中西俊夫はNYでアフリカ・バンバータを聴いた〜ピテカン誕生前夜

1982年12月、原宿・表参道交差点から明治通りを新宿方面へ500メートル程進んだ、当時は閑静な住宅街だった場所に突如現れたピテカントロプス・エレクトス——通称〝ピテカン〟。「日本初のクラブ」とも「80年代の鹿鳴館」とも言われるこの店をプロデュースしたのは、コント・ユニット＝スネークマン・ショーのメンバーとして知られていた桑原茂一。また、設立のコンセプトに深く関わったのが、バンド＝メロンの中西俊夫だ。そして、中西こそは、原宿というある意味で第二次世界大戦後の日本を象徴する土地に、次の展開をもたらしたアーティストだった。

「人生で大事なことはほとんどレオンで学んだ」

中西俊夫は70年代の中頃——彼にとっては20歳前後の若き日々をそう振り返る。

「夢の実現の仕方とか、何が粋で何が粋じゃないかとか、（引用者注：そこに居たのは）皆、自由業のひとだったので、どう仕事に繋げるとかね。皆、レオンのピンク電話を事務所のように使っていた」（＊）＊70’s 原風景 原宿——リレーエッセイ 思い出のあの店、あの場所 Vol.7 中西俊夫『レオン』

レオンは、表参道交差点にあった共同住宅＝セントラル・アパート1階の喫茶店である。前述したように、同施設は58年に竣工、＜ワシントン・ハイツ＞に程近い立地もあって、当初は米軍関係者に向けて部屋を貸し出していたが、東京オリンピックの頃から日本のメディア、ファッション、音楽関係の仕事に携わる入居者が増え、この国のサブカルチャーの拠点と化していった。そして、レオンもまた、上階に事務所を構えるクリエイター達の打ち合わせ場所として重宝されると共に、原宿というフロンティアに惹かれた若者達の溜まり場となっていったのだ。

56年、渋谷区広尾に生まれた中西も、セツ・モードセミナーに入学したものの、1年後にはレオンに入り浸る生活を送っていた。彼は同店を、1885年の開店以降、長らくパリの文化の発信地だったカフェ・ド・フロールになぞらえて言う。

「学校よりレオンの方が面白い[…]原宿の街全体がアートスクールみたいなもんで[…]実際、（引用者注：レオンに）行けば誰かいるし、話題も出たばかりの向こうの雑誌とか、イケてる髪型とか、映画とかデヴィッド・ボウイのこととか多岐に渡った。本当にカフェ・ソサエティだったね。だって一日中たむろって、表参道の人々のファッション・ショーを見てるんだもの」（＊）
＊70’s 原風景 原宿——リレーエッセイ 思い出のあの店、あの場所 Vol.7 中西俊夫『レオン』

そのようなレオンには、当然、最先端の情報も集まった。例えば、中西がセックス・ピストルズの名前を知ったのもこの店だ。ある日、ファッション・デザイナーの中野裕通に「この人たち、すごいのよ」（＊）と教えられた彼は、すぐさま、セントラル・アパートから程近い竹下通りにあった、ロンドンのサブカルチャーに精通した古着屋・赤富士で、輸入されたばかりの「アナーキー・イン・ザ・UK」の7インチ・シングルを購入、衝撃を受けている。
＊中西俊夫『プラスチックスの上昇と下降、そしてメロンの理力』（K&Bパブリッシャーズ、13年）

そして、中西がレオンで繰り広げていた仲間たちとの取り留めのないお喋りは、徐々に実体を持ち、76年、バンドに結実する。メンバーはやはり同店の常連だったグラフィック・デザイナーの立花ハジメや、スタイリストの佐藤チカ等。

バンドは、彼らが出入りしていたイラストレーター＝ペーター佐藤のスタジオにあったプラスティックのオブジェから取って、〝プラスチックス〟と名付けられた。そのアーティフィシャルなコンセプトはいわゆるニュー・ウェーヴに先駆けており、実際、バンドは瞬く間に先鋭的な存在として注目される。桑原茂一は初期のライヴの最前列で、レコーダーをぶら下げ、ステージにマイクを向けていた追っ掛けだったという。やがて、彼はプラスチックスのマネージメントを手掛けるようになる。

中西はプラスチックスを「レオンから出たバンド」（＊）だと定義する。そして、彼がもうひとつ、同じ出自のバンドとして挙げるのがクールスである。
＊中西俊夫『プラスチックスの上昇と下降、そしてメロンの理力』（K&Bパブリッシャーズ、13年)

70年代半ば、レオンの前の歩道には、黒いハーレーがずらりと並んでいた。モーターサイクル・チームからバンドへと発展したクールスが、リハーサルまでの時間を同店で潰していたのだ。中西はレザー・ジャケットを着た彼らがレオンに入ってくると「雰囲気が変わった」（＊1）と、やがてクールスのメンバーになる大久保喜市は「（引用者注：彼らの佇まいは）50年代のアメリカ映画、『ザ・ワイルド・ワン』に出てくるマーロン・ブランド率いる暴走族みたいで映画的だった」（＊2）と振り返る。

