半導体事業を高額で売って、経営危機を乗り切るつもりだった。それが「盟友」から横やりを入れられ、もはや計画はめちゃくちゃに。東芝を揺さぶる張本人は、アメリカでも有名な「やり手」だ。
2016年7月15日。三重県四日市市に姿を現した東芝の綱川智社長と、米半導体大手ウエスタンデジタル(WD)CEO(最高経営責任者)のスティーブ・ミリガン氏は、笑顔で居並んでいた。
この日、四日市市内で開かれていたのは、東芝が運営する半導体工場の新・第2製造棟の竣工式。東芝はもともと米サンディスク社と四日市工場を共同運営していたが、'16年5月にサンディスクをWDが約2兆円で買収したため、この日は、新たなパートナーとなったばかりの両トップが顔を突き合わせた形である。
「今日はWDにとって歴史に残る一日だ」
ミリガン氏がそう語りかけると、綱川社長は、「WDとともに半導体業界でリーダーシップを発揮していこう」と応じた。
さらに、この日は両者で「今後3年間で約1兆4000億円を投資する」と約束。協力関係を深化させることで、ライバルである韓国サムスン電子などを追い抜こうと「蜜月関係」を確認し合ったはずだった――。
しかし、あれからたった1年。いま両者の関係は完全に「破綻」し、1年前には考えられないほどにその仲はズタズタに切り裂かれている。
きっかけは、経営危機に陥った東芝が、半導体事業を他社に売却すると決めたこと。協業関係のWDにきちんと相談なく売却を決めたことで、ミリガン氏がこれに激怒。
売却は「契約違反」だとぶち上げた上、国際仲裁裁判所に売却の差し止めを申し立てるなど徹底抗戦の構えを示している。
「綱川社長をはじめとした東芝経営陣は頭を抱えています。'17年3月期に債務超過に陥った東芝は、半導体子会社の東芝メモリを2兆円ほどで売却して債務超過を解消したい。それなのにWDが横やりを入れてきたことで、今年度中に売却できるのかも不透明で、追い詰められてきた。
ミリガン氏は相当なやり手です。WDは東芝の半導体事業がライバル社に渡れば自社の競争力が脅かされることをわかっているから、絶対に他社には渡したくない。
しかし、WDはサンディスク買収で巨額を使ったため、カネがない。そこで東芝側をゆさぶり、自分たちに有利に事が運ぶように巧みにバトルを仕掛けている」(メインバンク幹部)
実際、「やり手」とされるミリガン氏の戦術に翻弄され、目下、東芝の半導体事業はWDの手中に収まる「思惑通り」のシナリオへとひた進みつつある。このままいけば技術流出すらしかねないため、経済産業省などの「日本の中枢」も慌て出しているのが実情だ。
そんなミリガン氏と東芝の攻防の内実について詳しくは後述するとして、まずは日本でほとんど知られていないこの「やり手」の素性について見ていこう。