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監督の河合弘之氏は長年、全国の原発差し止め訴訟に関わってきた弁護士なのだという。福島の事故のあと、問題の所在を訴えるために「日本と原発」「日本と原発4年後」という2本の映画を自主製作し、全国で上映会などを展開してきたらしい。わたしはその2本を見ていないが、これらで主張された「脱原発」の後で、原発に代わるべき「自然エネルギー(再生可能エネルギー)」の可能性を具体的に提起したのがこの映画ということになる。反対するだけでなく、その先に実現可能な代案を提示するという誠実な姿勢が、この映画をきわめて力強く価値あるものにしていると思う。 この映画で河合氏は、環境学者の飯田哲也氏とともに世界各地・日本各地を回って、自然エネルギーの現状がどうなっているかを丹念に取材している。そこで驚くのは、世界の趨勢がいまや自然エネルギーに完全にシフトしている事実が次々に明らかにされることである。日本がそのダイナミックな潮流に乗り遅れ、むしろ逆行しようと躍起になっていることが浮かび上がってくる。映画を見ながら、知らなかったでは済まされない焦燥感のようなものを覚えた。 ドイツは福島の事故後いち早く脱原発に舵を切った国だが、それが可能だったのはフランスから原発由来の電力を買えるからだという批判があった。河合氏はその疑問を現地の関係者に率直にぶつけた上で、これがまったくの誤りであるばかりでなく、ドイツはフランスを含めた周辺諸国に対して一貫して多くの電力を輸出している事実を明らかにする。のみならず、自然エネルギーへのシフトが従来型エネルギーをはるかに超える雇用と経済効果を生み出し、それが右肩上がりに成長し続けていることを示して見せるのである。関係者は「脱原発はドイツのエネルギー革命のほんの一部にすぎない」と述べている。 また、日本では原発大国と見られていた中国が、実は福島の事故以前から積極的に自然エネルギーに切り替え始めていた事実も明らかにされる。中国を代表する風力発電機の製造メーカー「ゴールドウィンド」に関する映像とともに、その製品が世界的なシェアを飛躍的に伸ばしていることが示されている。関係者が「中国政府の意向は福島の事故から学ぶべきということだ」「風力や太陽光で需要は賄えるから、原発に頼る必要はない」と語るのも記録している。日本の政治が原子力ムラの前でまごまごしているうちに、隣国・中国はもうはるか先の方に行ってしまっていたのである。 アメリカでは米国防総省(ペンタゴン)に対して取材を行い、米軍が積極的に自然エネルギーを導入している事実を明らかにしている。そこで語られる、燃料輸送のリスク軽減のために自然エネルギーが必要なのだという論旨(また、世界の紛争の主な原因は燃料の奪い合いなのだという主張)は、実際の戦場を経験することから生まれた現実的な帰結として、目から鱗が落ちるような衝撃を受けた。軍隊までが自然エネルギーを必要としているのだ。米軍関係者が「最もエネルギーを消費する軍がリーダーシップを取るのは当然だ」「われわれは大きなエネルギー革命の始まりにいる」と述べているのも印象的だった。 この映画の主張の素晴らしいところは、世界各国で自然エネルギーが新しい経済効果を生み出し、自然エネルギーが「儲かる産業」になっていることをきちんと描き出したことだろう。世界的に見ると、自然エネルギーに対する経済投資は増加の一途をたどっていて、たとえば太陽光パネルは出荷量の飛躍的増大によって発電コストが急速に下がり、最も安価な電源として爆発的な普及が見込まれているのだという。2015年には世界の風力発電の設備容量が世界の原発のそれを上回り、2017年には太陽光発電も原発を超えることが確実になっているという事実も示されている。 こうした趨勢に対して完全に出遅れてしまった日本において、原発推進派が自然エネルギーに対して唱える「自然エネルギーは高くつく」とか「自然エネルギーは天候任せで不安定だから、ベースロード電源にはなり得ない」といった批判にも、この映画は一つ一つ反論を加え、そんな考えはいまや完全に時代遅れの「ホラ」にすぎないと論破している。このあたり、さすが弁護士の作った映画という感じで、まったく抜かりはないのである。 一方で、日本で自然エネルギー普及の障害となっている、送電網に関わる壁(電力会社の妨害)についても鋭く切り込んでいる。いわゆる原子力ムラとの癒着を断ち切れない日本の政治の現状については、この監督は恐らく前2作できちんと明らかにしていたのだろう、本作では比較的簡単に触れられるだけだが、世界各国が政治主導でどんどん政策転換を行っている事実を見せられると、日本国民の一人として忸怩たる思いに駆られるのである。 アイスランドで推進されている地熱発電を取材した中で、この国のエネルギー庁長官が「日本の地熱資源は原発30基分のポテンシャルを持っている」と指摘するところなど、何と答えていいのか言葉を失う気がした。福島の事故のあとで、日本人はみんな脱原発に進むしかないと思ったのではなかったか。それなのに目の前に広がる様々な可能性を無視して、なし崩しに原発再稼働に進んでいる現状が恥ずかしくてならなかった。 自然エネルギーが確実に原発に取って代わっていることを、この映画は世界各地に証明して見せているのだが、同時に日本でも小さいけれど確実な動きがあちこちで始まっていることを、丁寧に訪ねて紹介している。 その中で非常に印象的だったのが、熊本でエネルギー自給に取り組む農家の女性のエピソードだった。インタビューを行った数日後に熊本地震が起こり、大きな被害を受けた地域に生活していた彼女と撮影スタッフが連絡を取ろうとするのである。パソコンのスカイプ機能でつながった彼女の家では、停電しているにもかかわらず電気のある生活が普通に行われていたことが明らかになるのである。自然エネルギーによる小規模発電が大規模災害時に力を発揮することが、図らずも証明されていたのである。原発型の大規模発電では、ひとたび災害が起これば回復不能のダメージが広い範囲に及ぶのに対し、自然エネルギーの小規模なネットワークなら、被害を受けなかったところとの融通ではるかに容易に回復を図ることができることも示されていた。 自然エネルギーは不安定で頼りにならないというのは間違いである。そちらに踏み出すことのできない日本の政治構造こそが問題であることが、有無を言わせぬ説得力で判ってしまう映画である。それにしても、世界がこんな先まで進んでしまっている事実が、日本にいるとまったく認識されていないことが恐ろしく感じられて仕方がなかった。 (渋谷ユーロスペース、3月3日)
by krmtdir90
| 2017-03-04 14:16
| 本と映画
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