前例のない高温が3年続いた米国西海岸沿いの海は、2017年にようやく元の水温に戻った。エビのような太ったオキアミが戻ってきて、再びサケのごちそうとなっている。飢えて痩せこけたアシカなどの海洋哺乳類が、海岸に打ち上げられることもなくなった。物事は正常な状態に戻りつつあるように見えた。(参考記事:「太平洋 大量死をもたらした不吉な暖水塊」)
そのとき、彼らは現れた。
始まりは今年の春だ。クラゲのような奇妙な海中生物が無数に発生した。原始的な姿で、光を放ち、なかには長さ60センチを超えるものもいる。これが調査用の網をだめにし、釣り針に掛かり、西海岸の浜に怒濤のごとく押し寄せ始める。
細かい突起を生やしたゼリー質のその物体は、ヒカリボヤという円筒形の生きものだ(厳密には尾索動物の仲間で、円筒形の状態は「個虫」が集まった群体)。普通は熱帯で見られるが、カナダのブリティッシュ・コロンビア州のような北方の海でもまれに目撃される。だが今春、ヒカリボヤたちは過去に例のない大集団で現れ始め、米オレゴン州からアラスカ湾にかけての太平洋北東部に満ちあふれている。(参考記事:「海の発光生物:ヒカリボヤ」)
米オレゴン州立大学ハットフィールド海洋科学センターの研究アシスタントであるジェニファー・フィッシャー氏は、「本当に不思議です」と首をかしげる。「こんな現象は見たことがありません」(参考記事:「アラスカの孤島で海鳥エトピリカが謎の大量死」)
研究生物学者、リック・ブロジャー氏も同様だ。オレゴン州にある米海洋大気局(NOAA)の一機関、北西漁業科学センターに所属するブロジャー氏は、クラゲなどゼリー質の生物を北米太平洋側北西部で30年研究しているが、このような事態は経験がない。(参考記事:謎のゼリー玉が大量漂着、その意外な正体とは)
「こんなに大量のヒカリボヤがいるとは、ただただ信じられません」とブロジャー氏。
あるときは、調査用の網に5分で6万匹のヒカリボヤがかかった。アラスカ州シトカ近郊では、漁師たちがサケ漁をやめてしまった。円筒形の妙な生物が必ず針にくっついてしまうからだ。ヒカリボヤは海面から100メートル近い深さまで支配してしまったが、その経緯も理由も、誰にもわからない。(参考記事:「10億匹の青いクラゲが大量死、米国西海岸で」)
「ここにやって来たヒカリボヤは繁栄を極め、とんでもない量になっています」とフィッシャー氏は言う。「ですが、奇怪な現象です。なぜここなのか、なぜ今なのか、何もわかりません」