時間がある時は書店に行って、隅から隅まで並んでいる本のタイトルを眺めるのが好きです。
今日は余裕があったので、久々に書店の中をゆっくり見て回りました。
気になったのですが、世界の戦争史や戦術に関する本のコーナーに、「大和魂」という言葉が入ったタイトルの本が何冊も並んでいました。
そんなわけで今回は、大和魂について書いてみます。
源氏物語と大和魂
大和魂という言葉が日本で最初に登場するのは、紫式部が書いた『源氏物語』です。
この中に
才を本としてこそ、やまとたましひの世に用ひらるる方も
と書かれた部分があります。
当時の東アジアで、文化の最先端だった中国の「漢才(からざえ)」に対して、「やまとたましひ」は日本人固有の「知恵」「思慮分別」「情緒を理解する心」のことを指していました。
これを現在に置き換えると、西洋文化や科学、学問に対して、日本の風土や文化に合った生活の知恵や能力といったものになると思います。
これが、大和魂の本来の意味でした。
藤原時平と大和魂
本来の大和魂を理解するのに分かりやすい、歴史上の人物のエピソードがあります。
平安時代に活躍した貴族・藤原時平は、学識は無いが大和魂を持つ人物として一目置かれていました。
醍醐天皇に左大臣として仕えていた藤原時平は、「奢侈(贅沢」禁止令」を出します。
時平は率先して、質素な服装で参内したり、倹約に努めます。
しかし、他の貴族達は奢侈禁止令を守ろうとはせず、豪華な服装で参内し続けていました。
そこで時平は、醍醐天皇と打ち合わせの上、わざと華美な服装で参内します。
その姿を見た醍醐天皇は激怒し、
「奢侈禁止令が出でいるのに、かような美麗を尽くした衣装で参内するとは何事か。時平は内裏に入る事は許さぬ」
と、時平に内裏から退出することを命じます。
これを聞いた時平は、震えながら恐縮し、内裏から逃げるように退出しました。
それから1ヶ月の間、時平は自宅にて謹慎・閉門します。
醍醐天皇の許しを得てから、ようやく参内することができるようになりました。
これを見た他の殿上人達は恐怖し、
「左大臣という高い地位にある、時平様が謹慎させられるのであれば、我々はもっと重い罰が課せられるかもしれない」
と、慌てて奢侈禁止令を守るようになりました。
こうした機転や知恵のことが、本来の大和魂です。
今昔物語と大和魂
もう1つ、平安時代末期に書かれた『今昔物語』の中に、明法博士(みょうほうはかせ)の逸話があります。
明法博士とは、当時の法律を大学で学生に教える人のことです。
当然ながら、学識豊かな人の仕事になります。
学識(漢才)は豊かでも、大和魂はない人物として、『今昔物語』の中で描かれている人物がいます。
明法博士に、清原善澄という人物がいました。
ある日の夜、清原善澄の家に強盗が押し入ります。
戸を蹴破る音で目を覚ました善澄は、慌てて床下に隠れました。
強盗達は、家の中に誰もいないと思い、安心して室内の金目のものを持ち出します。
その物音を、生きた心地がせず善澄は床下で聴いていました。
しばらく経って静かになると、善澄は恐る恐る床下から這い出します。
強盗達が引き上げ、荒れ放題になった室内を見渡すと、善澄は怒りで我を忘れ、強盗達を追いかけます。
強盗達の背に向かって
「お前たちの顔は覚えたぞ! 朝になったら検非違使(警察)に連絡して、全員捕まえるからな!」
と叫びます。
それに気づいた強盗達は、踵を返して善澄の元へ戻り、「殺してしまえ!」と善澄に襲いかかり、善澄は打ち殺されてしまいました。
この話の最後は、次のような言葉で締めくくられています。
善澄は、漢才に恵まれてはいたが、大和魂がないからこんな浅はかなことを言ってしまい、結局殺されてしまった
誤解された大和魂
江戸時代後期から、「大和魂」は日本国民特有の
清らかで死を恐れない気概や精神
という意味で使われるようになりました。
これは、江戸時代に成立した「国学」で、大和魂という言葉が日本の独自性を主張するための政治的な言葉として使われ始めたのが原因です。
国学の中では、
大和魂という言葉を最初に使ったのは、遣唐使を廃止して日本固有の価値観をつくることに貢献した菅原道真である
と、捏造された歴史が用いられるようになります。
幕末から誤用され続けてきた「大和魂」は、現在も本来の意味とは異なる使い方がされているケースが多くあります。
大和魂という言葉が持つ、本来の意味の
-
日本流の知恵
-
思慮分別
-
知的な論理や倫理ではなく、感情的な情緒や人情によって物事を把握し、共感する心
-
社会の中でものごとを円滑に進めるための能力
といったものが正しく伝わっていれば、日本近代史における悲惨な戦争の歴史も、違ったものになっていたような気がします。
参考文献
眠れないほど面白い『今昔物語』: 欲望、性愛、嫉妬、ユーモア……男と女の「生の息づかい」 (王様文庫)