2017年6月5日の日経新聞記事「挑むシニア、起業家63万人 金型商社や美容コンサル 」にて、監視システムを開発している株式会社SEtechという中小システム会社が紹介されていました。
関根社長のシニア起業は夕刊フジでも特集記事として取り上げられていました。大手メーカーを定年退職後、現役時代に培った技術力で起業されたそうで、「肉体年齢で定年を決めるのではなくて、発想年齢で定年を決めてほしいものですね」と発言されていました。
私のところにも60代後半の方が相談にいらっしゃいますが、様々な発想を語ってくれます。この関根社長の言葉は、制度的に現役を退かざるを得なかったシニアの方々に大いに響くでしょうし、現在40代~50代の、定年が見えてきた世代に対しても、きっと共感を得られるのではないでしょうか。
今回は、そういった自分の技術力と発想力で、見事にシニア起業を果たした関根社長のビジネスモデルについて、考えてみたいと思います。
- ビジネスモデル研究については、一般社団法人シェア・ブレイン・ビジネス・スクール代表 中山匡著「失敗をゼロにする 起業のバイブル
」を元に行っています。
Contents
SEtech社のビジネスモデルは「自家発電型事業フォーマット」
SEtech社の主力製品はセンサー技術を使った「動き検知カメラ(SEカメラ)」です。日経記事によれば、関根社長は東芝(東芝LSIと思われます)時代、画像センサーの研究に従事していたようで、その頃に培ったノウハウを生かして商品を開発し、それを軸にビジネスモデルを組み立てたと言えます。
自家発電型事業フォーマットの流れ
このビジネスモデルにおける商品とサービスの流れを図にしてみると、次のようになります。
中央の緑色の人物がSEtech社、緑色の点線がサービスの範囲を表します。そして右側の人物たちが顧客にあたります。
関根社長のセンサー技術に関するノウハウを100%活用する形で自社商品を開発し、それを顧客に売るというシンプルなスタイルです。余計なコストを抑え、小資本で事業を立ち上げるときの典型的なビジネスモデルと言えます。
サービスとお金の流れ
この時、SEtech社のキャッシュポイントはどこにあるのか、次の図で見てみたいと思います。
自分のところの技術で製品を開発し、それを顧客に売る、そしてその対価として料金をいただくという、非常にシンプルな流れです。スタートアップに多いビジネスモデルと言えます。
特許で自社の技術を守る
どんなに素晴らしい発明をしても、一度真似されてしまうと、あっという間にコモディティ化してしまい、価格競争に巻き込まれてしまいます。しかしながら、SEtech社はそのあたりの対策も万全でした。ホームページを見ると、特許という形で、自分たちの技術をしっかり守っているのです。(参照:SEtechサイト「知財」)
センサー系技術はIoTと相性が良いことから、様々なメーカーからSEtechの技術を使用したいという依頼がくると思われます。その時、自分たちのノウハウを特許という形にしておけば、きちんと収益に変えられます。
先ほどの図に、さらにライセンス料の流れを足すと、次のようになります。
自分たちの技術で製品を開発・販売するキャッシュポイントを保ちつつ、それらのノウハウを特許にし、自社製品販売とは別のマーケットで、ライセンスビジネスという形でキャッシュポイントを生み出しています。その結果、SEtech社のビジネスモデルは、安定性・継続性が一層増すものと思われます。
関根社長の本当の発想力
夕刊フジの記事によれば、関根社長は会社員時代、起業することなど考えていなかったそうです。定年退職後、後輩からコンサルタントとして企業を一緒に回ることを誘われたのがきっかけで、様々な会社を回り、そこでモニター画面を監視している光景に出会ったとき、自分が現役時代に培ったイメージセンサー技術を生かす事業を思いついたそうです。
以下に関根社長の言葉を、記事から引用します。
この言葉を読み、サイモン・シネックの著書「WHYから始めよ!―インスパイア型リーダーはここが違う」で登場する「ゴールデン・サークル」を思い出しました。
ゴールデンサークル
今回の事例研究の最後に、私自身がコンサルティングを通して感じた技術者の方々の傾向と比較しながら、関根社長のこの言葉を、ゴールデン・サークルに照らして見てみたいと思います。
はじめに技術や製品ありきのストーリー
私のコンサルティングの話になりますが、相談に来られる方々の中には、エンジニアが何名かいらっしゃいます。彼らは最新技術を使ったウェブサイトや、ハイスペックなプロダクトを開発するだけの能力をお持ちで、中には製品そのものを実際に作って起業された方もいます。
