勝ち方と敗け方
最近はあまり耳にしなくなりましたが、ひと昔前は、
男子たるもの、一歩敷居を跨がば七人の敵、これあり!
…などと言われたものです。
人生、生きていれば、たとえこちらが望まなくとも戦わざるを得ない状況に置かれることもあります。このとき、これに敗れつづける者は没落しますが、では勝ちつづければよいかと言えば、事はそう単純でもありません。
たとえば、かつてヨーロッパではナポレオン(1769年~1821年)が、また中国では項羽(紀元前232年~紀元前202年)が連戦連勝をつづけましたが、その先に待っていたのはいずれも「破滅」でした。
百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。
(百戦百勝は最善の方策ではない)
この孫子の言葉にもあるように、あまりに勝ちつづける者は結局は我が身を亡ぼす結果となります。最終的勝利を手に入れるためには、「ただ勝てばよい」のではありません。勝つときには「勝ち方」が、また敗けることがあっても「敗け方」が大切だということですが、「勝ち方」といっても「正々堂々と戦え」という意味でもありません。
「正々堂々」は無策に似たり
そこでこの点について、16世紀に現れたイラン王朝・サファヴィー朝(1501年~1736年)の初代皇帝イスマーイール1世(1487年~1524年)を例に見ていくことにしましょう。
15世紀まで、現在のイラクからイランのあたりは永らく戦国時代のような諸小国が割拠する歴史を歩んでいました。そうした戦乱と混迷の中にあって、人々が宗教に救いを求めることはよくあることで、このときも民の救いを求める声がひとつの教団を生み落とします。これが「サファヴィー教団」。この教団が組織の拡大とともに野心を得て、建国したものがサファヴィー朝です。