私は実家の荷物を引き取って生活しています。
ミニマム暮らしに憧れているので、めげずに少しずつ実家モノを処分しているんですが・・・くだらないモノほど手が止まってしまうのです。満足いく状態になるまで時間がかかりそうです。
実家モノは自分の過去との対面
モノを処分するときの基準は何ですか?
使える、使えないで処分したいけれど、そう割り切れない時があるんですよね。
そして・・・ご実家がある方は、将来その荷物をどうする予定でしょうか。いつか誰かが処分する時が来ます。ご実家の荷物量は多い方ですか?
中には、ご自身の荷物をそのままごっそり置いて、別の場所で新生活している方も多いかもしれませんね。そうなっていると後で大変になると思います。
もう過去のモノは全部廃棄しちゃっていい!となっていれば良いんですけどね。
私の場合は、自分の過去との対面に、思い出が溢れて手が止まってしまう事がいっぱい。今までその存在を忘れていたのに。
▼詳しくはこの記事
実家の荷物は、パンドラの箱というか。
タイムマシンというか。
何とも不思議な気持ちになってしまいます。
過去の自分に教わる、純粋な心
実家のモノを整理していたら、懐かしい鉛筆たちが出てきました。
モノの価値としては、数円でしょうね。
▼子供の頃の宝物一部。
この統一感のなさ!
子供ならではのチョイスですねぇ~。
真ん中の「世界の珍鳥・珍獣展」は今はもう閉園してしまった遊園地のもの。
当時、父はサラリーマンを辞めて、自営業で家族を養おうと頑張っていました。明るく振舞っていたけれど・・・うまく起動に乗らなくて、お金に余裕が無い事は子供ながらにも分かってた。
家族全員で遊園地に行く事は、もう大イベントだったわけです。
私を楽しませようと、父が肩車をして人ごみの中を歩いてくれた事、あのときにみた菊人形の鮮やかさは今でも思い出します。そんな遊園地で買ってもらった鉛筆なんですよ。
多摩川園
1925年(大正14年)12月23日に「温泉遊園地 多摩川園」としてオープン。同年には丸子多摩川花火大会も開始されている。園内には、飛行塔、お化け屋敷、メリーゴーランドの遊戯施設があり、菊人形展でも多くの客で賑わった。
これらの鉛筆を眺めるだけで、幸せな気持ちになるのです。
そんな気持ちから、他の鉛筆にも「ふしぎな思い出えんぴつ」と自分で記したのかもしれません。あんまり覚えてないけれど、これ、間違いなく私の字です。
こんな純粋な言葉・・・今の自分に浮かびませんねぇ。
この言葉にハッとしましたよ。
大事な事を見失っていないか
大人になると「柳のように生きる方が楽」なことに気が付くんですよね。
固いままだと、ボキッと折れて修復に時間がかかるのを知ってるから。
もうあんな思いをしたくないから。
自由に思いのままに生きて傷つくのなら、どこかで妥協してもいいか~と思う自分がいるんです。分かったふりして過ごす。見て見ぬふりしたり。
泣きたい時は泣く。
笑いたい時は笑う。
誰に遠慮することなく「ありのまま」。
そんな当たり前な感情を、ちゃんと出せているだろうか。
純粋な子供の心を片隅にでも置いておきたいなぁと思うのです。
そんな事を思うと、結局この鉛筆を捨てられず。使えず。もとに戻してしまう。
・・・実家モノは手強い。
忘れていた存在なのに、ひとたび蓋を開けた日には溢れ出てしまう思い出。それを断ち切っていく作業は大変なことです。なかなか減らないですね。
増え続ける、くだらないけど大事なもの
実家モノもあるけれど、そうじゃないモノも増えます。
あるとき、夫がニコニコしながらこんなタオルをもらってきましたよ。
な、なぜ・・・これをもらうのだ、夫よ。
ぽいっと捨てるに捨てられない神々しさ。
冗談で作られたタオルではなくて、本物の金運のパワースポットのモノです。
▼気になる方は公式サイトへどうそ
とっても有難いので、文句言ったらバチ当たりそうです。
だからこれ以上言わないけど・・・。
「ミニマリストになりたい女子」として、求めているのはこういうのじゃなくて~
▼こういう大人女子系を使いたい。さらりと~。
<クラブハードマンのリネン>
・・・う~ん。理想と全然違う。
とほほです。
でも、あのタオルを私に差し出した時の、夫の笑顔を思い出すと捨てられないんですよ。
こんなのもらって来ちゃったよ~って、肩をすくめてくしゃっと笑う。
やっちゃったなぁ~という照れ笑いですね。
その瞬間、私は幸せを感じたんです。
どんなにくだらないモノでも、1つ1つに思い出があるので、それを断ち切るのは難しいですね。自分だけが使っていたのなら潔く処分出来るのに。
今後の実家モノとの付き合い
「思い出モノの処分の仕方」というような、本や雑誌を読んで断捨離を学んで真似するのも良い事だけれど、まずは自分でもがいてみて、どうしても無理!と思ったら補助的に読んでみようかと思っています。
とはいえ、今の方法は何年かかる分かりません。そこでひとつの方法として・・・
いったん全部出して「思い出モノ」と「目指す暮らしのモノ」のメリハリをつける。
あきらかに不要と思う実家モノはどんどん処分して、迷う思い出のモノ、これからのモノ、それぞれ居場所を分けていく。
今は、家の中に実家モノがまんべんなく散らばっているので、統一感が無いし、理想は遠いし、思い出はあるしで片付かないと思うんですよ。
最初から最終状態を目指すから無理がかかってしまうのです。たぶん。
自分が本当に「心地良い」と思える暮らしをするために挑戦。
思い出を大事にしつつ、頑張りますよ~!