2017-06-17

売れない芸人なんだが聞いてくれ

バイトしながら売れない芸人をやってる。 ごめん、いきなりカッコつけた。正確にいうと芸人を名乗れるほどのもんじゃない。 正月明けにオーディションに受かって、今は週1で事務所ネタ見せに参加してる。それだけ。まだ芸歴半年ぐらい。

テレビ出演なんて夢のまた夢。ライブに出たのもたった3回で、すべて新人向けのゴングショー。こないだなんて全くウケなくて、一分足らずでゴングが鳴って即退場。会場中に失笑漏れて、それが唯一起きた笑い。

その時のスベり方があまりに壮絶過ぎて、相方がショックのあまりコンビ解散を決意。お笑いを辞めて就活すると言い出した。

いやいやいや、誘ってきたのおまえだし。 さすがに勝手すぎるだろ!と思ったけど俺はすぐに了承した。

正直いうと、もともとそこまで本気でやりたかったわけじゃなかった。もちろんお笑いは大好きだけど、一生の仕事にしたいかというと、そんな覚悟もなかった。相方に誘われて興味本意で始めたというのが本音ネタも全部任せきりだったし、ウケようがスベろうがあまり気にならなかった。 何かの間違いでふらふらと迷いこんでしまったけど、ひやかしで居れるような場所じゃない、そろそろ出なきゃダメだ、相方も辞めると言ってるし、いい機会だ、さあさあ、退散しよう。そんな風に思ってた。

ところがそんな矢先に、同期のコンビが突然解散した。めちゃめちゃ面白いコンビで、所属した翌月には定期ライブレギュラーに抜擢されるほどだったのに。彼らは某一流大学に通っていて、卒業後は就職せずにお笑い一本で行くと宣言していた。にもかかわらず、解散してしまった。

はっきりいって俺は彼らのファンだった。同期のファンになってどうすんだって感じだけど、惚れちまったもんはしょうがない。単純にすごい才能だと思ったのだ。特にボケのT君。彼の発想には目を見張るものがあった。一言でいうと天才肌。シュールって言葉安易に括るのはさすがに陳腐かもしれないけど、基本的にはその系譜だと思う。デビッド・リンチ映画漫才翻案したみたいな感じ。しか難解なだけじゃない。ぶっとんだ発想をポップに昇華させていて、ライブでもネタ見せでもどかんどかんウケる

T君は見た目は長身で痩せてて、漫才でもコントでも終始ボソボソ喋り、ほとんどテンションを上げない。どこか心を閉ざした雰囲気芸人っぽいクールな色気を放ってるんだけど、たまにはにかむと一気に幼い顔になる。ライブではすでに固定ファンも付いてたし、世に出るのも時間問題だろうと俺は確信してた。

そんなコンビ解散してしまったのだ。T君の相方が前々から自分の才能の限界に悩んでたというのが主な原因らしい。確かに彼はT君のような天才肌ではなかった。良くも悪くも非常に器用なタイプに見えた。社交的でそつがなかった。T君とは正反対だ。だからこそ、端から見るとすごくバランスが取れていた。でも本人はその辺りに自身限界を感じていたのかもしれない。真相はわからない。

ほどなく俺らのコンビもひっそりと解散して、これですべて終わるはずだった。しかし、ここから事態が急変した。T君から電話がかかってきたのだ。

俺とT君は同期ということでラインの交換はしていたものの、交流は皆無だった。彼らは未来スターで、俺らはゴングショー止まり。関わることに何となく引け目を感じていたのだ。

ところがT君は電話口で驚くべきことを言った。俺とコンビを組みたいと言うのだ。お互い同期だし、年も近いし、同じ時期に解散したのも運命だと思う、T君は電話口で熱心にそう伝えてきた。その口調はネタ中のクールなT君ではなかった。まるで子供のような頑なさで、とにかくコンビを組もうと口説いてくるのだ。

この人は本当にお笑いが好きなんだと思った。彼にとってはお笑いが全てなのだ。そして今、相方を失い、ギリギリ状態なのだ。だからこんなに必死なのだ

T君の思いが痛いほど伝わってきた。俺は感動してしまった。彼のひたむきさに。その熱に。

そして俺は嬉しかった。とてつもなく嬉しかった。天にも昇る気持ちだったかもしれない。密かに才能を崇めている相手が、必死になって俺を求めてくるのだ。体中の細胞が粟立った。初めて味わう感覚だった。

「俺でよければ」そう答えると、彼は電話口で荒い息を吐いた。安堵したのか、歓喜したのか、よくわからなかったが、とにかくT君の吐く息が俺の耳をくすぐった。

翌日、T君はさっそく俺の部屋にネタ合わせにやってきた。T君はすでに台本も完成させていた。コントだ。俺は女子高生役。女役は未経験だ、大丈夫だろうか、不安が募る。T君は衣装も用意していた。俺は制服に着替えた。思ったよりスカートが短い。T君はジャージ姿になった。熱血体育教師の役だ。T君が制服姿の俺をじっと見る。俺は何となく恥ずかしくなって目を逸らす。するとT君がおれの頬をそっと撫で ながら、強引に視線を合わせようとしてくる。俺は赤面する。動悸が激しくなる。やっぱりあれだな、初めてのネタ合わせって緊張するな、俺がそう言い終わらないうちにT君の唇が俺の

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