アメリカ・サンフランシスコ発のマッチング(デーティング)アプリ、Tinder(ティンダー)の日本での人気が加速している。スワイプ数は国内のみで1日あたり3100万回と、この1年を通して倍増。なぜミレニアルはTinderにハマるのか?
ミレニアルが使うマッチングアプリの金字塔
「Like」「Nope」「Superlike」の三つで相手を判別。
Tinderが人気を博したのは、「顔」と「プロフィール」のみで相手を「アリ(Like)」か「ナシ(Nope)」かスワイプするというシンプルな設計にある。
2012年9月にローンチし、2013年7月に日本進出。欧米ではすでにミレニアル世代の「フックアップ(カジュアルにセックスを楽しむこと)・カルチャー」の代名詞となっている。
ユーザーの85%がミレニアル世代(18-34歳)で、半数以上は18-24歳。Happn、Hingeなどの類似アプリも続々と生み出し、まさにミレニアルが使うマッチングアプリの金字塔ともいうべき存在だ。
日本でも今年になって、Tinderを使って高学歴男性と出会い、彼らとの赤裸々なセックス体験を毎日のように書き記す「暇な女子大生」と名乗るTwitterアカウントが異様な人気を博し、フォロワーは20万を超える。
「Tinderは出会い方が自然」
Tinderは「火を点ける」を意味する英語
都内に住む出版社勤務のAさん(27)は2016年9月頃、彼氏に振られたことをきっかけにTinderを使い始めた。出会いを求めてはいるが、ネットワークがない。マッチングアプリを使うのは自然な流れだった。
Pairs(ペアーズ)、タップル誕生、マッチ・ドットコムなど他のアプリも使ってみたがしっくりいかない。年収や共通の趣味から相手を探すことに抵抗を感じたという。「お見合いかよ、みたいな」。
その点、Tinderでの出会い方は「自然」だった。アプリをインストール、Facebook連携を使って登録。10秒でマッチングが始まる。相手を選ぶのに冗長なプロフィールを完成させる必要もない。気に入れば右、気に入らなければ左にスワイプする、それだけだ。
0.5秒で相手を魅了する
相手がアリ(Like)かナシ(Nope)か判断する時間、約0.5秒。その間に相手に「おっ」と思ってもらい右スワイプをもらうことが、Tinderを楽しむための必須条件だ。何千、何万といるユーザーが次々に表示される中、もっとも重要なのがプロフィールと顔写真をどう設定するか。
ページをめくっていくような動作も快感だ
「その点、日本のユーザーはまだまだレベルが低い」と手厳しいのは、都内の政府事業団体で働くBさん(25)だ。英語が堪能なアメリカからの帰国子女で、1年ほど前からTinderを使い始めた。Tinderで出会った人数は25人を超えるが、ほとんどが外国人の旅行者だ。
「意識的に選んでいるわけではないが、魅力的なプロフィールを右スワイプしていると結果的に外国人率が高くなってしまう」
画面に次から次へと現れるプロフィールを綺麗な爪先で間断なくスワイプしながら教えてくれた。出てくる写真を一瞬で判別するその姿は、熟練した職人を思わせる。
プロフィールといっても、名前や職業などをリストにするわけではない。Tinderカルチャーが発達しているアメリカでは、一瞬で視覚的・知的に訴求するプロフィールと顔写真の作り込みにみな命を賭ける。
必要なのは、自己プロデュース力とプレゼンテーション能力。Bさんによると、ある人は「僕を右スワイプすべき理由」と題された5枚に渡るパワポプレゼンを顔写真に設定してきたこともあるという。
「相手を楽しませる気持ちが感じられる人には、会う気がなくても『面白いプロフィールをありがとう』という意味を込めて、右スワイプしてしまう」
逆に、誰にでも書けるようなありきたりなプロフィールはNG。以下はBさんから聞いた「左スワイプ」プロフィールあるあるの例だ(→以下はBさんのコメント)。
口説き文句は「ウィットの効いたツッコみ」
晴れてマッチが成立すると、互いにメッセージを送ることができる。そこで重要なのは、どうやって「ひと言で相手の気を惹くか」という技術(アメリカではこの最初の口説き文句を「ピックアップ・ライン」と呼ぶ)。
