みなさん、社畜してますか?
今回は、「何でも屋」でこなした仕事の中でも、とくに思い出に残っている「別れさせる女リンゴの話し」を記事にします。 アカバネ
↑ この記事の続きになります、良かったら初めから読んでみてください。
「何でも屋」での日々が始まり、24時間勤務の余りの過酷さに、アカバネはリアルに死にかけていました。
とにかく時間が不規則、1件1件の現場が尋常じゃなく遠い、そしてあんまりお金にならない仕事ばかりと、正に地獄のバミューダトライアングル。
「何でも屋」そこは、、、
どこに出しても恥ずかしくない、本物のブラック会社でした。
本当に毎日、辞めることばかり考えながら働いていました。
深夜0時に電話がなり池袋でトイレ詰まり除去の仕事、家に帰り着いたのが深夜3時、倒れるように眠りにつき、朝5時に「アカバネ君、仕事」と電話が入り寝ぼけながら「現場は何処ですか?」と尋ねると「茅ヶ崎」との返答。
思わず「砂交じりのですか」と聞くと「そうそう、ラララーララララーラーラー」と歌い出すS社長、朝5時に社長の「勝手にシンドバッド」を聞きながら起きるアカバネ、これほど不快な目覚めをアカバネは他に知らない。
2時間しか寝れずに茅ヶ崎へ車で向かうアカバネ、その当時住んでいた大田区西馬込から茅ヶ崎まで、高速を使っても3時間はかかり、やっと着いた茅ヶ崎で行った仕事は、、、犬3匹(ゴールデンレトリバー)の散歩でした、、、おもわず「散歩ぐらい自分でしろや」と客に言いそうになりましたが、グッと飲み込み犬3匹(ゴールデンレトリバー)に引き摺られながら海辺の散歩1時間、、、正直死ぬかと思いました。
とにかく「何でも屋」は、怪しい会社でした。
事務所は世田谷の普通のマンションの一室で、ドアにもポストにも社名は貼っておらず、事務所に呼ばれるときは、必ず他の社員と時間をずらして呼ばれるため、どんな人がいるのか、何人くらい働いているのか、何も分からないまま働いていました。
その時は、何故そんな事をする必要があるのか分かりませんでしたが、今考えてみればおそらく、顔を合わせた社員同士が徒党を組んで、待遇改善や給料UPを訴えて来るのを、防ぐための処置ではないかと思います。
そしてついにあの仕事が入ります、、、
「別れさせる女リンゴ」の登場です。
つづく
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