん」
「だったらおれに任せろ、このビッグマウスのシェスタにな」
そう言って大いばりで、更に高笑いするシェスタ。
おいおい、今の聞こえたのかよ。
地獄耳だなあ。
☆
ドラゴンナイトの三人、そしてシェスタ。
モンスターの四体が森の中を歩く。
シェスタが大股で先導して、テリーはゴブリンらしくちょこまかとついていく。
リリはおれの上に乗って、ドラゴンナイトらしさを演出していた。
「怪しいものでてこーい、この、ビッグマウスのシェスタ様が相手になってやるぞ」
シェスタはわめきながら歩いている。
なんなんその自信は。
「すごいね」
「そうか、あれを真似したら人間の女にモテるかな」
しない方がいいとおもうぜテリー。
「どうしたどうした、このおれ様が怖く……」
先頭を歩いていたシェスタが急に沈黙した。
糸が切れた人形のようにぱた、と倒れてしまう。
「お、おい。どうしたんだよ」
「シェスタさん? 大丈夫?」
「お前ら動くな!」
「「――ッ!」」
シェスタに駆け寄ろうとする二人を一喝して止めた。
「ど、どうしたのリュウ?」
「なんかあったのかよ」
「……」
おれはじっとまわりをみた。
深い森、漂う濃厚な魔力。
その中から違和感を嗅ぎ取る。
「――あぶない!」
体をひねって、おれに乗っかってるリリを真上に投げた。
次の瞬間頭上になにかが通り過ぎていく。その後リリがおちてきたまたおれにのった。
剣……いやナイフか。
一瞬だけ見えたのは弧を描く鈍色の閃光。
ロングソードとかじゃなくてナイフの類だ。
「ど、どうしたんだよ」
「いる」
「勇者がいるの?」
「ああ」
頷くおれ。
更に意識を集中してまわりを見回す。
テリーとリリは不安そうな顔をした。
なるほど、これはやっかいだ。
母さんでも偶然感知できたってのは伊達じゃない。おれだと向こうが攻撃してきた瞬間にしか分からない。
「はなれろ」
「え?」
「おれから離れろ、早く!」
「う、うん!」
テリーとリリは言われた通りおれから離れた。
遠くにいたら分からないけど、近くにいるから感じる。
そいつは一度よけたおれをターゲットにしてる。
殺気みたいなものがおれに向けられている。
神経を集中、感覚を研ぎ澄ます。
次の瞬間、鈍色の閃光が更に来た。
弧を絵描いて、スライムの体を横から真っ二つにしようとうなりを上げる。
ナイフが体に当たって、切っていく。
「――っ!」
途中でナイフが止まった、それによって相手の姿が見えた。
黒装束の男、表情はよく見えない。
だけど焦っているのが分かる。
「なぜこれ以上切れない」
「切ってないぜ、そもそも」
「え?」
「ナイフが当たった瞬間体を変形させて通らせたんだ、それで体の中に入ってきたところでガッチリ固めたわけさ。スライムの体の応用技だよ」
「ばかな、スライムにそんな硬度があるはずが」
「……」
「ええい、ならばこれで――」
もう一本のナイフを取り出す黒装束の男、新しいナイフは魔法の紋様が刻まれてる、そいつの奥の手だろう。
それを使わせるはずがなかった。
黒装束の男の後ろから猛烈な勢いでシェスタが飛んで来た。
白目を剥いて、まだ気絶しているシェスタだ。
そいつがすっ飛んできて、男の両腕をかみ砕いた。
もちろん、おれがこっそり操ったものだ。
「くおっ!」
あわてて飛び下がる男、そのまま気配を消して、この場からいなくなった。
「リュウ!」
「大丈夫? 怪我はない?」
男がいなくなったあと、テリーとリリがおれのところに駆け寄ってきた。
「大丈夫だ」
「でも切られたよ?」
「スライムに斬撃はそんなに効かないからね、それにシェスタさんが助けてくれたし」
そう言いながら、こっそり二人に気づかれないように気付けの魔法をシェスタにかけた。
すると白目を剥いたシェスタが起き上がる。
何が起きたのか分からない様子でまわりをきょろきょろする。
「すごいねシェスタさん!」
「ほえ?」
「みたぜ今の。これが10人の勇者を一人で撃退した力か」
「……?」
「シェスタさん、あのスゴイ勇者を一撃で撃退したんだよ。覚えてないの?」
まだ状況が分かってないシェスタに助け船をだして、説明するようにほめる。
これ以上分からないでいられると面倒くさくなるかも……って思ったけど全然そんな心配は必要なかった。
シェスタはきょとんとしている顔から一瞬でキリッとなって、おれ達三人に決め顔を作った。
「まっ、このおれ様にかかりゃあれくらい」
「さっすがだぜ」
「あーはっははっは」
さっきと同じ、囲まれて、褒め称えられて高笑いするシェスタ。
何も知らないのによく威張れるな。
「あーはっははっは」
まったく、やれやれだぜ。
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