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「加計学園問題 消えない疑問」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

学校法人「加計学園」の獣医学部設置をめぐる一連の文書について文部科学省は追加の調査を始めました。国会の会期末が迫る中、国民の疑問の声に押された形の再調査で、納得できる結果を示すことができるのでしょうか。
 
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解説のポイントです。
▽問われる追加調査
▽前川前事務次官証言の重み
▽問題の本質は何か
 
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問題の文書は、学校法人「加計学園」が国家戦略特区に指定された愛媛県今治市に計画している獣医学部の設置をめぐって、「官邸の最高レベルが言っている」などと記されたものです。文部科学省が「文書の存在は確認できなかった」とする調査結果を発表したのは、先月19日でした。
これを受けて菅官房長官は、「怪文書のような文書」と述べるなど、存在を認めませんでした。
これに対し、先月25日、文部科学省の前川前事務次官が記者会見を開き、一連の文書は確実に存在していたとしたうえで、「あったものをなかったことにはできない」と述べました。
国会で、連日のように、「加計学園」の問題をめぐる追及が続く中、NHKの取材に文部科学省の複数の現役職員が一連の文書が今も個人パソコンで保存されていると証言しました。先月の調査直後に複数の職員が「文書は存在している」と審議官以上の幹部に報告していたことも明らかになっていました。
 
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再調査はしないと繰り返してきた松野文部科学大臣でしたが、先週金曜日、文書の存在を確認する追加の調査を行うことを明らかにしました。「追加の調査を行う必要があると国民から多くの声が寄せられている」という理由です。疑問が消えないという国民の声に押された形です。
安倍総理大臣は、「徹底した調査を速やかに実施するよう指示した」と述べましたが、今月6日の閣議では、文書に記述されている内閣府の担当者が「官邸の最高レベルが言っている」などと発言したとされる去年9月26日の文部科学省と内閣府との打ち合わせは確認できないとする答弁書を決定しています。ちぐはぐな対応と感じる国民も少なくないでしょう。
文部科学省が3週間前に行った調査は、内閣府との交渉に関わった専門教育課の職員や高等教育局長などあわせて7人への聞き取りと、専門教育課にあるパソコンの共有フォルダを調べただけでした。個人が業務用に使っているパソコンデータや消去された形跡がないかといった基本的な調査すら行われていませんでした。
紙で保存していた時代ならまだしも、文書を電子的に管理する時代に共有フォルダ一か所を調べただけで確認できなかったというのは、あまりにも乱暴で、故意の不作為と言われても仕方がありません。遅きに失した感は否めませんが、再調査は当然のことです。本来なら内部調査にとどめず、中立的、第三者的な調査が必要ではないかという指摘もあります。追加の調査をする以上、国民の疑念が残るようなことは許されないと思います。
 
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2つ目のポイント、前川前事務次官証言の重みです。
再調査を後押しした国民の声は、前川氏の記者会見に端を発したものです。文書は確実に存在していたという前川氏の主張に対して、政府は、文書の存在自体が確認されないと繰り返し、文書の内容の信頼性にも疑問を呈していました。菅官房長官は、前川氏の会見のあとも「出どころが不明で信ぴょう性も定かではない文書だ」と述べて存在を認めない姿勢を示しました。さらに菅官房長官は、「前川氏は、文部科学省の天下り問題で、当初は責任者としてみずから辞める意向をまったく示さず、地位にしがみついていた」とか、いわゆる『出会い系バー』に出入りしていたことなどを上げ、「強い違和感を覚えた。教育行政の最高の責任者として到底考えられない」と前川氏個人を批判していました。
こうした批判には、個人の人格を攻撃するような発言はおかしいといった声もあがりました。「印象操作」ではないかとの意見も聞かれます。
 
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会見で、国会で「証人喚問があれば参ります」とまで言った前川氏に対し、「文書は確認できない」と繰り返すだけでは、見つかると不都合でもあるのかと思われても仕方ないでしょう。
今月のNHKの世論調査では、加計学園をめぐる政府の説明に納得できると答えた人が24%だったのに対し、納得できない人は65%に上りました。
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また、この問題をめぐって民進党や共産党などが求めている前川氏らの国会での証人喚問について、必要だという人が52%に上っています。政府与党側の判断に世論が疑問を呈した形です。
 
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すっかり一連の文書の存在に焦点が集まっているこの問題ですが、3つ目のポイント、問題の本質は、国家戦略特区によって「加計学園」が今治市に設置する計画の獣医学部が選考されたいきさつに中立性や公平性、透明性が担保されていたかどうかにあります。
4年前にできた国家戦略特区制度は従来の特区とは違い、総理大臣のトップダウンで指定した地域において、大胆な規制緩和を進めるのが特徴です。「岩盤規制」をスピード感をもって突破するための仕組みそのものは、あってしかるべきでしょう。
 
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ただ、特区制度のもと、今治市と加計学園が選考されたいきさつについて、前川氏は、「極めて薄弱な根拠で規制緩和が行われた。公平、公正であるべき行政のあり方がゆがめられたと思っている」と述べました。
前川氏があげた理由の一つが、獣医学部の新設を認める前提として閣議決定された4つの条件に合致している根拠が示されていないということです。
4つの条件とは▽既存の獣医師養成ではない構想が具体化していること▽生命科学などの獣医師が新たに対応すべき分野での具体的な需要が明らかなこと▽既存の大学・学部では対応が困難なこと▽近年の獣医師の需要の動向も考慮することの4つです。

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全国に16ある大学の獣医学系の入学定員はあわせて930人。加計学園の獣医学部は160人ですから1校だけでこれまでの定員の6分の1です。新設によって獣医師が過剰になるおそれはないのか気になるところです。ところが獣医師がどの程度不足しているのか、どのような分野の獣医師が今後多く求められるものなのか、獣医行政を担当する農林水産省からも薬事行政を担当する厚生労働省からも説明がないまま、手続きが進んでいったといいます。実際農林水産省は、家畜やペットの数が減少を続けていることなどから、獣医師の数は不足していないという見解を今でも変えていません。
教育行政の専門家で、文部科学省の事務方のトップを務めた人物がこうした問題提起をしている以上、半世紀ぶりに獣医学部の新設を認めるという政策が国民が納得できるものであるかどうか行政府の責任で検証することは当然のことでしょう。ましてや加計学園は、安倍総理が「腹心の友」と呼ぶ人物が理事長を務めています。国民がなるほどそれなら恣意的な指定ではなく、透明性を確保しながら客観的な評価に基づいて検討された結果なのだと思えるような説明を果たす必要があります。
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以上見てきたように、文部科学省の追加の調査の進展にかかわらず、国が検証を進められる問題があります。そしてその先に主務官庁である内閣府の関係者の中にどこかで政権中枢の意向を忖度することがあったのか、なかったのかという疑問についても明らかにすることも必要です。野党側が求める前川氏の証人喚問について、政府与党は、「政治の本質になんの関係もない」などとして拒んだままです。事実関係を曖昧なままにすることは国政全体への不信を招くことにもなります。国民に対し、説得力ある説明を求めたいと思います。

(西川 龍一 解説委員)

 

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