ただ、思ったように収益化できない・・・自分が作ったプロダクトはすごい技術を使っているのに、なぜ売れないのか不思議に思われているようです。
私自身、実際に彼らが作ったウェブサイトだったり、製品を触らせていただくことがあります。それらがどんなテクノロジーを使い、すでに世の中にある製品と比べてどれ程優れているのか説明をうけ、技術的なすごさも実感できます。ただ、それを使うと自分の仕事や生活がどう変わるのかイメージできないため、買おうという動機が見つからないのです。
この話をサイモン・シネックのゴールデンサークルに当てはめると、次のようになります。
技術者の方が私へアピールする際、まず「WHAT」という製品から始めます。次に競合他社よりもすごい製品であることをアピールするために、「HOW」という技術で差別化を強調します。ただ、その製品の中心にある「WHY」については語られることはないため、それを購入する行動に結び付く「WHY」を、私自身が探すことになります。もしそれが見つけらなければ、当然のことながら購入には至りません。
一方、サイモン・シネックは「傑出したリーダーや組織は、そんな真似はしない。かれらはみな円の内側から外側への順で考え、行動し、コミュニケーションをとっている」と言います。どういうことか、関根社長の言葉から見てみます。
関根社長のストーリー
関根社長が起業に至ったストーリーは、まずモニター画面を四六時中見ているストレスを軽減することを考えています。次に自分自身が東芝時代に培った技術で商品を開発。そして出来上がった「動き検知カメラ」を自社製品として販売するという流れです。
この話を、同じようにサイモン・シネックのゴールデンサークルに当てはめると、次のようになります。
関根社長のストーリーが内側から外側に流れているのがわかります。この流れで、仮にSEtech社のセールストークを考えると、次ようなシナリオが思いつきます。
- SEtech社の理念は、人間が四六時中モニター画面の前に拘束されるストレスを無くすことです。
- そのために最先端のイメージセンサー技術を活用し、普段は何も映らないけれども、動いたものを検知した時だけモニターに表示されるようにします。
- その結果、出来上がったのが「動き検知カメラ」です。
- 一台導入されてみてはいかがでしょう?
関根社長にとって提供したい価値は、製品を通じてユーザーが得られる「WHY」です。その時「動き検知カメラ」はすぐれた技術で生み出された製品ではありますが、「WHY」を合理的な形で体現されたものにすぎないと言えます。
一方、「動き検知カメラ」のユーザーは、モニター画面を四六時中見ることから解放されることで、新たな時間が得られます。その製品を使う会社にとっても、人件費や電気代の削減に繋がります。
このように「WHY」が明確に提示されることで、ユーザーの中で製品を購入する理由が具体的に説明できる状態となり、次の行動へと結びつくのです。
「WHY」を思いつく発想力こそ起業に必要
サイモン・シネックは著書の中で「WHY」を以下のように定義しています。
サイモン・シネック著「WHYから始めよ!―インスパイア型リーダーはここが違う」
監視カメラは、本来何かを検知するという目的で使われるものですが、それだけだとSEtech社以外の製品でも良いわけです。しかし、同社の「動き検知カメラ」は、ユーザーにストレスを軽減することから始まり、新たな時間の創出、コストの削減へと結びついていきます。その結果、人々は共感し、製品を使ってみたいと思うのです。
実際の製品売上は把握できないのですが、こういった関根社長の「WHY」が人々に伝わってくるという証しとして、SEtech社はビジネス関連のコンテストで毎年受賞しています。(参考:SEtechサイト「会社案内」)
この「WHY」をだれでも発想できるかといえば、サイモン・シネックが言うように、簡単なことではありません。彼が書籍の中でしばしば取り上げるアップル社と他のコンピューターメーカーの違いのように、出来上がる製品は同じであっても、「WHY」があるとないとでは、人々の購入行動に対する影響力が違うため、大きく差が開くのです。
サイモン・シネックはこの点を何度も言います強調します。
SEtech社の関根社長は技術者としても優れた発想の持ち主ですが、ビジネスで最も大切な「WHY」を発想できるビジネスリーダーとも言えるでしょう。
参考:
サイモン・シネックのゴールデン・サークルについては、次の動画(約18分程)をご覧いただくと、エッセンスがおわかりになると思います。