恐竜が覇権をにぎった時代よりも遙か昔――。5億4100万年前にはじまる古生代カンブリア紀、地球には南半球を中心に超大陸ゴンドワナ、南半球中緯度にバルティカ大陸、低緯度にローレンシア大陸とシベリア大陸があった。
だが、陸上世界に緑はなく、ひたすら荒野が広がっていた。陸上では、生命はほとんど確認されず、生物の物語の舞台は、海だった。その海中に、生態系ピラミッドの頂点に君臨していたとされる“最強古生物”がいた!
「アノマロカリス」について、少し語ろう。
アノマロカリスは、今から5億年と少し前の海洋動物である。もちろん、今はもう絶滅していて、その姿は化石をもってしか確認することはできない。
こうして化石をもってしか確認することができない生物のことを「古生物」と総称する。
古生物において、圧倒的な知名度をもつものといえば、やはり「ティラノサウルス」だろう。ティラノサウルスが北アメリカで覇権を握っていたのは、今からおよそ7000万年前。そして、ティラノサウルスを含む「恐竜類」というグループの登場が、今からおよそ2億3000万年前だ。
すなわち、アノマロカリスはティラノサウルスの約7倍古い時代の生物で、恐竜類の登場よりも2倍以上古い世界を生きていた。
そんなアノマロカリスの姿はおよそ次のようなものだ。
全長1メートル。ナマコのようなからだをもち、その両側には10枚をこえるヒレが並んでいる。大きくて丸い2つの眼が頭部から突き出しており、頭部の先端には節とトゲのあるおおきな触手が1対2本。頭部の底面には円形の口がぱっくりとひらいており、その口には内向きに鋭いトゲが生えている。
どうだろう? 魅惑的ではないだろうか?「よくわからん」という方は、この記事中のどこかに配置された拙著『古生物たちのふしぎな世界〜繁栄と絶滅の古生代3億年史〜』の表紙カバーイラストをご覧いただきたい(百聞は一見にしかず、だ)。タイトル下に何やら不思議な動物がいるだろう。そのコがアノマロカリスである。
「全長1メートル」という数字を見て、「なんだ、チッコイな」と思われた方はいないだろうか? 確かに、全長12メートルを誇るティラノサウルスなどと比べればその差は歴然だろう。1メートルの海洋動物といえば、現在のサケ(鮭)と同程度でしかない。たしかに、現在の常識、あるいは恐竜たちと比較すれば、けっして「迫力のサイズ」ではない。
しかし、時代がちがう。
アノマロカリスが生きていた「古生代カンブリア紀」と呼ばれていた時代では、現在のスケール感はまったく通用しない。ほとんどの動物のサイズは全長10センチメートル以下。私たちの祖先である魚の仲間は、数センチメートルしかない。
アノマロカリスと他の動物たちとのサイズ差は、ヒトの身長に対するJR在来線の1両の長さ以上だ。さあ、想像してみて欲しい。あなたが一人で立っているところに、JR在来線が“襲ってくる”。その迫力たるや……。
しかもアノマロカリスには、鋭いトゲが並ぶ触手があった。獲物を捕獲するのに、なかなか強力な武器である。さらに口にも鋭いトゲがある。触手に捕まったら最後、口に運ばれ、そしてグッサリと……。
他の追随を許さない巨体と、強力な武器。アノマロカリスは、当時の海洋生態系の頂点に君臨する海洋動物だった。
さらにいえば、古生代カンブリア紀という時代は、生命史上初めて「生存競争」が活発化した時代でもある。現在へと続く、本格的な弱肉強食の世界がこのときに始まったとみられている。その意味で、アノマロカリスは「生命史上最初の“覇者”」なのだ。