「くださる」と混乱するのだ。
「いただく」は「もらう」の敬語(謙譲語)、
「くださる」は「あげる」の敬語(尊敬語)だ。
「もらう」のは「わたし(自分)」だ。
「あげる」のは「あなた(相手)」だ。
主語と目的語が入れ替わるのだ。
だからいつも、これらの敬語を使う時は頭で一旦変換させ、確認する。
こんなところを見ても繊細過ぎてややこしいねぇ、日本語。
たとえば食事の際の「いただきます!」は、「わたし」が「いただく」のだ。
だから「くださいます!」ではおかしい。ん?いや、「おかあさんが作ってくださいました!」ということなのだから、おかしくもないのか?ウーン・・・。
メールとか普通の会話でも、やっちゃうね。
僕は圧倒的に「いただく」派だから、多用する。
そしてたまに、ややこしい文章を書いて「御社が~~していただきましたのは、」と、インネンふかっけたみたいなことになってしまう。
まぁ通じればいいんだけど。
ちょっと最近海外とのやり取りが多くなっているのだが、英語だろうが日本語だろうが、通じればいいのだ!
だからこそ猶更、「ことば」を妄信してはならない。
逆もまた真だから。ことばでは何も通じない。
メールとか普通の会話でも、やっちゃうね。
僕は圧倒的に「いただく」派だから、多用する。
そしてたまに、ややこしい文章を書いて「御社が~~していただきましたのは、」と、インネンふかっけたみたいなことになってしまう。
まぁ通じればいいんだけど。
ちょっと最近海外とのやり取りが多くなっているのだが、英語だろうが日本語だろうが、通じればいいのだ!
だからこそ猶更、「ことば」を妄信してはならない。
逆もまた真だから。ことばでは何も通じない。