久しぶりにスペインを舞台とした映画をご紹介します。
スペイン語の勉強を兼ねて観始めました。
しかし、基本的に抑えた表現が多いので登場人物たちは一様に声が低く、淡々と呟きます。
リスニング教材としてはかなりハードルが高かった。
よって、途中から純粋に映画を観ることに集中しました。
それが正解だったと思います。
「生きる」ことを真摯に描いた秀作です。
あらすじ
バルセロナで暮らすウスバルは、別れた妻との間の子ども2人を養いながら暮らしている。
死者の声を聞いて遺族に伝える仕事、海賊版ブランドバッグの売り子の縄張りを確保する仕事、違法移民の働く場所を斡旋する仕事など、自分と家族の食い扶持を稼ぐためにあらゆる手段を取っていた。
そんな中、自分が前立腺がんで余命2ヶ月であることを医師から告げられる。
仕事は予期せぬ事故によって危機的状況を迎え、精神疾患のある元妻マランブラは、子どもたちへの愛情を持ちつつも頽廃的な生活を改めるつもりがない。
残された時間で子どもたちのためにできるのか、ウスバルは葛藤に苛まれる。
大都会を生きる人々
舞台はスペインの大都市バルセロナです。
主人公ウスバルの両親はスペイン内戦に絡んだ赤狩りで国を追われ、メキシコに移住しました。
メキシコからスペインへ再移民したウスバルは、生きるために幾つもの仕事を掛け持ちし、違法な仕事も手がけています。
ウスバルの仕事は、不法移民が働けるように取り計らうことです。
アフリカ移民が偽ブランドバッグを路上で売れるよう、賄賂で警察に掛け合ったり、
中国人移民が偽バッグの縫製や、建設現場での肉体労働に従事できるよう仲介したり。
映画は主として、不法移民の人々が今日一日を生きるために肩を寄せ合い、スペイン人でありスペイン語が話せるウスバルに依存しながら、なすすべもなく運命に翻弄されていく様子を追っています。
生きるか、飯の食い上げか、の瀬戸際の毎日を送っている人々の様子に最初は切ない気持ちが勝りますが、だんだんと彼らの逞しさに目を引かれるようになりました。
ウスバルの家族
生きられるか否かをウスバルに依存していると言う意味では、2人の子どもアナとマテオ、ある意味では元妻のマランブラも同じです。
アナとマテオはまだ小学生なので、ウスバルに養ってもらわなければ生きていけません。
ウスバルの父親ぶりは寡黙ですが、2人が成長できるように叱るべき時は叱り、寂しさから甘えたがる時にはきちんと相手をしています。
日々の苦労から来る疲れを隠しきれない様子もありますが、時間がない中で精一杯子どもたちに向き合う様子が印象に残ります。
元妻のマランブラは、一応子どもたちを愛しているようですが、マテオとまともに向き合えない、定職に就けない、ウスバルに金の無心をするなど、自立した生活を営むのは難しい状態です。
たまにウスバルが会って嗜めたり、お金を渡しているから何とか生きているように見えます。
家族を幸せにできる方法を探しながらも辿りつけないウスバルを、スペインを代表する俳優ハビエル・バルデムが演じています。
感情をあからさまに表現する場面はほとんどないのに、葛藤や苦悩がしみじみと伝わってくる演技です。
動物たちのカット
この映画では、たびたび生き物のカットが差し挟まれます。
シャワールームのタイルに貼られた金魚のステッカー、窓ガラスを這う蟻、天井に張り付く無数の蛾。
雄大な大自然の中でのびのびと生きる動物ではなく、人間の住居の隙間で息をひそめながら生きているような生物たちです。
大都市バルセロナで、視界に入るものの意識しない建物や、通りでも、多数の人間が生きており、生存本能に従って必死に暮らしていることを暗喩するかのようです。
作中の人々は、犯罪行為に手を染めたり、罪のない人を違法な労働力として仲介したり、誉められたものではない仕事をしているかもしれません。
しかし、誰でも生きていかねばならない。
今日食べるものを買うために働いて稼がねばならない。
やんごとなき仕事をして生きているというだけで、彼らを非難することはできるでしょうか。
生まれる国も町も肌の色も、自分では選べません。
今誰も傷つけずに仕事をして暮らしている人も、たまたま恵まれた環境に生まれついたから、たまたまやんごとなき人生を送ることができただけなのではないか。
「彼らと同じ環境にいたとしても、自分だったら貧困から脱出して犯罪から足を洗える」と自信を持って言える人はどれだけいるでしょうか。
誰でも根源的には生きたい意思があるはずです。
お金がなくて死ぬかもしれない時、生きるために後ろめたい仕事に手を染めることを、誰が非難できるだろうかと考えてしまいました。
まして、自分だけは安全な場所にいながら、上っ面の出来事を指摘して責める権利など誰ももっていないのではないかと思います。
おわりに
Wikipediaではメキシコ映画と記載されていますが、舞台がスペインだったため独断でスペイン映画に分類しました。
監督はメキシコ人のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督です。
これまで、菊地凜子や役所広司が出演して話題となった映画『バベル』や、レオナルド・ディカプリオ主演の『レヴェナント:蘇りし者』などの大作を監督しました。
本作も幾つかの映画祭で高い評価を受け、カンヌ国際映画祭と、スペインの映画賞であるゴヤ賞で主演男優賞を受賞しています。
主演ハビエル・バルデムの演技は、受賞歴に象徴される通り称賛に値すると思います。
特に終盤で娘アナと対話する場面や、痛みに耐えながら何とか生きていく様子は胸を締め付けられるものがありました。
最初の雪の林でのシーンの意味がのちに明らかになるのですが、映画が終わった後も悲しい余韻を禁じ得ません。
生きることについて考えたい時、おすすめしたい映画です。