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よみコミ!

好きな漫画の紹介をします。感想は甘口。

名もなき少女は大志を抱き、飛翔す『あさひなぐ』

 

 

ぐんぐん面白くなることで評判の青春スポ根漫画『あさひなぐ

映画化、舞台化に伴い知名度は少しずつ上がってきました。

しかし「薙刀なぎなた)?眼鏡が主人公で面白いの?」という人もおそらく沢山いるでしょう。

今回はそういう人に向けてこの作品の魅力の一端に触れていきたいと思います。

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週刊ビッグコミックスピリッツで大人気連載中の本作。現在23巻まで刊行されています。



中学まで美術部だった主人公・東島旭(とうじま・あさひ)は「薙刀は高校部活界のアメリカンドリーム」という謳い文句に心惹かれ入部を決意します。

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じっくりと登場人物たちの成長を描いていく本作ですが、三年生の引退試合は1巻のうちに終わります。対戦校の一年生に怪物がいたのです。彼女の名は一堂寧々。彼女は強敵として何度も立ち塞がってきます。

 

 

試合に敗れ、泣き崩れる三年生を慰めようと主人公・東島旭はこう言います。一堂寧々なんて来年私が、ブチのめしてやりますから!!

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しっかりと本人に聞かれてました。

 

 

 内容を知らない人ならきっとこう思うでしょう。
「こんな強気なことを言う主人公だ。さぞ才能に恵まれているに違いない」

 


そんなことありません。むしろ弱かった

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なわとびも満足に出来ず、先輩はおろか同級生たちにも大きく差をつけられていました。

 

 

何か武器があるわけでもない、体格もよくない、あと乳もない。「じゃあ何があるんだよ!」と言いたくなる主人公ですが、一つだけ恵まれていることがありました。
それは目標とする先輩の存在です

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 一つ上の先輩、宮路真春は一年生の時からインターハイに出場するほどの実力者。
二ツ坂高校薙刀部の大黒柱として幾度となくチームのピンチを救ってきました。

彼女の強さに惚れ込み旭は黙々と練習に励みます。宮路の存在がなければ旭も、そしてチームもたいした成長を遂げる事はなかったと思います。

 

 


チームを鼓舞し、逆境に立ち向かう姿は何度読んでも熱い必見のシーンです!

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私の役目は…目の前の壁を壊してみせる事。それだけです。

 

「次は、勝ちたいです!」「私の理想は、貴女です—」


旭が初めて一本を取った時も、地獄の円陣稽古にくじけそうになった時も、立ち塞がる壁にめげず、努力を重ねられた背景にはいつも先頭を走り、目標となってくれる先輩の存在がありました。

 

 

しかし宮路の強さは頼りになる反面、その強さに周囲が依存してしまう諸刃の剣でもありました。

 


全国でも屈指の強さを誇る彼女にも負ける瞬間が遂にやってきます。立ち塞がるのは一堂寧々。一堂は勝った瞬間どうだと言わんばかりの表情で振り向く。
対照的に宮路に憧れ、その強さを信じて止まない旭は敗北する瞬間、目を閉じてしまう。それぐらいショッキングな出来事でした。

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このシーンは正義が悪に勝つ瞬間としてとても面白い場面だと思います。
勝った瞬間、「独りで立って、独りで強くなる」という孤独こそが強さの源だった一堂寧々の信念が「正義」となり、負けた瞬間「皆のために強くなる」という周囲の期待こそが強さの源だった宮路真春の信念が「悪」となる。

いつでも永く語られるのは勝者だ。成功を収めた人間の言葉が立派なものとされ、成し遂げられない者の言葉は届かない。どちらが勝っても「正義」になりえた瞬間を見ることはそうそうないでしょう。そんな非情な現実を叩きつけてくるのもあさひなぐの見所の一つです。

 

それでもこの試合は見届けたものにしか分からない記憶に残る一戦となりました。「勝つ時も負ける時も、人はひとりだ」その意味はぜひ本編をぜひ通して読んでいただきたい。

これを旭が一歩進みそうな時にやるんだからこざき先生は容赦のないドS!いやむしろドМ!なんてストイックなんだと感心しますよ。

 

 

話を戻します。敗戦をきっかけにスランプに陥り、それでもチームのためにもがく宮路。そんな追い込まれた宮路を救うのはこれまで彼女に頼り切っていた旭でした。
スランプを乗り越えたあとの二人の会話がなんと素晴らしいことか。