（＊1）中西俊夫『プラスチックスの上昇と下降、そしてメロンの理力』（K&Bパブリッシャーズ、13年）
（＊2）70’s 原風景 原宿——リレーエッセイ 思い出のあの店、あの場所 Vol.42 大久保喜市『レオンとクールス』

ちなみに、中西はクールスのメンバーだった舘ひろしの自宅へ頻繁に遊びに行っていたという。プラスチックスとクールスは、ニュー・ウェーヴとアメリカン・フィフティーズというようにスタイルこそ違ったが、音楽性の根底にロックンロールがあったこと、もしくは、プラスティックや映画的と称される、つまり、アーティフィシャルなセンスで共通していた。

そのようなセンスの背景となったのが、アメリカでもイギリスでもフランスでも、様々な土地に成り代わることが出来る〝原宿〟という土地だ。しかし、クールスが基本的には国内に留まり、50年代のアメリカという若者のユートピアを再現した一方、プラスチックスは早々に国外へと飛び出し、ニュー・ウェーヴという世界中で起こっていた波を乗りこなすかのように活動の範囲を広げて行く。

中西と桑原がピテカンの着想を得たのもニューヨーク滞在中のことだった。82年5月、彼らは定宿にしていたグラマシー・パーク・ホテルにチェックインする。渡米の目的は、中西の新しいバンド＝メロンのファースト・アルバム『Do You Like Japan?』のレコーディングで、同作のためにアルファ・レコーズは1500万円のバジェットを組んでいた。

中西はプラスチックス時代に何度もニューヨークを訪れており、「NYに戻るってことは、東京に戻るよりも、さらに「戻る」って感じがあった」（＊）と言うほどだったが、その時、新鮮だったのは、同地がすっかりヒップホップに染まっていたことだ。彼は街なかで耳にしたスクラッチを、早速、メロンのサウンドに取り込もうと考えた。しかし、それがターンテーブルとミキサーを使って出す音だとは知らず、エンジニアのブッチ・ジョーンズはオープンリールを擦って試行錯誤しなければいけなかった。
＊中西俊夫『プラスチックスの上昇と下降、そしてメロンの理力』（K&Bパブリッシャーズ、13年）

一方、桑原は聴いたことのない音楽が次々とかかるFM・ラジオに齧りついていた。ホテルの部屋には録音したカセットが山となり、中から「トシちゃんこれすごいよ」と言って聴かせたのが、リリースされたばかりのアフリカ・バンバータ＆ザ・ソウル・ソニック・フォース「プラネット・ロック」だ。中西はその際の興奮を以下のような率直な言葉で表している。

「うわ！　クラフトワークもろパクリじゃん！　しかもこっちの方がファンキー！　かっこいい！」（＊）
＊中西俊夫『プラスチックスの上昇と下降、そしてメロンの理力』（K&Bパブリッシャーズ、13年）

ただし、バンバータのショウがナイト・クラブで行われると聞き付け、足を運んだ中西は、パンク・ファッションで身を包んだ彼を見て、新しいというよりは周回遅れという感想を持つ。むしろ、中西を驚かせたのは、フロアの至るところで始まったB・ボーイング（ブレイクダンス）だ。帰国後、少年達が逆さになり、頭で回っていたと言っても誰も理解出来なかった。

また、当時の桑原は、角川映画の出資の下、スネークマン・ショーの映画制作のプロジェクトを進めていた。ニューヨークでも、メロンのレコーディングが終わった後は、同映画のパーツとして、出来たばかりのアルバムから「After the Death」と「Final News」が選ばれ、ミュージック・ヴィデオが撮影される。ストーリーボードを書いたのは中西自身で、前者では、早速、B・ボーイ（ブレイクダンサー）を起用。

しかし、そこで人間離れしたパフォーマンスを見せた少年が、後に映画『ワイルド・スタイル』のプロモーションで来日するロック・ステディ・クルーのクレイジー・レッグスだったと中西が気付くのは、ずっと後のことだ。ヒップホップ・カルチャーの全貌はまだ見えていなかった。

核戦争後の世界を歌った「Final News」のミュージック・ヴィデオの撮影では、サウス・ブロンクスがロケーションに選ばれた。治安の悪さを耳にしていた中西達はボディガードを引き連れて同地を訪れ、まるで爆撃されたかのような荒廃振りにショックを受ける。ある家のシャッターには「We still live here」と書かれており、中から老婆が出てきたという。

そして、ニューヨークでディストピアと、その中で躍動する新しい文化を目の当たりにした中西は、後者の拠点となっていたナイト・クラブのような場所が、東京にも欲しいと考える。彼は、かつて憧れたセントラル・アパートに部屋を借りることはなかったが、同じストリートに自分達のソサエティ＝ピテカントロプス・エレクトスをつくったのだ。原宿の新しい時代が始まろうとしていた。