THE ZERO/ONEが文春新書に!『闇ウェブ(ダークウェブ)』発売中
発刊:2016年7月21日(文藝春秋)
麻薬、児童ポルノ、偽造パスポート、偽札、個人情報、サイバー攻撃、殺人請負、武器……「秘匿通信技術」と「ビットコイン」が生みだしたサイバー空間の深海にうごめく「無法地帯」の驚愕の実態! 自分の家族や会社を守るための必読書。
June 13, 2017 08:00
by 牧野武文
ドリュー・ヒューストンは典型的なハッカーだった。6歳のときに父親からPC Jrをもらって、BASICのプログラミングを教わった。8歳になると自らPascalを学び始め、12歳のときにはすでにCを使ってプログラミングをしていた。
14歳のときに、面白そうなオンラインゲームを見つけて遊び始めたが、なぜか開発が遅れているようで、アップグレードがなかなかされない。初期バージョンはほとんど遊びつくしてしまったヒューストンは、暇をもてあまして、そのゲームのファイルの内部をハックし始めた。なにかをしようという意図はなく、ただ好奇心からどのような仕組みになっているのかを知りたかっただけだった。
すると、ネットワーク周りにセキュリティ上の脆弱性があることを発見した。ヒューストンは、親切にもゲームの開発エンジニアにメールを書いて、その詳細を知らせた。
すると、返事は意外なものだった。情報提供に感謝した後、実はエンジニアが退職して仕事が追いつかない、手伝ってくれないかというのだ。ヒューストンが「僕はまだ14歳だけどかまいませんか?」と尋ねると、返事は「そんなことはどうでもいいよ!」というものだった。それから、ヒューストンはプロのプログラマーとして小遣い稼ぎをするようになる。
ヒューストンはマサチューセッツ工科大学に進学し、コンピューター科学を専攻したが、3年生のときに小さなスタートアップを始めた。それはSAT(米国の大学進学適性試験)の採点サイトだった。SATを受験する高校生たちは、SATの過去問を解いてみて勉強するが、採点に手間がかかる。そこで、過去問をウェブに表示し、そこに答えを入力していくと、自動的に採点してくれるというサービスだった。大きな成功はしなかったが、ヒューストン一人であれば生活していけるだけの収益をあげてくれた。
MITを卒業し、次のスタートアップのアイディアを探していたヒューストンは、バス停でバスを待っているときに、人生を決定づける経験をする。バスを待ちながらPCを開いて、USBメモリーに入っているファイルを開こうとしたのだが、そのUSBメモリーを家に忘れてきてしまったのだ。
すでにクラウドサービスは、アマゾンなどが始めていたので、必要なファイルはクラウドに置き、必要なときにどのデバイスからでもダウンロードできるサービスがあればいいと思いついた。
ただ、このとき、ヒューストンと同じことを考えている人はたくさんいて、それどころか、クラウドにファイルを預かるロッカーサービスをビジネスとして始めている企業も多かった。ヒューストンは、そのようなサービスのことを知らないわけではなかったが、使い勝手が悪くとても自分で使う気にはならなかった。そこで、そのままバス停で、自分が使いたくなるクラウドサービスのコードを書き始めてしまった。
その頃、ヒューストンの友人が、Yコンビネーターに参加し、Xobniというスタートアップを立ち上げ、成功を収めつつあった。当時、マイクロソフトのメールクライアントOutlookは、Gmailの登場などで急速に過去のものになりつつあった。しかし、ビジネスユーザーの間ではまだ多くの人がOutlookを使っていて、電子メールの整理に貴重な仕事時間の多くを割いていた。
XobniはOutlookのプラグインで、メールや連絡先などの検索機能を提供するものだった。連絡先を検索すれば、その人と交わした電子メールが時系列で表示される。添付ファイルも検索できるので、Gmailと同じように「メールは整理せずに、検索して使う」という使い方ができるようになった。
ヒューストンは、このXobniの成功を見て、自分もYコンビネーターに参加して、このクラウドサービスでスタートアップを起業したいと考えた。これが後の「Dropbox」だ。
Yコンビネーター卒業組の中で、Dropboxは最も成功したスタートアップだろう。現在ユーザー数は5億人を超え、企業価値は1兆円を超えるという。しかし、DropboxはYコンビネーターの中では優等生ではなく、劣等生だった。
グレアムが最終面接で問題にしたのは、ヒューストン1人のチームだったことだ。グレアムは、創業者1人のスタートアップはうまくいかないと考えていた。仕事量にも限界があるし、なにより困難に直面したときに1人は弱い。2人、3人なら互いに励ましあって乗り切れるかもしれないが、1人は超えられない。そして、なによりスタートアップ初期は、最初のアイディアからどんどん「ピボット」して、アイディアを洗練、発展させていく必要がある。そのときに、複数の頭がないと、どうしても視野が狭くなり、質の悪いアイディアに固執しがちなのだ。
グレアムは1人での起業がダメな理由を、実にわかりやすく説明している。「創業者が1人ということは、友人の誰もがこのアイディアはイケる!とは思わなかったということだ。彼をよく知る友人ですらそういう評価をしているのに、どうして僕が投資ができるだろうか」。
グレアムは、ヒューストンを合格させるかどうかずいぶんと迷った。創業者1人というのは大問題だ。しかも、彼の「クラウドにファイルを預かる」というアイディアももう手垢がつき始めているほど、古い感覚のものになろうとしていた。しかし、グレアムはヒューストンという人物が気に入った。ハッカーであることは間違いなかったから、優れた共同創業者と出会えば、古臭いアイディアでも「ピボット」して、成功するかもしれない。ヒューストンも早急に共同創業パートナーを見つけると約束したことから、グレアムはヒューストンを合格させることにした。
(その10に続く)
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