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「真春先輩。私、頑張りますから!見てて下さいね。」

頼りなく、たいした期待もされてなかった旭を見る目が変わる瞬間でした。

 

   私は、強い人になる

 

これまで漠然としていた想いは確かな形を帯び始めます。そしてそれは憧れにすぎなかった宮路真春という存在を、旭自身が「越えていく存在」へと認識が変わった瞬間でした。

 

強い人になる」単純なようでその道のりはとても険しくて。
それでもいつか宮路を超える瞬間を見せてくれるんじゃないか。そんな期待を持たせる誓いでした。

 

旭が、そしてチームが宮路に頼らず進みはじめます。

 

 

そして積み重ねた努力が花開く瞬間が遂にやってきます。
合同合宿の最終日「ここで勝てば二ツ坂は変わる。全員が強いチームに。」そんな大一番の代表戦に「茨城の汚れくノ一」やす子新監督が勝負に出ます。


「メガネ!あんたがいきなさい。」

 

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「目の前に、孵化しそうな卵があったら、見届けたくなるでしょ。」

 

旭を指名したのはそんな根拠のない理由。劣勢の中でその可能性に賭けるやす子監督の台詞が燃えに燃える!


「コートで泣いてんじゃないわよ、ゴミクズ。」
日頃のどんな努力も才能も、この線の内側には入れない。
持っていけるのは、自分の心と体だけよ。
弱ささえ、置いていく事ができるわ。ここはそういう場所なの。

 

 

決して才能に恵まれなかった少女が掴んだ勝利の瞬間はなんと熱く、なんと気持ちいいことか。天才が勝ち進むのもそれはそれで楽しいし嫌いではないです。
しかしそれでも1から、いや他の部員と比べればマイナスからスタートした旭の努力が報われる瞬間は何物にも代えられない高揚感があるってもんです。

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          良い笑顔だ

 

本当に読んでて良かった。この漫画が名作になった瞬間でした。
ここで終わってもいいぐらいの熱さですが物語はまだまだ続きます。



一堂寧々との再戦もありますし、後輩が入部してからの話も、こんな感じで旭以外の部員たちも葛藤があります。
そしてストイックなこざき先生がそう簡単に旭を無双させるわけがありません。

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 この漫画が凄いのは全員が主役というところです。主人公は間違いなく東島旭ですが、旭以外の部員にスポットを当てて同じぐらいの文量を書けと言われても問題なく書けます。冒頭で魅力の一端に触れると言いましたが、それぐらい作中で登場人物がどんな性格なのか、どんな想いを抱えながら薙刀をやっているのかを丁寧に丁寧に掘り下げて描いています。

 

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悪役に見える一堂寧々にも色んな想いや過去がある。勝ち進む学校にも、負けてしまった学校にもそれぞれ苦労や課題がある。だから誰が読んでも誰かしらに感情移入して読んでしまう!その信念に心打たれるのです!

普通はあれもこれも描いたらとっ散らかる印象を持ってしまうのですが、そうはならないのがこざき先生の凄いところです。むしろ掘り下げることで巻を重ねるごとに面白さが加速していく。そんな印象を持ちます。


 

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あさひなぐは青春漫画だ。なぜ続けてこれたのか。それは友達では言い表せない仲間がいたからだ。曖昧ではいられないその関係に思い通りにいかず憤り、理想と現実のギャップに苦しむ。傍からみると爽やかな物語のその裏側は暑苦しくて、見苦しくて、でも綺麗で。

あさひなぐはスポーツ漫画だ。なぜ勝ち負けにこだわり闘うのか。それは強敵がいたからだ。なぜ勝敗が決まるその一瞬のために努力するのか。それは何者かになるためだ。
旭にとって何者とは「強い人」であり、一堂にとって何者とはその強さを「証明する人」である。それぞれ異なる何者かになるという大志を抱き、名もなき少女たちは羽ばたこうとする。

 そんな青春漫画としてもスポーツ漫画としても面白いあさひなぐ。ぜひご覧あれ。

とりあえずどこまで読めばいいのか不安な人は8巻か11巻まで読むことをおすすめします。

 

 

ところで『あさひなぐ』の発音は『あしだまな』に一度公式決定(11巻参照)したのが舞台化・映画化に伴い『つのだ☆ひろ』に変更されたみたいですね(23巻、映画あさひなぐ公式特報映像参照)知らなかった人はご注意あれ。
舞台はもう名古屋公演を残すのみとなりましたが、映画も良いものに仕上がると嬉しいです。