一番重要なのは「最初のひと言」。
Bさんがもっとも心動かされたピックアップ・ラインは、プロフィールに書いておいたお気に入りのNetflixドラマ「Master of None」の有名なセリフをもじった口説き文句だったという。
女性側も黙って待っていれば声がかかるわけではない。右スワイプ率を上げ質の良いピックアップ・ラインをもらうため、プロフィールと顔写真の定期的なメンテナンスは欠かせない。
本質は知的コミュニケーション・ゲーム
過度にセクシーな写真にしてしまうと「そういう誘い」ばかりが来てしまうし、全く魅力的に思われないのも困る。写真は明るく親しみやすく、おちゃめなものを。Bさんは季節の風物詩や時事問題をユーモアたっぷりに描写するプロフィールを常にアップデートし、ツッコみやすさを演出。
前述のAさんはぐっとくるプロフィールがあれば自分から積極的にピックアップ・ラインを送る。
「モデルのような(リアルでない)写真では右スワイプはもらえない」とTinderの創業者も明言する
マッチングアプリの様相を呈しながら、Tinderの本質は「自らを他者にどう売り込むか」を問いかけ続けるところにある。
Tinderは、この広いインターネット空間に解き放たれた「出会い」という名の孤独な徒手空拳・フリースタイル総当たり戦だ。立場も肩書きも失った裸の状態で、どのように一瞬で相手を魅了するか。初対面の相手に対し、どのようにインプロヴィゼーション(即興)で質の良い会話を生み出すか。
それを個人個人に突きつけた、究極の知的コミュニケーション・ゲームなのだ。
Tinderはユーザー数を公開していないが、1日の全世界総スワイプ数は16億回に登るという。 Tinderの広報によると、日本の市場はアジアではインドに次ぐ第2位の大きさを誇る。
「Tinderで右スワイプをもらう(マッチする)のは、インスタで『いいね!』をもらうのと同じ感覚。自分のプロフィールと顔写真が認められた気になって、承認欲求が満たされる」と語るのは、都内の飲料系企業で秘書として働くCさん(25)だ。
AさんはTinderを「会話を育てるたまごっちみたいなもの」と形容する。数百の右スワイプの中から面白いピックアップ・ラインにだけ返信し、面白くないものは即アンマッチ。またスワイプの海に漕ぎ出す。これを繰り返し、面白い会話、波長が合う会話だけを残していく過程が快感だという。
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「出会い」のイノベーション
Tinderを使うミレニアル女子たちは、派手な遊びを求めているわけでも、結婚相手を探しているわけでも、セックスフレンドを求めているわけでもない。
彼女たちが欲しいのは、日常をほんの少しだけ面白くしてくれる刺激と、「できれば、ある程度長期で付き合える彼氏が見つかれば」。Tinderはそれに応えてくれるゲームのような中毒性がある。
一方で、出会いがあまりにカジュアルでインスタントであるため「スワイプ疲れ」と呼ばれる弊害もある。
実際今回取材した中でも「Tinderに疲れて一度アカウントを削除したが、また始めてしまった」「スワイプしすぎて人差し指が腱鞘炎になりかけている」「いつでもやめられると思うと逆になかなかやめられない」といった、「プチTinder依存症」のような声も聞かれた。
ミレニアル世代の「出会い方」を的確に表現しているのが、Tinderのキャッチコピーだ。
It starts here. Friends, dates, relationships, and everything in between.
(見つけよう。友だち、デート、彼氏彼女、そしてその中間にあるすべてを。)
運命の愛はあるかもしれないし、ないかもしれない。そんなことはわからない。
だから現代の「Tinderella(ティンデレラ)」たちは、少しの刺激と気の合う誰かとのつながりを求めて、今夜もスワイプという名の舞踏会に自ら赴き、人差し指一本のダンスを続ける。
(写真:西山里緒)