その後しばらくは介護施設の運営の手伝いをしていました。
その間、ホームレスをしながら考えるに至った
「ひとりで生きる力」とは自分にとっていったい何なのか?
を常に考えていました。
そんな中、FXを舞台にした投資が、
非常に可能性を秘めたものであり、
しかも、すぐに結果が出るらしいという情報を聞きつけ、
直感的に私は「これだ」と感じ、行動を開始しました。
ネットを検索すると、
FXで大金を稼ぎ続けている女性がたまたま見つかり、
その女性に何度も何度もメールをして、
「どのようにすればFXで稼げるようになるのか?」
を聞きまくりました。
あまりにしつこい私からのメールに
いい加減にあきれ果てた彼女からの回答は、
「とにかくチャートを半年間見続けなさい。」
というものでした。
FXでお金を稼ごうと思えば、
通常であれば、書店に並んでいるような書籍であったり、
セミナーなどで勉強したりすることが多いと思うのですが、
私の場合は「チャートを半年間見続ける」だったわけです。
こうだと決めたら猪突猛進タイプの私は、
月曜日の早朝から土曜日の早朝まで、
つまり、相場が開いている日はチャートを見ることにしました。
何年にもわたって月収7桁を稼ぎ続けている女性が、
私に半年間チャートを見続けなさいと指示してきたわけです。
私は、なにがあっても
絶対に半年間はチャートを見続ける決意をしました。
そこまでの決意なのですから、
「チャートを見ること以外のこと」
はできなくなってしまいます。
ですので、まずは一番時間を取っていた
介護施設の運営の手伝いなのですが、
こちらは丁重にお詫びを入れて辞めさせていただきました。
そうなると、かなりの時間を家のパソコンで、
チャートに向き合い続けることができるようになります。
しかし私はそれでも足りませんでした。
つまり、まだ「チャート以外の時間」が発生してしまうことが
我慢できなかったのです。
つまり、食事・風呂・トイレ・睡眠の時間です。
これをひとつひとつ工夫して潰していきました。
まずは食事ですが半年間は、ほぼカップラーメンで過ごしました。
パソコンの隣にカップラーメンを置いて、
その隣に電気ポットとコーヒーを置いて、
腹が減ったらカップラーメンを食べ、
眠くなったらガムを噛んでコーヒーを飲む。
次にお風呂なのですが、お風呂は土日しか入りませんでした。
つまり、月曜日から土曜日の早朝までは、
お風呂には一切入らずチャートとの生活を優先したわけです。
体がきれいかどうかなんて言ってられませんから。
さらにトイレなのですが、こればかりは拒否できませんので、
ギリギリまで我慢して我慢の限界になったらトイレに走る。
そんな感じを繰り返していました。
最後に睡眠なのですが、これも限界チャレンジで、
眠さの限界になったらパソコンの前で寝ていました。
パソコンを抱えるようにして寝ていたので、
土日以外でベッドで寝た記憶はありません。
「食事・風呂・トイレ・睡眠」まで切り詰めることはないのでは?
こんな声が聞こえそうですが、
確かにしっかりと睡眠を取らなくては集中力も持続しません。
でも、これは稼いでいるトレーダーであれば、
同意をいただけると思うのですが、
「チャートというのは連続して見ないと意味がない」
と思うのです。
トイレで1分チャートを空けるくらいでも、
そこで連続性が途切れてしまいます。
結果、これを限界ギリギリまで無くそうとすると、
私はこんな生活になっていたわけです。
こうして私は半年間、チャートを見続けたのですが、
実は半年を待たずに、チャートをぱっと見ただけで、
これから値はどのように動いて行くのかが、
自然と分かるようになってきたのです。
あれは、チャートを見続けてから、
3~4ヶ月が経った頃だった思います。
つまり、相場がこれからどうなっていくのかが
見えるようになったわけです。
ここまで根を詰めてチャートを見続けられる人間は
世の中にはいないと思いますので正しい検証はできませんが、
恐らくは私と同じことをすれば、
誰もが皆、そのような域に到達することができると思います。
半年間チャートを見続けられれば、
相場を読めるようになるというわけです。
だから私はFXで大負けしたということがほとんどありません。
やれば勝てる。そのような状態です。
結果として、私にはホームレス時代に必要だと感じた
「ひとりで生きる力」が身に付いたのです。
ちなみに、「チャートを半年間見続けなさい」と
私に指示した女性とは、今では友達になっています。
「ああ、あなたもこの域にたどり着いたのね。」
相場が読めるようになって初めてその女性に会いに行ったとき、
こんな言葉を投げかけてくれたのを覚えています。
さて。
結果として半年もかからず相場を読めるようになった私は、
そんな力が付いている事実を周囲の人に話すと、
「その考え方を詳しく教えてくれないか?」
と深掘りして聞いてくる人が現れてきました。
既にお話ししたとおり、私はホームレス時代、
周囲の人々から愛情のこもった支援を受け、
ホームレスの生活から脱出できました。
今こそ周囲の人にご恩返しをするときだと思った私は、
私が手に入れた相場を読む力をひとりが独り占めするのではなく、
勝ちたい、稼ぎたいと強く願う人に、
私の力を伝授していこうと決意したのです。
ただ、私は「セミナー屋」ではありません。
そこで当初は、
「お金はいらないから交通費と場所代を出してくれたらいいよ」
ということで、
大阪で開始したのが勉強会の第一歩となりました。
そうこうしているうちに、
私の名前が口コミで拡散して、
その後は地元名古屋や東京、福岡、
そういった大都市圏で会場を借りては勉強会をやったり、
あるいはどうしてもその日に行けないという人に対しては、
休みの日とか、あるいは夜とか、
その人が休めるタイミングで個別対応をしたり、
あるいは、海外に住んでいるような遠方の人に、
Skypeなどを通じて指導したりするようになりました。
そんな風に日本各地を飛び回る生活が2年経過し、
数えてみると全国各地の400人の教え子を指導し、
そして多くの教え子を稼げるトレーダーに導くに至りました。
以上が、私がかつて積極的に路上生活を選択し、
その後、周囲の支えによって路上生活から脱出し、
投資の世界でひとりで生きる力を手に入れ、
そして、400人の教え子を導いてきたという私の半生でした。