過去にアスベスト使用の公営住宅 全国に2万戸以上

過去にアスベスト使用の公営住宅 全国に2万戸以上
k10011015121_201706121930_201706121930.mp4
発がん性のあるアスベストが過去に使われていた公営住宅が、全国で少なくとも2万2000戸に上ることが、NHKなどの調査で初めて明らかになりました。専門家はアスベストを吸い込んだ可能性のある人は23万人余りに上ると試算していますが、国や自治体はこうした実態を把握しておらず、当時の住民に対し、情報提供などを行う必要があると指摘しています。
この調査は、NHKと「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」が行ったもので、聞き取りや情報開示請求を通じて、国や全国の自治体が保管していた公営住宅の管理台帳などを詳しく分析しました。
その結果、肺がんや中皮腫などの深刻な健康被害を引き起こすアスベストが過去に使われていた公営住宅が、全国で少なくとも2万2000戸に上ることが初めて明らかになりました。

公営住宅のアスベストをめぐっては、危険性が明らかになった昭和63年以降、国が全国の自治体などに対策工事を行うよう通知しましたが、国は公営住宅での具体的なアスベストの使用実態を把握していなかったほか、自治体も対策工事が行われる前の住民への、十分な注意喚起は行っていませんでした。

さらに公害などのリスク評価に詳しい東京工業大学の村山武彦教授が、アスベストが使われた2万2000戸の公営住宅のうち、対策工事が行われる前の住民について分析したところ、アスベストを吸いこんだ可能性のある人は、23万人余りに上ると試算されました。

村山教授は、すべての住民に健康被害が生じるわけではないとしたうえで「公営住宅に使われたアスベストによって、がんなどを発症する危険性は否定できない。国や自治体は、過去の記録をもとに対策工事が行われる前に住んでいた人を中心に、情報の提供や注意の呼びかけを進める必要がある」と指摘しています。

アスベスト対策の経緯と今回の共同調査

住宅に吹き付けられたアスベストについて、国は昭和63年に空気中に飛び散る危険性が高く、肺がんなどの原因になるとして、全国の自治体に対し公営住宅での除去や封じ込めなどの対策工事を行うよう求める通知を出したほか、平成17年からは国土交通省などが都道府県や市区町村に対し、対策工事がどの程度進んでいるか年に一度、報告を求め調査してきました。

しかし、この調査では、国はアスベストが使われた公営住宅の件数などしか把握していなかったほか、都道府県や市区町村も、一部を除いて住宅の名前や所在地を公表しておらず、対策工事が終わる前に住んでいた人への注意喚起もほとんど行っていませんでした。

このためNHKは、アスベストが使われた公営住宅の実態を明らかにするため、被害者や遺族を支援している「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」と共同で、ことし3月から調査を始めました。
対象は、国に対し公営住宅でアスベストを使用していたと報告した都道府県と市区町村の合わせて123の自治体のほか、UR=都市再生機構などの法人で、情報開示請求などを通じて調査した結果、吹きつけのアスベストが使われた公営住宅は32の都道府県でおよそ8700戸にのぼるほか、都営住宅や首都圏と関西の都市部にあるURの住宅のうち、微量のアスベストを含む吹きつけ材が使われたケースを含めると、アスベストが使われていた公営住宅の数は、全国で少なくとも2万2000戸に上ることがわかりました。

ただ自治体などによっては、住宅を解体したり記録を廃棄したりして把握しきれていないところもあり、実際にアスベストが使われた住宅はさらに増える見込みです。

アスベストをめぐっては12年前の平成17年に、兵庫県尼崎市のアスベスト製造工場周辺の住民300人余りが死亡した「クボタショック」をきっかけに、被害者の迅速な救済を目指す国の制度が始まりましたが、これまで明らかになった健康被害は工場やその周辺のケースが中心でした。
今回の調査で、アスベストが使用された公営住宅に住んでいた人にも健康被害が生じる危険性のあることが初めて明らかになったことで、専門家は自治体が健康診断を行うなど新たな対応が必要になると指摘しています。

