【「共謀罪」成立】横浜事件、今問う教訓 脅かされる言論
- 社会|神奈川新聞|
- 公開:2017/06/15 02:00 更新:2017/06/15 13:30
「超監視社会」に危機感
「(特高の刑事が)堂々と言うんです。『お前たちをここで殺してもいいんだぞ。天皇陛下の命令だ』と。まさに拷問で殺されそうになった。こんなむちゃくちゃな時代を想像できますか」
1990年に制作されたドキュメンタリー映画「横浜事件を生きて」の一場面。事件の当事者で元雑誌編集者、木村亨さん(故人)が拳を振り上げ訴える。
映画は木村さんを主人公に、戦争に批判的な知識人らを取り締まるため、警察が事件を作り上げていく過程を当事者の生々しい証言で描く。「共謀罪」法案が国会で審議入りして以降、ここに来て全国で上映の動きが広がっている。
当時、取材を担当した「ビデオプレス」(東京)の松原明さん(66)は、脳裏に焼き付いていることがある。拷問による取り調べをしたとして、戦後に実刑判決(サンフランシスコ講和条約発効に伴う恩赦で免除)を受けた元特高刑事らと電話でやりとりをした場面だ。
「昔の話だから、みんな忘れました」「法治国家ですから。拷問とかは全然ございません」-。こともなげに言い切る姿に、「多くの被害者の人生を翻弄(ほんろう)し狂わせたにもかかわらず、彼らは法律に従っただけという認識だった。反省も後悔もしていなかったことに驚いた」。
治安維持法は25年に共産党関係者を摘発する目的で公布された。政府は当初、「善良な国民に何ら刺激を与えるものではない」(司法相)と強調。だが、実際には市民の思想・言論弾圧に利用され、拷問が繰り返された。
事件から70年以上過ぎた今、松原さんは共謀罪に治安維持法と似た匂いを嗅ぎ取る。「当局に監視されるだけではない。市民同士が密告し合う『超監視社会』が来ることにならないか」。危機感は募る一方だ。
「過去の出来事でない」
「目配せしたり相談したりするだけで、警察の判断で摘発されかねない。誰にとってもひとごとではない」。木村さんの妻まきさん(68)=東京都清瀬市=も法案に反対する。横浜事件の国家賠償を求める控訴審を続けており、事件は今も影を落とす。
治安維持法違反容疑で逮捕され2年余り拘束された夫は、亡くなるまでに約80冊の日記を残した。その中に「拷問を受ける夢を見て、目が覚めた」という記述を見つけた。夫から直接聞いた記憶はなく、時を経ても癒えることのない心の傷の深さを見た気がした。
まきさんは集会などで「横浜事件は決して過去の出来事ではない。今の社会で起きていることを考える『生きた教材』として見てほしい」と訴える。
他人任せにせず、主権者である市民一人一人が声を上げ、同じ過ちを二度と繰り返してはいけない-。人生を狂わされ、苦しみ続けた夫を間近に見続けた者として、そう切望するからだ。
14日、政府が国会会期中の成立を目指す「共謀罪」法案の審議は最大のヤマ場を迎え、採決を巡って与野党間でぎりぎりの攻防が続いた。
それでも、とまきさんは力を込める。「もの言えぬ社会に逆戻りさせてはいけない。絶望せず、これからも反対の声を上げ続けていく」
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