蹴球探訪
異端のレジェンド 土屋征夫 41歳9カ月“J1最年長出場”(5月25日)
【格闘技】WBCムエタイをメジャーに 夢はジュニア全国大会の新設2017年6月16日 紙面から
◆斎藤代表理事に聞く世界ボクシング評議会(WBC)は2005年11月、ムエタイ部門を新設し、フライ級からヘビー級まで17階級を発表した。日本ではニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF、約40団体参加)が主催となり、2014年に初めてスーパーライト級とフェザー級のダブルタイトルマッチを開催した。しかし、世界的ブランド「WBC」の知名度を生かし切れていないのが現状だ。原因と今後の課題を斎藤京二代表理事(61)に聞いた。 (山崎照朝) 「ボクシングのWBCは世界的ブランドなのに、WBCムエタイは知名度を生かし切れていない。何とかしようといろいろやってはいるんですが…」と斎藤代表理事。日本ではWBCムエタイをNJKFの上部イベントに位置付け、フライ級からスーパーウエルターまで10階級にランキングを設けている。2014年11月15日に東京・後楽園ホールで日本初の世界戦がダブルで行われ、大和哲也がスーパーライト級、梅野源治がスーパーフェザー級王座を獲得した。だが、それ以降注目度は高まっていない。 斎藤代表理事は言う。「ボクシング界の圧力で、WBCムエタイの世界タイトルマッチは日本では絶対できないと言われていた。それを頑張ってやったんです。ボクシング界からは無視されましたが、格闘技マスコミは扱ってくれ、知名度も一時期上がったんですが…」 斎藤代表理事自身も選手出身。1970年前後にテレビの民放4局が視聴率を競うブームとなったキックボクシング全盛期に、目白ジムに入門。日本人初のムエタイ王者となった藤原敏男と1980年5月に世代交代を賭けた同門対決で2回KO勝ち。後継者として期待された。 「ボクシングのようにしっかりした中立のコミッションが必要です。今は実行委員会。われわれがプロモーターとして参加、切磋琢磨(せっさたくま)できるようにしないと。われわれにはWBCという世界的ブランドがある。利用しない手はない。他団体・ジムをWBCに集結させ、ジムも選手も長くビジネスできるようにしたい。WBC認定でジュニアリーグの全国大会も開催したい」と夢を語った。 <斎藤京二(さいとう・きょうじ)> 1955(昭和30)年12月1日生まれ、山形県小国町出身の61歳。地元の高校を卒業後、仙台市の運輸会社に入社。東京・深川支店に転勤し、76年に藤原敏男や島三男がいた目白ジムに入門、ライト級でプロデビュー。全日本キックボクシング連盟が分裂後の96年からNJKFで活動。戦績は64戦45勝(28KO)17敗2分け。2010年に代表理事就任。 PR情報
|