公営住宅に長く住んだ中皮腫患者は

今回、NHKなどの調査が行われるきっかけになったのは、かつて公営住宅に住み、最近になってアスベスト特有のがん「中皮腫」を発症した女性でした。

横浜市に住む斉藤和子さん(53)は、おととし1月から息苦しさを感じるようになり、その後、次第に激しいせきが出たり、けん怠感を覚えたりするようになりました。
病院の検査で「中皮腫」とわかり、担当医から余命1年半と告げられたため、当時勤めていたグループホームを辞めざるを得なくなりました。
悪性の腫瘍ができた胸膜を手術で切除したものの、がんの進行が止まらず、抗がん剤の投与を受けるなどして闘病を続けています。
吐き気やけん怠感など抗がん剤の副作用の影響で、投与してから1週間はほとんど起き上がれず、料理をするにも数分おきの休憩が必要になり生活は一変しました。

斉藤さんはアスベストを扱う会社や工場に勤めた経験がなく、どこで吸い込んだのかわからなかったため、アスベストの被害者の支援団体に相談しました。
支援団体が調査した結果、斉藤さんが幼少時を過ごした公営住宅の天井にアスベストが使われていたことがわかりました。

公営住宅のアスベストをめぐっては、国が自治体に対策を取るよう通知した昭和63年以降、除去や封じ込めなどの対策工事が本格的に始まりましたが、中には、国が対策を義務づける平成18年ごろまで対策が行われず、住民が50年間にわたってアスベストを吸い込む可能性があった住宅もありました。

斉藤さんが住んでいた公営住宅は昭和38年に建てられた神奈川県の県営住宅で、当時、天井にはアスベストの中でも特に発がん性が高いものが吹き付けられ、むき出しになっていました。
斎藤さんはここで1歳から結婚して転居した昭和61年までの21年間を過ごし、読書や勉強が好きだったため部屋で過ごす時間が長かったということです。
また、父親が手作りで子ども部屋に置いてくれた2段ベッドに上っては、天井のアスベストを触って遊んでいました。

国の通知を受け、県がこの公営住宅で対策工事を行ったのは住宅の建設から26年たった平成元年のことで、支援団体は斉藤さんがアスベストが使われた住宅で20年以上過ごしたことが中皮腫を発症した原因の可能性があると見ています。

斉藤さんは「アスベストさえなければ私はがんにならなかったので、落ち度がないのにがんにさせられたという思いが強い。この団地に住んでいた人はアスベストを吸ってがんになる可能性があるので行政は健康診断を受けるよう住民に広く周知してほしい」と話しています。

一方、住宅を管理する神奈川県は「国の通知にしたがって適切に対策工事を行った。対策を行うまでの間、室内でアスベストが飛び散るリスクはあったとは思うが、どの程度、危険だったのかはわからない」と話しています。

国の見解は

過去にアスベストが使われた公営住宅への対策をめぐっては、当時の厚生省と環境庁が昭和63年に全国の自治体に対策を求める通知を出していますが、平成17年のクボタショックの後は、国土交通省が建物を増改築する際の対策を義務づける法改正を行うなど、所管する省庁があいまいな状態となっています。

今回、公営住宅で長年暮らしたことが中皮腫の原因と疑われるケースが出てきたことについて、国土交通省は「対策工事が行われる以前の危険性について専門的な知見を持っておらず、今回のケースについても因果関係がわからない」と話しています。

また厚生労働省は「現在、所管しているのは労働者を対象にした安全対策であり、住民の安全対策は担当していない」としています。

環境省は「建物の解体などの際にアスベストが空気中に飛散するのを防ぐ対策を主に所管しており、住民の安全対策は担当していない」としています。

一方、アスベストの被害者の支援団体は「責任の所在をあいまいなままにせず、各省庁が連携したり、一括して対応する部署を新たに作るなどして、アスベストが使われていた住宅に住んでいた人への説明会や、健康診断などの必要な対応をとるべきだ」と指摘しています。

ホームページで情報公開

今回の調査の結果はNHKと共同で調査にあたった「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」のホームページで、12日午後7時前から公開されています。

以前、アスベストが使用されていた公営住宅の名称のほか、住宅の建設年度や対策工事が行われた時期など、住民がアスベストを吸いこんだ可能性がある期間についての情報が掲載されています。

ホームページのアドレスは、 https://sites.google.com/site/tatemonosekimen/ です。

また住民の不安や被害の相談にこたえようと、患者と家族の会は13日と14日の2日間、無料の電話相談を行います。
番号は0120-117-554で、午前9時から午後5時までです。